死の予感
変態――もとい、オーガス=テーレマンは興奮冷めやらないといった様子でギルドの真ん中に立つ。
そして、ほぼ一言でマンドレイク対策を語り終えた。
「――するだけなのさぁ。簡単だろう?」
拍子抜けするような解決策を聞いた冒険者たちは、大いに騒いだ。
「自殺行為よ! 龍と遭遇する前に死人が出るわ!」
「それに、そんなことでマンドレイクの悲鳴が効かなくなるなら誰かやってるだろ!」
「しょせん、冒険者じゃないやつの考えることってとこか」
などと、オーガスは好き放題言われていたが、
「ふふ……いいねぇ……」
恍惚とした顔で両手を広げていた。
さすが、マンドレイクの悲鳴を率先して浴びる変態だ。面構えが違う。
「まったく冒険者のみなさんはせっかちなんだからぁ。『あともう少し……基準値を満たすものを作れなかった』という僕の言葉を覚えていたのは、彼だけのようだねぇ」
そう言って、オーガスが俺に熱い視線を送ってくるので、俺に寄りかかっていたアルメリゼが小さく悲鳴を上げた。今度は真後ろに隠れる。
変態の余波から守らなくては。
俺はそう決意しつつ、オーガスに尋ねる。
「結局のところ、オーガス特製の対抗薬があればマンドレイクの悲鳴を防ぐことができるということだな?」
「もちろん。何度も検証もしたさ。家の使用人や
使用人、爺や……どうにもお金持ちのお坊ちゃんらしい。というか、爺やにやらせたのか。とんだ
「でも問題があってねぇ……」
傍観していたミリアが、
「あんたの存在が問題よ」
ぼそりと言った。
それに対してオーガスが嬉しそうに「んっふっふ……」と声を漏らすと、ミリアは俺を差し出した。
「ミリアさん!?」
「ルウィン、あんたが頼りよ」
「ミリアさんが余計なことを言ったんでしょう!?」
仕方がないので、俺はオーガスに尋ねる。
「問題って、何が問題なんだ?」
「マンドレイクの在庫がないのさ」
オーガスは自分の首にぶら下げたマンドレイクを、あごひげを撫でるようにした。在庫はひとつ……ということか。
だが――
「――在庫なら、ある」
俺が動こうとした時、何かを察したアルメリゼがすっと離れる。
ともかく俺は床に置いていた背負い箱をギルドの真ん中に持って行き、箱の中身を勢いよく引き出した。
「わあぉッ!」オーガスは感動し、
「「「うぇぇ……」」」ギルド全体はドン引きし、
「あっはっは!」とネリスを筆頭とした一部が笑う。
ギルド内の全ての視線は、うぞうぞとまだ生きている大量のマンドレイクに集まった。
・マンドレイク ×49
奇数なのは、最初の一体もいるからだ。
よくよく考えると、カップル24組の中にひとり放り込まれるってどんな地獄だ。
彼? 彼女? はまだ生きているのか……。
「ルウィン=カレス……君ってやつは! 想像以上の変態だ!」
独り身のマンドレイクの心配をしていたところに、オーガスなりの
「想像以上の天才みたいに言わないでくれ。それに、こいつらはテナとアルメリゼさんがいなければ集まらなかった。俺だけの成果じゃない」
俺がテナとアルメリゼの方に視線をやると、オーガスは二人を見つめる。
「……なんてことだ。
……アルメリゼ君、テナ君。
…………君たちも立派な変態だぁッ!!」
「いやぁ゛!」「に゛ゅぅん!」
図らずも犠牲者が増えた。
二人には申し訳ないと思っている。
「あっはっは!!」ネリスは面白そうに笑っていた。
オーガスは俺に向き直ると、
「すべて僕に売ってほしいッ! いくらでもお金は払うよッ!」
そう言って、瞳を熱く燃やしていた。
その一方で、周囲の空気は冷めていた。
「不完全な対抗薬なんてあっても、誰も買わねえよな」
「ただでもいらね」
そんな中、「わ、わたし、買います!」という絞り出すような声が響く。
アルメリゼだ。
「行方不明になった人たちを助けられるかもしれないなら、わたし……龍とだって戦います!」
(アルメリゼさん……)
しかし、勇敢な少女の後に続く声はない。
場が静まるタイミングを見計らったかのように、ミリアが口を開く。
「あんたねえ、本当に現実的に考えたの? 命を失うリスクに見合う価値が、その薬とやらにあるの?」
アルメリゼは口をきゅっと結んで今にも泣きそうな顔をした。翼を縮こまらせ、頭のてっぺんのくせ毛もしおれている。
いつもならフォローに回るネリスは、そっと見守っていた。
やがて、ミリアの険しかった銀の瞳が輝く。
「現実的に考えて……あたしも買うわ!」
ギルドがどよめく。
A級冒険者の言葉の価値は、重い。
と、聞き覚えのある笑い声が響いてくる。
「キャハハハ! おもしろそー!」
「のーほっほ! わしも一枚噛むぞ! 一枚と言わず金貨50枚は噛ませい!」
凶刃キャルと、
そして、見覚えのあるエルフの二人組が駆けつけてくる。
「わたくしたちの出番ですわね! 興奮してきましたわ!」
「奥様、私もです!」
未亡人のシルヴィアと、メイドのスーシーだ。
その光景を見たオーガスが、ギルド全体を見渡して叫んだ。
「――変態ばかりじゃないかッ!!!」
「「「「一緒にするな!!!」」」」
ミリアを筆頭とした大多数の反変態派閥は反発したものの、ギルドの心が一つになった……気がする。
ツッコミ終わったミリアはアルメリゼに対し、「ごめんね。でもあんた、かっこよかったわ」と、謝罪と賞賛を送っていた。
ミリア――彼女は見事に他の有力な冒険者を巻き込んでくれた。きっと否定するだろうが、俺たちを信じてくれているからだと思う。
だからこそ、俺はその信頼に応えなければならない。決意を胸に、ミリア達に考えていた作戦を伝えに行こうとしたその時だった。
「だめだよ……」
テナが俺の手を掴んだ。
「ボク、分かる。このままだと、みんな死んじゃう……根拠はないけど、分かるんだ」
テナは怖がりだ。
「あの龍はきっと、ルウィンが考えているよりもずっと怖いよ……今までみたいには、上手くいかない……」
だからこそ、俺はテナを信じている。
「テナ、分かった。もう少し、考えさせてくれるか」
「……うん」
テナが
考えろ、俺が考えているよりもずっと怖いということは、つまり敵は俺の想像を超えてくるということだ。想像を超える敵を超えるなんて、そもそも俺にはできない。想像を超えるのだから。
「……分からん」
冷静になろう。
『敵が俺の想像を超えている』状態とは、
『俺の考えはお見通しである』状態だ。
では、今の俺の考えを作るきっかけとなった出来事の中に、答えがあるのではないか。
これまでのことを思い返せ――
第1領域に生えたマンドレイク、あられもないアルメリゼ(これは関係ない)。
第2領域に散らばったマンドレイク、通常現れないはずの龍。
第6領域に抜け穴で逃げる俺たち、追いかけない龍。
第4領域の抜け穴から第1領域に逃げる俺たち、腹の中にいる人間を見せつけてきた龍。
全てが奴の考えの内なのだとすれば、それが意味するのは――
「――嘘だろ」
龍よ。
もし、お前がそこまで考えていたのだとすれば、お前は龍なんてもんじゃない――
――醜悪な蛇だ。
冒険とは、始まってみなければ分からないものだと思う。だが、今回に限っては戦う前から勝負は決まっていたのだ。
「テナ、俺は行くよ」
そうはさせない。
俺は、俺にできることをやってやる。
「少し長くなりますが、俺の話を聞いてもらえますか――」
俺はそれから、想定しうる最悪のシナリオについて語った後、その打開策について話した。冒険者ギルド内にいたほとんどの冒険者たちは、疑念に満ちた表情を見せてくる。無理もない。
だが、これまで俺やテナと冒険を共にした者たちは、驚きこそすれど、真剣な眼差しを向けてくれるのだった。
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