救援要請

必死の説得の甲斐あって、俺たちはマンドレイク回収飛行を開始した。


『マンドレイクを集めながら、

 龍から逃げつつ、

 ギルドに戻ろう!』


これで、三人の希望が全て達成されるのだと、俺が主張した結果である。全くもって隙のない折衷案と言えるが、テナは不服そうだった。


「にゃんでこんなこと~!」

「すまない、テナ! だが、アルメリゼさんは俺たちを危なげなく掴んでいるじゃないか!」


右手は俺の左腕を。

左手はテナの右足を。


テナが逆さまになって地面に散らばっているマンドレイクを拾い上げる。


すると、マンドレイクの夫婦が小さく悲鳴を上げる。


「ァ゛ァ」「ォ゛ォ」


そんなマンドレイクを俺が手で受け取り、背負い箱にしまう。


実に完璧な布陣だった。


「血が上るよお! 気持ち悪いよお!」

「頑張ってくれ!」


代わってやりたいのは山々だが、テナの方がこういうことは得意なので、任せるしかない。実際、テナの頑張りで作戦は順調に達成されつつあった。


「アルメリゼさん、このまま予定通り第7領域を経由して第4領域に入りましょう!」

「了解!」

 

俺たちが通った抜け穴から龍が追いかけてくる気配はない。流石にあれほど狭い道は通れないのだろう。


となれば、あの龍が移動する可能性があるのは3か5の領域だ。


第5領域に移動していた場合を考慮して、隣接する第7領域では旋回せずに直進する。変わらずテナには頑張ってもらう。


「ルウィンさん! 第4領域に抜けた後は、第1領域の真ん中に繋がる抜け穴を利用するか、状況に合わせて通常ルートを引き返す――で、いいんですよね!」


「問題ありません!」


会議の際、第1領域に繋がる抜け道があると聞いた時は驚いた。深緑回廊の高い天井の近くにあるらしく、歩きでは気づけないのだとか。


§ 草のダンジョン 第4領域 『若葉の大草原』 §


そうこうしているうちに、俺たちは無事に第7領域を抜け、広大な第4領域へと入った。


「よしッ!」


第4領域に入りさえすればこちらの勝ちだ。


通常ルートで第3、5、7の領域。

抜け道を使えば第1の領域。

選択肢が4つあるので、龍からの逃亡も比較的容易だ。


勝利を確信していると、アルメリゼが「第3領域方面!! 龍です!!」と叫んだ。


遥か遠くを見ると、確かに龍がいた。

龍はこちらをじっとうかがっているのか、全く動く気配がない。


(なんだ、この感じ……)


ひどく不気味だった。


こちらに近づいて来ようものならば、引きつけた後の第5、7領域から脱出というルートもあるが……。


「にゃッ! 地面も気をつけよお!」


テナの言う通りだが、最初にやってきたような蔓による攻撃もしてこない。


「アルメリゼさん、今から龍が接近してきたとして、抜け道は間に合いますか」

「攻撃がこれまでと同じ早さなら問題ないです!」


「分かりました。抜け道でお願いします」

「はい!」


俺たちが移動を開始すると、龍はその巨大な全身から蔓を伸ばしてくる。先手必勝ならぬ、後の先を狙っていたのだろうか。だが、こちらとしては逃げの一手だ。


そして、俺たちが抜け道に入ろうとする、まさにその瞬間のことだった。


「……は?」


龍の腹部がぱっくりと二つに割れる。


「……ふざけるなよ」


その中にいたのは、蔓によって吊るされている、たくさんの人間だった。



§ 冒険者ギルド §


「大至急、救援をお願いします!!

 草のダンジョンの第2領域にて龍種を確認しました!!」


俺の要請で、ギルド内の雑談が緊張感のあるざわめきに変わる。


「第2領域で龍種……?」

「嘘だろ……?」


受付嬢のニーナは俺の様子から察してくれたのか、「該当の龍種の特徴を教えてください」と冷静に聞いてきた。


俺は、ギルド内の冒険者たちにも聞こえるように声を張り上げる。


「該当の龍種は全身が無数の植物の蔓でできており、その蔓を伸ばして攻撃してきます! 形状は龍種らしく、手足と翼がありました!

 特異な点としては、マンドレイクの繁殖を促し、その悲鳴を利用して人を襲うことが推察されます! また、使い捨てたマンドレイクで人を誘い出す知恵もある可能性が高いです!

 そして、龍の腹の中で行方不明となった多くの冒険者が生きている可能性があります!!」


息巻いてしまったが、ちゃんと伝わったのだろうか。

シーンとした空気がギルドを埋めていた。


「マンドレイク……? 冗談だろ?」


「はは、あほらし」


「第一、マンドレイクの悲鳴を聞いてなんでこいつら生きてんだよ?」


「あれだ、『それを見て生きて帰った者は誰もいなかった』……ていうタイプの与太話よたばなしだろ?」


「あなたたち、ちゃんと聞いてた? 推察って言ってたから実際には聞いてないのよ」


「ああ、じゃあやっぱり与太話だな」


その場から緊張感が消えてしまった。

俺の説明が、まずかっただろうか。少し冷静にならなければ。


どう説明しようかと考えていると、テナとアルメリゼも前に出る。


「ほんとに見たよお!」

「みなさん、信じてください!」


彼女らの必死の叫びもむなしく、周囲の反応は今一つだった。冒険者たちが思い思いに喋り始める中、ニーナが俺に囁く。


「ルウィン君が説明した龍は極めて特異な事例です。すぐに調査団を派遣し、その実体を明らかにします。もちろん、あなたが説明した龍の特徴を踏まえた上で。

 それから注意報を警報に引き上げ、A級以上向けに討伐依頼をギルドから出します」


ニーナは受付嬢としてできる最大限の対応を約束してくれた。


「ありがとうございます……!」


だが、時は一刻を争う。調査団の派遣、調査の実施、もろもろを行ったして、何日かかるか分かったものじゃない。


すぐにでも有力な冒険者で対応しなければ……どうすれば……。


「あーっはっはっは!!! 第2領域に!? マンドレイクで人を襲う龍が現れたって!? 最高の冗談だな!!」


突然、聞き覚えのある、やけに大きな笑い声がギルドに響いた。

その声に、これまた聞き覚えのあるツンツンした声が続く。


「まったく、そういう下らない冗談に付き合わされる方の身にもなってよね!!!」


俺は声がした方に振り向く。


煤焼けてぼろぼろになった白銀の騎士の鎧と、焼け焦げてあちこちに穴が開いた黒い魔女のローブが目に飛び込んできた。


A級冒険者――ネリスとミリアだ。

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