謝罪

俺とテナは、救い出した翼人つばさびとの少女を見守っていた。


「ルウィン……この子、大丈夫なの?」


テナが地面に膝をついて俺の顔を見上げる。


「大丈夫だと思う。経験上、良くて混乱状態、悪くて気絶だった」

「したことあるんだ……」


「まあな。幸い草のダンジョンだから気温も普通だし、実質睡眠と変わらない」

「そんな睡眠ぜったいいや」


「ッ! 今思いついたんだが、不眠症の人にマンドレイクの悲鳴を聞かせるのはどうだろう……新しい商売になるのでは……?」

「ぜったいだめ」


だめか。眠れぬ人々の新たな希望になるかと思ったが。


「言っている場合じゃなかったな、この子に絡みついている蔓をほどいてあげよう」

「うん」


そんなやり取りをした後なのに、俺が少女に絡みついたものをほどこうとすると、テナが「シャーッ!!」と威嚇してきた。


「…………なんで?」


テナは目をじとりとさせて、「ルウィンはだめ」とだけ言う。


そう言われてしまったら、俺ははたから蔓がほどかれるのを眺めるしかない、無力なアイテム屋だ。


「いや待て……そうか……!」


緊急事態ゆえに忘れていたが、最初に彼女のあられもない姿を見た時のことを思い出した。その時の感情を今になって戻ってきた。


熱々あつあつすぎる……」


一人で感動を噛みしめていると、テナが死んだ魚を見る目で振り返る。


「何が熱々なの」

「何でもない。続けてくれ」


俺はこの光景を眺めるだけでいい。

翼の少女は時々身じろいでは、も言われぬ複雑な表情をしていた。


「ん……ぅぅ……やめてください……」


おまけに、寝言のサービスときた。


(いったい金貨何枚分だ……?)


俺は、無料でこの価値を享受するのか。

それは人としてどうなんだ。


いや、その前に俺は彼女を危険な目に合わせてしまった。どう償えばいい……。


(そういえば――)


――女性はよく花に例えられるな。

であるならば、蔓と絡み合う少女というのは、まさしく花そのもの。


ダンジョンに咲く一輪の花。

うん、絵になる。売れる。


「ルウィン……ほどけたよ」


――テナの声で、俺はダンジョンよりも深い美学の世界から現実に戻ってきた。


(だめだ、最近頭がおかしい。凶刃キャルとか熱々エルフたちとか、色々ありすぎたせいに違いない)


自分の煩悩を他人のせいにしつつ、テナと正座で少女が目覚めるのを待つ。


「う、ぅ……あれ、わたし……」


少女は上体を起こして周囲を見回す。

と、俺と目が合った。


「あの、その……ひょっとして……わたしを助けてくれたのです?」


少女は自分の手を胸に押し当て、俺たちに問うてくる。俺はその姿を見て、深く感動した。テナもそうらしく、俺たちは無意識のうちに拍手を始める。


「素晴らしい。この方は熱々エルフと違って俺たちを犯人扱いしないようだ」

「にゃ」


何のことかまったくわかっていない様子で、


「熱々エルフ??? なぜ拍手???」


と困惑する少女だったが、無理もない。

テナと微笑み合っていると、俺たちは重要なことに気がつく。


「あれ、よくよく考えるとこの人が気絶したのって俺のせいでは!?」

「たしかに!?」


気絶していた当の本人を置いてけぼりにしていると、彼女が大きな翼をはためかせた。


「あの! 助けてくれたのですよね……?」


彼女の再度の問いかけに、俺はテナと顔を見合わせる。


「助けましたが」「ボクたちのせいだ」


翼の生えた少女はさらに首をかしげ、頭の触角めいた寝癖を?にする。


「自己紹介がまだでしたね。俺はルウィン、アイテム屋で冒険者です。こちら猫人のテナ、俺の相棒です。どうぞよろしくお願いします。」


「ルウィンさん、テナさん……わたしはアルメリゼといいます。命を救ってくださり、ありがとうございます」


シルヴィアとスーシーとは違って話が早い。が、今回ははっきりと俺たちが悪かった。


「その、まずは経緯を説明させてください」


俺は不要な感謝を避けるべく、彼女の目の前にマンドレイクを突き出す。マンドレイクは、今は散り際のかそけき声を出していた。


「ア゛ァ……ァゥ……ゥゥ……ゥヴェ」


うん、実に死にかけ。

ではなく――


「――このマンドレイクを俺が引き抜いてしまったせいで、アルメリゼさんを危険な目に合わせてしまったんです。誠に申し訳ございませんでした……!」


俺は目を丸くしたアルメリゼに対し、頭を下げ、そのまま地面につけた。

テナも同じように「ごめんなさい……!」をする。


すまない、テナは悪くないのに。


「……………………」


一向に反応がない。どんなお叱りも覚悟していたのだが。


「ルウィン……」

「テナ、今は誠心誠意、謝罪の時だ」


「気絶してるよ」

「え? あっ」


アルメリゼが、上体を起こしたまま固まっている。


「なぜだ」

「ボク、気持ちわかる」



――再びアルメリゼが起きた時、俺は改めて彼女に謝罪し、事情を説明した。

アルメリゼは「えっと――」と困ったような顔をしていたが、テナのフォローもあって何とか理解してもらうにいたる。


「――つまり、わたしは二人が引き抜いたマンドレイクで気絶してしまって、その隙にモンスターに襲われそうになっていたところを、お二人が助けてくれた……ということですか」


「テナが悪くないという点を除けば、その通りです。とにかく、何かお詫びをさせてください。俺にできることであれば、何でもしますから……」


俺がそう言うと、なぜかテナが「にゃッ! にゃんでも……!?」と動揺していた。勘違いするな、一応できることという予防線も張ってある。


アルメリゼの方を見ると、「なるほど」と何かを考え始めていた。


何を要求されるのだろうかと天を――もとい、ダンジョンの天井をあおぐ。天井にまで苔がみっしりだ。


(苔って売れるのだろうか)


苔を探し始めて数秒経ってから、彼女は冒険者として実に意外な言葉を口にした。


「お詫びは、必要ありません――」

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