30:トップに立つ者


「お、ビジネスじゃーん。元気してるかぁ?」


「……誰かと思えばクラフトさんでしたか。お久しぶりです。」


「あはー! そんな他人行儀すんなよ! アタシとお前の仲じゃねぇか!」



アンコーポ本社の一角。


人間界の観光から一時本社に帰還したクラフトは、工房兼自室に戻る途中でビジネスを見つけ、楽しそうにその背中を叩いていた。職人で力作業が多いせいか彼女の腕力はかなり強い。そんな存在に全力で背を叩かれればかなりの痛みが伴うだろうが……。ビジネスは過去の経験から、変に反応するとまたややこしくなることを理解している。故に取るべき反応は、相手の気が済むまで耐えるのみ。



「あ、そーだそーだ。お前に土産持ってきたんだよ。」


「お土産、ですか?」


「そうそう! ほらコレ! 全部もってけ!」



そう言いながら彼に手渡されるのは、彼らの身長を大きく超えた袋。ぱんぱんになるまで詰まっており、ビジネスが一言断ってから中を開けてみれば、中から雪崩のようにパンが飛び出て来た。


これはもちろん、先の戦闘時に生じてしまった焼き立てパンの残りだ。クラフト本人やジューギョーイン達も一応頑張って食べたのだが……、流石に量が多い。そのためか残った分は全部ビジネスに投げつけてしまえということになったようで、彼女から土産として渡されることになった様子である。



「あ、ちな賞味期限今日までな?」


「は?」



雪崩に呑まれながらも香ばしい小麦の匂いに頬を緩めていたビジネスだったが、クラフトの言葉により即座に真顔になる。一瞬冷凍することを考えたが、明らかに間に合わない。一人で食べるどころか営業部の人間を全員集めても不可能である。もうそろそろ終業時間になりそうだが、自前の転移能力で社内を走り回りパンを配るしかないと考え、ひそかに覚悟を決めながらビジネスは口を開く。



「ありがとうございます。皆で頂かせてもらいますね。」


「おーう、好きにしてくれー! んじゃ私は自室に戻るわ! お返しはいらねぇからなー!」



背中を彼に見せながら、振り返らず手を振りその場から去るクラフト。


そして少し歩いた先に辿り着いたのは……、彼女の工房。かなり散らかっており足の踏み場がない状態だが、彼女からすれば床さえも最適な保管場所なのだろう。ひょいひょいと隙間を縫いながら自分のデスクまでたどり着き、懐に入れていた書類束。彼女の直属の部下たちが纏めた今回の戦いで入手した詳細なデータを眺め始める。


勿論、クライナーのみならずジュエルナイトのデータも、だ。



(第三世代の性能は悪くない、これまでのクライナーと比べると各段に向上している。こいつは揺るぎない事実だ。だが……。)



彼女風に言うと、あの赤と青のガキ二人。ジュエルナイトたちの出力は前よりも弱体化こそしてたが、技術面は向上してきていた。警戒すべき相手ではあるが……、より注目すべきなのは元白いの現黒いの、ダークパールである。浄化の力を捨て、破壊に振り切った戦士。クラフトは現状の第三世代ではジュエルナイトの撃破は可能でも、ダークパールの撃破は不可能だと判断していた。


他のデータやいくつかの図面をひっくり返しながら、更に思考を深めていくクラフト。


クライナーという怪人は量産性を強く意識している。そのため定められた枠組みの中でどれだけ性能を上げられるかという勝負が必要になってくる。あのパン生地型クライナーは新世代、第三世代の怪人として相応しい能力を持っていた。けれど、負けたという事実は受け止めなければならない。


確かに、彼女がハイエンドと呼んだコスト度外視の怪人を作れば簡単にジュエルナイトたちのスペックを上回り、撃破することも可能だろう。けれどそれは、彼女にとっては負けを認めたようなもの。自ら『予算内で最善の仕事ができない三流職人ですー!』と吹聴しているようなものだ。


戦闘時はついかっとなってハイエンドを持ち出すと言ってしまったが、彼女は限界ギリギリまで量産型の改良に努めるつもりだった。



(上からのオーダーは、ジュエルナイトにも勝てる新規量産型の作成。そういう意味では第三世代型は失敗作ってことになっちまう。だが……、これ以上何かを削れば明確な弱点を作っちまうことになるし、かといって付け足せばコスト超過だ。)



クライナーを生み出すのに使われる、クライナージュエルの図面を再度引っ張り出し、設計を見直し始めるクラフト。けれどどう考えてもこれ以上の改良は出来ない。何かブレイクスルー、新規技術を手に入れることが出来れば話は変わってくるだろうが……。


一瞬そう考えたクラフトだったが、そんなすぐに新しい技術やアイデアを思いつけるわけではない。けれどここで思考を止めればよいアイデアは浮かんでこない。真っ新な紙を椅子の後ろにある紙束から取り出し、最初から図面を引き始める彼女。



(実際にラインにぶち込んだ時に私じゃ見えてこねぇコストカットの方法が出てくるかもしんねぇ。だがんなもん棚ぼただ。当てにするぐらいなら最初から考え直して、少しでも削れるところを探してスペックの向上に……、あぁ?)



そう考えながら作業を始めようとした瞬間、彼女の工房に響くノックの音。一瞬怒号を上げそうになったクラフトだったが、彼女の部下たちには作業中邪魔をしたらぶっ飛ばすと強く言い聞かせていることから、部下ではなく他の誰かが訪ねて来たと判断。


聞こえぬように小さなため息で苛立ちを抑えながらドアを開けると……。



「久方ぶりだな、クラフト。息災か?」


「ぷ、プレジデント!?」



何とそこにいたのは、アンコーポの主。プレジデント。どうせビジネスあたりだと考えていたクラフト、たとえ相手が自分を雇う企業のトップであろうと態度を変えない彼女ではあったが、思いがけない相手だった故か思わず声を上げてしまう。



「秘書が何故かビジネスから大量のパンを貰ったそうでな? 私の分も、と言われたのだがそこまで腹が空いてるわけでなくてな……。たまたま良いバターとジャムがあった故に茶でもどうかと顔を出してみたのだが、作業中だったかね?」


「あーいや、今始めたばっかなんで。あとプレジデント、それアタシがビジネスに渡した奴。メチャ食ったけど食い切れずに余っちまったからやった。」


「なんと。左様であったか。」



かなり説明が省かれていたが、クラフトの性格とビジネスの性格からなんとなくあらましを理解し、一人納得するプレジデント。どうやら報告書の提出をよく忘れるクラフトの為に直接彼女の工房にて、口頭で話を聞きに来たようだったが……、彼女の工房の中の散らかり具合を見てすぐにそれを諦めたようだった。


そんな首領の姿を見て何か誤魔化す様な声を上げながら頭をかいたクラフトは、提案を行う。



「あー、他の奴らが使ってる大部屋に応接スペースがあったハズだ。そこでいいか?」


「もちろんだとも。」



そんなこんなで移動し、技術者型のジューギョーインが多数集まる大部屋へ。自分たちの上司と社長がいきなり入って来たことに驚くジューギョーイン達だったが、クラフトは何も気にせずソファへ。プレジデントは軽く手を上げ気にしないように言いながら、クラフトの対面に座る。


社長にそう言われればまぁ従うしかないジューギョーイン達、邪魔にならないようにそのまま静かに仕事を開始しようとしたが、プレジデント本人がお茶の用意をし始めたところを見て何人かが飛び出し、すぐに用意を代わる。十数秒経つ頃にはまだ蒸らし途中ではあったが、完璧なお茶の用意が完了していた。



「……では、聞こうかクラフト。」


「報告か? まぁそうだな……。“現地協力者”の方は順調、“侵攻”は成果なし、“開発”は微妙って所か。」



淡々と報告を行う彼女。


九条恵美との交友関係の構築は、“クラフトの視点”からすれば非常に順調である。よい友人と言って過言ではないだろう。最近顔を出してこない“蜘蛛”と対抗するためにも、必ず必要になってくる人脈の構築に成功はしている。けれどそれ以外は、あまりうまく行っていないという所だ。



「そう、か……。歓待で予算が吹き飛んだのは確かだが、まだ余裕がないわけではない。そこまで大きくは出来ないが、第三世代への予算をもう少し上げるというのも……」


「あ? 本気で言ってんのかプレジデント。社長だろうが喧嘩は買うぜ?」


「ふっ、謝罪しよう。決して君の腕を信じていないわけではない。これまで通り君にお願いしようではないか。私としても、そのダークパールを名乗る存在。非常に気になっている。君からすれば気に喰わない提案だろうが、そのハイエンドとやらも選択肢に入れることをお勧めさせてもらおう。」


「……あ~、解ったよ。考えておいてやる。」







 ◇◆◇◆◇






「アカリちゃーん? もう下校時間だよ?」


「ぼんごれ、みそすーぷ。」


「り、りっかちゃん? 幼馴染壊れてるけど……。」


「キャリブレーション取りつつゼロ・モーメント・ポイント及びCPGを再設定疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュール直結ニュートラ……。」


「あ、ダメだ。両方壊れてる。」



アカリたちが通う私立中学。名を聖ブリリアント学園。別に宗教系ではないのに何故か聖の字が使用されていたり、学校関係者の誰も名前の理由を把握していなかったりと少し変な学校ではあるが、県内有数の中学である。更に私立故か、比較的広い立地に真新しい校舎と可愛らしい制服が自慢でもある。


そんな場所で楽しい学園生活を送るアカリとリッカであったが……。絶賛ぶっ壊れ中だった。


そんな二人に心配そうに声を掛けるクラスメイト達だったが、返って来た言葉もぶっ壊れてしまっている。一応教師も心配して声を掛けたのだが、アカリはずっと食べ物の名前や料理名を連呼してるし、リッカの方はアニメのセリフを連呼して会話にならない。朝からずっとこんな感じだ。


一部の教師は完全に引いてしまい触れないようにしていたのだが、クラスメイトからすれば最近よくある出来事。普段は朝礼までに再起動していることが多いが、今日は運悪く下校時間までぶっ壊れたままだったようだ。ちなみに問題を見せながら『これといてー』と言えば実行するし、食べ物を口元に運べばもぐもぐし始めるので、皆からは若干遊ばれながらお世話されている。



「えっと、どこ叩けば直るんだっけ?」

「首元狙えば一発、でも最悪カラテで吹き飛ばされるから箒とかでツンツンした方がいいよ。ほらこんなみたいに。えいや!」


「ひつまぶしッ!!! ……あ、あれ? 学校?」


「恋はしめさばッ!!! ……も、もしかしてまたやった?」


「わーい! アカリちゃん元に戻ったー!」

「まただよ、リッカ。最近多いけど大丈夫?」



正気に戻ったアカリに飛びつく子に、最近壊れていることが多いけど大丈夫かと心配する子。そして勢いよく吹き飛ばされ壁に突き刺さった箒を見て拍手する子に、どこから持ち出したのか突き刺さった箒を抜き取り業者の様な道具で修繕を開始する子。そしておそらくジュースでも賭けていたのか『放課後に起こされるまで戻ってこない』という大穴に賭けた子が拳を突きあげており、それ以外が悔しそうに床に拳を叩きつけている。


た、楽しそうですね、うん。



「う、うん。大丈夫。ちょっと昨日追い込み過ぎただけで……。」


「別にアタシらはいいけどさー。ほんとに壊れないでよね? というわけでお前らー、部活あるやつはさっさとそっちに、帰宅部は帰るぞー。」


「「「はーい。」」」


「あとそこでジュース賭けてたお前ら。マジで遺恨でねぇ様にしろよ?」


「「「解ってるってー。」」」


「ならヨシ、んじゃ解散!」



眼鏡をかけたクラス委員長の彼女がそう言いながら、全員を返していく。皆が笑いながらアカリやリッカに別れの言葉を残しながら、それぞれの場所へ。二人が帰りの支度をようやく終わらせた頃には、彼女たちのクラスには誰も居なくなっていた。


まぁそうなれば、秘密の話も出来るようになるわけで……。



「……リッカちゃん。私夢の中でもずっと師匠と戦ってたんだけど。」


「最悪死ぬって言うだけあるわよね……。強くなってるのは解るけど、確かにこれは毎日やったら壊れるわ。」



彼女たちがぶっ壊れてしまった理由はもちろんアレ。師匠とのイメージトレーニングである。


リッカが言ったように、その効果は非常に高いのだ。何せ想像の中でずっと戦えるため、肉体の疲労が一切ない。そして組手相手はこの星で上から数えた方が早そうな存在、というか五指に入ってないとおかしい気がする“九条恵美”である。そんな化け物が付きっ切りで修行を付けてくれているのだ。結果が出ないわけがなかった。


けれどそんな九条恵美が危惧した通り、デメリットも多く存在しており……。想像のなかで戦っているからこそ、特訓が終わった次の日は夢の中でも戦い続けてしまい起きてもずっとそのままという状態になってしまうことがあった。


一応九条恵美こと怪人クモ女が彼女たちの自宅に忍び込んで睡眠中に精密検査を行っているため、問題こそないのだが、日常生活に支障が出てしまうことは確か。故にこの特訓は連続して行うこと禁止し、そして特訓が行われたその日と次の日は完全休養日とされていた。



「と、とりあえず帰りましょうか。……というかアカリ、プルポは?」


「…………あ!? お、置いてきちゃった!!!」


「はぁ。まぁ何かあればアカリん家の電話で連絡してくれるだろうとはいえ……。」



そう言いながら、教室から出て下駄箱を目指す二人。授業終わりから少し経っているが、まだ学園にいる人は多め。会話を何でもないものに変えながら廊下を歩いていると……。



「あ、生徒会長だ。」



アカリが特徴的な腕章を付けた先輩を見つける。入学時や全校集会などでたびたび見たことのある、存在。生徒会長だ。それをぽけーと眺めるアカリに、少し頭をひねって名前を思い出すリッカ。



(確か名前は……、あ、そうそう。玄武ユイナ先輩だ。確かすっごくお金持ちの……、ってなんかこっち来た!)


「すいません、少しお話、よいでしょうか?」


「「あ、はい!」」



丁寧な物腰でそう聞いてくる、先輩。リッカの記憶によれば、確か彼女は最高学年である中3、部活動をしていない二人からすれば全く接点のない人間である。しかも生徒会長だし。お金持ち特有と言うべきか、品の良さを保ちながらも芯のある振る舞いに少し気圧されながらもしっかりと返事をするアカリとリッカ。



「生徒会長の玄武ユイナと申します。2年の白虎ヒマさんのことで少しお伺いしたいことがあるのですが……、お時間、大丈夫ですか?」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(デスカンパニー製怪人・ムカデ男編)


名前からしてこの者が4人目か? だがこのアカリとかいう奴があの妖精を家に忘れたせいで判別が出来ぬのか……。やはりあの妖精、無能では? やはり腹でも開いて技術発展の糧にすべきだろう! なに、この私に掛かれば傷ひとつ残さず開いて調べ切ってやろう! サンプルは長生きすればするほど取れるデータが増えるからな!はーはっはっ!


というわけでごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回もこの私が作り上げた怪人を紹介してやろう! まぁ我が最高傑作であるクモ女には遠く及ばぬが……、暇つぶしぐらいにはなるだろう!


■身長:262.2cm

■体重:110.0kg

■パンチ力:29.6t

■キック力:61.0t

■ジャンプ力:20.0m(ひと跳び)

■走力:4.0秒(100m)

★必殺技:ムカデ旋風


実はこいつは素体が外れでな、戦闘員として改造するには適性が戦ったのだが怪人にするには少し低いと言ったところで……。少々特殊な改造を施したのだよ。両手両足をムカデの胴体の様にすることで適正不足を補いながら、同時に巻き付き攻撃を可能とした、という感じだな。


固いカラとどこか潰されても戦闘可能なタフネス。そして両手両足の先端に付随したムカデの口で噛みつけるという結構凶悪な仕上がりにはなったのだが……。まぁ普通にピレスジェットには勝てなかったな、うむ。……最近たまに考えるのだが、我が最高傑作であるクモ女は別として、それ以外の怪人で奴に勝とうとするならば何をすれば勝てたのだろうな。答えが出ぬ気もするが、まぁ一種の思考実験としては面白いかもしれん。


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!






投稿が遅れてしまい、大変申し訳ございません。

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