判断に困るエルフたち 解答編
§ 氷のダンジョン 第4領域 『琥珀遺跡』 §
テナによる衝撃的なダブルパンチが、びしょびしょ美女エルフ二人の美顔にかまされた。それを見た俺は動揺のあまり叫んだ。
「よくやった!(だめじゃないか!)」
動揺のあまり、本音が出しゃばってしまった。と、それどころではない。俺はテナの脇に腕を通して彼女を拘束するが、落ち着く気配がなかった。
「フーッ! フーッ!」
「どお! どお!」
「ボクは馬じゃない!」
「あっ、戻った」
馬を鎮める掛け声が通じた。実質馬と言っても過言ではない。
「……ひひぃん」テナもようやく落ち着いたが、ここからどうしよう。エルフたちは二人とも鼻血を出していた。
「わたくし、こんなこと初めてです……」
「奥様、私もです」
顔面にグーパンチがめり込むなんて経験、そうそうないだろう。ましてやエルフ、しかも箱入りそうな雰囲気のこの人たちなら、なおさらだ。
「素敵……これが、ダンジョンなのね」
奥様エルフの言葉を聞いて、俺は思わず後ずさり。凶刃キャルとはまた違う、危険な香りが漂っていた。
「奥様、遅ればせながら申し上げたいことがございます」
「どうしたのスーシー?」
スーシーと呼ばれた小柄な黒髪エルフの身体が震え出す。
「気のせいでしょうか……なんだかとっても寒いです」
「言われてみれば……とっても寒い……」
言われなくても寒いだろうに。そう思っていると、テナが俺の裾を引っ張ってきた。
「もっかい焼く?」
「それはだめ」
……。
それから俺たちは即席の焚火を囲んだ。エルフの二人には白皮樹の皮を身体に巻いてもらい、少しでも寒さを軽減してもらっている。
ちなみにテナは、震えるエルフたちのため、せっせとかまくらを作っている。「にゃっにゃ……」と尻尾を立てて、ちょっと楽しそう。
「じゃあ、事情を説明しますね――」
こういう状況の中、俺はこれまでの経緯を二人に説明する。と、シルヴィアとスーシーは意外にもすぐに理解を示してくれた。
「――まあ……! そうならそうと早くおっしゃってくださればよかったのに! いけず!」
「奥様を救っていただきながら、不肖スーシー、大変失礼な態度を取ってしまいました……ここに謝罪申し上げます。
ははー!」
反応がいささか怪しいのが不安だが、一応自分の非を認められる人たちのようだ。そういう意味では、今もどこかで頑張っているだろう銀瞳の魔女と同じかもしれない。
『いっしょにしないでよね!』
という声が今にも聞こえてくる気がする。まったくもってその通りだ。
と、俺たちも謝られっぱなしではいけない。
「いえ、こちらこそお二人を助けるためとはいえ、炎で燃やしてしまって申し訳ございませんでした。
……ほら、テナも」
「……ごめんなさい。あとパンチしてごめんなさい」
一応殴った記憶はあったか。
「奥様、どうされます?」
「ふふ、今日のところは許して差し上げましょう」
……俺もダブル猫パンチ食らわせたいのですが、いいでしょうか。いや俺まで本能を解放してしまったら、隣で目をギラつかせているテナを止める者がいなくなる。
「……俺たちの事情はお話ししたので、お二人の事情をお聞かせ願えませんか?」
「スーシー、説明をお任せします」
「仰せのままに」
スーシーは目を細め、静かに語り始める。
「私たちが氷漬けになってしまったこと……それには、ダンジョンよりも深い理由があったのです」
ダンジョンよりとは大きく出たな。
「私は弓の名家、ミンタエディナ家にメイドとして仕える身ですが、変わらぬ日常に、少々飽き飽き……いえ、そこはかとない物足りなさを感じておりました」
「あの、飽き飽きって」
「ですが、シルヴィア様が旦那様に嫁がれてから、私の生活は色を取り戻したのです。シルヴィア様は大変面白い……失敬、素敵なお方で――」
「あの、その話長いですか?」
俺たちは遮ることもままならないまま、スーシーの語りに耳を傾けた。
「――というわけなのです」
「つまり、奥様――シルヴィアさんがミンタエディナ家という名家に嫁いでから、スーシーさんはとても楽しい日々を過ごしていた。ですが、シルヴィアさんの旦那様が数百年前に亡くなってから、シルヴィアさんはずっと寂しさを抱えていた」
「はい」スーシーは微笑む。
「……だから、スーシーさんはシルヴィアさんをダンジョンに連れ出した……ダンジョン経験も浅いのに。挙句の果ては、なぜか二人とも床に顔をこすりつけて、凍ってしまった……で、合っていますか?」
「そうですね」
まったく意味が分からない。というか――
「――あなたが犯人じゃないか!」
俺はメイドを指さした。
「……??」
スーシーは『なんのことでしょう』と言わんばかりに首をかしげていた。そんな彼女を後押しするように、シルヴィアが叫ぶ「スーシーは悪くないわ!」。
「そうですよね奥様!」
……俺にも殴る勇気があれば。と思っていたら、ちょうどテナがかまくらを完成させた。
「テナ、ありがとう」
「うん」
遺跡の中に、さらに雪の家ができた形になる。
「「「「あったかい」」」」
なにはともあれ、俺たちは声をそろえて温もりの言葉を発した。かまくらの中とはどうしてこうも温かいのか。
「とにかく、お二人の寒さが解消されたら、早くダンジョンを出てしまいましょう。そういえば、お二人の
俺が尋ねると、シルヴィアが「わたくしたち、そりでここまで来たのです」と答える。
「なるほど。そりはどこに?」
「さあ……外のどこかに置いてきてしまいました」
「武器は?」
「そりの中に」
「えっと、
「「……??」」
この二人、死に急ぎたいらしい。
「
「「なるほどぉ」」
テナ、助けて……と思ったら、テナはかまくらの外に出ていた。何もない空間を見上げては、耳をぴこぴこさせている。
(何か、察知したのか……?)
ともかく、俺はお気楽エルフたちに向き直った。
「
「あら、どうして?」シルヴィアが小首をかしげる。
「ダンジョンの領域の序列は深さで決まります。氷のダンジョンの第1領域と第6領域は繋がっていますが、深さに大きな違いがあるんです。第6から第1へと登るには、氷雪の坂道を登るための
一応、今後が心配な二人のために説明をするが、二人の「……??」という反応を見る限り、改めて説明する必要がありそうだった。
「ともかく、第3、2、1領域の順で来た道を戻るしかないですね。そのルートなら傾斜も緩いので、
もう、俺がこの人たちを助けよう。そう心に決めてテナを呼ぼうとしたその時――
「ルウィン! 何か聞こえる!」
――テナが何かを察知したらしい。こういう時は、大抵よくないことが起こる。
すっかり乾ききったエルフたちもかまくらから飛び出した。シルヴィアが尋ねる。
「何が聞こえますの?」
「第3領域の方からこわい音がする! ……多分生き物だよ……!」
シルヴィアは「なんですって……!」とひざまずき、顔を床に押しつけた。
「何も聞こえませんが……」と言っている側から、メイドのスーシーも床に顔を押し付ける。
「奥様……私も聞こえません」
しばらく眺めていると、突然シルヴィアが叫んだ。
「地面に顔が張りついて動けませんわ!」
「奥様! 私もです!」
「「ばかなの!?」」
二人が再び凍りついてしまう前に、俺たちはシルヴィアとスーシーを無理やり引っぺがすのであった。
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