29:戦いの後で
「……ぅう。」
【あら、どうしましたか幼子。久しぶりに友と語らえたのでしょう? 最近はここに籠り切りですし、良い気分転換になったのでは?】
「き、きつく当たっちゃいました。」
【あらら。】
真っ白な蜘蛛糸のワンピースを身に纏いながら、用意してもらった真っ白なベッドに置かれたクッションをぽかぽかと殴るヒマ。その様子をたまたま通りかかった洗濯物籠を持つ“蜘蛛”が発見し、聞いてみれば……。帰って来たのはそんな言葉。若干ヒマが涙目になっていることから、自分でも失敗してしまったと反省しているのだろう。
……誘拐した化け物とその被害者が何故、和気あいあいとしているのかは疑問ではあるが、彼女たちの会話は続いていく。
【ほら、この“蜘蛛”に吐き出してみなさい。少しは楽になりますよ。】
「うん……。」
その姿勢を一切ブラさず、蜘蛛足によって彼女のベッド横まで。
洗濯籠を下に置きながらゆっくりと寝台に腰かけ、ヒマの話を聞こうとする“蜘蛛”。その動きは、実母をなくし家族の愛に飢えていたヒマにとっては劇物であり、彼女へ完全にその化け物を頼る事の出来る存在として理解させるもの。共に生活していれば同様の物を何度も目にしてしまうのである。陥落してしまうのもそう難しい話ではなかった。
彼女が元々住んでいたあの家にいる母親や、妹たち。その存在を忘れたわけではないが……。この場の居心地の良さに甘えてしまっている状態である。
「ボクのナイトジュエル、パールはあの時から真っ黒に染まっちゃった。真っ白なパールから、ダークパールへ。あの時から私は『何かを浄化する』ことが出来なくなっちゃった。代わりにこれまで以上の力を手に入れられたのは確かだけど……、もうボクは、“ジュエルナイト”じゃない。」
変移してしまった彼女のナイトジュエルは、負の精神エネルギーを糧として力を得ている。それゆえにヒマは“パールであった頃”と違い、常に兄の命を奪ったこの歪んだ社会への憎悪や、街で暴れる悪の存在への敵意。誰かを救うのではなく、誰かを倒すため殺すために感情を爆発させ、戦っている。
確かに破壊力こそ向上したが、それは誰かを救うのではなく壊す力。既にヒマは自分を“誰かを助けるためのジュエルナイト”という枠組みから外し、アカリやリッカ達と同じ存在には成れないと決めつけてしまっている。一度自分は“堕ちた”のだ。どこも穢れていない彼女たちの近くにいれば、迷惑になってしまう、とも。
だから、離れなければならない。
「“蜘蛛”さんのおかげで、私はこの負の感情との付き合い方。乗りこなし方を理解できました。ただ感情のままに暴れる獣から、人に戻れた。……すごく、感謝しています。」
【全て幼子の努力というのに。相変わらず謙虚ですねぇ。】
「そんないいものじゃ、ないです。けど……、やっぱり、私はあの子たちと違う。あの子は、こんな私でも救おうとしてくれた。なのに……。」
そんな自分を救おうとしてくれた子の手を、払ってしまった。自分と関わることでそんな強い善性を持つ子が歪んでしまうかもしれない、変わってしまうかもしれない。そんな思いから、払ってしまった。ヒマはそれを強く後悔していた。
……彼女の本音を言えば、数えるほどの日数でしかなかったけれど、あの子たちと過ごした楽しい日々に戻りたいという気持ちは強くある。けれど強い負の感情を御しきることが出来ず、堕ちてしまった自分にはそんな資格はない。確かに今は御しきる方法を手に入れたが、胸に輝くダークパールが戻れないことを証明してしまっている。
今日のことを謝りたい気持ちはあるけれど、謝るには近づいてはならない彼女たちに近づかなければならない。だからこそヒマは身を“蜘蛛”の元へと移し、学校にも行かなくなってしまった。
「それに……。少しだけ家に、寄ったんです。でも……、何も、変わってなかった。」
そう言いながら、あの光景を思い出してしまうヒマ。
“蜘蛛”は決して、彼女の行動を制限していない。本気で嫌と言うのであれば引き下がるし、いつでも出て行っていいとも言っている。だからこそ、ヒマは家に帰ろうと思えば帰ることが出来た。……もしかしたら、自分のことを心配しているかもしれない。そんな淡い期待を込めて……、彼女は自身の家に、寄ってしまったのだ。
けれど、待っていたのは強い“無”の感情。気配を殺し、ほんの少しだけ家の中を覗いた彼女に待っていたのは……、何も変わっていない日常。義理の母と義理の妹は変わらず生活を過ごしており、元からヒマという存在はいなかったかのような日々が、行われていた。ヒマの心に襲い掛かるのは悲しみなどではなく、強い無と、納得。
「やっぱり、そうだったんだ。って。納得しちゃったんです。ボクは、要らなかったんだって。……そんなもの見たら怒りとか、全部壊してやろうとか、そう思うって信じてたんですけど……。全然、気持ちが出てこなくて。」
淡々と言葉を紡ぐヒマの背を、やさしく撫でる“蜘蛛”。
それを受けて、何故か目から涙がこぼれてしまうヒマ。あの場で納得してしまったと言えど、彼女の心には期待があった。もしかしたら、という淡い希望。そうでなければ、家を見に行くなどという行動はしない。
そんな彼女を慰めるように、“蜘蛛”は口を開く。
【幼子、私は“蜘蛛”です。人のことなど解りませぬし、幼子のことも生まれてからずっと見守って来たわけではありません。そも、外から引っ越してきた者ですし……。まぁ貴女の家庭の事情など、知らぬのです。何か理由があるのかもしれませんし、無いのかもしれません。故に語る言葉を持ちません。】
「……はい。」
【ですが“蜘蛛”に打ち明けてくれたこと、嬉しく思いますよ。“ヒマ”。】
始めて名前を呼ばれ、つい“蜘蛛”の方を見てしまう彼女。
けれどいつの間にか化け物は寝台から立ち上がっており、下に置いた洗濯籠を持ち上げていた。
【この町は私の巣、そこに住まう幼子たちはいわば全て私の“子”。真なる子ではありませんが、そう言っても過言ではないでしょう。貴女が望むのであれば、幾らでも母として受け止めましょうとも。】
「“蜘蛛”さん……。」
【けれど歩みを止めた者をただ養ってやるほど“蜘蛛”は優しくありませんよ? どれだけ牛歩でも、小さい歩みでも。とにかく前に進むのです。立ち止まっても、振り返っても、引き返してもいいのです。けれど気持ちだけは、前を向き進みなさい。】
しゃがみながらヒマに視線を合わし、そう言葉を紡ぐ“蜘蛛”。
【そのために“蜘蛛”から幼子に一つ、課題をやりましょう。】
「課題、ですか?」
【えぇ。あの幼子たち。確かジュエルナイトでしたか? あの者らと全力でぶつかってみることです。一人で悩むよりも、誰かと共に悩む方が何倍も良いのですから。】
自分に打ち明けたように、年下とはいえ秘密を共有したことのある大事な友、アカリやリッカ達とよく話せと言う蜘蛛。たとえその過程は何でもいい、顔を合わせて話すよりも、拳を合わせて話した時の方が気持ちが通じることもある。勇気を出し、まずは一歩前に進んでみる。もう一度顔を合わせるべきだと、ヒマの頭を優しく撫でながらそう言い聞かせる“蜘蛛”。
「…………わかり、ました。やってみます。」
【ふふ、愛い愛い。何、蜘蛛はいつも見ているのです。……応援していますよ?】
◇◆◇◆◇
「師匠! 特訓強化してください!」
「負荷が強くなりすぎるのでダメです。体壊れますよ?」
「そ、そんな!?」
場所と時間は代わり、放課後の公園。
ヒマのお昼ご飯の用意と鍛錬を終わらせた“蜘蛛”こと怪人クモ女。彼女はついでに実質的な長期休学になっている彼女がもし学校に復帰した際、勉強などで置いて行かれないように自家製のテキストなどを渡した後。変装を解き全速力で自宅に帰宅、この後に控えるアカリとリッカの修行のための準備を終え、“九条恵美”として公園へやってきていた。
大きなリアカーには二人が食べる夕食と今後二週間の鍛錬と食事メニュー。ついでに自分の食事を乗せてやって来たのだが……、そんな彼女に真っ先に話しかけたアカリが放ったのは、特訓量増加のお願い。即座に却下されたことで不満の声を上げるアカリだったが、それを遮る様にエミが捕捉を入れる。
「いやほんとに体壊しますからね? お二人とも成長期なんです。過度な特訓は体を壊します。今でさえかなりギリギリのところを突いているんですから、これ以上増やした瞬間に爆発しちゃいますよ?」
「望むところです!!!」
「いやダメですから……。」
脳内で『2回ぐらい爆発したことがあるから大丈夫!』みたいなことを考えながらそう叫ぶアカリだったが、何も知らないエミからすれば否定するしかない。
いや“蜘蛛”でもある“九条恵美”は彼女たちのすべての戦いを把握しているし、自身を中心にエネルギーを爆発させるルビーエクスプロージョンという必殺技を確認済みであるのだが……。それとこれとは話が違う。けれどそれを口にしては説明を求められ、正体がバレる可能性が出てくる。故に一緒に来ていたアカリの親友、リッカに助けを求めたのだが……。
「り、リッカさん? アカリさんはこう言っていますが……。」
「……すいませんエミさん。私も、同意見です。力不足を、実感してしまいまして。どうしても力が必要なんです。真っ当な方法で、ちゃんとした力が。」
普段ブレーキ役を務めている彼女すらも、アクセルを踏み込んでしまっている。
二人の目から感じられるのは、強い決意。この身がどうなろうとも助けを求めている人が居るから、向かわなければいかない。けれど力が足りないから、強く成らなくちゃいけない。何の曇りもないその瞳に、エミは少し気圧されてしまう。
(やっぱり、こうなりますか。ヒマさんを真の意味で“救う”のは、この子たちしか出来ない。本当はもう少し時間を掛けて、彼女たちが強くなるのを待つ方針でしたが……。)
クモ女も、今の生活が続くこと。“蜘蛛”としてヒマを保護し続けるのはヒマ自身にとっても良くないと感じていた。確かに家庭環境は問題が残っているが、アカリやリッカ達、そして学校から少し逃げてしまっているのは確かだ。時には逃避も大事だが、ずっと逃げていては前に進めない。最終的に現状維持の選択をしたとしても、ちゃんと顔を合わせて話をする必要を強く感じていた。
けれど、それをするにはジュエルナイト側の実力が足りない。会話するにもある程度実力が拮抗していなければ、前回の戦闘時の様に逃げられてしまうし、相手が会話をしようとしても一方的に言葉を投げかけてしまうことになりかねない。故に九条恵美が立てたプランでは、もう少し時間を掛けて実力を高め、闇落ちしたヒマと同等レベルに成長してからぶつけ、いわゆる『河川敷での喧嘩からの仲直り』の様なルートを想定していた。
(けれどヒマさんが想像以上に早く“蜘蛛”に懐いてしまいましたし、この子たちは早期の解決を願っている。ならば……それに応えるのが、大人の役目ですかね。)
“九条恵美”はほんの少しだけ息を吐き出し、瞳を閉じ思考を廻す。
人の体が劇的に強くなると言うことはあり得ない。コツコツと積み上げ、時間を掛けて成長するのが基本だ。勿論例外もあり、急速に力を得る方法もあるが、それ相応の代償が求められてしまう。現状アカリたちの肉体面での成長は限界点ギリギリを突いており、九条恵美によってサポートを行うことで崩れぬように調整されている。
つまり、肉体を成長させることで変身後のスペックを向上させると言うことは難しい。残されたのは、“心”の成長。彼女たちが変身後に使用する精神エネルギーの向上を目指すという手法だ。
クモ女が持つ技術や鍛錬方法は全て科学に基づいたもの、デスカンパニーなどが所有していた手法なため、“心”の鍛え方などの効率化が完全に出来ているとはいいがたい。けれど少々危険ではあるが、一つ劇的にそれを強化できる方法に心当たりがある様子。
それを施すのかどうか、かなり迷ったようだが……、出来る限りその負荷を落としながらやるしかないと考え、眼を開く。
「わかり、ました。ただしこれ以上の“肉体的”な特訓は体を壊します。故に今回は別のもの、“精神”を鍛えるものを追加しようと思います。これまで私がアカリさんたちに施さなかった分、とんでもなくキツいモノですが……頑張れますか?」
「はい! もっちろんです!」
「えぇ、全力でやります。やらせてください。」
「……確かに、受け取りました。では早速やっていきましょうか。」
そう言いながらそのまま二人に目を閉じるように指示するエミ。
これから行うのは、イメージトレーニングの一種。彼女たちの目の前にいる“九条恵美”は知らぬことだが……、その正体である怪人クモ女は二人がジュエルナイトであり、その力の源が精神エネルギーであることを理解している。そしてその精神エネルギーは、“イメージの具現化”と非常に相性が良いということも。
確かにイメージトレーニングはよりその肉体を強化する助けとなるが、今からエミが行おうとするのは、精神を鍛えるもの。一般的に知られているような物とは、すこし違う。
「まず、自分の体を強く意識してください。体を動かしてはいけませんが、イメージの中ではいくらでも動かして頂いて結構です。自身の肉体の輪郭、重さ、出来ること。空想のものでも構いません、最上の自身を描いてみてください。」
視界が閉じられ、淡々と語られるエミの声に従いながら、最上の自分。ジュエルナイトとして変身した時の動きが出来る自身を思い浮かべる二人。普段の自分が出来ない様な事も、空想の中では出来てしまう。軽く動きを確認し、無事イメージの中の自分を自由に動かせるようになった時。
もう一度、エミが口を開く。
「では、これより特訓を始めます。これから私は、お二人が生み出したイメージを“本気”で攻撃します。」
彼女がそう言った瞬間、何故か彼女たちの脳内に浮かんでいた自分の分身の眼前に、“九条恵美”が出現する。目を開ければ単に目の前に立つ彼女が軽いプレッシャーを放っているだけだと理解できるが……、眼を閉じている彼女からすれば、イメージと現実が混じっているような状態。思わず混乱してしまうアカリとリッカだったが、その直後師匠から放たれた言葉によって、無理矢理“戦闘”を意識させられる。
「イメージだとしても自分の肉体。直撃すれば最悪ショックで死に至りますが……。」
「「…………えッ!?!?!?」」
「まぁ最大限手加減しますし、こちらも出力は弱めにしますから大丈夫でしょう。さ、始めましょうか。」
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〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(デスカンパニー製怪人・トンボ男編)
我が最高傑作であるクモ女よ……。まぁ確かに、確かにな? 怪人の素体となる強き人間を作るには真面な家庭環境の元で十分な栄養を与え適切な運動と教育を施すのが適切のではあるのだが……。そこの白虎ヒマとかいう存在、明らかにお前に“母”を感じていないか? 余計にややこしいことが起きそうな気もするが……、う、うむ。とりあえず気にしないことにしよう。うむうむ。
はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回は過去にこの私が製作した怪人の一つ! 幹部一歩手前まで上り詰めた強力な怪人、トンボ男について紹介してやろう! まずは基本スペックだ!
■身長:201.9cm
■体重:98.2kg
■パンチ力:51.3t
■キック力:109.9t
■ジャンプ力:55.5m(ひと跳び)
■走力:3.9秒(100m)
★必殺技:なし
基本スペックだけ見れば先日の兜将軍に劣るが……、コイツの強みはその速さと眼の良さにある! トンボ、特にオニヤンマなどの驚異的な飛行性能と複眼による空間把握能力を持つこの怪人は、まさに空の王者というに相応しい風格であったな。まぁその空戦能力にかまけてしまい、一般怪人以上幹部未満に落ち着いてしまったのだが……。
ちなみにこいつはピレスジェットとの戦闘経験はない怪人でな? 周囲に自身を幹部と認めさせるために打倒ピレスジェットを掲げて出撃したのはいいが、ピレスジェットの仲間たちに撃破されたなんともいえぬ怪人でもあるのよ。スペックにかまけ必殺技の鍛錬すら積まぬ故にそうなるのだ……。まぁ早い話、主人公以外にも活躍の機会を与えるために用意された噛ませ犬よな。うむ。
ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!
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