魔よけの加護が効かない植物

§ 草のダンジョン 第1領域 『深緑回廊』 §


「――来ちゃった」


草のダンジョンは第1領域『深緑回廊しんりょくかいろう』に俺たちは入った。地面、壁、遥か高い天井――どこを見ても緑に覆われている。


他のダンジョンに植物が生育していないわけではないが、やはり草のダンジョンは圧倒的に目に優しい。俺はそんな草のダンジョンから癒しを受け取っていたのだが、相棒のテナはそうではないらしい。


「なにが『来ちゃった』……だよお」


彼女は極めて起こる確率の低い『マンドレイクの襲撃』に怯えていた。それでもついて来るのだから、本当に気の毒だ。


毒……か。


「テナ、知っているか。マンドレイクって毒があるん――」

「知りたくなかった」

「――だよな」


会話って難しい。

俺はテナから目線を戻し、ダンジョンの先を見据える。


「マンドレイクって薬にもなるんだぞ」

「ふーん」


適当な会話を続けていると、不意にテナが立ち止まった。周囲を見渡しては、何かを探しているようだ。


「テナ、どうした」

「……見られてた気がする」


気のせいかなと、テナは再び歩き出した。


「テナに気のせいなんてないよ」

「……どういうこと?」


「テナの勘はよく当たる。それがA級冒険者を凌ぐ才能だと、俺は知っている。だから警戒しよう」

「……うん!」


テナは機嫌を戻したのか、尻尾をゆっくりと左右に揺らし始める。


(気のせいではないとすれば、人なのか、魔物がいたのか……人だったらこそこそついて来られるのは困るし、魔物だとすれば魔よけの加護が効かない恐ろしい存在だ)


「うーん分からん」

「?」


何はともあれ、冒険の道連れはご機嫌に限る。

テナは目を見開き、ダンジョン内を観察し始めた。


「ね、あれってレア植物?」


回廊の中間あたりを歩いている時、テナがなんてことのない草を指さす。


「はは、そんなわけ」


ここは第1領域なんだから、と笑っていると、俺はとんでもないものを目にした。


・マンドレイク ×1(New !)


「マンドレイ……クっ!」



マンドレイクは第3領域以降にしかいない……そう思っていた。

そんな俺が馬鹿だった。


「すごいぞ……良く見つけたな」


テナは俺の背に隠れて「良くない……!」とおっしゃる。


まったく、この偉大なる発見者は何を言っているのか。


「よし、抜こう」

「えぇ!? 殺そうよ!?」


テナは既に短剣を抜いていた。

抜く前に、殺せばよかろう、マンドレイク。


その発想は悪くないが――。


「落ち着こう。マンドレイクは怖くない」

「ほんと……?」


「地上に出て悲鳴を上げるマンドレイクなんて、この世に生を受けて泣く赤子みたいなものだからな」

「……よくわかんない」


「わかんないか……」

「わかんない」


生まれる前のマンドレイクの葉を撫でると、ぴくりと動くのが分かる。


「マンドレイクの抜き方は単純だ。縄でくくって、引っ張る」

「でも、そんなことしたら死んじゃうよ……」


「それも大丈夫」


俺は背負い箱を地面に下ろし、長縄を二つ取り出した。


それらを結んで一つにすると、かなり長縄の出来上がりだ。


・かなり長縄 ×1(New !)


「普通、ダンジョンでマンドレイクを抜くという行為にはいくつかの危険が伴う――」


・発狂 →他の魔物に襲われる

・気絶 →他の魔物に襲われる

・ 他 →抜いている途中で襲われる


「――だが、長縄でマンドレイクと俺の腰を結び、遠くまで離れた上で引っこ抜けば問題ないんだ。もちろん、引っ張る時は念のため自分の耳を塞ぐ。これで発狂も気絶もしない。魔よけの加護もあるから魔物に襲われることもない……多分」


「なんか、めんどくさいね」

「そう言うな。無傷の方が価値が高いし、薬効も高くなるらしい」


というわけで、俺はさっそくマンドレイクと自分の腰をかなり長縄で繋いだ。


通路の曲がり角を曲がり、しばらく行ったところで縄がピンと張る。


「よし、抜くぞ」

「うぅ……怖いよお……」


テナは猫耳を手で押さえ、ぷるぷる震えていた。


「テナ、準備できたか」

「……なんて言ったの?」


よし、言葉が通じない。


「うぉおおお!」


俺は地面を踏みしめ、俺はマンドレイクを引っ張った。


その瞬間、世にもおぞましいマンドレイクの悲鳴――


〈ペギゥイウ゛ェア゛アァウエオォ゛ォオ゛オ゛オオヴェアイ゛エェェ゛ッ!!!!〉


――そして、もう一つ――


〈きやあ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!!!!〉


――人の悲鳴が聞こえてきた。


「テナ!?」


……の声ではない。

テナはよく分からない顔で「にゅん」と返事した。

少し怪しいが、テナは無事だ。


俺はテナの手を引き、マンドレイクの元へと駆け戻る。


「なんてことだ……」


マンドレイクに興奮したばかりに……他の冒険者に危険が及んでいるなんて!


急いで戻った先に、胸に槍を抱いたまま倒れている翼人つばさびとの少女がいた。


彼女は体を痙攣させながら、何か言おうとしている。


「あっ……ぁっ……」


そして少女の身体は、壁の上の方から湧き出る無数のつるに絡めとられようとしていた。


その傍らで、長縄で引き抜かれたマンドレイクが「……オァオァ……ォォ゛」と小さな断末魔を上げ続けている。


「…………」


一瞬か、数秒か、その光景に目を奪われていると、


「死んじゃう死んじゃうよぉ!」


とテナが短剣『地獄の小炎インフェルナーノ』を引き抜いて走り出し、ようやく我に返った。


「確かにッ!」


俺もウォロクより託された剣『氷獄の水刃コキュートラス』を引き抜き、うねうねした魔物の蔓に斬りかかった。


「ふんッ!」

「やあッ!」


龍に比べれば、何のその。

植物系モンスターなんてただの野菜だ。


「おらららららららら!」

「うにゃにゃにゃにゃ!」


ざく切りにしていき、俺たちはなんとかモンスターと少女を切り離す。すると、蔓はうぞうぞと、そのまま俺たちから離れていった。


「なんとかなったな」

「にゃっ!」


魔物に攻撃する機会なんてほぼないから、少し新鮮な気分だ。

テナも興奮気味に見える。


こうしてその場に残されたのは、俺とテナ、引き抜かれたマンドレイク……そして、地面に横たわる少女となった。

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