急襲

マンドレイクを利用して人を襲う魔物の存在なんて聞いたことはない。

しかし、アルメリゼの話には筋が通っていた。


(あり得る……のか)


ギルドで受付嬢のニーナが『行方不明者は平常時よりも若干多いので注意が必要』と言っていた事ともつじつまが合う。


黙って聞いていたテナも確信を得たのだろう。「にゅん」と感情を消していた。恐ろしい魔物を想像してしまったようだ。


だが、行動しないわけにはいかない。

行方不明になってしまった冒険者たちと、これからこのダンジョンに入る他の冒険者のためにも動き出さなければ。


「マンドレイクの悲鳴に対抗するアイテムが必要になるかもしれない。それも、大量に」


この領域に散らばっているマンドレイクを回収すれば、対抗薬が作れるかもしれない。


マンドレイクを利用する知恵はあっても、それを逆手に取られる可能性までは、魔物も考慮していないらしい。


「マンドレイクを粗末にする者、マンドレイクに泣くといったところか」


いや、待て。本当に……そうなのか?

ふと疑念がよぎった瞬間のことだった。


「ルウィン!! ここから逃げよう!? 地面がこわいよぉッ!!」

「え、テナ……逃げるって――」


俺が言い切る前に、何かが地面を突き破る音がする。


「危ない!!!」アルメリゼの叫び声と翼の大きな音が聞こえた瞬間、俺の腕が何かに掴まれると、確認する間もなく、一瞬にして地面から足が離れた。


「おおおおおぉぉぉぉ!?」

「ぎにゃあああぁぁぁ!?」


俺の悲鳴とテナの悲鳴が同時に響いたかと思えば、身体がどんどん地面が遠ざかってゆく。さらに恐ろしいのは、無数のつるが俺たちを追いかけてくることだった。


「お二人とも、気をしっかり!」


アルメリゼの頼もしい声が頭上から聞こえる。俺とテナを力強く引っ張り上げていたのは、翼をはためかす彼女だった。


「あれは……!」


広いダンジョンの天井付近から下を見下ろすと、自分たちを襲った存在の正体がようやく判明する。


「龍……!?」


無数の茶と緑の蔓の集合が、龍をかたどっていた。こんな存在、俺は聞いたことがない。そもそも、龍種は普通、ダンジョンの狭い領域内には現れないのだ。


(だが……)


魔よけの加護が効かなかったことが、奴が通常の魔物ではないことを証明していた。


「ルウィンさん! テナさん!

 このまま第6領域まで飛びます!」


第6領域……? そこに入れる道はなかったはず……そんな疑問が頭をよぎる。


(第5領域を経由して向かうということか?)


ダンジョンはまさしく地下牢であり、各領域間の移動も制限されているというのが常識だ。もちろん、壁を破ることは不可能。領域と領域を繋ぐ地続きの出入口を通ることでしか、他の領域に移ることはできない。


草のダンジョンの第2領域の場合、第3領域と第5領域にしか移動ができない……そう思っていた。


「行きます!!」


アルメリゼが飛行スピードを上げる。隣で引っ張られているテナが「にゅん」と意識を失い、頭をぐったりとさせた。


俺は万が一に備えてテナを抱き寄せる。

と、領域の壁が目前に迫ろうとしていた。


「アルメリゼさん! 前! 前!!」


俺が叫びを聞いても、アルメリゼは止まらない。


「ウィィィングッ!!」


だめだ、テンションがおかしくなっている。


俺は死を予感したが、壁にぶつかる寸前、その壁がどうも他の壁とは様子が違うことに気がついた。それが何なのかを理解する間もなく、俺たちはその得体の知れない壁に突っ込む。


「……ッ!」


歯を食いしばるが、想像していた壁にぶつかる衝撃はなく、ただ茂みを無理やり突っ切るような感覚があった。



§ 草のダンジョン 第6領域 『銀樹の裏庭』 §


数秒の間、身体が擦り切れる痛みに耐えた後、俺はこの目を疑う。

そこはまさしく第6領域は『銀樹の裏庭』だったのだ。


「テナ……!」


心臓の音が聞こえる。

ああ、俺たちはまだ生きているんだ。


生を実感していると、アルメリゼが心配そうに声をかけてくる。


「お二人とも、ご無事ですか!」

「俺は無事です。テナも、多分」


「よかったです……」



第6領域の抜け穴からもう少し飛んだ先の高台で、俺たちはいったん休息することにした。


「アルメリゼさんのおかげで窮地を脱することができました。まさか、こんな抜け道があるなんて」


「以前ダンジョンの中を飛んでいた時にたまたま見つけたのです。まさか、こんな形で役に立つとは」


翼人ならではの発見だ……などと感心している場合ではない。


「アルメリゼさん、怪我が……」

「……あ、このくらいかすり傷なのですよ」


茂みの壁を先頭で突っ切ったアルメリゼの露出した肌の部分には、擦り傷や切り傷がたくさんついていた。


「そうは問屋とんやおろしません」


俺は急いで背負い箱からポーションをひとつ取り出し、アルメリゼに手渡す。


「卸しているのです」

「本日はアルメリゼさん限定のポーション無料試飲実施中です」


アルメリゼにポーションを手渡すとき、俺はアルメリゼの様子を注意深くうかがった。


「ふふ、じゃあ、いただきます」


息遣い、顔色、表情、どこを見ても、大きな疲労はないように見える。


「そ、そんなに見つめないでください」

「すみません」


重い荷物を運んでいる俺とテナをまとめて運んでこの余裕――果たして翼人が凄いのか、アルメリゼが凄いのか。いや、どちらにしても、アルメリゼが素晴らしいことに変わりない。


そんなことを考えながら、俺は何となく高台から平地を見下ろした。


「ああー!」


なんと、そこにはマンドレイクのカップルがあちこちに散らばっているではないか。


「マンドレイクがいっぱい」


俺がそう呟くと、突然アルメリゼが「ぶふぅーッ!!」とポーションを噴き出した。


「あ、もう一つ飲みます?」

「い、いいえ。もう大丈夫です。ありがとうございます……」


見ると、アルメリゼも十分回復はできたらしく、傷も見当たらない。


なら、後は――


「――テナ、テナ、起きろ」

「にぁ゛……みぁ゛……に゛ぇぁ……」


「死にかけのマンドレイクみたいだ」

「ミ゛……誰がマンドレイクって?」



テナも起きたところで、俺たちは作戦会議を始めることにした。


テナが「はやく逃げよお!」と訴え、


アルメリゼが「ギルドに戻りましょう!」と提案し、


「マンドレイクを集めよう!」と俺が言った。


三人が同時に発言し、その直後にテナとアルメリゼが俺を見る。


「にゃに言ってるの!?」

「バカです!?」


既に会議は破綻しようとしていた。

ちょっとショック。

だが、俺は決してあきらめない。

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