判断に困るエルフたち 解凍編

§ 氷のダンジョン 第4領域 『琥珀遺跡』 §


長い通路を抜けて第4領域に入ると、氷漬けになった太古の遺跡の数々が目に飛び込んでくる。遺跡を覆う氷が琥珀のような温かい色をして見えることから、『琥珀遺跡』と呼ばれるようになったのだとか。


物陰が多いため、冒険者にとっては命とりな場所でもあるが、魔よけの加護があるためそういった心配はなかった。むしろ、俺たちにとってはダンジョン内で最も安全な場所と言える。


基本的に、俺たちが気をつけるべきは龍かもしくはダンジョンそのもの……例えば高い天井から伸びているつららとか。


それはともかくとして、俺とテナは第4領域の奥の方、数多く存在する遺跡のひとつに入っていた。


(さて……)


俺はテナに意見を求める。


「テナ、これ……どう思う」

「…………判断に困る」


俺たちが見下ろす先には、遺跡の床に這いつくばった状態で凍っている二人のエルフがいた。それだけでも妙な話だが、二人はなんとも幸せそうな顔をしているのだ。


「あご髭おじいさんは、『見に行ってはもらえぬか』って言ってたな」

「『あとは任せた』とも言ってたにゃ」


変な話、助けるのが当然のはずなのに、この幸せそうな顔を見ていると、このままでもいいかと思わせる何かがあった。


「というか、生きてるだろか」

「わかんない」


あご長髭のモルジャックが言っていた『判断に困る迷い子ら』というのは、この人たちに違いない。


「まあ……助けようか」

「……うん」


「どうやって助ける?」

「氷を溶かす?」


「新武器の出番だな」

「な、なんかやだ……」


しばらくテナとひと悶着あった後、テナは折れてくれた。理想的な新武器のお披露目よりも、人を助ける優しさが勝つところがテナの良いところだ。


俺たちは滑雪板スキーをいったん外して、氷漬けのエルフたちを見下ろす。


テナは龍と炎の紋様が刻まれた短剣に手を伸ばし、「はぁ……」とため息をつきながらもその短剣を抜いた。


「龍よ龍よ、怒らず聞いて?

 ほんの少しだけでもいいから、ボクにあなたの炎を分けて――」


怖がりのテナらしいささやかな言葉だったが、剣の刃からは激しく炎が生まれ落ちた。


「にゃッ!? どうしよう!?」

「火ぃ緩めて!」


俺たちの慌てように対し、火龍の剣は「サービスだ」と言わんばかりに炎を吐き出す。と、火は凍ったエルフたちを飲み込んだ。


「「どうしよう! 死んじゃう死んじゃうッ!」」


俺たちが叫ぶと、それに続くかのように燃え盛る二人も床を転げまわって叫ぶ。


「「死んじゃう死んじゃうッ!」」


なんと――


「「――生きてる!?」」


けど死んじゃう死んじゃう!

俺たちは手際よく背負い箱の中から大量のポーションを取り出した。


「追いサービスッ!」


ポーションは液体……すなわち火を消せる! おまけに回復もできる!


「おらおらおらおらおらッ!!」

「にゃにゃにゃにゃにゃッ!!」


俺たちはひたすら美女たちにポーションをかけまくるのだった。



……。


――そして、全て事なきを得た……のだろうか。

二人のエルフが完全に目を覚ました。


「わたくし、毎日鉄板の上で焼かれる夢を見ましたわ……」

「奥様……私もです……」


二人のエルフがびしょびしょの状態で抱き合っている。奥様と呼ばれている方は比較的背が高く、クリーム色の長い髪が美しい。もう一人の小柄なエルフは、黒髪を短くまとめている。どちらにも言えるのは、エルフらしく美しいということだろう。


と、俺とテナはふとエルフたちに疑問が湧いた。


「毎日とはいったい」

「なんで二人とも同じ夢」


そんなことはさておき、俺たちが先に事情を説明するべきなのか、それとも彼女たちから二人に事情を話してもらうべきか……。


「「にゅーん」」


俺はテナと顔を見合わせるが、二人とも何とも言えない声しか出なかった。


ありがたいことに、奥様と呼ばれていた少し背の高い方のエルフが「もし――」と口を開く。


「――あなたたちが、わたくしたちを地獄の業火で焼いたのですか」


「「酷すぎる」」


色々な意味で酷い。地獄の業火でエルフを焼くという行為にしても、この奥様の言いがかりっぷりにしても、だ。いや、言いがかりではないのか……。


と、奥様ではない方の小柄な黒髪エルフがはっとした表情で口を開く。


「奥様、この方たちはきっと私たちを――」


「「「私たちを?」」」







「――焼いたのです」


「「「酷すぎる」」」


このエルフも大概だ。同じことしか言わないぞ。

あげくの果てにテナの腰につけている短剣に目を着けて、「奥様、あの剣から禍々まがまがしい魔力を感じます……!」と言う始末だった。


テナは「禍々しくないもん……!」と剣を守るように隠す。そうだよな、助けるために使ってくれたんだもんな。


(……とはいえ、どう説明しよう)


このままでは冤罪を着せられてしまう。少なくとも、テナの初めての地獄の小炎インフェルナーノお披露目がこんな風に終わってしまうのは避けたい。


「すみません。事情を説明させてもらえませんか? というか、事情もお聞きしたいんですけど」


俺がそう言うと、二人はひそひそと話し始める。


「奥様、この者達に耳を傾けるのは危険です……」

「わたくしもこの方たちはとっても怪しいと思いますが、すぐに相手の為人ひととなりを決めつけるのはよくないわ」


「さすが奥様……寛大なお心です。

 ……さあ、奥様が話を聞いてくださるわ。謹んで申し上げてください」

「良きに計らえ……ですわ?」


殴りてえ。

いや、待て。冷静になれ……そもそも助けてくれと頼まれたわけでもないのに俺たちが勝手に助けたんだ。結果的に焼いたのは事実だし、彼女たちの言い分は――


「フシャア゛ッ!」テナの怒声。


「――テナ!?」


美女二人の顔面に、怒りのダブル猫パンチがめりこんでいた。

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