8:断れぬ運命


「すみません、このマグロの7貫盛りを……。お二人とも食べますよね? 一つずつでいいですか?」


「え! え! 食べていいんですか!?」


「えぇもちろん。私持ちですからお気になさらず。」



はい、と言うことで回転寿司にやって参りました。平日ということでそこまでお客が多いわけではありませんが、この少しうるさい感じのお店。こういうのが良いんですよねぇ。人の限度さえ超えなければ食べ過ぎと怒られることもありませんし、比較的安価に様々なお寿司を楽しめるのはとっても嬉しいです。


このマグロの7貫盛りみたいにちょっとお高いですがそれ以上に美味しいのもありますからねぇ。


……とまぁ現実逃避はこれぐらいで。


普段は一人で来るので、カウンター席が埋まっていない限りそちらに通してもらうのですが、今日は真っ先にボックス席へと通してもらいました。それは何故かというと、私一人ではないから。ちょうど対面に座る魔法少女のお二人。朱雀アカリさんと、青龍リッカさんがその理由になります。……私が誘ったからこうなったんですけど、なんでヒロインの子たちと飯食ってるんでしょうね? 我怪人ぞ?



「すみません、御馳走になります……。」


「いえいえ、高い皿も好きなだけ注文して頂いて結構ですから。私も好きなように食べますし。あぁ、すみません店員さん。ではこのマグロの7貫盛りを32皿。あとはここの三種握りを全て5つずつ。えぇ、それですね。それとこの巻き寿司を10本程……。」


「(う、うわぁ。めっちゃ頼んでる。)」


「(や、やっぱりすごく食べるんだね……!)」



えぇ、とりあえず注文はそちらでお願いします。……それと、お二人とも小声で話しても全部聞こえてますからね?


いいでしょ別にちゃんとお金払うんですし、他のお客様の迷惑にならないようこれでもセーブしてる方です。本気出したら厨房にある食材全部どころか、周囲の飲食店全部飲み干せるぐらいなんですからね、私は。いますっごいはらぺこだし。やったことはないですけど人もペロリできるんですよこっちは。


っと、別に脱線してもいいが、そういうお話は早めに終わらせておきたいのは確かだ。何せ食事中に面倒な話をすれば大事なお寿司を楽しむことなんてできないだろう。どんな方向に着地するのかは全く予想がつかないが、早く終わらせた方が良い。



「それで……、何故私に弟子入り、と? 一応フリーランスでも食べていける程度の人間ではありますが、誰かにお教えできるほどのスキルを持っているとは思わないのですが……。」



盗撮というか、彼女たちに付けている蜘蛛たちから送られてきた情報で、なんとなく二人の現状については把握している。けれど今日起きたことに関しては、まだ未確認。朝から取引先に行って納品して、その後はずっと買い出ししてたからね。確かにいつも通り走り込みをしていたのと、河川敷でクライナーと戦ったのはこの眼で見たから知ってるけど、それ以外は知らない。


それに今の私は、怪人クモ女としてではなく、人である“九条恵美”。この立場はプログラマーだ。いやそれ以外の仕事もさしてもらってはいるけど、フリーランスである事は変わりない。故に彼女たちとは“初対面”。初手の会話としてはこれが正解だろう。


……実際、仕事の方も怪人としてのスペックでゴリ押ししてるようなものだから、マジモンの天才とかには遠く及ばない。人に教えられるような技術は持っていないのだ。



「あ、あの! お姉さんって元レスラーなんですよね!」


「…………は?」



れ、レスラー? どこから出て来た???



「わたしたち、どうしても強く成りたくって! それで走り込みしてる時に八百屋のお爺ちゃんに聞いたんです! あの怖い化け物を一瞬でやっつけたって!!!」


「や、やっつけては、無いんですけどねぇ。」



机から乗り出すように少し興奮して声を上げる彼女に対し、そう言い訳をする。


というかあのクマのクライナーに止め刺したのは貴方たちでしょうが! いや私もちょっと“クモ女”としても“九条恵美”としても介入こそしましたけど! 人間形態では蹴り一発入れただけですよ!?


いやまぁ確かに今日はちょっとキレちゃってさっきのクライナーぶっ飛ばしちゃったけども! そのことを口にしてないのはちゃんと正体バレを気を付けてていいんだけど! マジでそのレスラーってのどこから出て来た! 話からして八百屋のご主人か!? あの人か!? 確かに機械には疎そうだったけど、ちゃんと私プログラマーって自己紹介したぞ!? 何がどうなったらそんな話が浮いてくるんだ!?!?


後正体! 私の正体考えて! クモだぞクモ! 二人がずっと“化け物”、“妖怪”とか言ってたのが私だぞ! 恐怖の対象だぞ! いや気付いてないんだろうけど! いいのか!? ほんとにいいのか!?



「ご迷惑なのは理解してるんですけど、お姉さん以上に強い人を知らないんです。弟子入りは無理でも、お話だけでも聞かせてはいだだけないでしょうか。」


「お、お願いします!!!」


「あ~、え~、あ~……「お待たせしましたー!、マグロの7貫盛り、先に10皿分ですー! 残りはいつお持ちしましょうかー!」あぁ、すみませんご丁寧に。こちらにおいてください。後すぐに食べ終わりますので出来次第お願いしますね。」



リッカさんが少し冷静に話し、アカリさんが勢いよくそう叫び、頭を下げる。


同様にリッカさんが頭を下げてしまったため、女子中学生に頭を下げさせる成人女性(怪人)という何とも言えない様な状態が生み出されてしまった瞬間に、店員さんがお寿司を運んでくださった。


完全に「どういう状況?」って思われただろうけど、それは私が聞きたいのよ。あと追加でイクラ5皿ください。


……えっと、とりあえずお寿司も届いたんで食べながら話しましょうか。さっき考えてたのとは違うけど、もう食べないとやってられないや。タッチパネル連打して食べたいの注文しおわったら魔法少女の二人に渡しちゃお。


「あぁ、それと。話は脱線しますけどご両親へ連絡はされていますか? そろそろ日も沈みますし、かなり良い時間です。門限などがあるのならまた別の日にでも場所を用意させてもらいますけど。」



「あ、いえ! 大丈夫です!!!」


「お店に入る時にアカリと晩御飯を食べてくると連絡しておきました。」



そうですか、ならいいんですけど……。


一応言っておきますが、まず知らない大人に食事を誘われたら速攻で逃げるか通報してくださいね? 連れて来た私が言うことではないんでしょうが、絶対に付いて行かないこと。夜道は危ないのでご自宅の最寄りまではお送りしますが、夜中出歩くのも控えてください。


見た所学生さんの様ですし、御友人と遊ぶのは楽しいとは思いますがご両親を心配させることになってしまいますし、最悪警察の方から補導を受ける様な可能性も出てきます。色々とご注意くださいね。


っと、どこから話したものか……。



「まずですが……、私はレスラーではありません。確かに人よりも背が高く体も丈夫だということは理解していますし、ある程度は鍛えているのも事実です。ですがそのような職業を経験したことはございません。……一応、名刺をお渡ししておきましょうか。」



いつも着ているスーツの中から名刺を取り出し、お二人に渡しておく。



「そう言えば自己紹介がまだでしたね。“九条恵美”と申します。どうぞお好きなように。」


「じゃあエミさんですね! あ! 私! 朱雀アカリって言います!」


「青龍リッカです、よろしくお願いします。」



えぇ、こちらこそ。それで、私の職業になるのですが……、その名刺に書いてある通りプログラマーとなります。そちらの方が都合がいいので会社名や資格など色々書いてあると思いますが、私一人だけのもの。ほぼフリーランスでやらせて頂いている人間です。そうですね、解り易く言えば……。良くドラマやアニメなどでパソコンに沢山英語が書いてあるようなシーンとかあるでしょう? あぁ言うのを触ったり、作ったりするお仕事です。



「おぉー、なんかすごそう。」


「……レスラーさんではなかったんだ。」


「ですので、お話を聞いている限りあの八百屋のご主人からお聞きしたのでしょうが……。たぶん何かと勘違いされているのかと。」



それで、あの黒い化け物のことですが……。


確かに、多少戦わせて頂きました。八百屋のご主人とその奥方が逃げ遅れていらっしゃったので、その時間稼ぎの為に少し、ですね。けれどお二人が避難した後は私も隙を見て撤退しましたし、その後あの怪物がどこに行ったのかは知りません。


それに戦い方も、肉体のスペックと言いますか、体の大きさを利用したものなので……。



「あまり、ご期待に添える様な人間ではないかと……。」


「そ、そうなん、ですね……。」



あからさまにしょんぼりするアカリさん。明言こそしてないが、私の話し方から自分たちの申し出が断られていることを理解したのだろう。リッカさんもあまり顔色には出していないが、ちょっと落ち込んでいらっしゃる。


……いや、だってさ。私クモ女なんだよ? 怪人なんだよ?


確かに君たちには関係ないかもしれないけどさ、世界征服あと一歩まで行ってた悪の秘密結社に改造されたバケモノで、その生き残り。しかもその組織を崩壊させたヒーローに追われてるんだよ、多分。


総統が最終決戦の時に余計なことを言ったのか、ピレスジェットは私という怪人が“存在している”ことを認知してるだろうし、未だにそれを探しているはずだ。でなければあんなにも精力的に動くはずがない。


デスカンパニーは世界征服目前まで行った組織だ、本拠地が潰されようとも下部組織は残っている。それをピレスジェットたちが次々と破壊していっていることは、私でも風の噂で把握している。というかそのせいで私は身を隠す選択をしたし、こうやって地方に逃げてきてるのだ。



(全然死ぬ気はないけど、私は“討伐される側”。そして彼女たちは“討伐する側”。だから、そう言うのを受けるのは、色々と……。)



悪と正義が交わるべきではない、なんて堅いことを言うつもりはない。けれど私は彼女たちに教えを授ける様な高尚な人間でもないのだ。そんなことを考えながら、彼女たちの顔を伺う。やはり依然として暗いまま。そして二人の前に置かれたお寿司にも、一切手を付けてない。……もう私6皿ぐらい食べ終わってるのに。


あぁもう! お寿司が不味くなるでしょうか! そんな顔しない!!!


子供は! 厄介ごとは全部大人に任せて! 楽しく学んで遊んでればいいの!


解ったわよ! 受ければいいんでしょ! やってやるわよ師匠役!!!!!



「……はぁ、そんな顔されたら断るに断れませんね。人に教えたこともありませんし、私が持つ“そちら”の技術は独学です。それでもいいなら、お受けしましょう。」


「「ほ、ほんとですか!!!」」


「えぇ、もちろん対価も頂きません。ですが気になるのでしたら美味しいお店やこの辺りのおすすめスポットなど教えて頂ければ幸いです。何せ越してきたばかりですし。仕事柄、家から出る機会はあまりないものですから。さ、どんどん食べてください。好きなだけ注文して頂いて結構ですからね。」



あぁもちろん、ラーメンとか揚げ物とかスイーツとかも気にせず行っちゃってください。私もさっき大量に頼みましたから。ご飯は楽しくみんな笑顔で楽しむものです。さ、遠慮なさらず。



「「はーい!!!」」



……明らかに顔色が良くなり、二人で何を頼もうかと笑みを浮かべながらタッチパネルを覗き込む二人。そんな様子を眺めながら、最後のマグロを口に運ぶ。うん、ちゃんと美味しい。



(衝動的にこの二人の弟子入りを認めて、指導させてもらうことになっちゃったけど……。私にとって利がないわけではない。リスクがないわけではないけれど、上手くやればなんとかなるはず。)



まず、二人に近づくと言うことは“私”が知るはずのない情報が減る、という利点がある。現在二人のことを監視しているが故に、大体彼女たちが普段どんなことをしているのかだったり、学校はどこなのかなど、明らかにこの私。“九条恵美”が知るはずのない情報を大量に握っている。


けれど指導させてもらうことになれば、知っていてもおかしくない情報が増えてくる。彼女たちと話すときはずっと頭をフル回転させてるから間違うことはないだろうけど、ぽろっとこぼしてしまったときに『何で知ってるんですか?』と詰められる可能性が少なくなるのだ。身バレを防ぐためにも重要なことだろう。


次に、強さ。


私は現在二人のことを監視し、クライナーとの戦闘の際はいつでも駆け付けられるように準備をしているのだが……。この魔法少女たちが強く成れば、駆け付ける必要性がどんどんと低くなっていく。勿論敵も強くなっていくだろうが、それを上回るように彼女たちが強く成ればそれでいい。確かに指導をすることで時間を削られてしまうだろうが、子供たちが怪物に殺されてしまう可能性を減らせるのだ。決して悪いことではない。



(……まぁ、なるようになる、と考えてやることにするか。)



朱雀アカリと青龍リッカ。この二人は自分たちがジュエルナイトであることを隠しながら、“人間の強い人”である私に接近してきている。


対して自身は、自分が“クモ女”である事を隠しながら、この子たちと接し、同時にその正体を知りながらも“何も知らない大人”として指導する必要があるわけだ。


少々ややこしいが、求められて私がそれに応えた以上、やらねばなるまい。


彼女たちが扱う精神エネルギーに関してはまだ理解が薄いけど、身体能力の向上が変身後の能力に影響しており、また肉弾戦に重きを置くスタイルから近接戦の技術を望んでいることは把握済みだ。私はどちらかというとスペックでゴリ押しするタイプだけれど、テクニックなどへの知識がないわけではない。



(一応、デスカンパニー。生まれの組織から逃げ出す時に持ち出したデータの中にピレスジェットやその仲間たち、そしてこれまで殉職して来た先輩怪人たちの戦闘データは全部入っている。それをちょっと参考にしながら、この子たちにフィードバックしていく感じでいこうか。)



「あ、そうだエミさん……、じゃなくて師匠! 連絡先! 連絡先交換しましょうよ! ほらリッカちゃんも!」


「うん。……あ、師匠さん。LONEやってますか?」


「えぇ、一応。それとエミでいいですからね?」



そう言いながら自身もスマホを取り出す。


……うん? そう言えばなんだけど、これってかなりバレたらまずいのでは? 女子中学生の監視している上に、連絡先まで持ってる? そして今後指導していくわけだから、定期的に顔を合わせることになる???


あー。これはバレたらお縄に掛かりますね、うん。親御さんにご挨拶すべきかと一瞬思ったけど、流石に捕まって社会的信用失うのは怖すぎるから辞めておこ……。うん? いや逆に挨拶しない方が怪しいのでは……??? でもバレた時のこと考えたら??? というかこの子たちの正体バレに繋がる可能性もあるから余計なことしない方がいい??? う、うごご! 最適解が解らぬ!!!


と、とりあえず何か問題が起きるまで放置、ヨシ!






ーーーーーーーーーーーーー






〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(デスカンパニー製怪人・カマキリ男編)


……それは本当にヨシなのか?


っと! はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回は……、ぬぅ! もうネタ切れか! 紹介しようにも大体の怪人たちをしてしまったぞ……! 我が最高傑作であるクモ女よ! このコーナー存続のためにも! 寿司を喰うのはいいがもっとアンコーポとかいう弱小組織の怪人を破壊するのだ! さすればネタが増える! はーはっはっ!


だが解説しようにも、紹介するものがないのは確か! 仕方あるまい、ここは私が過去に製作した怪人たちのお披露目といこうではないか! まずはこの“カマキリ男”! ピレスジェットと初めて交戦し、裏切者である吉川教授を撃破しながらも、毒殺されてしまった哀れな虫よ!


■身長:201.8cm

■体重:112.8kg

■パンチ力:35.5t

■キック力:46.1t

■ジャンプ力:40.1m(ひと跳び)

■走力:3.9秒(100m)

★必殺技:ザンバラ乱舞


カマキリとの適正が高く、同時に肉体の性能が良かった男を拉致し、改造したのがこのカマキリ男よ! 初期の怪人のため少しスペックがとは言え、両腕を即座に人の手と、カマキリの刃に変化させることが出来たのが強みよな。しかもこのカマ、どんな存在でも真っ二つに出来るよう高周波ブレードにしておったのよ。直撃こそすればあの場でピレスジェットを撃破できたというに、まったく不甲斐ない怪人よな。


戦闘の結果としてはピレスジェットの扱う毒への耐性が全くなかったため、本領を発揮できずに簡単に破壊されてしまった、という形だ。もし再改造する機会があるとすれば……、鎌による暗殺をメインとするためクモ女が持つような光学迷彩などの身を隠す要素を入れるか、より運動性を高めるのかのどちらかであろう。


ま、なんにせよ我が最高傑作であるクモ女の素体! 九条恵美が生まれながらに持っていたクモへの“適正”と比べればすべてが劣る! どれだけ再改造しようとも彼女の足元にも及ばぬだろう! さすが我が最高傑作! そしてそれを生み出したこの頭脳! 素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! はーはっはっ!!!


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!


……あ、それと貴様らは何の寿司が好みかな? 私はコーン軍艦だ。



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