37:4人目、そして再起。


「KURAINAー!!!」


「ッ! パール! 来るよッ!」



クラフトが生み出してしまったクライナー。ハイエンドと呼ばれる強化個体なせいか、放つ威圧感は酷く重い。更にヒマの母親という極上の素体。クライナーという怪物を産み落としたクラフトですら躊躇するほどの闇を抱えた人間を使用したバケモノだ。保有する負の精神エネルギーは一際多く、ドス黒いものになってしまっている。


化け物の肉体は、もう一つの素材となった彼女の写真立て。けれど本来写真が飾られるところ、以前の家族の幸せな情景を切り取ったそれは真っ黒に染まり切ってしまっており、覗き込めば覗き込むほどに吸い込まれてしまいそうな暗黒、深淵が渦巻いている。一目見ただけで強敵。今は少し仲違いしてしまっているが、ヒマの母親を救うためには共闘しかない。故にダークパールに声を掛けるルビーであったが……。



「ぁ……、ぁあ……。」



継母とはいえ、連れ子とはいえ、自分の家族だと定義していた者たち。そんな者たちが抱えていた闇がそれほど深かったとは思いもしなかったヒマは、真面に言語を解せる様な状況ではなかった。更に彼女たちの境遇の上にさらに積み重なるのは、最近一切家に帰っていなかった父の死という事実。そして自分がふさぎ込んでしまっていたが故に、継母との関係性を構築することが出来ず、変えられたかもしれない“終わり”を避けられなかったと言うこと。


そして母親がそんな状態だったのにも関わらず、自分は新しい環境で“蜘蛛”に甘えてしまっていたという罪悪感。どんどんと、どんどんと思考が負へと傾いていく。


いつの間にか、血の繋がった存在を全て失ってしまった彼女は。新しい家族を壊してしまう要因となってしまった彼女は。もう戦えるような状態ではない。



「ッ! ダイヤ!」


「解ってる! ちょっと我慢してくださいね先輩ッ!」



例え力は強くても、戦えないのであれば戦闘の邪魔になってしまう。


自分たちはパールの離脱によって弱体化してしまっているし、相手はこれまでのどのクライナーよりも強敵。動けなくなってしまったダークパールを守りながら戦うのは不可能と判断したルビーたちはすぐに彼女を後ろに下げるという選択を取った。


そのためほんの少しでも時間を稼ぐためにルビーが敢えて前に出、ダイヤが無理矢理パールの体を抱えて後退する。



「はぁぁぁあああああ!!!」


「KURAI、NAー!」



拳を強く握りしめ、炎を具現化しながらクライナーに殴りかかるルビー。


けれど今回のクライナーは、これまでの彼らとは明確に違う。量産化を無視し、クラフトが出来る限りの要素を詰め込んだ最高級品。攻撃方法も、多岐にわたる。写真立ての写真部分に存在する深淵に手を入れたクライナーは、そこに刻まれた負の精神エネルギーと素体の記憶から、在りし日に見たあの記憶を再現する。


その手に握られていたのは、前の夫の腕に無理矢理装着されていた高速回転するドリル。甲高い起動音を鳴り響かせるそれをもって、ユアルビーの迎撃を行う。



「ッ! さすがにこれは無理ッ! えっと、えっと! そうだ! 即興必殺! 硬質化ァ!」



幾ら火を纏った拳でも、高速回転するドリルに突っ込むほどルビーは馬鹿ではない。急いで頭をまわし、思いついたのは今自分が使っている技術の延長線。イメージを具現化して炎を出せるのならば、自分の腕自体をドリルも打ち倒せるような固い腕にしてしまえばいい。


それまで纏われていた真っ赤な炎がその右腕に集約し、光と共に真っ赤な結晶へと変わる。それを見て行けると確信したルビーは、全力でそのドリルへと拳を振り抜いた。



「ん、んぐぐッ~~!」


「KURA、INAッ!!!」


「グッ!」



一瞬だけ拮抗した拳とドリルだったが、単純な出力であればクライナーが圧倒的に上。すぐさま吹き飛ばされてしまい、後ろに転がりながら師匠によって体に叩き込まれた受け身でダメージを最小化する彼女。そしてさらにパールを安全な場所にまで後退させてきたのだろう、跳んできたダイヤによって、受け止められる。



「ルビーッ! 大丈夫!?」


「う、うん。でもちょっと、あのクライナーヤバいかも。」



そう言いながら同時に着々と戦闘の準備を整えるクライナーを確認する二人。


おそらく彼女たちが扱う“イメージの具現化”よりも高度なことが出来るのだろう。どんどんと深淵から武器を生成しており、そのすべてが一目見ただけで凶悪なことが理解できてしまうものばかり。先ほど聞いてしまったヒマの母親の話から、そのすべてが彼女の記憶に基づいた兵器たちであることは理解できたが……。それが凶悪であればあるほどに、それが深い絶望によって彩られていればいるほどに、彼女の境遇を理解してしまうジュエルナイト。



「……ちょっと勝ち目は薄いけど。」


「戦わない理由には、救わない理由にはならない。そうよねルビー。」



ダイヤの手を借りながら立ち上がり、もう一度拳を握り締めるルビー。


相棒の言葉に強く頷きながら、気持ちを新たにする。戦い始めた時と同様に、彼女の心にあるのは昔の自分の様に思い悩んでいる人や、困っている人を助けること。自分が助けてもらったように、たとえ見ず知らずの人であろうと絶対に助ける。それが大事な先輩のお母さんとなればなおさらだ。


その気持ちは、相棒で幼馴染のダイヤモンドも同じ。ルビーが炎を拳に宿すのであれば、彼女は激流をその拳に宿す。相手は格段に強いが、やはりまだ師匠の方が途轍もなく強い。たとえ勝ち目は薄くても、もっとヤバい化け物と日々特訓しているのだ。それと比べれば何倍も勝てる気がしてくるもの。



「うん! 一発でももらえばそこで終わり。そのぐらい強い敵だよ! 数を重ねていくよ、ダイヤッ!」







 ◇◆◇◆◇






「ッ! いた! プルポさ……。あ、アレは。」



ジュエルナイトたちが戦闘を始めてから少し後。ようやく現着した玄武ユイナを待っていたのは、決して良いとは言えないものだった。


適合者であれど未だ変身したことのない彼女には、精神エネルギーを感じると言うことはできない。けれどそんなユイナでも理解してしまう、ハイエンドクライナーから発せられる覇気。そして強い絶望。彼女がサポートとして任されている妖精のプルポの保護を行おうとした足が止まり、動かなくなってしまうほどにその覇気は、重い。



(い、幾ら増幅されるとはいえ。こんな感情を人が持てるものなの……!?)



アカリやリッカからある程度ジュエルナイトやアンコーポについてのことは聞いている。けれどそれでも、素体となる人間がこれほど深い負の感情を持てるのかと驚き、恐怖してしまう彼女。


ユイナは、かなり恵まれている立場だ。秘密結社が求める様な資源が一切なく、また同時に複数の組織が周囲に存在していたため、緩衝地としての役割が生まれたのがこの“ひかりが丘”である。そんな場所で生まれ育ち、その土地の名士の娘として生まれたのだ。彼女の家自体は“裏”に対する知識こそあれど、娘が触れるべきでない話としユイナを遠ざけることで、蝶よ花よと育てられてきた。


恵まれた彼女からすれば、人がそれほど強い感情を持てるとは、とても思えなかったのだ。



「……ッ! い、いえ。それでも、動かなければ。ぷ、プルポさんッ!」



何とか立ち直り、常にプルポが首元に付けているスカーフ。そこにひそかに装着していた発信機の元に向かう彼女。ユイナのじいやが『何かあった時の為に』と勝手に装着させたものではあったが、ユイナのスマホにもその所在地は解るようになっている。


そのため反応があった近くの生垣に声を掛けてみれば……、草木を掻き分けながら、ぬいぐるみの様な顔が飛び出てくる。そしてその腕に抱えられているのは、大きなジュエルボックス。



「ゆ、ユイナ!」


「ご無事でしたか! さぁ、プルポさん! ここは近すぎます! 一緒にもっと後ろ……!」



妖精の彼も、変身できない自分も。ジュエルナイトたちの戦いの邪魔になってしまう。ユイナの傍についてくれているじいやですら、クライナーとの戦闘について行けるのか怪しいのだ。


守りながらする戦いの難しさは彼女も理解している。だからこそすぐに下がるよう提案するユイナだったが……。プルポは首を振りながら、大きなジュエルボックス。今はエメラルドだけが納められたそれを手渡してくる。



「ぼ、僕。ぷるぽは役立たずだけど。何にもできないわけじゃないぷる! ユイナはこれを守ってて! ぷるぽはヒマの所に行って来るっぷる! 意味のないことかもしれないけど! やらないよりましっぷる!」


「ぷ、プルポさんッ!」



そう言いながら、急いでふわふわと飛んで行ってしまう妖精の彼。遅れて到着したユイナからすれば知らぬ事であったが、先ほどダイヤによって後ろに下げられたダークパールの傍に行こうとしたのだろう。いきなりのことだったが故に、ユイナが追いかけようとした時にはもうプルポはいない。


ここには、適応者とそのジュエルだけが、残されてしまった。



そんな時。彼女の鼓膜を揺らす、倒壊音。



「ッ! アカリさん! リッカさん!」



思わず、二人の本名を呼んでしまうユイナ。彼女の視線の先には、クライナーの攻撃によって吹き飛ばされ、近くの住居を破壊しながら地面に転がる二人。大きな土煙の隙間から、ボロボロになってしまったルビーとダイヤの体が見えてしまう。


そしてそれに追い打ちをかけるように。クライナーが深淵から大きなトゲ付きハンマーを取り出し。振り回し始める。


吹き飛ばされた時のダメージが大きいのだろう。何とか立ち上がりその場から離れようとしているが、腕や足が震え言うことを聞かないルビーとダイヤ。それを見て勝利を確信したのか、大きな鳴き声を上げながらその頭上で回転させ、ハンマーの勢いを高速化させていく化け物。誰がどう見ても、その攻撃を受ければ終わってしまう。そう理解できるほどその武器は凶悪で、恐ろしかった。



「……あ~、気分悪り。まぁこれまでのデータ的に、変身解除時の防壁が機能するだろうから死にはしねぇだろ。クライナー! せめてもの慈悲だ、一思いにやれッ!」


「KURAINA-!!!」



そのハンマーが最高速に達する前に、クラフトからの指示。化け物はその声に従い、叫び声を上げながら、ハンマーを投げつけようとする。……その瞬間。ユイナの思考が、走馬灯のように高速化された。



(走る、無理、無効化、不可能、角度、変更。……、行けるッ!)



彼女がその策に辿り着いた瞬間。幼き頃から染み込ませたその動きが、これまで到達したことのない速度で、彼女の体を後押ししていく。


その腕に巻かれた腕時計のスイッチが押され、展開されるのはこの発展しすぎた世界に於いて一般的となった特殊チタン合金による変形盾。思いつく限りのすべての危険がその身に降りかかってくる可能性があるこの世界に於いて、彼女の両親が少しでも自身の身を守れるようにと授けた品だ。


彼女は流れる様な動作で、それをハンマーに向かって投擲する。


直後、甲高い金属と金属のぶつかる音。



「KURAIッ!?」



込められたエネルギー量からして、与えられた影響はごくわずか。


けれどクライナーが鉄槌を放った瞬間に投擲され着弾したソレは、ほんの少しだけ軌道をずらすことに成功する。本来ジュエルナイトたちの体に叩き込まれるはずだったそれは、彼女たちの体から数センチだけ離れた場所に着弾した。



「新手……。一般人か。負の感情が無いわけじゃねぇが、正の方が強い。……勇気出してみるのも良いもんだが、時と場合を選びな、ガキ。クライナー! 優しく眠らせてやれ!」


「KURAI? KURAINAー!」



投擲物により、その存在を露見させてしまうユイナ。クラフトは一瞬、彼女が危険視する“蜘蛛”や“九条恵美”が来たのかと警戒するが、ただの子供だったことに少し安堵する。そもそも、クラフトからすれば“九条恵美”は少し離れた場所への小旅行中。この作戦が終わればビジネスの力を借りて現地集合する予定だ。つまりこの町に彼女はおらず、警戒するのは“蜘蛛”だけでいい。


そして万全ではないとはいえ、“蜘蛛”対策もしてある。


この地の守護者と考えられる存在を余計刺激するようなことを控えるべきだと判断したクラフトは、配下の化け物に弱めの攻撃をして気絶させることを命令。それに少し戸惑ったようだったが、クライナーは深淵から何か銃器の様なものを取り出し、ユイナへと向ける。


ヒマの母が最初に捕まった組織が改造人間の素体を確保する時に使用していた、電気銃だ。



「ッ!」



銃口が向けられたことで即座に射線からそれようとするユイナだったが、化け物とただの人間ではそもそもの反応速度が違う。彼女が動き出すよりも早く、その引き金が引かれてしまう。


その銃口から吐き出されたのは、雷の弾丸。非殺傷用に威力の調整自体はされているようだったが、それでも激痛は避けられない。思わず目をつぶり、迫りくる痛みを少しでも耐えようとするユイナだったが……。


いつまでたっても、痛みが来ない。



「……はぁ、そういうコトかよ。全く、そちらさんは都合がよいことで。改めてご挨拶しといた方が良いかい、四人目。」


「ぇ……。」



敵幹部クラフトが思わず零したため息によって、ようやくその瞼を開くユイナ。


いつの間にか彼女が抱えていたジュエルボックスが開いており、その中に納まっていたはずのエメラルドが、飛び出ている。そしてクライナーが放った電気の弾丸は、彼女が生み出したエネルギーバリアによって受け止められ、消し飛ばされていた。


そしてそれが終われば……、ユイナの手の中へと、降り立つエメラルド。


宝石の中に眠るその人格が、やさしく、そして適応者を認めるように、語り掛ける。その声はユイナしか理解できぬものだったが……。この緊急時に、変わらず拗ねている様子では決してなかった。



「……力を、貸してくださるのですね。」



ユイナの呼びかけに、輝きをもって返すエメラルド。自分の身の危険を顧みず前に出て勇気を認め、そして自分の扱い方も礼儀をわきまえた者だったことに強く満足し、真に適応者として認めたその宝石は、彼女に光を齎す。



「変身」



彼女が宝石を胸に抱きながらそのワードを口にした瞬間。正の精神エネルギー、エメラルドを意味する緑のそれが一気に解き放たれ、周囲を爆風で吹き飛ばす。


彼女の髪色は黒から緑に代わり、その服装は今のジュエルナイトたちの装飾よりもより豪華で華美な物へ。耳元にはエメラルドのイヤリングが輝き、背の腰元からは根元にエメラルドが輝く大きなリボンが追加されている。


そして4人目が追加されたことにより起きる、“共鳴現象”。アカリやリッカがこれまで得て来た情報や、その身を通してジュエルたちに蓄積した経験がエメラルドへと流し込まれ、同時にエメラルドから正の精神エネルギーが送り返される。



「……あ! ケガ治った!」


「それに、私たちの服も……。出力も元に戻ってる!」



未だパールが離脱しているため完全体には程遠いが、人数が元に戻ったため、ヒマが加入した当時の能力を取り戻すルビーとダイヤ。それまで受けていた傷も全快したようで、体の調子を再確認しながら、すぐにエメラルドへと合流する。



「お待たせしました、御二方。これよりユアエメラルドとして、加勢させて頂きます。」


「うん! よろしくエメラルド! ほんとはパールも一緒に戦いたかったけど……! 今はとにかく! 目の前のクライナーを助けるよ!」


「えぇ。……まだ生身の私では扱えぬ“玄武”の真骨頂。今の私なら、出来るはず。お二人は攻撃を。防御は全てわたくしにお任せください。」



そう言いながら風を起こし、先ほど投擲してしまった自分の盾を回収するエメラルド。


そしてそれを強く握りながら力を籠めると、彼女の精神エネルギーと反応し、大きな宝石の盾へと変貌した。所々彼女の修めた技術が影響しているのか、カメの甲羅の様な装飾が見て取れるそれをエメラルドが構えると……。


ルビーとダイヤを守るエネルギーバリアが、展開された。



「本当は常に対象と攻撃の間に入りこむため動き回る技ですが……、それでは手が足りません。故に“具現化”をもって補わさせてもらいます。守りに関しては、誰にも敗ける気はございません! クライナー! お覚悟をッ!」


「はッ! いくら増えようがハイエンドには何の問題にもならねぇ! むしろ反抗してくれる方がこっちとしても気兼ねなく出来るってもんだ! クライナー! お相手して差し上げろ!」


「KURAINAー!!!」






 ◇◆◇◆◇






場所は代わり、ダークパールが下げられた後方。彼女は未だ立ち直ることが出来ず、ずっと下を向いてしまっていた。


例え“蜘蛛”によって保護され、心を立て直していたとしても、一度壊れたものが完全に元に戻ることはない。甘やかされ、暖かな愛を受けたが故に再構築すること自体は出来たが、一度ひび割れてしまったものを埋めることは出来ても、無かったことにすることはできないのだ。



「……ぁ。」



そんな彼女に叩き込まれてしまった、情報の洪水。流石に憐れんだクラフトによってその多くは暈され、省略されていたとしてもその心に伸し掛かる物は決して軽くない。押し潰されてしまった彼女は、その負の感情を御しきることが出来ていなかった。


敬愛していた兄が殺されてしまった、それはただの怒りや恨みだった。けれど今回はそれよりも強い自責の念が強い。ヒマは“母親”という存在に甘えてしまっていたのだ。相手から歩み寄ってくれることを待ってしまった彼女は、本来頼るべきではない人を、頼ってしまっていた。家族であるならば甘えるのではなく、支えるべき相手に、だ。ふさぎ込むのではなく傍にいるべきだったのに、出来なかった。


そこにさらに伸し掛かる、死んでしまっていた父のこと。兄の様に社会の闇によって葬られてしまった彼。ヒマは本当に自分が何も知らなかったこと、そして父や兄に甘えて、ただ平和を享受してしまっていたことを理解してしまう。何か出来たはずなのに、自分は何もできなかった。


強い自責の念が、彼女の胸中で暴れ回る。もし今何もできない人間、ユアパールやダークパールとなる前の彼女であればただ悲しむだけだったかもしれない。けれど今の彼女は、未だ足りないとはいえ戦う力をもってしまっている。だからこそ、考えてしまう。



「私は、私は……。」



彼女は、“蜘蛛”の元で負の感情を御しきる方法を学んだ。けれど今の彼女の胸中は、今まで感じたことのない深い自責の念が渦巻いている。これほど大きなものは、彼女は知らない。御しきることなど、出来ない。


そんな彼女が、感情に押し潰されそうになった瞬間……。



「い、いたぷる! ヒマー!!! 大丈夫ぷる、ッほべらぁ!?」


「…………はえ?」



遠くから飛んできた妖精が、思いっきり何かに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう。そして直後にその身を壁に固定する、小さな蜘蛛糸。なんだか内容物が全部出てしまうようなとんでもない音が口から洩れていた気はするが……、とりあえず無事なようだ。


一瞬何が起きたのか理解できず、声を上げてしまうダークパールだったが……、視界の端からきゅいきゅい言いながらやってくるクモの集団を見て、おそらく敵か何かと判断されて処理されてしまったのだと理解するヒマ。先ほどまで強く落ち込んでしまっていたが、一際体格の良い蜘蛛が大きな口を開けてプルポを食べようとしているのを見てしまえば止めるしかない。『プルポは食べ物じゃないよ!』と言いながら無理矢理その一般蜘蛛を引きはがし気絶してしまっているが、何とか蜘蛛糸を引き外して地面に寝かせ、一息つくパール。



「というかみんな。なんでここに……。」


「きゅい。」


「これは……、“蜘蛛”さん?」



素早く動くものを見てつい餌と勘違いしてしまった一般蜘蛛たちだったが、本来の目的は届け物。ヒマは、蜘蛛たちが持ってきたもの。封筒に入った小さなメッセージカードと、何かが入ったタッパー。一瞬躊躇してしまう彼女だったがいつの間にか蜘蛛たちが両者を勝手に開封し、中をヒマに見せつける。


“蜘蛛”から彼女に送られたのは幾つかの言葉と、彼女が“蜘蛛”から与えられた中で特に気に入ったおやつである、こしあんのおはぎ。



【立ち止まるのも良いでしょう。ですが、今動かなければ後悔することになる。厳しいことを言いますが……、戦いなさい、ヒマ。今度は貴女の母を連れて、帰ってくるのですよ。】


「……“蜘蛛”、さん。」



短くて、そして厳しい言葉。けれど一緒に暮らした彼女からすれば、その愛を感じることが出来た。負けるとは一切思われてない、乗り越えられないとは一切思われていない。全部全部上手く出来るはず、信じられている。どれだけ悲しんでもいい、悔やんでもいい、“蜘蛛”はずっとそばにいて、見てくれている。だからこそ、今からでも出来る最善を掴むために、動け。


“蜘蛛”の言葉は、しっかりと彼女に伝わった。


何故か溢れてきてしまった涙を一気に拭い、蜘蛛たちが開けてくれたタッパーに手を突っ込みおはぎを口の中に積み込む。口の中に広がる優しい甘みをいつの間にか蜘蛛が持って来てくれていたペットボトルの水で流し込み。強く、立ち上がる。



「ッ! 行って来る! みんな、その子のこと見てて上げて!」


「きゅい!」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーー







〇サルでも解る! ネオ・デス博士の怪人講座!(ユアエメラルド編)


はーはっはっ! ごきげんよう諸君! ネオ・デス博士である! 今日もサルに等しい貴様らの頭脳でも理解できるように“懇切丁寧”な説明をしてやろう! さて今回はジュエルナイトとかいう奴らの新しい戦士、ユアエメラルドについて解説してやろう! ジュエルナイト最後の戦士! どうやらダークパールも万全ではないとはいえ、何とか立ち直れたようであるし、素晴らしいではないか! ここは私も気合を入れて解説をしてやろう! では、基本スペックだ!


■身長:169.2cm

■体重:52.1kg

■パンチ力:7.6t

■キック力:10.9t

■ジャンプ力:17.2m(ひと跳び)

■走力:2.5秒(100m)

★必殺技:エメラルドシャワー、エメラルドシールド。玄武式盾術


本名は玄武ユイナ、このひかりが丘という土地の名士である玄武家の一人娘だな。諸君らも知る様に、ひかりが丘は少々特殊な土地である。我ら秘密結社が好むような資源が一切なく、周囲に他組織が多い故に緩衝地として自然と生まれていたのがこの一帯だ。古来から豪族、地主と名をはせていた玄武家はこれを利用し勢力を拡大。この現状を維持するために動いている一族、と言ったところだ。


まぁ子供には厳し過ぎる話ゆえに、ユイナは成人するまで知ることはないのだろうが……。あ、ちなみにその周辺の他組織だが、蜘蛛によって文字通り消滅しているため、現在玄武家が勢力を拡大しているそうだ。いずれ正義側の秘密結社、の様になるのも近いかもしれぬ。


さて、彼女の能力であるが、どうやら守りに重きを置いた武術を使うようで、ヒマ同様慣れ親しんだものにエネルギーを流し独自の武装として進化させて扱う戦士の様だ。エメラルドが宿す風の具現化も自然と出来ているようだし、案外そもそも“戦士”としての適性が高かったのかもしれぬな。幼き頃から玄武家の次期当主として武を学んでいたようだし、“ジュエルナイトとしては”頼もしい助っ人と言えるだろう!


ではな諸君! 次の講義まではもう少し真面な頭脳を手に入れておくがいい! さらばだ!


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