自己紹介
俺はテナに小声で相談する。
「なあ、『できる限りのお詫び』と聞いて、何を要求する……?」
「えぇ、ボクぅ……? ………………今出せるものぜんぶ」
「だよな……?」
テナは正直者で偉い。冒険者として正しい。
では、自分を殺しかけた人間に対して「お詫びは必要ない」と言ってのけたアルメリゼは、正直者ではないのか?
いや違う。彼女はきっと正直に答えたのだ。
だからこそ余計に怖い。
「あの……どうされました?」
アルメリゼは地面に両手をつき、上半身を支えながら身体をずいと寄せてくる。
「お二人がわたしを助けてくれたことには変わりなく、誠実な方々だということもよく分かったのです。なので、お気持ちだけでけっこうです」
なんということだ……テナはともかく俺が誠実……?
アルメリゼが蔓に絡まっているのを見て、あらぬことを考えていた俺が……?
「はッ――!」
不意に悪寒が走ったかと思うと、テナから冷たい視線を送られていた。
どこまでばれているのだろうか……。
とにかく、詫びゼロはいけないっ。
冒険者として、アイテム屋として、見返りなしの関係なんて不誠実だ。
「何でもいいので、お詫びの品を受け取ってもらわないと!」
「いえ、わたしは別に……」
「そうだ、えっと……これ、これを受け取ってください!」
「ひぃッ! い、いらないのです!」
売れるアイテムで最も価値の高いマンドレイクを差し出したが、アルメリゼはそれを拒んだ。
「この持ち運び安さで銀貨20枚は下らないのに!?」
「い、いいのです! わたしは誰かに不要な見返りを求めたりしません!」
「ぐ、かはッ……」
――ショックだ。
マンドレイクも同じ気持ちなのか、「ォェ……ィァァ゛ィォ……」と悲痛な声を上げる。
俺が落胆していると、テナが「あの……」とアルメリゼの側に寄った。
「ルウィンはアイテム屋だし冒険者だから、どんな形だとしても見返りを求めるんだ。その代わり、相手から求められる見返りにも応えるの――」
テ、テナ……!
「――だからね、お詫びをさせてあげて? あなたのためじゃなくて、ルウィンのために」
テナ……お前、そんな賢いことも言えたのか。
じゃない……ありがとう……!
「アイテム屋……?」
「うん。ルウィンはおばかだから、アイテム屋なのに危ない場所に来たがるの」
俺の胸の中を深い感動と感謝が独占していた。
この気持ちはマンドレイクでは支払えない。
しかしテナ、
「おばかは余計だ」
「にゅ?」
その通りだが。
「……あの、どうしてアイテム屋のルウィンさんが危険なダンジョン――それも注意報が出ているような場所に行くのです? マンドレイクが高く売れるから……なのですか?」
アルメリゼが俺に問いかける。彼女の頭のてっぺんのくせ毛が?に見えて仕方がない。
「マンドレイクが高く売れるから……というのもそうです。
けど、一番の理由は――」
アルメリゼを見ていて、ふと思った。冒険者にしては珍しい、見返りを求めない姿勢。誠実であろうとする態度……アルメリゼにはそれがある。と、闇のダンジョンを共にしたA級冒険者の二人が頭をよぎった。
よぎったということは、きっとそうなのだろう。
「――それは、アルメリゼさんと同じかもしれません」
俺の言葉を聞いて、アルメリゼは翼をはためかせた。
「わたしと、同じ……?
見返りを求める、ルウィンさんと?」
「はい」
「そんなはず、ありません……! だってわたしはただ、人を助けたいから冒険者になったのです!」
アルメリゼは言い切った。
普通の人が言えば歯の浮くようなセリフを。
「あと、個人的な趣味も……ちょっとだけ」
ん、個人的……?
ともかく俺は、彼女が普通でないと確信した。
翼人がわざわざ地下に潜っているという点においてもそうだし、その誠実に過ぎる態度にしたってそうだ。
「俺も、そう思ったからアイテム屋になったんです」
彼女には、特別な何かがある。
そう思ったら、俺は自然と口を開いていた。
「アルメリゼさん。
「……」
翼人は、地上における哨戒や海生モンスターの退治、荷物運搬、その他あらゆる仕事を担えるありがたい種族だ。
もちろん、ダンジョンにも適性がないとは言えない。広い空間内であれば、無類の力を発揮することだろう。
しかし、翼人は冒険者にはならない。
なぜなら彼らは、空を愛しているからだ。
アルメリゼだって、そうに違いない。
「俺も、ただのアイテム屋をするのならダンジョンに潜る必要なんてなかったんです。冒険者として、アイテム屋をする必要はなかったんです」
実際、地上でアイテムを売る方が商売としては効率がよかった。
だが、地上で人が死ぬだろうか。
いや、死なない。
それなら、俺は地下に潜って少しでも多くの人を助けたかった。
「どれだけ入念に準備してダンジョンに潜ったとしても、ダンジョンは想定外の連続です。もっとポーションがあれば、もっと聖水があれば……なんて思っても、敵を前にした時にはもう遅い。そんな時、ダンジョンに潜るアイテム屋がいれば、命をかける冒険者たちの命が助かるかもしれない。俺は、そう思っているんです」
ああ、だめだ。セールストークでもないのに長く語ってしまった。
エルメリゼもきょとんとしているじゃないか。
俺は思わず下を向く。
恥ずかしい。
少ししてから恐る恐る顔を上げると、エルメリゼがこちらを見て微笑んでいた。
「確かにダンジョンは想定外の連続ですね。
マンドレイクも飛び出しますから?」
かわいらしい皮肉を言って、彼女はマンドレイクの草の部分を掴む。
「では、ルウィンさんのために――」
よかった。ようやく受け取ってくれる気持ちになってくれたらしい。
と、思ったのだが、エルメリゼはマンドレイクの哀れっぽい表情を見て口をつぐんだ。
そして、目をそらして言う。
「――やっぱり、他のもので……」
エルメリゼに改めて振られたマンドレイクは、くたびれた
「ぃぁ゛……ぃぁ゛……ぇぁぁ……ぇ……」
これを最後に、彼? は完全に口を閉ざすのだった。
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