5:はらぺこ蜘蛛とレスラーさん


「……ぁ、ぁあぅぁ。」


「キュ、キュイ……。」



あ、どうも。怪人クモ女です。


いや大口の契約頂いた直後に別件と言いますか、明らかに私の安寧をぶち壊しに来そうな秘密結社とそれと敵対しているヒロイン見つけたんですよ。確かに都心にいたころも秘密結社を見つけたことはありますし、私の天敵である“ピレスジェット”ではないですがヒーローも見たこともあります。


でも基本放置か、流石に見過ごせないレベルだと闇に紛れてお掃除ってレベル。ヒーローも大体成人してて、何らかの戦う理由があって殺し合いしてるわけだからこっちも怖いから近づかない。それが私の基本方針なんだけど……。



(あの魔法少女ちゃんたち、単純に“人の笑顔を守る”為に戦ってるんだよね。)



もうね、おばさんピュア過ぎて浄化されちゃう。いやまぁまだ20代ギリギリなんでおばさんではないんですけど。


他のヒーローたちが組織に改造された恨みとか、親族を殺された復讐とかそういう血生臭い理由で戦っているっていうのに、あの子たちは単純に“笑顔を守る”。いやもう、世界観が違うよねぇ。


ま、そんなもの見せられたらまぁ私もある程度介入しなきゃな、って思いますし。そもそも子供が命がけの戦いするとか間違ってます。あと普通に彼女たちの存在が現存している他の秘密結社とかにバレて余計な奴らがやってきたら大問題なので、そういった“防諜”もやってあげなきゃいけません。



(ハッキングして調べてみれば出てくる出てくる監視カメラの情報。変身シーン撮られちゃったらもう色々とダメでしょ。全部消したけどさ……。もっとこう、魔法で認識阻害~、とかないの!?)



ひかりが丘全域の監視カメラと、保存されたデータ。そのすべてを検閲し、ネット上に上がっていた彼女たちの戦闘の動画も消去。“物理的な”ハッキングも駆使しその情報を出来るだけ消した。そしてリアルタイムで増え続けるであろう彼女たちの情報の拡散を防ぎ、同時にその身に何かが降りかかる前に守れるよう監視もしなきゃならない。


これだけでもかなりのお仕事、まだ自動化に必要なプログラムを書き終えてないからそれが出来上がるまではほぼ人力でやらなくちゃいけない。つまり、監視してるだけで一日がつぶれる。


でもね? 私社会人。しかもフリーランス。お仕事しなきゃ食ってけないんです。



「スタミナより、精神が先に……、ぁぅぁ。」



普段のお仕事に、先日流れ込んだ大口契約、更に追加される監視業務に、広大なネットワーク上に拡散された彼女たちの情報の消去、今後に向けての防備策の準備に、何か起きた時の為に常に厳戒態勢を保っておかなければならない。


か、怪人でも過労死するレベルの仕事量……!


この私、蜘蛛怪人のスペックなら確かに飲まず食わずで3カ月フルスペックの維持が可能。けれどこの前の戦いは“補給前”に行われてしまった。結局あの後例の秘密結社であるアンコーポを探すために走り回ってたし……。爆買いからの爆食いを一切できずに帰ってしまった。


そして帰った後は仕事しながら監視をし続けたわけで……。うん! 先に心がやられちゃったね! なんやこのアホみたいなタスク量! 蜘蛛の脚でも捌けないぞアホ! 誰だコレ考えたの! 馬鹿アホ間抜け!!!



「キュ、キュ……。」


「そうです私ですねぇ!!! 相手がどんな規模か解らんから全速力で『先に大口契約の仕事だけ終わらせて、後を楽にしよ~』って思って思いっきり無理しましたねぇ!」



多分私を改造したデス博士も『驚異的なタスク量を数日で終わらせるためだけに強化フォームを使う』とは思ってなかっただろうね……。


なお私の強化フォームはスペックが各段に向上する代わりに、それ相応のエネルギーを必要としている。それを補うために私は食い溜めをして普段から一定以上、維持できるようにしてるんだけど……。デスマーチで使い切っちゃった。しかもその途中でエネルギー切れを起こし、少し正気を失っていたようで……。


みてよこのキッチン回り。全部の棚が解放されて、粉一つも残ってない。


どうやらお腹が減り過ぎて正気を失った私はあるものすべてに口を付けていたようで、冷蔵庫の中身は文字通り空っぽ。マヨやケチャップのチューブも全部吸い尽くされてる。棚の中にあった粉類は消滅というか全部なめとられてるし、塩砂糖も欠片も存在してない。


しかもあーちゃんにとっては最悪なことに、蜘蛛専用のペットフード。ペレットまで全部私が食い尽くしちゃったっぽい。


ちょうどその辺りで仕事がひと段落して強化フォームを解除したから良かったらしいんだけど、あのままじゃ家具すら食べそうで非常に怖かったそうだ(あーちゃん談)。……これ私も特訓して暴走しないように頑張らないといけない奴? と言っても私のコレは使いこなせるかどうか、っていうよりもこれより先に進んでいいのかっていう……。



「キュ!」


「あ、うん。解ってるから、ちゃんと買ってくるから。」



街に降りて色々食材を……。あ! もちろんあーちゃんのご飯も買って来るからね! あと私もちゃんとご飯食べて帰ってくるから! だから隅っこに隠れながら怒らないで! 食べない! 食べないから! いくら空腹状態でも同族は! 蜘蛛は食べ……、あ。ごめん。やっぱ自信無いかも。初めて強化フォームになった後、お腹空き過ぎて入ったお店の店員さん『美味しそう』って思っちゃったし。



「キュ! キュー! キュキュ!!!」


「あ、ごめん!? 冗談! 冗談だから! 逃げないであーちゃん!!! 食べてないから! 誤解しないでー!!!!!」








 ◇◆◇◆◇







「よーし! 今日も走るぞー!」


「げ、元気ねアカリ……。」



青龍リッカ、ユアダイヤモンドの家の前で元気な声を上げるのは彼女の親友である朱雀アカリ。妖精のプルポから力を借りてユアルビーに変身することが出来る“ジュエルナイト”の一人である。


彼女たちは対蜘蛛、先日の戦いの際に現れた謎の存在からみんなを守るためにはどうすればいいのかを考え、その結論として自分たちの強化、特訓に思い至った。リッカが建てた予測、『蜘蛛がクライナーを撃破する前に自分たちで倒し、心を元の持ち主に返し、撤退する。そうすれば蜘蛛と顔を合わせることはない』というものに則ったものである。


そのため二人は放課後に集まり、町中を走り回る。ついでにアンコーポが悪いことをしていないかのパトロールを行うことにしたのである。



「どしたのさリッカちゃん! 雲一つないランニング日和だよ! ほら今日は商店街の方行こうよ! お財布持ってきたし! ついでに何か買って食べちゃお!」


「それは賛成だけど……。流石に毎日はきついわね。」



元々体を動かすことが得意だったアカリからすれば連日のランニング程度どうということはない。むしろその後に筋トレまでしてしまうぐらい元気が余っている。けれどリッカはインドア派、昔から室内で遊ぶことが好みだった彼女からすれば数キロ走る事さえ結構な重労働。まだ若いせいか酷い筋肉痛などに悩まされることはないようだったが、少々精神的に来るものがあるようだ。



「あ! じゃあ今日は~」


「ダメよ。せっかく始めたんですもの。成果が出るまでやらないと。」


「え~、けちー! ……んじゃ、いこっか!」



二人はまだ中学生、しかもつい先日進学したばかり。やりたいことも出来ることも増えたからこそ、日常には誘惑がいっぱい。ついそちらに傾きそうになってしまうアカリだったが、リッカが気を引き締めたことですぐに諦め、同時に走り始めていく。


普段、人目のない場所であれば妖精のプルポもその会話に参加していただろうが、現在はぬいぐるみのようにその動きを止めアカリの腰にストラップとして巻き付けられていた。ランニングの関係上かなり揺れるせいか、少々顔色が悪くなっている。



「そういえばアカリ、どうだった?」


「あー、えー、うーんと。」


「もうそれだけで解るわ。まぁうちもだったんだけど……。急に柔道とか空手とかやりたいって言ってもそうなっちゃうよね。月謝も結構してたし。私たちのお小遣いじゃどう足掻いても無理。学校の部活も男子はあっても女子はなかったから……。」


「だ、だよねぇ~。」



二人が話すのは、格闘技のこと。


ジュエルナイトの戦い方はその拳と脚を使った肉弾戦に重きを置いている。これまでは変身後の身体能力による力押しで何とかなっていたのだが、先日の戦いではクライナー相手にすら苦戦してしまった。相手が自分たちの対策を立てたり、単純に強化して来る可能性も考えられたため特訓だけでは負けてしまうかもしれないと、二人は考えたのだ。


故に習い事として空手や柔道をやってみようかと思ったのだが……。残念なことに彼女たちが通う学園には女子向けの部活が存在せず、近場にあった道場やジムも結構な値段になっていたのである。


自分たちの毎月のお小遣いではどうにもならず、両親にお願いしようにも正直に『クライナーとの戦闘を早期に終わらせるため!』なんて言えるわけがない。結局各施設のパンフやチラシだけが手元に残る結果となってしまった。



「ま、最近はスマホで動画を調べたりとか色々出来るし。試行錯誤しながらやっていきましょ。」


「う、うん! そうだね!」



少し言いよどむアカリだったが、気にせずそのまま足を進めていく二人。自然と景色は移り変わって行き、商店街へ。少し乱れた息を整えるためにペースを落とした二人の話題は、自然と“何を食べるか”に移っていく。もし走り込みの目的がダイエットなどであれば買い食いなどは控えた方がいいのだろうが、二人の目的は身体能力の向上、体作りである。中学生という食べ盛りな年頃のこともあり、話題はどんどんと膨らんでいく。



「何か、甘いの。でもお肉も。いやパフェも……。はっ! もしかして全部!」


「今日一日で一月のお小遣い吹き飛ばすつもり? 限られたお金の中で、一番いいエネルギー補給は……」


「お! どうしたんだい二人とも! ダイエットかい?」


「「あ、八百屋のお爺ちゃん。」」



そう二人に声を掛けるのは、奥の方から幾つかの箱を取り出している八百屋の主人。どうやら彼女たち二人と親交があるようで、荷物を置きながら声を掛けている。



「そういや走り込みしてるって聞いてたけど……、もしかしてダイエット、ってやつかぁ?」


「もー! 違いますよ! 私もリッカちゃんも太ってないです!」


「ははは! そりゃすまん! んじゃお詫びにっと、もってけ!」


「え、いいんですか?」



そう言うリッカに対し笑い声を上げながらもってけもってけと笑う八百屋のご主人、二人の手の中には大きなリンゴが握られていた。しかも素人目で見てもかなり良い品の様で、何か金のシールが貼ってある。どうやらそのまま皮ごと食べれるようで、少々行儀は悪いが走りながら食べることも可能だろう。


あのボクサー映画みたいなことしたくてよぉ、と八百屋の主人が言いながら話を続けていく。



「この前はあのヌイグルミ? のバケモンのせいで商売あがったりだったが、今日は太客が来てくれてな? もう懐がな、暖かいのよ。普段は婆さんに怒られちまうが、今日ぐらいは福のおすそ分けをしなきゃお天道様に叱られるってもんさ。」


「は、はぁ。……あ、じゃあありがたく頂きます。」


「おう! あ、ついでにウチの福の神様に挨拶しとくか? ちょうど……、あぁいたいた。あのねぇちゃんだよ。」



そういいいながら八百屋の主人が指さす先には……、ちょうど肉屋で買い物をしている女性が一人。何の変哲もないスーツ姿、けれどどうしても眼が行ってしまう特徴が、いくつか。



「「お、おっきい……。」」



二人の視線の先にいるのは、190㎝を誇る巨体の持ち主。


言わずと知れた、怪人クモ女。はらぺこバージョンである。もはや彼女に隠す気があるのか解らない程の買い込み具合であり、わざわざ大型のリヤカーを引きながら食料品の購入を行っている。唯一まともなものと言えば、先ほどペットショップで買ったらしき虫用のフード程度。


けれどそれを埋め尽くすように乗せられた食料たちは、ただの山。米も野菜も魚も肉も、今から何を始めるんだというレベルで、山になっている。明らかに、人が食うレベルではない。


けれど『あの人なら食べちゃうかも』と思わせてしまう、その肉体。確かに肉体の“太さ”は適正範囲に収まっている。多少胸部や太腿部に厚みはあるが、万人が見て“整っているな”と思わせるものがそこにあった。けれど問題は、その“密度”である。



(す、すっごい……!)


(あ、明らかに、出来る! 全然、武術とか理解できないけど! 強いのが解る!)



圧倒的な、密度。どんな存在が体当たりを仕掛けようとよろめきすらしない様な圧。


確かに人間の範疇に収まってはいるのだが、おそらくその人間の枠組みは“超人”。ジュエルナイトの二人はもし変身したとしても勝てないんじゃないかな、というのを本能的に察してしまうほどの存在が、そこにいた。



「ほら肉屋で……、アレ数百キロレベルで買ってねぇか? さすがだよなぁ。あ、嬢ちゃんたちには言ったっけな、あの姉ちゃんの雄姿。」


「ゆ、ゆうし、ですか?」


「そうよ! 実は化け物が出た時な? あの辺りの道を化け物が壊しちまって、思いっきり俺の頭に向かってレンガが飛んできたんだよ。もう走馬灯、って感じで『あ、死ぬ』と思ったんだがな? なんとあの姉ちゃんがレンガを素手で受け止めてな? 握りつぶしたのよ! しかも一切手に傷なし! ありゃ男の俺でも惚れるねぇ! ……あ、婆さんには秘密な?」



思わず、その光景を想像してしまう二人。


確かに、変身すればそれぐらいは出来る。けれど生身では不可能、というか人間がレンガを素手で破壊とか出来るのだろうか? そんな疑問を浮かべようとした二人の思考が八百屋の主人の後ろに立つ、彼の奥方。布団叩きを片手に凶悪な笑みを浮かべる奥方が出現したことで、思考がかき消される。


あ、八百屋のお爺ちゃん終わったな。と思う二人であったが、肝心のご主人は何も気が付かず楽しそうに言葉を続けていく。



「しかもその後もすごかったのよ。逃げ遅れた俺らを逃がすためにな? あの化け物にたっと走り寄って華麗に攻撃を回避! そしてそのどてっぱらに見事な蹴りを喰らわせたのよ! あの嬢ちゃんぷろぐらむ? ってのを仕事にしてるらしいが、多分ありゃ前職はレスラーとかそんなんだぞ絶対。」


「「れ、れすらー……。」」


「くぅ! 想像するだけでゾクゾクするよなぁ! あの肉体から放たれた両足蹴り! 出来ることならリングで見たかったぜ! 最近はてんでテレビで格闘技見れなくなったが、都会じゃ有名だったんだろうなぁ。やっぱり往年のジャイアント与謝野みたいな……。あっ! ば、ばぁさん! いやちょっとこれは! 仕事! 仕事してるから!」



全く掠っていない想像を膨らませていた主人の顔に叩き込まれるのは、布団叩き。そしてそれを持っていたのは、顔を般若のようにした彼の奥方。仕事をしていないことに怒ったのか、それとも違う女性に惚れたなどと言ったことに怒っているのかは解らなかったが、とりあえず激怒されていることは確か。


謝罪の様な悲鳴と共に、耳を引っ張られて店の奥に消えていく二人。アカリはいつものことなので頬を掻きながら小さく笑い、リッカは一応手だけ合わせておいた。南無南無である。


けれど二人の脳内に、誤った情報が入力されたのは確か。八百屋の主人が放った“レスラー”という単語を思い浮かべたアカリは、はっとし思わず目をキラキラと光らせながらリッカの方へと顔を向ける。



「リッカちゃん聞いた!? すごいよ凄いよ! レスラーさんだって!?」


「えぇ。しかもかなり強い。見た目からも理解できましたが、あのクライナーに一撃を当てられるとは相当なやり手のハズ。」



クモ女本人が聞いていれば『そんな凄い人じゃないです、醜い怪人なんです』などと言いそうなものだが、アカリにとっては関係がない。あまりレスラーについて詳しくないからこそ、クライナーというバケモノを生身で倒せてしまえるかもしれない凄い人たちというイメージが生み出され、すごく興奮してしまっている。


比較的冷静さを保っているリッカも、自分が変身しバケモノと戦っているという非現実的日常になれてしまったのだろう。普通にアカリの言葉を受け入れながら、言葉を紡いだ。



「だよねだよね! あっ! そうだ! ちょっと話を聞きに行こうよ! それで色々教えて貰うの! 強い人! 師匠! 師匠になってくれるかも!!!」


「……はぁ、こうなったアカリは止められないからね。いいよ付き合う。でもちゃんと礼儀に則って、だからね!」


「解ってるって! それじゃあ早速……、アレ?」



そう言いながら先ほどまで彼女、推定レスラーがいた方に顔を向けるアカリだったが……。先ほどまで存在していたはずのその巨体が忽然と消えてしまっている。勿論彼女が引いていたリアカーも消失。辺りを見渡してみても、その存在は発見できない。


思わずそちらの方に走り探してみるアカリだったが……、やっぱりいない。困った彼女はついさっきまで彼女と話していただろう肉屋の店主に向けて話しかける。



「お肉屋さん! さっきの! さっきのレスラーさんどこ行ったか知ってる?」


「レスラー? ……あぁ、九条さんね。あの人なら確か公園の方に来てる屋台に行ったはずだよ。ほらひかりが丘名物、『ぴかりラーメン』。あの人ほんの数か月前に越してきたばかりだったらしくてさ、食べたことないんだと。……というかあの人レスラーさんだったのか。そりゃよく食べるし大きいよなぁ。」


「らーめん!!! あ、じゃなかった! お肉屋さんありがと! 行って来る!」





ーーーーーーーーーーーーー





〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(ピレスジェット編)


はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回は……、ぬぅ! 我がデスカンパニーの宿敵! ピレスジェットではないか! はーはっはっ! 良かろう! すでにそのすべてを分析、そして解明した相手ではあるが、それを諸君らに授けてやるのもまた一興! さぁ我が頭脳の前にひれ伏すがいい! はーはっはっ! 基本スペックだァ!!!


■身長:184.0cm

■体重:85.0kg

■パンチ力:10.0t

■キック力:20.0t

■ジャンプ力:30.0m(ひと跳び)

■走力:3.4秒(100m)

★必殺技:ジェットキック


これはいわゆる“基本形態”のスペック! 初期状態だな! まぁ諸君の中には『本気を出した奴はもっと強いのでは?』と思う者もいるだろうが……、安心し給えよ諸君! 奴の最終形態、そのスペックの算出方法は極めて単純だ! 単に10倍すれば、すべて明らか! パンチ力100t、キック力200t……! そう、その通り! あぁもちろん、奴の最終形態は! 我が最高傑作であるクモ女よりも低い! つまり私の勝利だ!!! はーはっはっ!!!!!


……とぉ、講義の最中というのに騒ぎ過ぎてしまったな。少し落ち着くか。


変身者は一郷翔之介、城南大学の院生。確か専門は生物学だったか? 奴の恩師であり、我らデスカンパニーを裏切った男である“吉川教授”によって改造手術を受けた人間よ。この私が作り上げた怪人の細胞を破壊する“ピレス複合液”と、怪人の呼吸を不可能にする“カルパナ神経毒”を駆使することで次々と我らを屠って来た怨敵だ。力で押すというよりも頭を使ったり、テクニックでその場を凌いだりする戦い方がメインよな。


ま! すでにクモ女は対策済みだが、どちらも常人が触れれば3秒以内に死す劇物よ。取り扱いには注意するといい!


にしても、思い返してみれば我が古巣であるデスカンパニーの対ピレスジェットの策は悪手ばかりであったな。やはり立案の幹部、そして許可を出した首領の頭がよろしくなかったのであろう。奴の目の前で吉川教授を爆殺し、親族全員を改造して身内同士で戦わせる。ガールフレンドや戦友を奴の腕の中で爆散させるなど、どう考えてもヘイトを稼ぐものばかり。最終的に悲しみを怒りに変えた奴は我らを滅ぼしてしまったわけだし、幾ら自由に研究が出来ると言っても寄与する組織はもう少し考えた方が良かったかもしれぬ。


だがこのネオ・デス博士にとって! 過去は単なる過去でしかない! 失敗すればその分対策を施しもう一度挑戦するのみ! 組織の崩壊など些細なことよ!


なに安心し給え諸君! 我が最高傑作であるクモ女は依然としてその身を高め続けているのだ! ……まぁ寄り道ばかりしているが、まぁ成長はしている。すでにピレスジェットがどう足掻こうとも到達できぬ地点にいるのだよ! 私からすれば、クモ女が奴を切り刻むその瞬間を! そしてその力を天に届かせるその瞬間をこの眼で納めることが出来れば満足! サティスファクション! はーはっはっ!!!


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!


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