27:不味いですよクラフトさん
日が沈み、労働を終えた人々が酒を楽しむような時間帯。とある居酒屋で杯を傾けながら、先ほど頼んだ焼き魚をつつく。……グチャグチャになってて適当に数頼んだせいで解んなくなっちゃったな。箸に慣れてないのは解るけど、もうちょっと、こう……。んでこれ、何の魚だ?
(キュ!)
(あ、ホッケか。ありがとうあーちゃん。)
人、そしてアンコーポの構成員ですら聞き取れない周波数で話すペットのあーちゃんに礼を言う。最近ヒマさんの面倒や、アカリさんとリッカさんの指導などで、彼には自宅待機を強いてしまっていた。それで拗ねてしまったのか、居酒屋に行く私の背に張り付き離れなくなってしまったのだ。
剥がそうと思えばできるのだが、流石に可哀想なこともあり、連れてきてしまったのだが……。テーブル下で一匹大宴会をしていらっしゃる。私が頼んだのはとってもいいけど、別の卓から奪ってきちゃだめだからね? あとお向かいさんの取っちゃダメだし、攻撃もナシよ? 解る? 『キュ!』ならよし。
(さて、思考を整理することにしよう。)
ご存じの通り、ここ数週間のクライナーは活動を停止している。この理由として考えられるのは、おそらくだが“担当者”の違いが挙げられる。前任者はあの営業部のビジネスという男だったが、今はクラフトという技術部の女だ。仕事のやり方も、優先するものもまるっきり違う。
ビジネスのやり方を思い出してみると、もしジュエルナイトに敗北したとしても最低限の成果として人の負の精神エネルギーを回収できるように動いており、侵攻回数もそれなりに多かった。まぁ纏めると、大きな騒ぎを起こして人々を恐怖のどん底に落としながらジュエルナイトを誘引。可能ならばそれを撃破するというやり方だった。
けれどクラフトは違うようで、彼女の技術者としての血がそうさせるのか一度の戦闘で得られた問題点などを洗い出し改善。クライナーという“品”を最善の形に持って行ってから戦うということを好むようだった。ビジネスからすれば人間界への侵攻はエネルギー回収の一環であるため効率や最低保証などを考えているようだったが、クラフトからすればより良い製品を作るための実験場でしかないのだろう。
まぁ、まだ本腰を入れていない、というのもあるようだけど。え? なんでそんなこと知ってるかって? そりゃ……。
「でさー、聞いてくれよエミ! 部下が煩いのなんの! 仕事自体はちゃんとしてるし結果は出してるのにもっとやれー! って騒ぐのよ! 酷くない!?」
「確かに給料以上の仕事を振られるのは腹が立ちますよね。」
「だろー!」
本人が勝手にしゃべってくれるからですね。……ほんとにいいのかアンコーポ?
先日私に接触して来た女性、技術部所属のアンコーポ幹部が一人、クラフト。現在顔を真っ赤にしながら酒を煽り、私の対面に座る彼女のことだ。結構な量を飲んでいるのだが、多少楽しくなっているだけであまり酔っているわけではない。単純に飲み会の雰囲気に浮かれていると言った方が良いだろう。
(ほんと楽しそうに飲むよな……。ここで私が“蜘蛛”だって言ったらどんな顔するんだろ。)
会った当時はまだ確証が持てず疑惑レベルだったけど、あの子たちの前に現れて見当違いの方向にお辞儀していたのを見て、私が滅ぼすべき相手の一人だということが発覚した。まぁ初手で消し飛ばしてあげても良かったんだけど……。あっちが仲良くしようとしているのだ。本拠地に連れて行ってくれる可能性もあるため、現在友好関係を築いてあげるフェーズに移行している。
ま、ついでに内部情報を引き抜ければいいかな、って思ってたんだけど……。
(さすがに詳細な能力とかまでは明かしてくれなかったけど、なんとなく組織構造が想像できる程度には情報漏らしてくれてるんだよなぁ。それに今の仕事の進行状況とかも愚痴として漏らしてくれるし。……コイツ単に飯と酒楽しみに来てるだけじゃね? ほんとに仕事してるの? いや私としてはしてない方がありがたいんだけどさ。)
「エミー? 聞いてる?」
「えぇ、営業部にいる後輩さんが催促のメール送って来てウザいんですよね。解ります、あんまり送られると困りますよね。」
アンコーポと敵対しているジュエルナイトたちは、現在私のせいで絶賛弱体化中だ。そのため出来る限りクラフトにはひかりが丘侵攻を遅らせてもらい、あの子たちの鍛錬と休息、そして仲直りのための準備期間に使ってもらいたかったんだけど……。
「そうなのよ! でもなでもな! ようやく納品できそうなのよ! はー! これでようやく奴の鼻を明かしてやれるってもんよ! かなーりいい出来だからよ。仕事しろ、遊ぶな、報告書上げろってうるさい奴らもこれで黙り込むって寸法よ!」
「それはそれは。……でも報告書ぐらいは上げた方が良いと思いますよ? 企業勤めでしたら。」
「……やっぱり?」
ジョッキを傾け空にしながらそんな風に言うクラフト。
話を聞いている限り、そろそろ“納品できそう”。つまりクライナーの素となっている怪人作成用の道具がようやく完成した、と言うことなのだろう。一度確認したことがあるが……、彼らは真っ黒に染まった宝石を強い負の感情を持つ人間に触れさせることでクライナーを生み出すことが出来る。
どこをどうやって改良しているのかは全く解らないが、楽しそうに酒を傾けているのを見ると、相当出来が良いのだろう。前回の戦いでは第三世代の試作品、の様な事を言っていたが、この感じからしてその新世代型が完成したと推測できる。
(ヒマさんの方の『負の感情を御しきる』訓練は順調だし、そろそろ実戦に出したいって考えてた。アカリさんとリッカさんの方は……、まだもうちょっと時間がかかりそう。何にせよ3人とも、特訓の成果を確かめるための実戦の場は必要そうだ。ヒマさんが表に出れば、私も“蜘蛛”としてついていけるだろうし……、ちょうどいいかもしれない。)
「エミー、次何頼む?」
「いい馬刺しが入ったと店員さんが言ってましたし、その辺りはどうでしょうか?」
「おー! アタシ、初めて食べるぜそれ! いこういこう! ……あ、セーブしてくれるよな?」
「もちろんですとも。」
ほんの少しだけ酔いが覚め、蒼い顔で聞いてくるクラフト。それに笑顔で返すとほっとした表情を浮かべる彼女。
……何度かこういった酒を飲みかわす席があったんだけど、どうやら相手の首領、どうやら『プレジデント』という奴が私と交友関係を築けたことに大層喜んだそうで、クラフトに結構な額の金を褒章として渡されたらしいのだ。それで気を良くしたクラフトはグルメ本に乗っていた高級店を予約し、私に『今度一緒に行こうぜ! 奢るからさ!』と連絡してきたのだ。
早い話、好きなだけ食べていいって言われましたので……。ちょっと本気出したんですよね、はい。あまりにも嬉しそうにしていたのがちょっとムカついたってのもあるんですけど。
(それがトラウマになってるんでしょうねー。褒章どころか経費も貯金も消し飛んだっぽいですし。)
ま、そこから今回まで全部私のおごりにしてあげましたし、こっちもこっちで『仲良くしてあげるよー』って雰囲気出してますからね。それで満足してくださいな。もしそれでも足りなかったら……、あぁそうだ。私も多少は楽しんで飲んでますから。一回ぐらいは見逃してあげる。これでトントンと致しましょう。
「それで、お披露目はいつにする予定なので?」
「んーとな。まだちょっと“あっち”の調査が終わってないみたいだから時間かかるみたいだけど……、多分2,3日ぐらい後じゃねぇかな? アタシも最終調整とかしたいし、だから飲み会とかはナシな。」
「えぇ、解っていますとも。陰ながら応援させて頂きますね?」
……ほんと、私に情報渡し過ぎだけど良いのかな?
まぁこっちもこっちで用意できるからいいんだけどさ。
◇◆◇◆◇
(ぷる! アカリ! ここ最近はしっかり寝れているぽね!)
(まぁね! あのままだったら師匠の本気雷落とされてただろうし……。)
小声でそう話しながら、若干青くなりながら震えるアカリ。
妖精のプルポが言う様に、最近の彼女は何とか人間らしい睡眠時間を取り戻し始めている。ほんの数日前までは自身の睡眠時間を削り、行方不明となってしまったヒマの捜索に当てていたのだが……。いくら若いと言えど無理をし続けることはできない。
体を壊すまで追い込んでしまった彼女の状態を重く見た“九条恵美”は、それまでアカリの意志を尊重していた方針を撤回。家を抜け出し、変身しようとした直前のアカリの首根っこを掴みながら『ちゃんと寝なければ指導も取りやめますし、もう口を利きませんよ?』と言い放ったのだ。
(あの時。正体がバレなかったのは一安心だったけど……、めっちゃ怖かった。)
彼女からすればエミは、ようやく手に入れた師匠にして拠り所。無条件で頼ったとしても受け止めてくれる確信がある、安心感のある大人だ。それを失うわけにはいかなかったし、家に帰される直前にそんな師匠から渡された資料が、アカリのその逸る気持ちをほんの少しだけ押さえつけたのだ。
(師匠から渡された調査結果、探偵さんや元警官さんが調べたところによると、ヒマ先輩はどこか一か所にとどまって誰かの保護を受けてる可能性が高いみたい。)
自分たちではただ我武者羅に探すしか出来なかったが、大人を頼ることで進展が出て来た。この町に存在するコンビニやスーパーへの張り込みや、地道な聞き込みや足を使っての捜査。大量に積み重なられた情報によって徐々に判明していく“先輩がいない地区”。そんな大人の力と、先輩が誰かに保護されている可能性が高いという報告。彼女は世界には助けてくれる人もたくさんいると言うことを理解できた。
そのため彼女は数日前からようやく人並みの睡眠をとれるようになったのだが……。まぁ大体が“九条恵美”の工作によるものである。
クモ女には探偵の知り合いなどいないし、元警官の知り合いもいない。というかむしろ過去にデスカンパニーに拉致され改造、そしてその後自身の肉体を人間へと止めるための引きこもり期間があったせいで、彼女の交友関係はほぼ吹き飛んでしまっている。決してボッチというわけではないのだが、人脈が広いというわけでは決してなかった。
けれどそんなことを知らないアカリは……。『師匠の人脈ってすごいなぁ』なんてのんきなことを考えながら。しっかりと睡眠をとれたことで元気いっぱいになった体を動かし、通学路を歩く。
(学校が終わったら、私もリッカちゃんと一緒に探しに行く。師匠たちだけに任せちゃだめだもんね。)
そう考えながら、足を進める彼女。
大人に頼ると言うことを覚えた彼女だったが、それでもやはり自分も動かなければならないという気持ちが強い。もしあの時一歩踏み出しヒマ先輩の手を掴めていれば、何か変わったかもしれない。ずっとその後悔が、彼女の脳裏に残り続けている。
だからこそ、動かなければならない。そう決意を強くした瞬間。
妖精のプルポが、途轍もない勢いで震え始める。
(え!? うそ! こんな時にクライナー!?)
(反応っぷる! しかも……、結構遠いぷるよ!)
(が、学校……、えぇい! 遅刻上等! 私の成績より誰かの命の方が大事!)
一瞬迷ったようだったが、即座に切り替えてスマホを取り出すアカリ。通話アプリを取り出して連絡を入れるのはもちろんリッカ。いくら師匠の指導を受けて少しづつ成長していると言っても、未だヒマと“共鳴”していた時以上の力を手に入れているとはいい難い。
相手も強くなってきているのを考えれば、2人で向かうのが最適。自分よりも成績も良くて先生からの評価もいいリッカが遅刻扱いになってしまうのは申し訳ないけれど……。彼女がそう考えた瞬間、通話が繋がる。
「リッカちゃん!」
『! OK、了解。アレね! すぐに合流するわ。』
「ありがとう! えっと、方角はあっちだから……。昔広場だったところ! そこに一回集合!」
【おや……、これはこれは。最近大人しいと思っていれば、また出てきましたか。全く懲りないこと。暇つぶしに私が出ても良いのですが……。どうです、幼子。貴女が行ってみるというのは。お友達にも、会わねばならぬのでしょう?】
「……拒否権は、無いんですよね。……解りました。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(クモ女の交友関係編)
うむうむ! やはり我が最高傑作であるクモ女よ! なんたる素晴らしき暗躍か……! アンコーポの幹部を手玉にとり情報を入手! そして離脱した白虎ヒマという娘を確保し恩と恐怖で意のままに操る! そしてあの二人組の少女たちも指導という名目でその行動を把握し、まさに掌の上! 悪の怪人として素晴らしい行いではないか! はーはっは!!!
……え、違う? だがクモ女よ。今回ばかりは否定できぬであろう? うむうむ、とりあえずいつかバレた時の為に言い訳だけは今から考えておく方が良いだろう。なに、先人の忠告は聞いておくものだぞ!
さて! 本題だ! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! と言っても今回は番外編、怪人の紹介ではなく今回少し出ていたクモ女の交友関係について紹介してやろう。何、この私に掛かればクモ女のプライベートなど丸裸よ! ……あ、バレたら存在を消される可能性もあるから口外しないように。久しぶりに我が最高傑作であるクモ女の基本スペックを眺めながら話を進めていこうではないか。
■身長(人間形態):190.5cm
■体高(怪人形態):240.8㎝
■体重:300.0kg
■パンチ力:120.1t
■キック力:275.3t
■ジャンプ力:321.4m(ひと跳び)
■走力:0.2秒(100m)
★必殺技:スパイラルエンド
まぁ早い話、クモ女はその身柄を拉致され改造されておる。クモ女という強大な存在がほんの数か月で完成するわけもなく、結構な期間を掛けて改造が施されているのだ。更にデスカンパニーが崩壊し、クモ女が野に放たれた後も人間形態を完全なものとするために数か月引きこもり生活を送っており、その後もひかりが丘という何のつながりもない場所に引っ越ししてしまった故な。昔の付き合いはほぼ残っていないようだ。
一応高校時代から友人が数人と、改造された後に出来た腐れ縁のようなもの。そして最近アンコーポの情報を引き抜くのに使用しているクラフトなどが友人の枠組みに数えられるのかもしれぬな。まぁ両手で数えられる程度よ。ま、そもそもこの世界人がよく死ぬ上に行方不明になるからな! 十年経てば0になっていてもおかしくはあるまい! はーはっは!!!
ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! それと友達は大切にな! さらばだ!
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