第2クール

21:迫る陰に迫る蜘蛛


「あぁぁぁあああああ!!!!! やらかしたぁぁぁ!!!!!」


「キュイッ!」


「あだっ! うぅ、ごめんあーちゃん。」



煩いとペットのあーちゃんに本気で殴られてしまった、痛みは全然ないけど心がいたい……。だ、黙りますね?



(うぅ、なんでこんなことに……。いや全部私の口が悪いんだけどさぁ!)



はい、えーと。九条恵美こと怪人クモ女です。実は先日というか、昨日の夜やらかしましてね? 少し長くなるんですが説明させてください。というか頭の中で整理でもしないとずっと叫び続けそう。これ以上やったらさすがのあーちゃんもキレて何日か家出しちゃうだろうし……。


えっとですね? ちょうど昨日、私が指導させて頂いているジュエルナイトの皆さんがほぼ独力で敵幹部のビジネスを打ち破ることに成功したんです。少し前まで怪人程度で苦戦していた彼女たちが、おそらく組織内でも先鋒程度の力しか持たない相手とは言え、敵幹部を追い詰めたんです。


妖精を人質に取られてしまった故に止めこそ刺すことはできませんでしたが、大健闘と言っていいでしょう。



(私、もう泣きそうになっちゃったんですよね。)



感覚的には近所に住む仲良くしてくれていた子がスポーツの大会で優勝した時ぐらいの感動でしょうか? まだ出会ってそれほど長くないのですが、思ったより感動してしまって……。貴重な転移能力持ちなため確保した方が良いビジネスを慈悲で見逃してあげるくらい気分が良かったんですよねー。


ビジネスは『もう会う事はない』みたいなこと言ってましたけど、悪の結社は総じて諦めが悪いんです。次の襲撃には彼か彼以外の幹部が出てくるでしょうし、ちょっと時間はかかるでしょうがかならず戻ってくるのがお約束です。その時に確保すればいいかと思い、慈悲を掛けてあげました。


でもまぁ、気分が良すぎて気が抜けていたと言いますか……。



(ひ、ヒマさんのスマホへの情報操作間が合わなかった。)



本来であれば彼女に隠しておくべき情報、特大の地雷である“兄の死”というもの。


これが隣県では怪死死体としてニュースになってしまい、彼女の持つニュースアプリにも届いていたことを普通に見逃してしまった私。ヒマさんのご自宅にて監視を行っているクモちゃんたちから『なんか監視対象の体調が悪化してるっす』という情報を聞き、急いで現場に到着。


到着して確認してみれば隠すはずだった彼女の兄の死を知っちゃってるし、明らかに闇落ち寸前だったし、もう非常にテンパりましたよ。急いで部屋の中に忍んでいたクモちゃんに窓を開けてもらい、私の服装も“クモ”のものに。仮面をつけ喋り方を変え、彼女の眼の前に立ちながら金のロケットを手渡したのです。


あ、ちなみに私の問題の発言がこれですね?




【『約束を守れなくてすまない』と言っておりましたよ、その男は。ふふ、良い“子”に成るかと思っていたのですが……、残念ですねぇ。】


「ッ!」




……。


あぁぁぁあああああ!!! 絶対コレ私が殺したって勘違いされたやつぅ!!!


いやいいよ! 確かに勝手にどっかに消えちゃって闇に潜った瞬間他の秘密結社に捕まっちゃうよりは! ヒマさんの力は精神エネルギーを元にした変身、科学的手法を用いて肉体を丸ごと作り替えて別物に仕上げる私達とは全く別体系の技術なんだ! 捕まったら最後、解剖されて血の一滴残らず搾り取られて確実に人ではいられなくなるし、命だって怪しいからさ! 変に闇の世界に入って行っちゃうよりも! 私を恨んでずっとこっちを向いてくれている方が圧倒的に良いの! 各段に安全なのよ!


だから間違ってない! 間違って“は”ないんだけど……!



「でももうちょっと! もうちょっと言い方って物があるでしょうよ!!!」



あぁ!!! この口! この口が憎い! 色々テンパってたって言うのもあるし、“クモ”としての演技とかもあるから色々仕方のない所もあるけど! もうちょっと、もうちょっと上手く出来たでしょ私! 怪人クモ女ぞ? 世界征服一歩手前まで行った秘密結社の最終怪人ぞ? 無駄に向上したこの頭脳は飾りか? あぁ!?



「とりあえずヒマさんの周りの監視10倍に増やしたけど……。」


「キュイ。」


「だからストーカーじゃないって。それに蜘蛛の人口……、人口? とにかく増えて彼らに任せる仕事足りなくなってきてるでしょ。不安だしこれでいいの。」



先日の“外回り”の際にひかりが丘の外にいた蜘蛛や都心にいた蜘蛛の一部をこの町に連れて帰って来た。数が増えすぎたせいで私の血を与えた子の顔すらちょっとあやふやなのだが、全員にIDを与えて一括の管理自体はしている。緊急時の指揮や人員の選抜はあーちゃんに任せた方が確実だけど、通常任務はこっちで割り振ることが出来るのだ。


一応町全域に警戒網を敷けたのは事実だけど……、それでもちょっと余っちゃったからね。その分ヒマちゃんの監視に割り当てた、って感じです。



「……とりあえず、やっちゃったものは仕方ない。当分私のことを“兄の仇”として扱って来るだろうけど、ちょっとずつ誤解を解いていくしかない。“クモ”のキャラクター的に『お前の兄は殺していませんよ?』と明言することは難しいし、信じてくれるかかなり微妙。時間を掛けてやっていくしかない。」



精神状態も悪くなってしまうだろうけど、それは“九条恵美”として上手くカバーする。アカリさんとリッカさんの負担を増やしてしまうことにはなってしまうけれど、遠回しにヒマさんのことを気に掛けるようにお願いしておくことも必要だ、


私は確かに強者の部類だけど、全ての事象が力で解決するわけじゃない。出来ることをコツコツと進めていくしかない。



「……キュイ?」


「え? それはいいけど時間見てるかって……。ッ!」



も、もうこんな時間! 取引先の所に伺う予定の時間まであと10分しかないじゃんか! あ、あーちゃん! なんで教えてくれなかったの! ……ふぇ? お前がずっと叫んでたから教えても聞いてなかった? た、確かに! え、えっと! スーツはクリーニング出してたのが返って来てるからそれ着て! 移動はもう全力で走って……、うん! 5分前には十分間に合う!



「あーちゃん! 仕事行って……、あ! 晩御飯外で買って来るけど何か食べたいのある!? ずっとペレットじゃ飽きるでしょ!」


「キュイ。」


「肉系ね! わかった! んじゃ行ってきますー!」


「キュキュ~イ。」







 ◇◆◇◆◇







「ふぅ……、何とか綺麗に纏まりましたね。」



九条恵美として街中を歩きながら、少し声を漏らす。


ちょうど先ほど取引先との会談が終わり、新しいお仕事を任せて頂けることになった。難しい内容ではないので普通に担当者とメールのやり取りだけで終わらせていい案件だったが……。私の様な個人でやっている存在だと相手が望むのならば出来るだけ対面でやった方が良い。



(そっちの方が顔も名前も覚えてもらえるし、任せてもらえる可能性が増えるから、ね。)



まぁヒマさんの一件があるのでおそらく今後はそれにかかりっきりになることが推測できる。そう考えると大きな案件を受けられないってのは難点だけど……、その辺りは上手くやっていくしかない。


そんなことを考えながら、ビジネス街を一人歩く。時間的にはまだ夕方になる前、といった程度。帰路に就くものが居ないわけではないが、本格的に帰宅ラッシュが始まるのはもう少し後になるだろう。こういう景色を見れるのも個人勢の良さ、なのかな? 色々と対処すべき問題は山盛りだが、直近の仕事に関してはとりあえず順調だ。少し頬に笑みを浮かべながら、スマホを起動する。



(ジュエルナイトの皆さんは……。とりあえず変な動きは無し。肝心のヒマさんは少し元気がなさそうですが……、学校では普段通り振舞っているみたいですね。)



そのことに少し不安を覚えながら、今の私。“九条恵美”がどうすれば不自然なく彼女に寄り添えるか考えていると……。


視線を、感じる。



(数は1、諜報員などの専門知識を持つような奴じゃない。でも一般人にしては少し見過ぎている。……ちょっとだけ警戒しておくか。)



普段は体の奥底に押し込めている“クモ女”としての力をほんの少しだけ起こしながら、視線のする方へと顔を向ける。どうやらあちらも自分が見ていたことがバレてしまったのを察したのだろう。少し小走りしながらこちらへと寄って来る。


体内時間を少しだけ加速させ、その存在の観察を開始。


人の女性型、身長は170程度、重量はかなり軽め。髪は赤色で後ろで纏めてはいるが手入れを怠っているのか少し荒れている。旅行鞄の様なものを持っているが、服装を見る限りかなり新品に近い、近場の服屋で適当に買って来たのだと見受けられる。


その上動き方からして明らかに常人を越えた身体能力を持っているのが解る。まぁどれだけ高く見積もってもデスカンパニーの一般怪人程度。私個人としては敵対しなくてもいいが……。『アンコーポ以外の秘密結社が存在しない』この町に於いて、非常に場違いな存在だ。



(……そもそも、おそらく地毛が真っ赤な人なんて普通いないし。)



速攻でこの存在をアンコーポの幹部と判断しながら、どう対処しようかと考えていると……。彼女が、話しかけてきた。



「あの、アタシ。観光で来た者なんですが……、このお店。知りませんか?」



そう言いながら彼女が見せてくるのは、この町で発行されている雑誌の一つ。確かグルメ系のものだっただろうか? 開かれたページは確かにこの辺りで少し有名な居酒屋を示しており、傍から見れば道の解らない外国人だろうか。……とりあえず、付き合うか。


近くに潜んでいた蜘蛛の一匹に彼女の旅行鞄に潜むよう指示を出しながら、口を開く。



「失礼しますね……。あぁ、ここでしたらすぐそこですよ? よろしければご案内しましょうか?」


「ほんとですか! 感謝っす! 是非!」


「えぇ、こっちです。」



敢えて背中を見せながら、彼女を先導する。……完全にこっちのこと観察してるな。


演技が出来てないわけではないのだが、明らかに諜報員としての教育を受けていないように思える。視線があからさま過ぎるし、肉体の性能を完全に隠し切れてない。ビジネスよりは上の様に思えるのでおそらく幹部だとは思うのだが……。正直何をしに来たのかちょっと解らないな。


ヒマさんのことが気になるけど……、こっちの対処も必要だ。肉系の何かを買って帰ると言ったあーちゃんには悪いが、少しこいつに付き合うとしよう。おそらくあちらも、それを望んでいるだろうし。



「確か観光、でしたか?」


「はい! この雑誌を見て気になっちゃいまして……!」


「確かに、この辺りは美味しい所が多いですからね。お酒も料理も。」



そんな何でもない会話を続ける。


まだアンコーポの人間と確定したわけではないが、私を“見て”いると言うことは何かしらの意図があるのだろう。真っ先に考えられるのは私を怪人の素材にしようとすることだが、奴らと相対するようになってから常にその辺りは対策済み。負の感情が奴らのエネルギーになるのならば、それを抱かなければいい。外部からどう見えているかは解らないが、私から発せられる負の感情はほぼ0に等しい筈だ。故に、これは可能性から消える。


もう一つ考えられるのは……。あの河川敷での一件だろうか? ラーメン屋台を破壊されてついキレてしまい、クライナーを拳骨で制圧してしまった事件。彼らがアレに注目し、接近を考えたのかもしれない。



(アンコーポは私のもう一つの顔である“クモ”を明らかに警戒している。それと対抗するために現地の強者と繋がりを作ろうとしても……、おかしくない。彼女がそのために派遣されてきた、のか?)



そんなことを考えていると、ビジネス街から少し離れた場所にある目的地、彼女の持つ雑誌に書かれていた居酒屋へと到着する。普段は初対面の存在と酒など飲まないのだが……、私もそっちの情報が欲しい。付き合ってやる、べきか。



「ここ……、ですね。あぁそうだ、これも何かの縁ですし、どうです、一杯。せっかくの旅行みたいですし、奢りますよ?」


「い、いいんですか! ご馳走になりまーす!」



そう言えば、この人途中から酷く緊張しているようだけど……。何かあったのかな?







ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(デスカンパニー製怪人・ゴキブリ男編)


はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! ……わ、我が最高傑作であるクモ女よ? そのアンコーポ幹部が緊張しているのは明らかにお前との実力差を理解してしまっただけだと思うのだが……。まぁこれに関しては解らなくても何も問題はないか。はーはっは! さすが我が最高傑作よ!


さて今回は第2クール再開の初回! 特別にこの私が多少気に入ってる改造人間を紹介してやろう! しかしその前に優しいこの私が諸君らに忠告を授けてやる! 今回の怪人のベースになった虫は人によっては少々不快感を覚える存在故な、今回だけは講義を休むことを許してやろう! はーはっは!!!


では早速基本スペックといこうか!


■身長:199.8cm

■体重:78.1kg

■パンチ力:37.0t

■キック力:71.2t

■ジャンプ力:15.2m(ひと跳び)

■走力:2.5秒(100m)

★必殺技:【自主規制】


この怪人、ピレスジェットが持つ毒液による攻撃への適性を最初から持っていてな? 能力も高く、多少スペックは落ちるのだが量産も用意。個人的に非常に良い怪人だと思っていたのだが……。非常に不人気なのだよ。戯れで行われた『デスカンパニー怪人人気ランキング』では堂々の最下位。女性幹部からは半径500mに接近することが禁じられたせいで施設から追い出されてしまったし、怪人として生まれ変わった時恒例の総統への謁見はこいつだけ認められなかったのだ。


まぁ確かに見た目が結構グロテスクなのは解るのだが……。この私ですら少し哀れみを覚えてしまうほどの境遇だったな。うむ。ちなみにピレスジェットとの戦闘はあと一歩のところまで追い込んだのだが、奴が謎の覚醒を果たしてしまい逆に追い込まれ、遅れて到着した他ヒーローたちとの合体必殺技を喰らい爆発四散してしまった。


もしコイツの量産体制が整っていれば結果は違っていたのかもしれないが……。うむ、だが確かにこの黒いのがたくさんいると少し気味が悪いな。やっぱり量産しなくて正解だったかもしれん。


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!


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