変態登場
突然のA級冒険者たちの登場に、俺やテナ、その場にいる冒険者たちがざわついた。
「おいおい、『小鬼の火祭』からもう戻ってきたのか?」
「装備がボロボロじゃねえか」
実際、一目で熾烈な戦いを繰り広げたことが分かる。そんな戦場帰りの偉大なる魔女が、俺の方に向かって歩いて来た。
彼女は俺を指さす。
「ちょっとあんた!
ミリアは言葉に反して微笑んでいた。
そして、彼女の銀色の瞳が輝く。
「うそ……こいつ……嘘ついてないわ!!
本当よ!! 龍が現れたんだわ!!」
ミリアにしてはわざとらしい、大げさな言い方だった。
これをきっかけに、ギルドの空気が一変する。
今度はミリアを守る騎士――ネリスが大声を上げた。
「なんだって!? これは参った!! まさかギルドがこの緊急事態に対応しないなんてことはないだろうな!?」
ネリスはそう言ってウィンクを見せてくると、
彼女は急いで事務室に駆け出したかと思えば、すぐに戻ってきた。
「ギルドより通達です!! ただいまより、草のダンジョンは注意報から警報に引き上げます!! 該当龍種を『
その通達をしてから、ニーナは「ご協力、感謝いたします」とネリスとミリアに伝えた。
「なんのことか」
「さっぱりね」
ニーナは軽くお辞儀してから、「少々お待ちください」と言ってから、再びギルドの事務室へと駆け出す。
ニーナの背中を見届けてから、俺はネリスとミリアに頭を深く下げた。
「ありがとうございます」
ミリアは「やめなさいよ」とうっとうしそうにする。
「あたしはあたしの目を信じてるだけ」
「それでも、本当にありがとうございます……!」
ミリアは少しばつが悪そうな顔をしてから、咳ばらいした。
「ま、まあ? ネリスみたいに真偽を確かめないうちから人を信じて、道化を演じるばかもいるけどね」
ミリアがそう言うと、ネリスは眉をひそめる。
「誰が道化だって? 失礼だな。笑ったのは本心からだ」
「そこじゃないでしょ」
「もちろん、ルウィンとテナを信じてはいたぞ?」
「あんたねぇ……」
呆れるミリアに構わず、ネリスは「ちなみに、ミリアも最初から信じていたぞ」と付け加えた。
やはり、二人は英雄だ。頭が上がらない。
と、やり取りをうずうずしながら見守っていたテナがついに飛び出す。
「ミリア~! ネリス~!」
「テナ……! あんた、無事?」
ミリアがテナを撫でると、テナは泣き出した。
ネリスがそれを見て言う。
「あはは、元気そうだ」
「元気じゃないよお!!」
三人の微笑ましいやり取りを見守っていると、アルメリゼが少し離れたところでもじもじしているのが見えた。
「どうしたんですか?」
「いえ、その……なんでもありません」
アルメリゼの視線はネリスとミリアに注がれ、その頬はほんのりと赤らんでいた。
「なるほど」と確信を得た俺は、ネリスたちに歩み寄り、それとなくアルメリゼの方を見るように促す。
すると、ネリスが「なるほど」とうなずき、ミリアを引っ張ってアルメリゼの方に歩み寄っていった。「ちょっと、なによぉ」
しばらくすると「はわわぁぁぁ」という声がアルメリゼからしたので、多分これでよし。
と受付嬢のニーナが戻ってきた。
「大変お待たせしました! 恋茄龍マンドラゴラス討伐の報酬は金貨500枚です!」
ニーナが示した数字に、ギルドが湧いた。
龍の討伐の相場は300枚。
これは実質、ダンジョン警報解決報酬を意味する。
500という数字は、通常龍種が現れない第2領域に現れたことと、マンドレイクを利用するという特異性を加味した結果だろう。
報酬は、4人パーティならそれぞれ125枚、50人で山分けしても金貨10枚だ。果たして、有力な冒険者が集まってくれるだろうか。
周囲の反応をうかがっていると、ミリアが「ちょっと」と腕で小突いてきた。
「あんた、恋茄龍の腹の中に生存者がいるかもって言ってたけど、実際に見たわけ?」
「生きているかどうかは分からず……ただ、龍の腹の中で蔓に吊るされているのを見ています」
俺がそう言うと、ネリスが「聞き捨てならないぞ――」と割り込んでくる。
「――『
「あんたは黙って!!」
ネリスはミリアに追いやられながら、「さて、笑った分は働かねばな」と急に冷静な顔をした。
「たく……ばかネリス。それでルウィン、あんたは珍しく必死になって訴えていたわけね」
「いや、俺はいつも必死で」
「サービスとか?」
「?」
ミリアは「余計なことを思い出したわ」とよく分からないことを言ってから、俺に尋ねる。
「で、実際のとこ、これまで戦ってきた龍と比べてどっちが強いと思う? 直感でいいわ」
どっちが強いか……考えてもみなかった。
「強さは正直なところ分かりません。一番強そうだったのは闇のダンジョンで戦った龍ですが、邪悪さで言えば恋茄龍の方が上かと」
「なるほどね」
ミリアは考え込むように黙ると、ネリスが話に入ってくる。
「闇の龍よりも闇が深いというわけか……どうだミリア、私たちで倒せそうか」
「……どうかしら、大量のゴブリンを相手にして疲れ切っていることもあるし」
そうだ……ミリアたちは、ついさっきまで戦っていたんだ。
その上、俺の発言に価値を与えてくれた彼女たちにこれ以上を望むのは、虫がいいにもほどがあった。テナも先ほどまでピンと立っていた耳をしゅんとさせる。
そんな俺たちに、ネリスは「あっはっは」と笑いかけた。
「そんな顔をするな。たとえどんなに疲れていようが、仲間を見捨てたりはしない」
そんなネリスの言葉を聞いて、アルメリゼが胸の前で両手を組み、「ふわぁぁ……!」と声を上げる。
やはりファンだったか。
気持ちは分かる。
「まあ、ネリスがこういうやつだからね。あたしも仕方なく付き合うのよ。でもね、問題は疲れがどうのとか言う話じゃないわ」
「そうだな。私たちではおそらく、龍に捕まった冒険者を救うことはできないだろう」
二人の言葉を聞いて、アルメリゼが「お二人でも、ですか……?」と今度は不安そうに尋ねる。
「ネリスは守りは頼りになるけど、スピードがいまいちなのよね」
「あはは! ストレートすぎるぞ。それに私だって脱いだら中々のものだぞ」
え、ネリスさん――
「――脱げば凄いってどういう……」
「ルウィン……? ああ! あっはっは! 鎧の話だよ!」
ばかだなあルウィンは、と笑われてしまったが、むしろ清々しかった。
そんな俺たちのやり取りを見て、ミリアが肩をすくめる。
「……何の話してんのよ。で、あたしの魔法なら龍を倒せるかもしれないけど……恋茄龍が植物系の魔物の特性を持つなら、純粋な炎の魔法が弱点になるでしょう? 中にいる冒険者を巻き込まない保証はできないわ」
ミリアがやるせなさそうに言うと、テナが首をかしげた。
「前にミリア、炎の魔法を使ってたけど、全然痛くなかったよ?」
「闇のダンジョンで使ったのは『
ミリアが首を振ると、心の中の希望の火が揺らいだ気がした。
「それにマンドレイクの悲鳴に対してどう対抗するかも、考えないといけないわ」
マンドレイクに対抗する薬なら、今俺が背負っている箱の中にいるマンドレイクを使えばなんとかなるかもしれない。
ただ、本当にそれができるのかは俺にもまだ分からなかった。
具体的な打開策も見えないまま、時間だけが過ぎていこうとしていたその時、アルメリゼが悲鳴を上げ、俺に寄りかかってくる。
「ひぃ……いやぁッ!!」
「なにごと……!?」
俺が困惑していると、不気味な気配が漂ってきた。
「おやおやぁ? 何やら面白いことになっているようじゃあないかぁ」
のらりくらりとした若い男の声だが、どこか狂気じみている。
「ぼ・く・も……もまぜてくれないかい?」
……振り向くとそこには、こういう男がいた。
メガネをかけ、上半身裸のまま白いシャツをボタンをとめずに羽織り、首にマンドレイクの首飾りをぶら下げた――
「にゃあ゛あぁぁッ!!
変態にゃあ゛あぁぁッ!!」
――テナが叫んだ通り、変態だった。
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