対抗薬
突如現れた上裸メガネマンドレイクぶら下げ男によって、冒険者ギルド内はまさしく特別警報状態だった。
あるいは龍より意味不明。
「ふふ、いいねぇ……」
何がいいのか分からない。
テナの本能も危険を訴えているらしく――
「シャーッ!!!」
――完全に猫モードに入っていた。
そんなテナなど意にも介さず、変態が俺にずいと歩み寄ってくる。
「君だろう? 戦えないのにダンジョンに潜るアイテム屋――もとい、変態さんは」
「いえ、人違いです」
勢いで否定してしまった。
「ふふ、変態はいつもそう言うんだ。本当は、そうなんだろう?」
彼はそう言いながら、俺が背負っている箱をちらちら見てくる。
ミリアがぼそっと「……変態はあんたでしょ」とツッコむが、できればもう少し大きな声で言ってほしかった。
困った俺は周囲を見渡すも、テナ、アルメリゼ、ネリス、ミリア、ニーナ、その他大勢の冒険者たち……全員とまったく目が合わない。
つまり、俺が彼と向き合わねばならないということか。
そうだな。俺は、俺にしかできないことをしようと決めて冒険者になったんだ。他の冒険者のためにも、今こそ危険を冒す時なのかもしれない。
「そう、俺が変態のアイテム屋だ。
つい驚いて、口から嘘が出た。
申し訳ない」
変態は余計だったかもしれない。
だが、時には相手の言葉を使うことも重要だ。
「……」
俺は彼の返答を待った。
すると、彼は何の前触れもなく左手を下にして、拍手し始める。目を瞑り、噛みしめるように何度もうなずきながら。
「ふふ、いいよ……」
果たして俺は、彼の行動原理を理解できるだろうか。などと考えていると、男は目を開く。
「君の噂を聞いて以来、僕はずっと君と友達になれると思っていたんだ!
変態――もとい、ルウィン=カレス君!」
既に俺の名前は知られてしまっていたらしい。
「僕の名前はオーガス=テーレマン!
よろしくねぇ!」
そして名乗られてしまった。
「君は、自分だけが変態だと思っていただろう?
だが安心してくれ! 僕は君のような変態を一人にはしない!」
オーガスは一人で盛り上がっていたが、周囲は引いた目で彼を見ていた。このまま放っておくのも、少し気の毒に思える。
「オーガス」
「なんだい?」
「色々と聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「一つと言わず」
ギルド内がざわめいた。
俺がギルドの期待を背負っているのだ。
「なぜ、マンドレイクを……首に?」
「ああ、彼か!」
そう言って彼は首にぶら下げたマンドレイクを手に掴み――
ボリッ!
――その
マンドレイクが小さく悲鳴を上げる。
「ァ゛ァ」
なぜかじる必要があった。
「このところ、ずっとマンドレイクを研究していたんだ。ダンジョンで彼らが大量発生しているって聞いて、いてもいられなくなってねぇ。
冒険者になれるほど強くもない僕でも、何かできることがあるんじゃないか? そう思って、生きたマンドレイクを取り寄せては独自に実験していたのさぁ」
今話したオーガスの言葉は、これまでで一番まともだった。
共感できるものがある
「だ・か・ら、マンドレイクを着ているのさ!」
分からない。
俺が次にどう切り込もうか考えていると、ネリスがつぶやく。
「だからかぁ」
すると、ミリアがイラっとした空気を漂わせ、わざわざ前に躍り出た。
「だからかぁ…………じゃないわよ!」
今度は全体に聞こえる声だった。
やはり、ミリアはそうでなくては。
ではなく――
「――オーガス、理由を教えてくれてありがとう。君の話がもっと聞きたい。マンドレイクについて、色々教えてくれないか?」
「いいとも!」
予期せぬ変態の登場に、一時はどうなることかと思ったが、彼がきっかけで状況が変わるかもしれない。そう思わせる強い何かが、オーガスにはあった。
特に、彼の研究内容は是が非でも聞きたい。
今は
「――結論から言おうか。マンドレイクの悲鳴の対抗薬は作れない。いや、あともう少し……基準値を満たすものを作れなかったと言うべきだろうねぇ」
なんだと……。
「マンドレイクの悲鳴は、現状やはり聴かないことでしか対応できないんだ」
オーガスの言葉は、俺たちにとって無慈悲なものだった。
「僕は魔法が使えないからねぇ、音魔法が得意な人に対抗呪文をかけてもらったりしたけど、やっぱりだめだった。どうしても発狂してしまうんだぁ」
テナが「はにゃあ……?」と
ミリアが銀色の瞳を輝かせ、今度は真面目な調子で話に入る。
「魔法全般の基本は『知る』こと。そして、音魔法の基本は音を実際に聴くこと。全てを聴かない内に気絶してしまう音に対抗する魔法を作るのは、難しいでしょうね」
ミリアの補足に対し、「その通り!」とオーガスは嬉しそうにした。
「まったく、何が嬉しいのよ」とミリアは冷たく言う。
だが、何かが引っかかる。
違和感の正体を掴めないでいると、テナが先に口を開いた。
「大きな音で悲鳴を防げたりしないの?」
「ナイス変態! だけどちょっとやそっとの爆音を鳴らしたところで、マンドレイクの悲鳴は防げない! それに、そんな爆音を鳴らし続けたら自分たちだって危険だからねぇ」
『いい質問!』みたいに『変態』と言われたテナは、「ミ゛ッ」と膝から崩れ落ちる。かわいそうに。しばらく立ち直れなさそうだ。
オーガスは、改めて俺の目を真っすぐ見てきた。
「さあ、君ならどうやってこの問題を解決する? 新たに現れた恋茄龍の討伐の準備にそう時間はかけられない今、凡人の僕達には何ができる?」
オーガスの言うところの凡人とは、冒険者になれない存在のことだろうか。
普通の冒険者にはできない発想。
それを今、オーガスに問われている。
そんな気がした。
俺はどうだろうか。
ミリアの方を向いて、俺は尋ねる。
「俺の第一印象って、どんな感じでした?」
「自殺志願者」
「あっ……なぜ?」
「戦えもしないくせに警報中のダンジョンに入って、楽器弾いたりしてるからよ」
「楽器を弾いたら、だめです?」
「あんたねぇ……闇のダンジョンはただでさえ暗いのに、さらに霧まで出ていたあの場所で楽器とか普通演奏しないでしょ? どのダンジョンでもそうだけど、耳から入る情報が減るのは死活問題よ……まったく」
ああ、そうか。ようやく分かった。
こんな当たり前で単純な、凡人の発想に俺は気が付かなかったらしい。
アーガスは、『あともう少し……基準値を満たすものを作れなかった』と言っていた。
自らを凡人と称する変態が、『もう少し』で諦めるだろうか。
いや、諦めない。
俺は確信を持って彼と向き合う。
「オーガス。細長い棒か何か、持っているか?」
俺の問いかけにオーガスは目を輝かせた。
「――ナイス変態」
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