39:もう忘れられないね


「え、エミ! なんでここに!?」



そんな悲鳴のような声を上げてしまうクラフト。


これだけでジュエルナイトたちは、自分たちの背後に現れた鬼神の様な存在。屍の山の前に降り立った“九条恵美”がアンコーポ幹部と何らかの関係性があったことを察する。ダイヤは一瞬悪い方向、実はエミも悪の存在だったのではと考えてしまうが、もしそうであった瞬間自分たちは終わり。『死ぬしかないじゃない』状態になってしまい恐ろし過ぎるので敢えて考えないようにする。対して師匠への好感度が彼女たちの中で一番高いルビーは、『あ、師匠でも騙されるんだ』という風なことを思い浮かべていた。


彼女たちの考えを余所に、“九条恵美”は言葉を紡いでいく。



「なんでここに……、面白いことを言いますねぇ、クラフト。貴女にはジョークの才もあるようだ。」



細く開かれた目の奥で、理解すれば精神が耐えきれず崩壊してしまうような激しい感情を滾らせている“九条恵美”は、愉しそうに笑いながらクラフトへとそう答えた。


何せクラフトの計画では、この町に彼女はいないハズであったのだ。


あらかじめ作戦決行日に小旅行へと誘い、九条恵美だけをこの町から離す。そうすればアンコーポが対処すべき強者は“蜘蛛”だけになるし、九条恵美はアンコーポの悪行を見ずにすむ。可能であれば“蜘蛛”と“九条恵美”をぶつけ、ひかりが丘での活動をやりやすくするつもりであったアンコーポは、自分たちの好感度を維持するためにも、悪行を見せるわけにはいかなかったのだ。


だからこそこの町から離したのに……、何故、ここにいる。



「確か、車で数時間でしたか……? 私なら徒歩で数分です。あらかじめ早く出発する理由。ありませんよねぇ?」



ゆっくりとクラフトに向かい足を進めるエミ。


その身から放たれる覇気は、距離が近づくごとにより鮮明になっていく。ジュエルナイトたち、クラフトたち。この場にいる全員が強い生命の危機を感じ、動きを封じられてしまう。彼女たちよりも弱い存在であり、精神エネルギーによって構成されているジューギョーインやジョーチョーたちが恐怖で消し飛んでしまうほどのモノ。


動かなければ、逃げなければ、心がそう叫んでいるが、動けるわけがない。この場にいるのはこの世で最も化け物で、人ではどう足掻こうとも勝てぬ存在。


明確に勝ちを拾えるかもしれない、そんな存在が1人しかいないのだ。たとえ“彼女”の形態がその力の大半を抑え込んだ“人間形態”だったとしても、動けるものは誰もいない。


そんな彼女、“九条恵美”がジュエルナイトたちの横で、足を止め、顔を向ける。


普段何かと一緒に行動しているアカリやリッカですら、絶叫を上げそうな程に怒気を纏わせた彼女。運よくその場にいた4人と1匹は声を上げることはなかったが……、もし何か音を立てていれば全身が爆散して消えてなくなる、それ以上の恐怖が自分に降りかかるのではないかという感覚に陥ってしまう。



「私の友人が失礼しました。……いえ、もう友人と言うのも烏滸がましいかもしれませんね。せめてもの情け、私が引導を渡して差し上げようかと思うのですが……、よろしいですか?」


「「「「……。」」」」



「……よろしい、ですね?」



「「「「は、はいぃぃぃ!!!」」」」



九条恵美としては、単に問いかけただけ。けれどそれは絶対者の問いかけ。応えぬこと自体が不敬となり、罪となる。恐怖のあまり声が出なかった4人だったが、再度の問いかけを『次はないぞ』と捉えてしまい、悲鳴に近い返事をしてしまうジュエルナイトたち。


そんな様子を『そんなに怖かったのかな?』の様な顔をして軽く首をかしげるエミ。けれどすぐにそれを放念し、クラフトの方へ向かって歩き始める。


おそらく、ジュエルナイトたちの悲鳴で何とか声が出せるまで回復出来たのだろう、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくるエミに向かって、クラフトは悲鳴のような声で意味のない弁明を行ってしまう。



「ま、待って! 待ってくれエミ! 誤解、誤解なんだ! アタシは決して……」


「クラフト。酒の席で何度か話したことがあると思いますが……、私には嫌いなものがあるのです。」



ゆっくりと幼子に言い聞かせるように、そして反論させぬように。エミは歩を進めながら言葉を紡いでいく。同時に着ていたシャツの袖を丁寧に捲りながら、その白い素肌を露出させていく。彼女はアカリたちとの特訓の中で一度も腕を捲ったどころか、上着を脱ぐこともない。ジュエルナイトたちが知るのは、じいやの様な強者と戦うような時だけ。


つまり、本気だ。



「正と悪は表裏一体、存在することに異議を唱える気はありません。ですが、余所様にご迷惑をかける。その時点で私は嫌悪するでしょう。そして、そんな存在が私に対して“嘘”をついた。子供の可愛らしい誤魔化し程度であれば笑って許しましょう。……けれどこれは、ダメですよねぇ?」



そう言いながら彼女は、捲られた腕。その親指で背後に存在するクライナー達の山を指差す。そのすべてが単純な物理的攻撃で無力化されており、存在の消滅ギリギリの状態で積みあがっている。


“怪人クモ女”としては、ほぼすべての事情を理解している。だからこそジュエルナイトたちの負担を出来るだけ減らすためその体力を限界ギリギリまで削り、一か所に持ってきただけ。こうすればエネルギー切れ寸前の彼女達でも一気に元に戻すことが出来るだろうという配慮だ。


しかしそれ以外のものからすれば、恐怖でしかない。23体といえどそのすべてがハイエンド。彼女たちの基準でかなりの強者であり、巨体。その山は自然と高くなり、威圧感が増してしまう。そんな高い山をほんの数秒足らずで作り上げたとなれば、恐怖の強さはどれほどになってしまうのだろうか。



「愚かと嗤われるでしょうが。私は少し、貴女のことを友人として気に入っていた。今日も楽しい日になると思っていれば、裏切りの様な仕打ちをされたわけです。……覚悟は、出来ていますね?」



最終確認、その言葉に対しクラフトが悲鳴のような嘆願を行おうとした瞬間。既に言葉は聞き飽きたかという様に、エミを中心に世界が強く揺れる。全員が彼女の一挙手一投足に目が離せなくなった瞬間。九条恵美はゆっくりと、その右腕を天に掲げた。


走る、青白い電気。


ぱちっという甲高い電気音を皮切りに、その右腕が発光と共に強い電気を帯び始める。それはどんどんと強く成って行き、おそらく常人が触れるだけで焼き焦げ、焼失してしまいそうなほどまで。


ジュエルナイトたち、いやアカリとリッカは強く理解してしまう。彼女はイメージの具現化。もう一つの肉体を投射し相手にあたかも殴ったり蹴ったりするような感覚を与えることは得意ではあるが、属性の具現化は不可能だと言っていた。すなわちこれは、正真正銘、本物の雷。


エミは自分が生み出した青白い奔流たちの様子を見て一度目を閉じた後。


まるで何かの教師の様に、その能力の説明を始めていく。



「人は、生まれながらに電気を操ります。確かに非常に微量ですが、それは人体の基本的な機能として存在しているのです。どうやら私は産まれながら、それが異様に高い様でしてね? 少々鍛錬したところ、このようなことが出来るようになりました。つくづく、“人体”とは面白いものです。」



生体電気、“怪人クモ女”が保有する能力の一つをまるで人の力をという様に解説しながら、彼女はその青い稲妻を両手に纏っていく。その場にいた誰もがそれを嘘だと信じたかったが、眼で認識、耳が音を拾ってしまっている。そして彼女が放つ強い電気によって、周囲のいたるところの金属が反応し始めてしまっている。


これは、現実だ。



「クラフト、友人として最後の頼み事をしましょう。……今から貴女を殴ります。せいぜい醜く生きながらえてくださいね?」


「ひ、ひぃッ!」



クラフトが短い悲鳴を上げた瞬間。その眼前に大きく振りかぶったエミの姿が。


死を覚悟、いやその先の未来が全て死で確定した瞬間であったが、彼女はこれでも悪の秘密結社アンコーポの幹部。体が自然と反応し、不可能とは脳で理解しながらも、体が生きながらえるための最善策を講じていく。自身の武器として愛用して来た巨大なハンマーを手に取り、迎撃のため振るう。


けれど相手は、頂点に最も近しい存在。たとえ出力を落した形態で、更にある程度の手加減をしていようとも、その力は抗うことを許してもらえるほど、甘くはない。



「脆い。」



その一言が、全てを表す。


エミの拳を迎撃しようとして振るわれた巨大なハンマー。おそらくクラフトが誕生してから今までの中で、一番強く、本気で、死ぬ気で放った一撃。彼女が持つ技術を総動員して作り上げた最上の武器での攻撃。それを真のバケモノが、たやすく破壊し尽くす。


拳が触れるその少し前に、纏われていた電気が金属製のハンマーへと飛び、その内部を蹂躙しつくす。途轍もない電圧に耐えきれなかったのだろう。クラフトの武器は、相手に触れることなく全損してしまった。


そして何もなければ、拳を遮るものは何もない。



「 」



直撃。


けれど、無音。


クラフトの腹部を貫くように叩き込まれたその拳は、音を置き去りとし、衝撃と電気によってその内部を確実に破壊し尽くす。手加減自体はしているのだろう、絶命には至っていない。だがその一撃で、クラフトはもう戦える力も、気力も、何もかも潰されてしまう。


あるのはもう、“いっそ早く終わってくれ”という願いだけ。



「話しぶりからして指揮官、もしくは幹部のような立ち位置かと思っていましたが……。面白くありませんね。貴女はそんな“やわ”な人物ではないでしょう?」



エミがそう言った瞬間、彼女が纏う電気が一瞬クラフトへと突き刺さる。行ったのは、電気による脳の覚醒。九条恵美、いや“怪人クモ女”はクラフトの細胞を入手している。いくら精神エネルギーによって構成された人とは違う生命体と言えど、欠片を見ればある程度のことは理解できる。


人類史上最高の頭脳を持っていたと考えられるデス博士によって限界まで調整された脳を持つエミは、その能力を最大限活用出来ていると言われれば少し微妙ではあるが、的確に“クラフトの脳”に当たる部分を理解し、適切な信号を送って見せた。


アンコーポの幹部、クラフトの精神が、無理矢理叩き起こされる。



「か、はッ!?」


「はい、もう一発。」



貫かれる拳。その衝撃によって吹き飛ばされそうになるクラフトだが、その胸倉をつかまれており、逃げることができない。おそらくエミ独自の技術を使用しているのだろう、衝撃を完全にいなすことでクラフトへのダメージを最低限に落しながら、再度電気を走らせ折れたクラフトの精神を叩き直す。



「ごめ」


「はい、もう一度。」


「ゆる」


「聞こえませんね。」


「もう」


「いーえ、まだです。」



何度も、何度も続く終わりと始まり。


理解してしまった、いやされてしまったからこそ、終わらない、終わるわけがない。何度も何度も叩き直され、壊され、直される。ただ記憶として残されていく事象。壊れたくても、直されてしまう。ひび割れた物を無理矢理整え直すのではなく、粉々に砕け散ったはずのそれが、新品同然のものへと作り替えられてしまう。


不可能を可能にすることが出来るバケモノに抗う術など存在しない。


クラフトの心に、“九条恵美”が、植え付けられた。



「……こんなものですか。人では難しいでしょうが、精神エネルギーの構成体であれば回復も可能。それは少しうらやましいかもしれませんね。」



どれだけ繰り返されたか解らない程の攻撃。その光景から視線を動かすことが出来なかったジュエルナイトたちが同情を越えた何かをクラフトに抱き始めていたころ、その連鎖がようやく終わりを告げる。クラフトの体からは黒煙が立ち上っており、どう考えてももう再起など出来ぬように見えるのだが……。その体を理解した“怪人クモ女”がそう言うのならば、“体は”治るのだろう。


エミは最後に、クラフトの顎を持ち上げ、虚ろとなってしまったその目を覗き込んだ後。無理矢理視覚と聴覚を叩き直し、言葉を告げる。



「今度謝りに来なさい、そうすれば許してあげます。」



そう言い放った後、もう用はないという様に彼女の体を放り投げるエミ。彼女が地面に叩きつけられる直前に指を軽く弾き、風圧によって地面を軽く叩くことで一瞬だけクラフトの体が浮き、そのダメージを最小限にする。


そして、すべてが終わった後……。“九条恵美”は、ジュエルナイトたちの方へと向いた。



「譲っていただき、感謝します。それと、私が運んできた彼ら。先日の一件の際に見ておりましたが、特殊な方法で元に戻さなければならないのでしょう? お任せしても?」



ジュエルナイトたち、正確にはルビーとダイヤが“九条恵美”に弟子入りするきっかけとなったラーメン屋台破壊の一件の時のことを言うエミ。あの時に浄化技を使わなければ助けることができないのだろうと推察したかのように言う彼女は、ジュエルナイトたちにそう要請した。


あんなものを見せられた後である。もう全力で頭を縦に振るしかない。



「付け加えて。一応言っておきますが、さっきのは真似しないでくださいね? 私でも少々暴力が過ぎるのは理解しているのです。“正義”である貴女方がすべき行いではないでしょう。反面教師としてくださいな。」



一瞬『したくても出来ない上に、しようとも思わないよ!』という言葉が脳裏に浮かんだジュエルナイトたちであったが、そんなこと面と向かってこの存在に言えるわけがない。先ほど同様に顔を縦に高速で振りながら了承の意を伝える。


それを満足そうに見た九条恵美は、近くに放り投げていた自身の上着を手に取り、軽く埃を払いながら肩にかける。どうやらすべきことは終わった、と言うことで帰ることにしたようだった。自分たちの師匠ではあるが、あれほどの怒りをあらわにしたエミを見たのは初めてなジュエルナイトたち。そんな恐怖の存在がこの場から離れることで、思わず小さく安堵の息を吐きそうになる彼女達であったが……。


急にエミが振り返ったことでギョっとしてしまう。



「そうだアカリさん。今週末の特訓ですが、お昼はハンバーグで良いですか? チーズインにもできますが、用意しておきましょうか?」


「あ、はい。おねがいしま……、ってぇぇぇえええええ!?!?!?」



師匠知ってたんですかと思わず絶叫してしまうルビーことアカリに、カマかけられて引っかかったのよ貴女と親友のやらかしに顔を両手で覆ってしまうダイヤことリッカ。あ~、これ色々バレちゃった奴じゃんと少し顔を引きつらせるダークパールことヒマに、色々とまだ飲み込めていないのか仲間たちとエミの顔を交互に見比べてしまうエメラルドことユイナ。


そんな様子を楽しそうに笑いながら、背中を向けて帰っていく師匠エミ。



「ははは、やっぱり。では皆さん、気を付けて帰ってくださいね~。」



そう言いながら軽く手を振り、彼女が軽く踏み込んだ瞬間。たんっという音と共に彼女の姿が掻き消えてしまう。


こうして、彼女たちがフルメンバーで挑んだ戦いは、幕を閉じたのであった。


ジュエルナイトたちの戦いは、まだまだ続く……!






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〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(アンコーポ幹部・クラフト編)


ブラボー! ブラボー! 素晴らしぃ! 素晴らしぃ! さすが我が最高傑作であるクモ女! 能力が制限される人間形態で生体電気すらも操ってしまうとは! そして謎の存在であった精神エネルギー生命体の肉体構造まで理解してしまうとは! なんとも、なんとも素晴らしいのか……! 語彙力が無くなってしまうではないか! 脳機能の解明が進めばその力の出所、精神エネルギー自体への研究も進む! 笑いが、笑いが止まらぬぞ! はーはっは!!!


さて諸君! ネオ・デス博士である! 今日は機嫌が良いのだ! さっさと講義を終わらせて食事にでも行こうではないか! なに、安心するといい! すでにホテルの最上級レストランを予約している! 私のおごりだ、存分に喰うといい! 良いモノを作るには、良いモノを理解せねばならぬからなァ!


では始めて行く、今回の議題はアンコーポ幹部、クラフト! これが基本スペックだ!


■身長:172.3cm

■体重:31.8kg

■パンチ力:33.4t

■キック力:58.8t

■ジャンプ力:31.6m(ひと跳び)

■走力:3.1秒(100m)

★必殺技:フルジュエルスマッシュ


うむ! やはり技術・研究職の幹部だけあって、自己改造に余念がない存在だな! おそらく本来の能力はもう2段階ほど落ちるのだろうが、クライナー関連の技術やハイエンド製作の技術を応用し、自己の強化に努めているのだろう。戦闘に関しても一定の鍛錬を積んでいるようで、巨大なハンマーを使った連打攻撃は評価してやらねばならぬだろう。


欠点としては精神エネルギー生命体全体の問題とも呼べるようなウェイト、体重の軽さだろうな。出力こそあれど重量とパワーで押してくる相手には苦戦を免れぬであろう。ま、我が最高傑作であるクモ女相手ではどんな存在であろうとも蹂躙されるしかないがな!


というわけで諸君! 今回の講義は終了! さっさと会場に移動するがいい! 今日は宴よ! はーはっは!!!





次回は第2クールの最終回的なものになるかと思われます。

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