28:登場、ダークパール!


「お、ようやく来たか。ガキども。」


「ッ! 貴女は、クラフト!」


「はは! ちゃんと覚えていたようで何より!」



通学路から離れ合流したアカリとリッカ、二人は物陰で“ジュエルナイト”へと変身し、全速力でクライナーの元へ。妖精のプルポが指し示す先へと移動した。


場所は商店街から少し離れたビル街。そこではアンコーポ幹部の一人である、クラフトがその部下たちと待ち構えていた。名を呼ばれた彼女は、大声で笑いながらジュエルナイトたちへと話しかける。



「元気してたかー、オイ! と言っても見た感じ、やっぱあの白いのはどっか行ったみたいだな!」


「な、何で知って!?」


「知ってはねぇさ! だが優れた職人ってのは顔見たら大体解んだよ、そいつの精神状態。考えていること。何でも筒抜けってもんだ! はは! 喧嘩でもして離脱中ってところだろ?」



近くにいた下級戦闘員、ジューギョーインの背を非常に強く叩きながら大声で笑う彼女。叩かれている側はちょっと嫌そうな顔をしているが、直属の上司であるため強く言えないのだろう。黙りながらただ耐えている。


ユアルビー、ダイヤモンドたちには知り得ぬ話だが、クラフトはようやく自身の作品を世界に向かって解き放つことが出来るのを強く喜んでいる。さぼり癖があると言えど、彼女は宝石職人。他者が感じる“美しさ”がその評価基準となる宝石を扱う彼女からすれば、この場はいわばお披露目の場。


気分を跳ね上げ大きく笑い、自身の作品を世界に見せつけるため。彼女は高らかにパフォーマンスを、行う。



「おいジョーチョー! 連れてこい!」


「ハッ!」



クラフトの指示に動き出す上級戦闘員。彼が連れて来たのはぐったりと力無く倒れている男性、おそらく気絶させられてしまっているのだろう。服装から見て調理人、いや近くに見える小さな店を見る限り、ビル街の一角を借りて店を営むパン職人と言ったところだろう。


気絶させられていると言うこともあるだろうが、非常に顔色が悪く過労状態であることが伺える。



「お前ら、ここまで来て一瞬疑問に思っただろう? なんで反応があったのにクライナーがいないか、って!」



技術者の性か。自分の作品、そして作戦をまるで品評会の説明かという様に口にする彼女。



「クライナー発生時に起きる精神エネルギーによる衝撃波。それを後ろで隠れてるチビに感知させて、こっち来てんだろ? アタシの眼はごまかせねぇぜ?」


「ッ! なんで!?」


「っと、アタシはビジネスとは違う。ある程度の道理はわきまえてるつもりだ。戦えない奴に手を出すつもりはねぇーよ。ま、こっちも仕事なもんで多少怖がらせはするがな? ……にしてもコイツの顔見てみろよガキ。可哀想だとは思わねぇか、アァ?」



そう言いながらパン職人の男、その頬を優しく撫でてやるクラフト。そこから語られるのは、おそらく彼女たちが集めた職人の詳細なデータ。クライナーを作るのであれば素体も吟味する、それを示す様に、彼女は言葉を紡いでいく。


どうやら彼はサラリーマン時代に貯めた資金を使い夢のパン職人生活を始めた者のようだ。親族や知人たちにも認められる美味いパンをようやく作り上げ、ビルの非常に小さなスペースだが自分の店を持つことが出来た。けれど知名度が足りなかったのか、それとも宣伝の仕方が悪かったのか……。毎日大量のパンが売れ残ってしまう。



「アタシはメシのことは食うことしか解んねぇ、だが家賃に材料費、その他諸々が積み重なって潰れそうになっちまう気持ちは酷くよくわかる。出来はいい筈なのに、評価されない、買ってもらえない。その気持ちは痛いほどなァ? ……だから、解き放ってやるんだよ。こいつはすっきりして、私は目的を果たせる、WIN‐WINってやつよ!」



何をやってもうまく行かない、試行錯誤を重ねても結果は出ず、溜まり続ける赤字。自然とそれは人の精神を蝕んで行き、どれだけ聖人であったとしても負の感情は溜まっていく。いつしかその蓄積してした“負”は彼本来の性格を失わせてしまい、その感情たちは社会そのものへと向かってしまった。パン職人の心に秘めているその願いは、眼の前に広がる社会の崩壊。


クラフトはそれを、解き放とうとしている。


彼女が指を鳴らすと、もう一人のジョーチョーがトランクケースを運んでくる。その中に入っていたのは、真っ黒なジュエル、クライナーを生成されるのに使われる特別な宝石だ。その輝きはルビーたちが見たこともない程に、ドス黒く、深い。新型だ。


そしてもう一つ運ばれてくるのは……、発酵が済んだ柔らかなパン生地。



「「や、やめッ!」」


「さぁ! 第三世代型クライナーのお披露目だァ!!!」



ジュエルナイトたちの制止は届かず、クラフトが勢いよくパン職人の額へとその宝石を叩きつける。


その瞬間、巻き起こる紫と黒の光。人の持つ負の精神エネルギーが増大され、爆発する。周囲のビルたちの窓ガラスが弾け飛んでいき、ルビーたちも吹き飛ばされそうになってしまう。何とかその両腕を地面に突き刺すことで逃れることが出来たが……、クライナーの出現を、許してしまった。



「KURAINA-!!!」



爆風の中から現れたのは、以前戦ったボール型クライナーよりも強力な存在。見た目こそこれまでのクライナーの特徴、素材となる物品に手と足、そして目が追加されたという原則は変わっていないが、纏うエネルギー量が段違いだ。ジュエルナイトたちが思わず唾を飲み込んでしまうほど、強い。



(ダイヤ!)


(解ってる! 前のボール型クライナーと同じように単純な打撃攻撃は効きそうにない! 対策されてるわ!)


(ならアレ! 行くよ!)


(! まだ元の姿じゃ欠片すら出来てないけど……、ぶっつけ本番ってやつね!)



クライナーが誕生の産声を上げている間に、視線を交差させ思考を共有する二人。


彼女たちの脳裏に浮かぶのは、師である“九条恵美”の言葉。イメージをより詳細に具現化することで、単なる打撃攻撃からさらに上の存在へと昇華させるという技。正直生身の状態で出来るとか欠片も信じられていないルビーとダイヤだったが……、今の二人であれば、十分可能だ。


即座にその体に流れる精神エネルギーを爆発させ、両手に集約させる二人。そして強く頭に浮かべるのは……、燃え盛る拳と、激流に包まれた拳。未だ完全ではないが、空想が現実へと叩き落される。



「「はァ!!!」」


「……へぇ、そっちも対策はして来たってコトかい。いいじゃねぇか! どっちが上か勝負ってことだな、オイ! クライナー! 遊んでやりな! ジューギョーインども! 欠片たりともデータ逃すんじゃねぇぞ!」


「KU,RA、I、NAー!!!!!」




戦闘が、始まる。




クライナーがどこからか取り出した巨大なめん棒、パン生地を引き延ばすための棒2本を両手に装備し、突撃を敢行する。それに対しジュエルナイトたちも強く踏み込み、前へ。


現状彼女たちの力はクライナーに大きく劣ってしまっているが、圧倒的な強者と戦う経験は常人では精神が崩壊してしまうレベルで積んでいる。何せ世界の頂点に等しい存在から指導を受けているのだ。強者との戦い方は体に叩き込まれている。そして何よりも……、眼前のクライナーは、“九条恵美”より大分弱い。


勝利の可能性が師匠と比べると各段に高いのだ。足を止める理由にはならなかった。



「ルビー!」


「よい、しょぉ!!!」


彼女体の頭上から押し潰さんと叩きつけられる巨大なめん棒、それをローリングで回避しながら、側面へとたどり着く二人。炎と水、お互いが扱える属性をその拳に込め、同時に叩きつける。



「どりゃぁぁぁ!!! ……あ、良い匂い!」


「食べ物を粗末にしたくないけど……! ごめんなさい!!!」



ルビーがイメージした炎によりパン生地の表面が焦げ、ダイヤがイメージした激流によってパン生地が飛び散り使い物にならなくなる。単なる打撃攻撃であれば簡単に受け止められてしまっていただろうが……、確実なダメージを与えられたことで頬を緩める二人。


けれどクライナーからすれば……、単に表面を焦がされ、吹き飛ばされた程度。何度も喰らえば確かに消滅の危機に瀕していただろうが、それをさせるほどクライナーは優しくなかった。即座に叩きつけためん棒から手を放し、ジュエルナイトたちの体を自分の柔らかな体へと叩きつける。



「ッ! 包まれる!」


「はは! こりゃいい! 戦闘IQも前より向上してんじゃねぇーか? もちもち生地で包み込んで行動不能! いいじゃねぇの! クライナー! 放すなよ!」


「KURAINA-!!!」


「い、息がッ!」


ジュエルナイトたちを生地の奥へ奥へと押し込むことで、膨らんだ生地で包み込んでしまおうと動くクライナー。思わず激しく動き抵抗してしまう二人だったが、それは悪手。動けば動くほどに体が生地に包まれていき、口の中にも入り込んでしまった。このままでは呼吸を封じられ、死んでしまう。


そんな危機的状況、ルビーの脳裏に、またあの存在が語り掛けてきた。



『アカリさん、アカリさん。こういう時こそ爆発ですよ? しかももっと高威力、爆炎をもって全てを焼き尽くすのです。成功すればホカホカの美味しいパンがたくさんできますよ?』


(し、ししょー!!!)


『あ、後食べ物を粗末にした存在は生かしてはおけません。消し飛ばす様に。いや私が消し飛ばしに行くので置いておくように。』


(し、ししょー!?!?!? と、とりあえず爆発だァァァ!!!!!)



イマジナリーフレンドならぬイマジナリー師匠の導きを受けたアカリことユアルビーは、その精神エネルギーを全身に纏い……、爆発させる。




「ルビーィ! エクスプロージョンッッッ!!!』



広範囲に広がる、精神エネルギーの爆発。以前は単に負の精神エネルギーを吹き飛ばすものであったが、今は違う。炎を扱うイメージをまだ未完全ながらも獲得した彼女はさらにそこに爆炎を追加した。ユアダイヤモンドも効果範囲に入っていたため一緒に吹き飛ばしてしまったが……、全身に纏わりついていたパン生地をこんがりと焼き上げることで脱出に成功する彼女。


そして焼きあがった生地から、ワンテンポ遅れてダイヤモンドが飛び出してくる。



「けほ! ……ルビー、助かったけど私だけ効果範囲外にしてよ。水の膜で何とかなったけどさ。」


「ご、ごめん。まだ慣れてなくて……。さ、さ! ここから押し込むよ!」



ダイヤに両手を合わせながら謝罪し、気合を入れ直しクライナーと相対するルビー。先ほどの爆発で敵は完全に焼きあがっており、完全固定状態。もちもちで幾ら引き延ばせたパン生地も、焼いてしまえばただのパン。一瞬あたりに漂う美味しそうな匂いで師匠が寄って来るのではと思ったルビーだったが、すぐに思考を振り払い今のうちに撃破してしまおうと声を上げる。


けれど……。



「ほぉん、そう来たか。だがよぉ、こういうのは考えてたか、ガキども。やれ、お前ら!」


「「ジョーチョー!!!」」


「「「ジューギョーイン!!!」」」



「「なッ!!!」」



クラフトが指示を出した瞬間、それまで控えていた戦闘員たちが投擲を開始。一瞬攻撃されるかもと思い身構える二人だったが、その矛先はクライナー。


なんと彼らが投げ込んだのは大量の発酵済みパン生地。とんでもない勢いでパンがパン生地に包まれていき……。クライナーが、復活を遂げる。



「KURAINA-!!!」


「る、ルビー! もっかい行ける!?」


「ごめん! あんまエネルギー残ってない! あと一回はいけるけどその後変身解けちゃう!」



その瞬間、復活したクライナーが地面に叩きつけられていためん棒を二人に向かって投げつける。即座に会話を中断し、飛び上がることで回避した二人だったが……、その選択は、悪手。大量に投下されたパン生地によってその体積を増したクライナーが無理矢理その生地を伸ばし、二人の元へ。まるで縄を巻き付けられたかのように拘束されてしまう。



「ッ! こんなのもっかい焼いて……!」


「クライナー! 追加で巻き付けな!」



全身に炎を纏わせることでその生地を焼き切ろうとしたルビーだったが、クラフトの指示でさらにパン生地が追加され、より大量に巻き付けられてしまう。ダイヤも同様に拘束されてしまい、ダメ押しに口と鼻にまで生地によって押さえつけられてしまう。


行動を封じられ、呼吸も止められた。そんな絶体絶命に陥ってしまったその瞬間。



彼女たちの耳に、聞き慣れた声が響く。





「変身。」




黒い光が、全てを焼き尽くす。




「……せん、ぱい?」


「…………せっかくの実戦なんだ。ちょっとサンドバックになってよ。」



ルビーの目の前に現れたのは、白ではなく真っ黒に染まってしまった先輩の姿。黒真珠のイヤリングに、どこか和を感じられながらも以前の衣裳を真っ黒に染め、少しだけ裾を短くした姿。けれど纏う雰囲気はより鋭利なものとなっており、そのエネルギー量は以前の彼女とは比べ物にならない。そして何よりも、胸に光る真っ黒なソレが彼女の“変移”を物語っている。


後ろで零してしまった声を鼓膜で拾いながらも、聞き流した真っ黒な宝珠。彼女は挑発的な笑みを浮かべながら、黒い刃を構えた。



「……まーじかよ。放置してたら引き込めるかもって思ってた奴が黒くなってるじゃねぇか。おい元白いので、現黒いの。その“負の精神エネルギー”、どこで使い方習った。そもそも正の精神エネルギーを司るナイトジュエルと正反対の力だろうが。どうやってる。というか分解させて調べさせろ?」


「ご勘弁願おうかな?」


「残念。なら方針転換、無理矢理頂くとしようか! クライナー!」



クラフトがそう指示を出し、クライナーが先ほど同様パン生地を伸ばし鞭のようにすることで攻撃を開始する。


けれど彼らが相対しているのは、あの“蜘蛛”の元で修練を積み、その技術をより実戦にために磨き切った存在である。たとえ相手が強化されていようとも、生まれたばかりの化け物に、負けるハズなどなかった。


一瞬だけ目を閉じた黒の彼女は、強く見開きながらその刀を振る。ルビーやダイヤたちには一度しか振ったように見えなかったが……、その直後。巻き起こるのは無数の連撃。



「KU,KURA!?」


「確かに、ちょっと切りにくい。消し飛ばすか。」



射出されたパン生地たちを一瞬にして粉みじんにしてしまった彼女は、少しけだるげにそう呟きながら、さっきまで握っていた刀を地面へと突き刺す。そしてその柄の頭に手を置きながら、ゆっくりとその体内に巡る負の精神エネルギーを解き放って行く。


正の精神エネルギーが誰かを救う力であるならば、負の精神エネルギーは誰かを壊す力。救うための力を捨て、ただ相手を消し去るための真っ黒な光を、彼女は解き放つ。



「ダークパール、シャワー。」



何でもないように呟かれたその瞬間。極光が、全てを黒く塗りつぶしてしまう。


クラフトたちは即座に離脱したようだが、クライナーは近い距離で正面に立っていたと言うこともあり、直撃してしまう。そして染まってしまった彼女の後ろでただ眺めるしか出来なかったルビーとダイヤの二人も、恐怖を覚えてしまう。


自分たちが扱う浄化技を、単なる破壊にだけ使用した真なる意味での“必殺技”。そんなものをあの先輩が使っている。その現状を理解できないことが、より恐怖を助長させてしまう。



「……こんなものかな? 手加減の練習はしてないから微妙だけど。」



そう言った瞬間、彼女は剣を引き抜き、黒い光を収める。


黒が日光によってゆっくりと打ち消されていき、後に残ったのは……、息も絶え絶えというほどに追い詰められてしまったクライナー。補充されたパン生地は全て消し飛ばされてしまっており、先ほどルビーによっていい感じに焼かれたパンだけが残っている。



「もうちょっと、実のある戦闘をしたかったけど……。まぁアンコーポ程度じゃ酷な話か。」


「ッ! このガキ! 言わせておけば……! はッ! いくら最新型の第三世代って言ってもこいつは量産型だよ! 今度はお前さん用にハイエンドでも持って来てやるから覚悟しな!」


「ふ~ん、なら楽しみにさせてもらおうか。じゃあ、ボクの仕事はこれで終わりだ。帰らせてもらうよ。」


「ま、まってパールッ!!!」



自分のやることはやった、そう言いながら剣を腰に納め立ち去ろうとする彼女。そんな彼女を止めるために、声を上げパールの手を掴むルビー。けれど……、帰って来たのは、冷たい、拒絶された視線。



「…………もう、ボクは貴女の知るパールじゃない。胸のこれ、ダークパールを見ればわかるでしょ。」



ルビーが、強くつかんだはずの手。けれど彼女の腕力では、今のダークパールをとどめることができない。彼女の手から逃げるようにダークパールが離れていき、軽く地面を蹴った瞬間。その姿が掻き消えてしまう。


例え逃げられたとしても、もう一度掴めばいい、追いつけばいい。ルビーは、いやアカリはそう信じ、変わってしまったヒマの後を急いで追いかけようとするが……、視界に、立ち上がろうとしているクライナーが入ってしまう。自分たちが戦う理由は苦しむ人を困っている人を助けるため、ヒマも、眼前のクライナーも自分たちしか助けることができない。けれど、優先順位を付けなければいけない。



(私たちのヒマ先輩とは変わってしまっていた。けれど、クライナーを殺せるのに、殺し切らなかった。……全部が全部、変わったわけじゃない。クライナーを放置してしまえば、街にもっと大きな被害が出ちゃう。ダイヤ、クライナーを優先するよ。)


(……えぇ、そうしましょう。“アカリ”、貴女の選択は正しいわ。どれだけ離れようとも、どれだけ隠れようとも、見つけ出して絶対捕まえる。そうでしょう?)



(…………だね!)



顔を見合わせ視界を共有し、先にクライナーを浄化することを決めた二人。蓄積されてダメージを気合で乗り越えながら立ち上がり、大きく空へと飛び上がる。


強く輝かせるのは、彼女達の胸に飾られていた“ナイトジュエル”。誰から救いたいという気持ちを力の源へと変換し、極光を生み出す。先ほどダークパールによって放たれた光よりは弱いが、確実に負の感情を祓い暖かな感情を抱かせてくれる、赤と青の光。



「ルビーシャワー!」

「ダイヤモンドシャワー!」


「「輝く希望の宝石よ! その心の闇、祓い給え!」」



「「ダブルジュエル・シャワー!!!」」



焼きたてパンのクライナーは回避することも出来ず、全身でその攻撃を受けてしまう。正の精神エネルギーによってパンと男の肉体が分離されていき、そのこころも『あかる~い』感じに晴れていく。流石に店の赤字を消し飛ばすことはできないが、社会全体を憎み正しい方向から離れてしまうということはもう当分起きないだろう。



「チッ! 失敗か! まぁいい! このアタシ、クラフト様は失敗から学べるんだよ! おいガキども! さっきの黒いの同様私のクライナーでぶっ倒してやるから首洗って待っとけ! お前ら! 撤収するぞ!」


「ジョーチョー!」


「ジューギョーイン!!!」


「…………あ、やべ!? お、おいお前ら! 焼けちまったパンは回収して帰るぞ! パン生地代はもうパン職人に全額支払ってるんだ! 食べ物粗末にすんな! あ、アイツに怒られる!!!」



即座に撤収しようとするアンコーポたちであったが、おそらくクラフトは最近できた友人の一人、食べ物を粗末にすることを絶対許さない“九条恵美”のことを思い出したのだろう。即座に部下たちに回収を指示し、どこかから袋を取り出した戦闘員たちがせっせとトングで散らばったパンを回収している。


そしてそれを見たジュエルナイトたちも……、頭に浮かぶのは同じ人物。師匠こと“九条恵美”である。彼女は道理から少し外れたものでも多少のコトなら『今後注意するように。』とお叱りだけで済ませてくれる人ではあるが……、食べ物に関わるとマジで駄目である。焼き立てパンを地面に放置したまま帰るとか、拳骨じゃすまない。



「「あ、私達も手伝います。」」


「まじ? わりぃな。おいジューギョーイン! 二袋分こいつらに分けてやれ! アレだアレ! “敵に塩を送る”ってやつだ! 地面に落ちきる前に拾えた奴もってこい!」








 ◇◆◇◆◇






「……ふ、ふぅ。何とか今日も学校終わった。」


「まぁギリギリ遅刻せずに済んだし、良かったわよねアカリ。」



今朝の戦いから数時間後。クラフトから綺麗なパンを大量に貰った二人は時間を見て驚愕。もう十数分でホームルームの時間になってしまっていた。ヒマ先輩のことを探しに行きたかったが、顔を見れたと言うことはもしかしたら学校にいるかもしれない。授業もあるため変身したまま急いで学校に向かったのである。


正体こそバレなかったが……、クラフトに持たされた大量のパンは隠しようがない。そのため二人はクラスメイト達に囲まれ、ちょっとした騒ぎになってしまった。一応誤魔化すことは出来たのだが、二人が遅刻ギリギリになってまで買いに行ったパン屋と言うことで少し話題に。放課後クラスみんなでそのパン屋に直行するということになってしまったのだ。



(でも、逆に良かったかも。)


(そうね、あの職人さんも嬉しそうにしてるし。)



近くにあったベンチに腰かけながら、朝貰ったパンをかじる二人。


その視線の先には彼女たちのクラスメイトが列をなしてパン屋に並んでおり、それを見た町征く人たちが写真を撮ったり、その列に新しく並んだりしている。店主ことクライナーになってしまったパン職人さんは忙しそうにはしているが、お客が並んでいることに酷く喜んでいるようで、笑みを浮かべながら接客をしている。


実際味はすごくいいのだ、これを機に評判や知名度がどんどん上がって行けば、パン職人の彼がもう一度クライナーになる様な闇を抱えてしまう可能性も減るだろう。



「それに、私の食費も浮くし。へへへ!」


「……私が貰った分も欲しいなら上げるけど、ちゃんと他のも食べなさいよ?」


「わかってるって! ……結局、先輩学校に来てなかったね。」



話題を変える、アカリ。


彼女の言う通り、休み時間などにヒマのいるはずの教室へと足を運んでみたのだが、まだ体調不良による欠席ということになっていた。


久しぶりに見た、先輩の姿。何にも染まらぬような真っ白な装束が一変して黒一色に。そしてこちらを払いのける様な態度、明らかに普通ではなかった。思い出せば思い出すほどに、不安が募ってしまう。ある意味、元気な姿を見せてくれたと言ってもいいかもしれないが……、彼女は、笑っていなかった。



「もうちょっとしたら、みんなから抜け出してまた先輩探しにいこう、リッカちゃん。」


「そう、ね。先輩は迷惑に思うかもだけど、何度でも手を掴んでやりましょう、アカリ。」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(パン生地型クライナー編)


……うむ? 講義開始前にこれを読み上げろ? まぁいいが……。えっと、何々? 『回収したパンは帰還したジューギョーイン達と近くにいたビジネスが平らげました』? あと『実はヒマも立ち上る美味しそうなパンの匂いに気になって、お小遣いを“蜘蛛”からもらって後日買いに行きました。あとルビーの手を払っちゃったの結構気にしてます』? そ、そうか……。わ、私はこれにどうコメントすればよいのだ?


ま、まぁよい! 切り替えていこう! 改めてだが、ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! アンコーポ製怪人が一人! 完成した第三世代クライナーである、パン生地型クライナーについて解説してやろうではないか! では基本スペックだ!


■身長:226.1cm→431.8cm

■体重:119.9kg→291.0kg

■パンチ力:17.5t

■キック力:17.5t

■ジャンプ力:41.0m(ひと跳び)

■走力:6.3秒(100m)

★必殺技:パン生地接着地獄


うむ、前回出現したクライナーのスペックを向上させながらさらに外部要因による強化という要素を追加した、クライナーという所か。既に量産体制は確立しているようだし、今後この存在がメインの敵となってくるだろうな。


特徴としてやはり特筆すべきは、その“パン生地”の活用。装備であるパンを引き延ばすめん棒で攻撃をしながら、生地を伸ばして鞭や縄の様にして扱うことも出来る。打撃系の攻撃に高い耐性を持ちながら、同時に接近した物を生地の中に埋め込むという凶悪な技もある。人であれば呼吸は必須故な、かなり強力なクライナーと呼べるだろう!


タイミングが悪かったせいであの“ダークパール”の噛ませ犬になってしまったが……、うまく行けば大金星だったかもしれぬな。ふむ、やはりあのクラフトとかいう女、技術者としては“そこそこ”と言ったところなのだろう。ま、この人類史上最高の頭脳を持つネオ・デス博士と! そんな私の最高傑作であるクモ女には遠く及ばぬがな! はーはっは!!!


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る