魔よけの加護でダンジョンも余裕な俺ですが、英雄たちと冒険してもいいでしょうか。

真の緊急事態

§　火のダンジョン　第１領域　『地獄門』　裏口付近　§

「にゅん」

「……嘘だろ」

第３領域『熱水の密林』から第１領域『地獄門』の裏側に着いた時、既に領域内は激しい火柱で埋め尽くされていた。

「これは……通り抜けられない……」

ダンジョンは時折、このようにして冒険者たちに牙を向く。

自然発生的なものか、それとも龍種による影響なのか――ともかく俺たちは救援を呼ぶことができなくなってしまった。

「耐火ポーション……は、材料が不足しているか」

テナが不安そうに自分の尻尾を持っていた。

「どうしよう……ここで待つ……？」

テナの言うように待っていれば、いつか火が止んでくれるかもしれない。

だが、それはいつなのだろうか。

ミリアやウォロクが倒れてからかもしれない。

だが、ここを離れた瞬間に火が止むかもしれない。

「テナ、よく聞いてくれ。選択肢がある――」

・この場で火が消えるのを待つ

・二人に現状を報告しに行く

「――どっちの方が怖い？」

俺は、こういう時のテナの直感を信じている。

「どっちもやだ……」

そうか……ということは、どっちのリスクも大差ないんだろうな。

「ありがとう、テナ」

俺が判断するしかないか……。

「……ねえ、耐火ポーションの素材を探しに行こう？

　ボク、その方がいい……」

「残りの素材は火のダンジョンにはないんだ……」

「にゅう……」

「いや――」

――待てよ。

「テナ、『熱水の密林』に行こう！」

§　火のダンジョン　第３領域　『熱水の密林』§

馬鹿げた考えだと思う。

だが、これしかないとも思える。

「テナ、怖いか」

「こわい」

「さっきとどっちが怖い？」

「……さっきの方がこわい」

「よし、行こう」

「……うぅ、水こわいよお」

俺とテナは荷物を置き、上着を脱ぎ、肌着一枚の姿で熱水の湖を見下ろしていた。

この熱水の湖が水のダンジョンと繋がっている――果たして本当にそうなのだろうか。だが、今はこのまことしやかな噂を信じる以外に選択肢がなかった。

熱水はミリアの魔法で熱くない。

水中の魔物も魔よけの加護で怖くない。

問題は、

・龍種と遭遇する

・呼吸が持たない

・そもそも水のダンジョンと繋がっていない

といった可能性があることだ。

だが、テナはそれらの可能性を聞いた上で言い切った。

「こっちの方が怖くない」

ならばもう、行くしかない。

俺たちは長縄でお互いの身体を結び合い、目を合わせて意志を確かめ合った。

「……」

「……」

「「こわい」」

声が揃ったところで、俺たちは湖に飛び込んだ。

§　水のダンジョン　第７領域　『悪夢の湖』　§

暗い。何も見えない。

ここは水底だろうか。

いや違う……この胸の圧迫感はなんだろう。

それに、なんだか聞き覚えのある声がする。

「キャハハハ！　噴水みたーい！

　がーんばれ！　がーんばれ！」

噴水？

何やら応援されていた。

何も分からないが……胸の奥と言うか、腹の奥と言うか、とにかく身体の奥からこみ上げ続けている。

誰かが、俺を呼んでいた。

……テナ？

「ルウィーン！　死ぬなー！」

テナの声に応えるようにして、口からぴゅーと吹く水が、自分の顔に戻ってきた。

「がはぁッ」

「ルウィンが生き返ったー！」

身体を起こすと、テナが勢いよく抱きついてくる。

伝わってくる温もりと感触が直接的（ダイレクト）な感じがするのは……そうか、肌着のせいだった。

「ありがとう、テナ」

「生きてるー！」

「ここは？」

「水のダンジョンだって！」

「そうか、俺たちやったんだな――」

不意に、ただならぬ視線を背後に感じて振り返る。と、そこには可憐な人形のような少女が、両手に物騒な剣を持っていた。

周りに数十頭もの水竜系の魔物の死骸が浮いている。なるほど、全て彼女がやったのだろう。

「復活したねー。じゃーあー、火のダンジョンに戻ろっか」

「え？」

今、火のダンジョンに戻ろうと言われたのか？

「ん？　どしたの？」

「いや、俺たちは急いでギルドに戻らないと……火のダンジョンの警戒レベルを上げてもらわないといけないんですよ」

「は？　なにそれ？　つまんなくない？」

「つまんな……い？」

なにこの人、怖い。

急に冷たい声を出してきた。

俺はテナの方を見る。

「にゅっにゅっにゅっにゅっ！」

テナは小声で必死に首と尻尾を横に振っていた。

なるほど、めっちゃ怖いらしい。

「アタシは別にいーんだけどー。ここはダンジョンの第７領域だから、このままギルドに戻ってもけっこう時間かかっちゃうよ」

「なるほど、確かに火のダンジョンに戻ってからギルドに報告に行った方が早そうですね」

溺死のリスクは負うことになるが。

「なに寝ぼけたこと言ってんのー？」

「あれ、俺まだ夢見てる？」

「火のダンジョンでA級冒険者二人が龍と戦ってるんでしょー？」

俺は再びテナの方を見る。

どうやら、おおよその状況はこの怖い人に伝えたらしいな。

「……未確認ですが」

「だったらさー、倒しに行かないと……でしょ？」

この人の言い分は、あるいは真っ当だった。

ただ、俺たちに刃を向け始めたのは正気とは思えない。

とても口には出せないが。

「分かりました……ですが、熱水の湖を通ることになるので、普通の火傷では済まされませんよ」

「知ってる。けど、ちょっと熱いくらいならアタシ我慢できるしー？　ずいぶん前に飛び込んだこともあるからさ」

「正気ですか」

口に出してしまった。

俺も人のことは言えないのに。

「キャハハ！　正気の人間は冒険者なんてやらないよ？」

ごもっとも。

だが、狂気だけでは生き残れない。

俺たちはミリアやウォロクを助けなければならないのだ。

「……我慢できるなら、あなただけで行けばよいのでは？　俺たちはギルドに応援を呼ぶので」

俺がそう言うと、彼女は二つの剣をそれぞれ俺とテナの首筋に押し当てた。刃が肌に触れている……しかし痛みはまだない。

少女はその愛くるしい顔を俺とテナの間に寄せて、口を開く。

「それがつまんないって言ってんの」

まったく、俺の判断はどうも遅いらしい。

現状この人に逆らう以上に怖いことは存在しない。

（そうだな、テナ？）

俺はテナが高速でうなずくのを見て、それを確信した。

「耐火ポーションの素材、向こう側にあるんでしょー？」

「ええ、まあ」

「水竜血晶ならほら、ここにいる水竜から集めたから」

・水竜血晶　×44

「それと合わせて耐火ポーション作ろうよ。アタシ調合とか苦手だから、キミたちが作って？」

「作って、どうします？」

「火のダンジョンの魔物って、たいてい火属性じゃない？」

「ですね」

「アタシらで殺そうよ、火龍」

殺さないと、殺される。

そんな空気。

というか、まだ本当に龍が出たか分からないのだが。いなかったら殺されたり……しないよな。

それに、ミリアとウォロクが既に龍を倒している可能性だってある。

「……」

俺とテナは目を合わせ、うなずき合った。

「龍゛殺しに行くぞぉぉぉッ！！」

「に゛ゃあああああぁぁぁッ！！」

願わくば、龍が現れていてほしい。

何より、ミリアとウォロクに生きていてほしい。

そう願いながら、俺たちは再び湖に飛び込むのだった。