土精霊と大長弓

§ 氷のダンジョン 第4領域 『琥珀遺跡』 §


俺とテナが焦っている一方で、お気楽エルフのシルヴィアとスーシーは楽しそうにしていた。


「なんだかとってもわくわくしてきました!」

「私もです!」


テナが聞いたという大きな生き物の音は、第3領域から聞こえてきたらしい。大きな生き物……龍種だったらとんでもないぞ。


「テナ、外の様子を確かめよう」

「うん!」


俺たちが外に出ようとすると、シルヴィアが「お待ちになって!」と引き留める。


「スーシーが精霊を呼んでいます!」

「精霊!?」


黒髪エルフの方を見ると、目を瞑って祈りの所作をしている乙女の姿があった。


「……」


黙っていると美しいな、と思っているとスーシーは口を開いた。


「あぁ、精霊さま! 不肖の私めの代わりに退屈な仕事をこなしてくださいませ! 出でよ! 風精霊シルフィード!」


……何も出てこない。テナがそわそわし始めていると、スーシーがすました顔をする。


「今日はご都合が悪いみたいです」

「そんにゃことあるの!?」


スーシーは「最近お洗濯を押しつけ過ぎたかしら……」と小声で呟いた。


「気を取り直して……あぁ、精霊さま! 不肖の私めの代わりに退屈な仕事をこなしてくださいませ! 出でよ! 土精霊ノーム!」


このエルフ、退屈な仕事を精霊たちに押し付けているのか。


「詠唱で生活スタイルが見えるな……」

「にゃ……」


テナと一緒に呆れていると、スーシーの足元から小さな7人の小人? が生えてくる。


彼らは七色に分かれたとんがり帽子を被り、上半身だけ服を着ていた。下半身は裸だったが、それらしきものは見当たらない。


「これがノーム……!」


顔の輪郭はナスのようで、まん丸な目がぎょろりと動く。口が髭に隠れているので余計に感情が読みにくい。顔だけ見れば動物のようにも見えた。


「「「「「「「……ノー」」」」」」」


土精霊ノームの気持ちは分からない。だが、気のせいだろうか、元気がない。声を揃えて『ノー』と言ったが、それは拒絶の言葉じゃないか。


などと訝しんでいると、スーシーが急に語り出す。


「昔、私がメイドに飽きてきたころのお話です。『ああ、誰か私の代わりに仕事をしてくれないかしら』と思いました。

 『そうだ! 私の代わりに仕事をする誰かを呼べばいい!』と気づいてから、私は精霊さまを呼ぶことができるようになったのです」


能力スキルの発現も人それぞれということか。


「それはともかく、精霊を呼んで何かするんですか?」

「精霊さまたちに偵察に行ってもらいます」


「おお、彼ら物凄く優秀なんですね」

「お褒めに預かり光栄です」


まあ気の毒だが。


「精霊さま! 行きなさい!」


敬っているのかあごで使っているのか。よく分からない命令を受け、小人たちは小さな足で外へと駆け出して行った。


「テナ、状況に変わりないか?」

「なんだか、暴れてるみたい」


「……そうか」


できれば、何事もなく終わればいいのだが――



§ 氷のダンジョン 第3領域 『氷河の流刑地』 §


スーシーが土精霊ノームを使役し始めた頃、第3領域は『氷河の流刑地』にて水龍が暴れていた。


その長い龍の巨体に剣を突き刺して纏わりつくのは、凶刃キャルライン=アバレストである。


「キャハハハ!」


キャルは余裕の笑い声を上げていたが、自分の体力が著しく低下していることに気づかない。


「……しぶといなぁ」


一方、水龍にはある・・変化が起ころうとしていた。氷のダンジョンの冷気を受けて、湿った硬い鱗がさらに氷に覆われ、硬化し始めていたのだ。


「ッ!?」


そして、剣を突き刺した時、手ごたえがまるで変わったことにキャルは気づいた。


「……抜けない?」


だがキャルはキャルでしぶとく、その手を決して離さない。嫌がる龍は氷壁に自分の身体をぶつけた。しかし、やはりキャルを引き剥がすことはできない。


「キャハハ!」







「絶対離さないから」


龍は身体をぶつけることを止め、第3領域から第4領域へと至る通路を突き進み始めるのだった。



§ 氷のダンジョン 第4領域 『琥珀遺跡』 §


――スーシーが土精霊ノームたちを働かせ始めてしばらく経った頃、スーシーがカッと目を見開いた。


「見えました……!」

「何がですか……!」


「雪で滑り台を作っているノーム4体が!」

「なんですって!」


使い魔が主人に似るように、精霊もまた仕事をしないらしい。


「だいたい7体のうち、1、2体はサボるものです。働き者も1、2体、残りは平凡な働きといったところでしょうか」

「そういうものですか」


あれ、4体サボってないか。と疑問に思うのもつかの間、スーシーが口を開く。


「見えます……!」

「今度は何が……!」


「…………龍です!!」


初めて見ましたと若干はしゃいでいるスーシーだが、冗談ではない。


「わたくしも見たいですわ!」と、シルヴィアがスーシーと手を繋ぎ、目を閉じた。


「……! かっこいいですわ!」


精霊の見ている世界を共有できるのか……しかも複数人で。


(素直にすごいな)


それに、龍にまったく臆さないのもある意味すごい。


「ん……」


テナが俺の腰に尻尾を巻き付けてきた。


「ミ゛」


やばい、テナの恐怖ゲージが振り切れ始めた。俺はエルフたちに向き直る。


「状況はどうなっていますか?」

「龍があちらこちらに身体をぶつけています。あ……何人かの冒険者たちが逃げ回っています。なんとか二人は別の領域に逃れましたが、残りは厳しそうです」


他の冒険者……『氷面水槽』で通り過ぎていった人たちだろうか。


(助けたい……)


だが、今の俺たちに何ができるのだろうか。今はこうして身を隠している他ないではないか。せめて、テナとこのエルフたちは逃がさなければ。


「あの――」と声をかけようとして、俺はためらった。二人の顔つきが一瞬、ミリアとネリスと重なった気がしたのだ。あとウォロク。


「奥様……見つけました」

「ええ、わたくしにも見えています」


俺が「今度は何を……?」と尋ねると、シルヴィアが鋭い目で遠くを見つめる。


「『光輝の大長弓ウルスラークス』――わたくしの愛する弓の一張ひとはりです」


その立ち姿はまるで、幾多の戦いを潜り抜けた冒険者のようだった。

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