48:悪の軍勢(1日限り)


「よし、まずは私ね。」


「頼んだエメラルド!」



変身前にいつもの盾、腕時計に圧縮し格納していた特殊チタン合金の盾を自身の精神エネルギーで『エメラルドシールド』へと変化させていた彼女は、戦闘時のリーダーであるルビーに目線で指示を仰ぎながら、空中で構える。


ルビーの声が彼女の鼓膜を震わした瞬間。自分たちが降下している地点、着地点に向かって放たれる緑色の円盤。即座に練り上げられるだけのエネルギーを全てつぎ込み放たれたソレは確実に城の外壁に突き刺さり、その一帯を吹き飛ばす。消し飛んだ壁の先に見えるのは、真っ赤な絨毯が敷き詰められた内部。



「っと、これじゃまだたりないわね。私たちはともかく……。」


「ぴぃぃぃいいい!!!!!」


「きりんさんは無理そうですし。」



そう言いながら一瞬だけ悲鳴を上げ続けているきりんを見たエメラルドは、壁を吹き飛ばし絨毯に突き刺さった盾を操作する。


彼女のジュエルナイトとして強化された身体能力と、3年間例の理事長との戦闘によって鍛え上げられたセンス、そして持ち前の頭脳を使用すれば、壁を突き破った後に城内部で盾を反射させ、手元に戻すことなど造作ない。けれど今回の投擲ポイントは空中、何かミスがあってはいけないと思い、威力のみを高め上手く床に突き刺さるようにしたのだ。今回はそれがいい様に働く。


エメラルドの操作を受け、精神エネルギーによってひとりでに動き始めた盾が空中に浮き始め、その面を着地しようとするジュエルナイトたちの方へと向く。その瞬間。盾の面が風船のように膨らみ、自力で着地することのできないきりんを受け止めるための態勢へと入った。


その瞬間。頭から盾のクッションに突っ込むきりんに、師から教わった通り五点接地で突入するジュエルナイトたち。



「全員大丈夫!?」


「えぇ、問題なしよ。それできりんは……。おーい、生きてるわよねー?」


「い、いきてましゅぅ。」



ルビーの問いかけダイヤが答え、クッションによって無傷で到着したきりんを確認する彼女。確かに肉体的なダメージは0のようだが、やはり空の旅は精神的な負荷が高すぎたのだろう。目を回しながら口から煙の様なものを吐き出してしまっていた。ダイヤはそんな彼女の様子を見ながら『私達もエミさんの無茶振りとかにこういう反応してた時期あったなぁ』などと過去を懐かしみ、脇を抱えてしっかりと自分の足で立たせ、役目を終えた盾をエメラルドへと投げ返す。



「これぐらいまぁ何とかなるか、って思っちゃってる自分が怖いです、エメラルド。」


「ありがとうダイヤ。まぁ師が師ですからねぇ。……っと、観光で必要になるかと城の間取り図は全て頭に入っています。先導しますので向かいま……。そう簡単には行かせてくれませんか。」



ダイヤから受け取った盾を手首に装着し直し、先導しようとするエメラルドであったが、その視線の先には大量のクライナーが。どうやらこれから巻き起こされる悪事の為に配備されていた警備用の者たちが騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。遊園地中にまき散らされたクライナージュエルの数に比べれば大分少ないが、それでも50は下らない。


保有する精神エネルギーの総量からそれほど強くないのは把握できたが、1体1体丁寧に処理していけば時間がかかり過ぎてしまう。早急に撃破し、無力化すべきだ。


そして、それに必要な能力を保有しているのは……。



「ボクの出番だね。でも流石に遊びに来るのに竹刀とか真剣を持ってくるわけにはいかなかったから……。」


「きゅきゅー。」


「……わぁ。」



ダークパールが手を剣に見立てて、そう言いながらゆっくりと居合の構えを取り、ピンと伸ばした指先に精神エネルギーを集中させようとした時。頭上から少し気の抜けた何かの鳴き声と、プロペラ音。


何事かとパールが後ろを振り返ってみれば、何故か背中にドローンの様なものを背負った大きな蜘蛛が、1本の日本刀を抱えながら降りてきていた。どうやら“蜘蛛”のお気に入りであるジュエルナイトたちに出会えたことが嬉しいらしく、全てが足を広げ楽しそうに声を上げていた。……まぁそのせいで刀を落しかけていたが。



「ぱ、パール? その子誰?」


「ダークパールね、ルビー。……たぶん“蜘蛛”さんの所の子だと思う。あの家で見たことがあった気がする子なんだけど……、なんでここにいるの?」


「きゅきゅー、きゅ!」


「あぁ、なるほど。今度しっかりお礼しなきゃね。」



“蜘蛛”との共同生活によって大量の配下蜘蛛たちとも接していたヒマは、なんとなく蜘蛛の言葉が解るようになっていた。その真意全てを読み取ることはできないが、眼前の蜘蛛が『見て見て幼子! これクモコプター! つけてもらったの! 飛べるの! 蜘蛛の宅急便なの! 女王様がね! 必要だから幼子に持ってけー! って言ったんだよ! だからあげるの!』と言っていることはまぁ理解できた。


色々良く解らない単語はあったが、今は戦闘中。届けてくれた蜘蛛に礼を言いながら、すぐにその刀を腰元に運ぶ彼女。


叩き起こすのは、未だ自身の胸の奥に残る強い負の感情。この世界不条理自体への強い怒りを想起し、刀に流し込んでいく。すぐにただの日本刀であったそれは黒く染まり、彼女だけのダークソードへと変貌した。母との関係性を少しずつ改善出来ているせいかその鍔の部分には柔らかい白となっているが、それ以外は禍々しい真っ黒な刃である。


そんなパールの武器の様子。少しだけ白に戻った剣、パールがあの一件から完全な黒に染まり切っていないこと示す証拠を再確認できたことで、強い歓喜を覚えたルビーであったが、すぐに気を切り替え指示を出していく。



「よし! じゃあエメラルドは先導しながら防御! パールは的確にダメージを与えて! ダイヤと私はそのサポートと、浄化! 多分あのクライナーたち昔の弱い奴っぽいし、今の私達なら1人で浄化できるはず! それできりんちゃんは……。プルポ持ってついてきて!」


「あ、はい。」「ぷぽ。」


「じゃ、作戦開始ー!」



ルビーがそう言った瞬間、即座に動き始めるジュエルナイトたち。


エメラルドが盾を構え先陣を切ることでクライナー達を吹き飛ばし、浮き上がり無防備になったクライナーや横から攻撃して来る化け物を切り刻むダークパール。そして後一撃喰らえば消滅するほどまでに弱ったクライナー達を正の精神エネルギー放射することで浄化していくルビーとダイヤ。


そして『これ置いて行かれたら色々とヤバい奴ぅ!』と内心悲鳴をあげながら、プルポを抱え全力で後に続くきりん。


パール加入時点ですでに性能敗けしてしまい、1対1の状況でも普通に撃破されていたのが第2世代型クライナーだ、パールは依然として離脱したままだがエメラルドが加入したことでジュエルナイトたちの力量は当時のものに戻っているし、浄化能力を失った代わりに破壊力を手に入れたダークパールがそれを上手く調節しながら攻撃役に回っている。きりんを守りながらという戦いではあったが、苦戦するほど彼女たちは弱くない。


すぐに警備兵として配備されていたクライナーを全て浄化させ、目的地にまで走る彼女たち。


向かうのは、大部屋。きりんの父と、母だったモノが眠る場所だ。










「パパ!」



大部屋へと続く扉を勢いよく開けるきりん。彼女の眼の前広がるのは巨大な水晶、“龍の宝玉”の前に母の棺桶を安置させ、その前に立ちながら一族の宝を見上げていた父。


そんな彼は愛娘の声を聴きゆっくりと振り返るが……、すでにその顔は狂気に呑まれてしまっていた。


変わり果てた父の姿を見てしまい、つい息を飲んでしまうきりん。けれどまだ引き返すことができる。自分の声ならばまだ届くはずだと信じた彼女は、父に対して抱いてしまった恐怖を押さえつけながら、声を上げる。



「も、もう悪いことはやめて! こんなことママも望んでない! 誰かを不幸にしてママを生き返らそうなんて……、そんなの間違っている!」


「間違っていないとも、私のお姫様。あれはそう、何かの間違いだったのだ。それを単に正すだけ、きりん、お前もママに合いたいだろう? 私もそうだ。」



ゆっくりと娘へと足を勧めながら、まるで誤っているのはお前だという様に優しく語り掛けるきりんの父。確かにその顔には笑顔が浮かんでいるが、眼は依然として狂気に支配されている。きりんと共にこの部屋に入って来たジュエルナイトたちのことも視界には入っているようだが、“見えてはいない”。彼の世界はすでに、自分と自分が愛した者だけ。狂気のせいか自身の娘すらしっかりと見れていないのだ、他者の認識など出来るわけがなかった。



「ッ! 確かに、ママは死んじゃった。私だって会いたい! 話したい! もっと一緒にいたい! でもそのために誰かを! もっと多くの人を不幸にするのは間違ってる! パパ! まだ引き返せる! だから悪い人達の話なんか忘れて! 昔のパパに戻ってよ! お願い!」


「…………私は、変わってなどいないさ、きりん。」



だからこそ、届かない。


彼は、自分の娘がおかしくなった。いや反抗期に入ってしまったのだと思ったのだろう。以前自身の部下から聞いた単語が頭に残っていた彼は、『本来母の復活を邪魔するはずのない娘』の行動に悲しそうな顔を浮かべながら、動き始めてしまう。



「クライナーという存在は、発生時に大量の負の精神エネルギーを生み出すそうだ。私はアンコーポを名乗る存在から、それを2000、購入した。そのエネルギーをかき集めれば、この宝玉が起動し、私の願いを叶えてくれる。……あぁ、待たせてごめんよ、ハニー。今すぐ助けてあげるからね。」


「ぱ、パパッ! 待ってッ!!!」


「さぁ、君だけのための、ショーを始めようか。」


「ッ! させないッ!」



きりんの静止も虚しく、懐から何かのスイッチを取り出し、押してしまう彼。


咄嗟にジュエルナイトたちがそれを奪い取ろうとしたが、あらかじめこの部屋には防衛機構が備わっていたのだろう。彼女たちの攻撃が彼に直撃する瞬間に、きりんの両親、そして龍の宝玉を守るように紫の膜が出現し、その動きが全て停止、相殺されてしまう。



「重力波バリアだよ、有能な部下がいてね。……見たまえ。」



彼がそう言った瞬間。部屋全体を覆い尽くす様にホログラム。空中に画面が表示されるのは、この遊園地全体。そこにはストラップが弾け飛んだことでクライナージュエルに触れてしまい、多くの人々がクライナーになってしまう様子が映し出されていた。そしてその衝撃によって生み出された負の精神エネルギーが天へと上り、そのすべてがこの城に集まっていく情景も。


何の力も持たないきりんですら肉眼で視認できるほどに、黒く染まった負の感情たち。それは建物をすり抜け確実に“龍の宝玉”へと吸い込まれて行ってしまっている。


これが誤りではないと示す様に、透き通り無を表していたその水晶の中には黒いヘドロの様なものが。すぐさま押し止めなければすぐに満杯になってしまうかと思われるほどの、途轍もない速度で蓄積し始めてしまっている。アレが水晶内部の全てを埋め尽くしてしまえば、“破滅”が始まってしまうのだ。


その光景を目の前にし、声を上げる彼。



「ふは、ははは! ははははは!!!!! 素晴らしい! 素晴らしい! 伝説は本当だったのだ! これが、これが溜まれば! 彼女が、彼女が復活するのだ! ついに、待ち望んだ日が! 君と歩んだ日々が返ってくる! きりんよ! キミも嬉しい……、はッ?」



自身の計画が順調に進み、妻が返ってくるという空想がより現実に近づいたことがたまらなく嬉しかったのだろう。狂気的な笑みを浮かべ大声で笑いながら娘の方へと振り返った“黄龍”。


けれど彼の視界には、あり得ないモノが写っていた。


せっかく生み出し、生み出した後もこの地に集めた観光客たちを痛めつけ大量の負の精神エネルギーを集めるのに必要だったクライナー達が……、消えている。遊園地中に配置した監視カメラがほぼ同時に同じ光景を映し出しており、先ほどまでいたはずのクライナーが突如として消滅、そしてほんの一瞬だけ残る、青い稲妻。



「あ、師匠だ。」


「相変わらず仕事はや……。」



アカリ……、じゃなかったルビーが気を抜けたというか、もう普段通りの声を出し、ダイヤもそれに同意するようつい言葉を零してしまう。そして何が起きているのかとホログラムを操作して調査していたきりんの父が見つけ出したのは、遊園地の中央部にある大きな広場の光景。何故かそこには巨大な山、いやクライナーだったものがいくつも積み重なっており、巨大な山脈が形成されていた。


どうやらクライナージュエル起動直後に動き出し、その全てを無力化して一点に回収したようである。


しかもどこから連れて来たのか解らないが、仁王立ちし全身から青い雷を漏らしている“九条恵美”の前で、もはや美術品かと見紛うほど綺麗な土下座を決めるビジネスと、滝の様な涙を流しながら精神崩壊一歩手前まで追い込まれているクラフトの姿が。


2人とも水着姿であることから、海水浴か何かをしている途中に確保されたのだろう。ビジネスが明らかに機嫌が悪そうな九条恵美を前にし、震えながらクライナーを元に戻す作業。クライナージュエルと人間を分離させる作業をさせられているのが見えた。



「あ、あの二人いたんだ。」


「いつものプルポさん並みに振動していますね、あの男性。」



また師匠が何とかしてくれたとちょっと安堵と『やっぱりあの人だけで全部何とか出来るんじゃないかな』と思いながらその様子を眺めるパールに、ビジネスの姿は見たことが無いがクラフトと一緒にいるためアンコーポの幹部だと判断し、『バカンスに来ていたのかなぁ』なんて思いながらその振動速度に驚くエメラルド。


きりんは『はぇ?』って顔をしているし、ジュエルナイトたちもいつも通り規格外を見せられて『とりあえず防止出来たようでヨシ!』の構えに。けれどきりんの父、“黄龍”からすればたまったものではない。


先ほどまではとんでもない速度で龍の宝玉に溜まっていたはずの負の感情も、6割ほどでストップしてしまっている。本来では2000体分の発生時のエネルギーを使用すれば十二分に満杯になる計算だったのだが、彼は、イエローアイランドは裏切りを受けている。


部下の“蝉少佐”が事前に研究用として500を確保してしまっているし、きりんが段ボール蜘蛛に跨りながら盗って行った100、つまり現在パーク上には1400を下回る程のクライナーしか生まれていないのだ。急増のストラップのため、不良品もある。実際の数はもっと少ないだろう。


確かにそこから他の観客に絶望へと陥れることでエネルギー自体はたまったのだろうが、九条恵美に阻止されてしまった今。これ以上エネルギーを貯めることはできない。



「な、何故! 何が、何が起きている!?」


「あー、ちょっと同情しちゃうけど……。きりんのパパさん! もうあきらめて大人しくしなさい! 悪いことしようとしても、私たちが止めるよ!」






 ◇◆◇◆◇





「ほら、ビジネスさんとやら。貴方がたの商品なのでしょう? さっさと解除してくださいな。でなければ……。」



そう言いながらそこらへんに落ちていた鉄塊。明らかにビジネスの頭部よりも固いそれを握りつぶし、弾け飛ばしてやる。


別に言葉だけで脅してあげてもいいが、眼でしっかりと見て全身で理解することも大切だろう。周囲に鉄塊だったモノが散らばり、地面に突き刺さっていく。けれどそれで終わりであれば面白くない、私の身から放たれた電流がその鉄片たちをかき集めていき、宙に浮かびながら一点へと集まっていく。高圧電流が流されたことで熱されたそれらは赤く変色し、私の指先で再度一つの鉄球へと戻り始めていく。



「ひぃっ! も、もちろんですとも! す、すぐに元に戻しますッ!」


「えぇ、それでいいのです。“初対面”で申し訳ありませんが、“ぜひ”。頑張ってくださいね。クラフトさんは使い物になりませんし。」


「ご゛め゛ん゛な゛さ゛い゛~~!!!」



そう声を掛け視線を向けると、幼い声で大声で謝ってくる彼女。今は私の腕の中で優しく抱いてやっているのだが、トラウマが刺激されてしまったのだろう。可哀想に……。


そんな彼女は、滝のような涙を放物線を描きながら流している。


まぁちょっと“現状”の確認もしておきたかったし、“仕込み”が壊れていないか確認して再調整しておきたかったからねぇ。まだ完全に精神を再構築できていない状態で私と会えば根本からぶっ壊れてしまう可能性があったけど、短期的な幼児退行と感情をそのまま涙として発散することで何とか崩壊するのを保ってる状態だろうね。ま、壊れなかったらヨシ!


ほら~、よちよちクラフトちゃん。ママ怒ってないでちゅからね~。



「……。」


「ビジネスさん? 手が止まっていますよ。」


「ッ! これは失礼をッ!」



そう言いながら涙目で作業を再開する彼。営業部と言えど商品には精通しているらしく、負の精神エネルギーを操りながら的確にクライナーと人を分離させていくビジネス。あぁ、もしかしてこの醜態が誰かにバレるのを危惧しているのかな? なぁ~に、安心するといい。監視カメラは全てこちらが管理下に置いているし、そのデータは“改竄した後”であちらに映るようになっている。衛星関連もこの場所を見ることができるものはすでに管理下だし、そもそもすでに蜘蛛たちに情報漏洩防止のため用意を完了させている。



(たとえ技術力が頭一つ飛び抜けているデスカンパニーであろうともここで起きていることを観測することは不可能だ。今回に限っては“怪人クモ女”として動くべきところが幾つかあるからね。その辺りは完璧。)



あぁ、もちろん。ビジネス君たちの“記憶”もちゃんと操作するよ? いや操作じゃなくて、“切り取り消し飛ばす”と言った方が良いのかな? これが終わればバカンスを楽しんだ記憶だけが残るんだから、良かったねぇ? 私とクラフトが喧嘩別れしているっていう情報を手に入れることが出来なかったせいで、未だに私とクラフトが仲良しさんっていう情報を信じるしかないっていう“都合のいい幻想”を見れるのはとっても、良かったねぇ?



「さて、あちらは……。あぁそうだ。ちょうどいい小間使いが出来たんだった。セミの?」


「は、はッ!!!」


「あそこに私のカバンがあるでしょう? それを取って私が見やすい場所、角度で持ち続けなさい。」


「すぐにッ!!!」



先ほど私の正体を明かしてあげた量産型セミ男に指示を出し、パソコンを用意させる。結構なダメージを与えたはずだが、今は高揚感と麻酔でごまかされているのだろう。指示を受けたことが嬉しくてたまらないと言った感じで、すぐに用意をしてくれる。……やっぱりデスカンパニー製だけあって、自然治癒促進の毒だけで結構回復してるな。うっとうしい。


……え? なんで生かしてるかって? そりゃ全部終わった後の“大掃除”で一人欠けてたら面倒だからさ。どうせ最後にみんなこの世から消えるんだし、本人が望んで嬉しそうにしているのならば使ってあげた方が、私もこの子も、幸せでしょう?



「こちらで、よろしいでしょうか……!」


「うん? あぁいい角度ね。褒めてあげる。」


「ありがたき幸せ……!!!」



はいはい。んじゃ彼女たちについて行った蜘蛛たちが送ってきてくれているだろう映像と同期して……。あぁようやく見れた。やっぱり弟子の活躍、成長はちゃんと見てあげないとねぇ? 確かに子供を戦わせるなんて唾棄するような行為だけど、この世界で戦士の資格を持ってしまった子であるならば、強くなければ生き残れない。


こちらの監視下で安全に強敵と戦えるのならば、させてあげるべきだろう。それに、彼女たちにとって心の成長は単なる肉体強化を上回るのだ。可能であれば強敵と戦いながら精神的成長を目指すのが良い。



「あぁ、良かった。ちょうどいい場面みたい。」


『あー、ちょっと同情しちゃうけど……。きりんのパパさん! もうあきらめて大人しくしなさい! 悪いことしようとしても、私たちが止めるよ!』



画面越しにユアルビー、アカリさんが啖呵を切っているのが見える。うんうん、本当に頑張っているねぇ。


それでそれを見た“黄龍”さんは……。うん、案の定自分の思い通りいかないことに激高。自身の愛する人を復活させるために何かしらの策を探し求め始める。んで一番近くにあるのが、彼の妻を復活させるのに使うつもりだった“龍の宝玉”。



「セミ? お前はこの水晶玉の効果について理解していますか?」


「はッ! まだ全て調査しきれたわけではありませんが、どうやら蓄積したエネルギー量に応じた効果を及ぼすようです! 完全状態まで貯めれば大きな効果が得られるそうですが、少量ずつ小さな効果を及ぼすのも可能と聞いております!」


「あぁ、そう。便利ねぇ。」



セミ男が知っている情報は、黄龍氏も知っていることなのだろう。彼は重力波バリアでその身が守られているのを良いことに、狂った笑みを浮かべながら龍の宝玉に縋ってしまう。『この宝玉を負の感情で一杯に出来るだけの、力をくれ』と。


彼がそう願った瞬間、水晶の中に溜まった黒い感情たちが蠢き始めてしまう。何とかバリアを打ち破り、きりんパパを止めようとしたアカリさんたちだったが、ほんの少しだけ遅かった。彼を中心に黒い爆風が巻き起こり、その肉体を包み込むように、黒い肉体が構成されて行ってしまう。



「負の感情の集合体、そしてそれを求め続ける化け物。“破滅”には程遠いけれど、放置すれば周囲が負の精神エネルギーを生み出すための牧場と化す、と言ったところかしら? まぁ、ちょうどいい強さ。補助台を使えば乗り越えられる高さねぇ? ……ふふ。」



突如として世界に絶望を振りまく化け物になってしまったきりんのパパ、これを外に出してしまうととんでもないことが起きてしまうと本能で理解したジュエルナイトたちは、化け物との戦闘を開始する。かなり苦戦するし、このままでは勝てないだろう。


だがそれを乗り越えるのが、戦士。ヒーローというものだ。


確かに私はピレスジェットのことが大嫌いだし、顔を合わせたくないが、その精神性。ヒーローと呼べるその心は評価しているし、気に入っている。これは他の戦士たちにも当てはまること。もしそれが穢れてしまうことに成るのであれば、それを回避するために出来るだけの多くの手助けをしてやろう。そう思えるほどには。



「……っと、もう来たのか。優秀で結構。セミの? 私が許可するまで口を開くことを禁じる。」


「はッ!」



私の視線の先には、何台もの軍用車両がこちらに向かって走ってきており、ちょうど先頭のジープが停車し勢いよく人が飛び出て来た。彼が“蝉少佐”だろう。そしてその背後についてきた装甲兵員輸送車も到着し、訓練されかなり素早い速度で人が飛び出てくる。


大体……、増強大隊くらいかな? 全員が改造人間、セミ系の怪人だ。勿論その後ろには単なる戦闘員たちが大量にいるようだが、まぁ短時間でここまでかき集めたものだ。ま、彼らが移動するルートから観光客たちを全員他の場所に退避させ、移動しやすくしたのは私だけど。



「第二小隊小隊長量産型セミ男よ! 貴様何をしている! というかなんだこの状況は!」



……? あぁ確かに。


さっきまでクライナーの分離作業を行っていたが明らかに自分より強い存在が千人近くやって来てビビり散らかしてるビジネスに、幼児退行して赤ちゃん化した結果私に抱かれてるクラフトに、ちょうどいい瓦礫に腰かける私に、それに付き従う量産型セミ男。そして背後にはクライナーの山。


う~ん、カオス。と言うかクラフトのせいで全然映えてないね。悪いけどちょっと座っててくれる、クラフト。大丈夫? なら良かった。


っと、では少し気を切り替えまして……。体内に抑え込んだ私の覇気を、解き放つ。



「ッ!?」


「せっかく顔を出してやったというのに、良く吠える口を持っているのですねぇ、“蝉少佐”?」


「な、何故!? いや、貴様! 私の部下に何をした!」


「何……? あぁ、少々無礼だったもので少し地面に打ち付け、治療をしてやった程度ですが? ふふ、やさしいでしょう? 私はあの方。初代様とは違うのですよ、失態も軽いモノであれば見逃し、挽回する機会をやりましょう。ただ不快なだけで殺していればいつか誰も居なくなってしまいますもの。」



やさしく笑いかけながら、彼に向かって淡々と言葉を紡いでやる。


にしてもまぁ、良く吠えれること。さっき私が解き放った覇気は、私の通常形態時のモノと近しいものだ。後ろの方にいるただの戦闘員たちは全て気絶してしまっているようだが、彼直属のシカーダアーミーの構成員たちは何とか意識を保っている状態。トップで一番強い蝉少佐と言えど少し足が震えているというのに……、頑張るねぇ。



「初代様、だと……?」


「……ふ~ぅ。何でしょうねぇ? そこまで私は人気が無かったんでしょうか? まぁ他の幹部様方、野垂れ死んだ愚か者たちからすれば後発ですから、仕方ないのかもだけど……。“コレ”を見ても、まだ続けます?」



そう言いながら、先ほどの量産型セミ男の時と同様に、私本来の顔を部分的に顕現させ、晒してやる。


あ~、にしても。私が残党どもの精神的支柱になっているとはねぇ。これまで特に気にせずというか、発見次第消し飛ばして利用価値がありそうな研究データと資材だけ抜き取って全部消し飛ばしていたんだけど、よく探したら私の顔が飾られた祭壇とかもあったのかなぁ? ……ぜーんぜん。いい気分しないなぁ、ほんと。気持ち悪い。



「あ、あの。あの顔! いや御尊顔は!」

「ゆ、夢。私夢でもみてるの!? ねぇ殴って! 頬!」

「あぁ! あぁ! 神よ! 神よ!」


「ッ!!! そ、総員! 平伏せよッ!!!!!」



蝉少佐の声が響き、シカーダアーミー、私の傍にいた量産型も膝をつく。


見る者が見れば壮観だと口角を上げるだろうし、私が悪の者であればこれだけの戦力が手元にあることで出来る手段が増えたと新たなたくらみを始めるだろう。私からすれば邪魔以外の何物でもない、……まぁ本当に利用価値がないわけではないが。


とにかく、せいぜい死ぬまでこき使ってやるとしよう。早ければ今夜までだろうけど、彼らなら死ぬ気で働いてくれるでしょう。無駄に忠誠心高いみたいだし。


おそらく謝罪の言葉を口にしようとした蝉少佐に、指を差すことでそれを辞めさせる。……せっかくだ、いい記憶で死ねるように“支配者”として振舞ってやろうか。暇つぶしぐらいにはなるだろ。



「よい。これまでの組織への忠勤、そのすべてを相殺することで“無かったこと”にしてやろう。……にしてもまぁ、面白いことをやっているなぁ、蝉少佐よ。」


「は、はッ! ありがたき幸せッ!」


「私は全く面白くないがな。反吐が出る。確かに顔を出さなかった我にも問題があるだろうが……。」



そう言いながら、跪きながらも腕を高く伸ばすことで画面の位置を先ほどと変えぬようにしている量産型、彼が持つPCを操作し、音量を最大に。そして少佐にも見える様な位置に動くよう足で指示を出してやる。



「見覚えはあるだろう?」


「は、はッ! ……も、もしや!」


「そうだ。我の“お気に入り”、と言った方が解りやすいか? 悪を滅ぼす戦士として育てておるのよ、よい余興だろう? ……蝉少佐よ、お前。これに手を出しただろう? お前からすれば何でもない起動実験だったようだが。」


「も、申し訳……!」


「謝罪の言葉は聞き飽きたなぁ、うん? お前もアレらのようになるか? 我が手から抜け出した挙句反逆した愚か者たちや、すでに死し指導者として悪政しか敷かなかった先代を復活させようとする愚物。時流を見誤り無暗な拡大を目指すもの。どうだ? 蝉少佐よ。」



自分の失態、その大きさに振るえているのか顔が面白いほどに青くなっている彼。怪人形態に戻っていればセミの顔なのでそんなもの解らなかっただろうが、人故に表情から感情が解りやすい。そのぶん、こちらとしても解りやすいからねぇ? うんうん、自死されるのはまだ早いから困るけど、その苦しむ顔は少しだけ胸が空くよ。



「ふ。まぁよい、蝉少佐。そしてシカーダアーミーよ。我自身話したことはないが、兜のが残した資料からお前たちが有能で、忠義厚い者たちであることは知っている。今後の働きに期待し、同様に“無かった”ことにしてやろう。」


「か、兜将軍が……! あ、ありがたき幸せッ!」


「うむ。さ、て。では少々幼子たちの様子でも眺めるとするか。少佐、我は喉が渇いた。何かもて。それとそこに転がっている男と女、これも我の玩具よ。女の方は座らせておくだけでよいが、男には作業を継続させておけ。」


「はッ! すぐに! 第一中隊は閣下のお飲み物とプロジェクターを御用意しろ! より大きな画面で御覧頂くのだ! 第二中隊は2名の管理! 第三・第四中隊は倒れている愚か者たちを叩き起こせっ!」


「「「はッ!!!」」」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(デスカンパニー製怪人・蝉少佐編)


う~む、やはり我が最高傑作であるクモ女の支配者然とした姿。絵になるではないか。ここはひとつ画家でも拾って来て書かせるべきではないかクモ女よ。お前の活躍は歴史に残すべきだろう。まぁもちろんお前の意志を尊重してやるが、世界の支配者となった暁にはお前のこれまでの歩みを全て宗教画のように美しく飾る……。え、嫌? だがお前、ジュエルナイトたちの写真が大事にしまっておるではないか。それと同じよ。はーはっは!!!


というわけでごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回は蝉少佐について解説してやろう。ちなみに次回はあのよくわからん負の精神エネルギー体になってしまった黄龍だったか? 奴について解説してやるからな。楽しみにしておくといい! では基本スペックだ!


■身長:208.1cm

■体重:121.4kg

■パンチ力:65.0t

■キック力:129.2t

■ジャンプ力:47.9m(ひと跳び)

■走力:1.8秒

★必殺技:セミファイナル


能力としてはそこそこ、まぁ幹部級としては十分と言ったところだろうな。けれどもまだ経験が少し足りず、能力の発展性の少なさから本部には呼ばれぬ程度の実力者だ。このセミファイナルという技も、自身の命を掛けるほどにエネルギーを一点に集中させ放つものだ。連続して使えぬ上に、使用した後は疲労困憊で動けぬ。外せばどうするのだという話だからなぁ。


本人も前線で部隊を率いることを望んでいることもあり、今の“少佐”という立場に甘んじているという形よ。故にあまり野心などは無いが、やはり強き者に仕えたいという思いがあるようで組織最強と名高いクモ女派に所属している、と言ったところだろうな。まぁそれが良かったのか悪かったのかを判別するのは本人しか出来ぬ故何も言えんが……。まぁ今幸せそうであるし、良いのではないか? うむ!


っと! ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!






更新が遅れ大変申し訳ございません。

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