冒険者

俺たちがたどり着いた頃には、凶刃キャルによって、恋茄龍マンドラゴラスは無残に切りつくされていた。今となっては龍の形は見る影もない。


「キャハハハハ! おっそーい♪」


キャルは双剣を後ろ手に振り向くと、じとりと俺の目を見てくる。


「キャルさんが、はっやーい……のかと思います」


俺がそう言うと、にこりと笑う少女。一瞬誰かと思ったが、キャルだった。


ミリア、ネリス、ウォロクの顔をうかがうと、三人ともぽかんとした表情を浮かべている。やはり、三人にも別人みたいに見えたのだ。


と、アルメリゼが「みなさん!!」と飛んでくる。「行方不明者13名、全員生きているのです!!」


それを聞いたネリスがダンジョンの遥か上――天井を見上げて大笑いした。


「我々の勝利だ!!! あーっはっはっは!!!」


まったくもって、ネリスという人は緊張をほぐす天才だった。深刻な顔をしている面々が、思わず顔をほころばせるのだから。


「――はっはっはっはぁ……まあ、私は全然活躍していないがな。キャルと違って」


「鎧なんて着てるからじゃん♪ 盾も邪魔でしょー♪」


「あっはっは! 毎度キャルを救うのはこの盾なのだが」


ネリスとキャルが明るい調子でいる。明るいと言えば、シルヴィアとスーシーもどちらかと言えば明るい。


「あらやだスーシー!! これってマンドレイクかしら!? 抜いていいかしら!?」


「奥様……抜きましょう!!」


ただの草か、マンドレイクを抜こうとしているらしい。明るいというよりは変態的だ。


と、変態オーガスが駆け出す。


「マンドレイクッ!! 僕も抜くッ!!」


「ひぃ」アルメリゼがさっと俺の方に避難してきた。「もう嫌なのです……マンドレイクも変態も……!」


無理もない。


「のっほっほっほ……なんちゅう精神力じゃ」ウォロクが変態達を見ながらあご髭を撫でた。「わしも見習わんとな」


俺はそんなウォロクを慰める。


「多分、忘れているだけだと思いますよ。変態だから」


「そういうもんかの?」


俺はウォロクの耳元でそう言って苦笑しつつ、ミリアの方を見た。銀色の瞳を淡く光らせ、独り言を呟くように小さく口を動かしている。


(お願いします、ミリアさん)


俺は心の中でそう呟き、みんなに呼びかける。


「……さあみなさん!! 倒れた冒険者たちと一緒にダンジョンを出ましょう!!」


と、シルヴィアとスーシーが「せーの!」と何かの草を引き抜いた。


「ペギゥイウ゛ェア゛アァウエオォ゛ォオ゛オ゛オオヴェアイ゛エェェ゛ッ!!!!」


領域内にマンドレイクの悲鳴が響き渡る。が、対策済みなので倒れる者はいない。


「奥様、採れたてほやほやの生マンドレイクです」

「あらかわいい」




――ルウィンたちの死角にうごめく影があった。暗闇の中、影はじっと身を潜め、自分を追い詰めた人間たちのことを考える。


(ヤハリ、効カナイ)


いつもなら発狂するか気絶するはずの人間が、マンドレイクの叫びを浴びてなお歩き、声を発していた。それは影にとって、初めての経験だった。間違いなく、罠を看破かんぱした人間がいる。それは、最初の攻撃の時から分かっていたことだが、改めて確信した。そして、その事実が面白くてたまらない。


(学バセテモラッタ――)


――影は考える。もし、完全に叫びを防ぐ手段を手に入れたというのであれば、すぐにでも別の狩りの方法を考えなくてはならない。


(移ルカ……)


影にとって、草のダンジョンはひとつの拠点に過ぎなかった。火、氷、どこへだって行けるのだ。十分に力もつけた今、この場所にこだわる必要もない。


(ダガ――)


しかし、自分をここまで追い詰めた人間に興味があった。どんな姿をしているのだろうか、さらに追い詰める算段を立てているのか。


(――知リタイ)


影は、人間たちが発する『冒険者』という言葉の意味を知っていた。それは、『愚者』という意味に相違ない。無策で死地に挑み、自分に喰らわれる者たち。あるいは、人間を助けようとして、助けようとした人間もろとも死ぬ者たちだ。


しかし、今その冒険者が自分の正体に近づこうとしている。


(アア、ソウカ――)


影は……恋茄龍マンドラゴラスは、ようやく理解する。


冒険者とは、危険を冒してでも戦いに挑み続ける、諦めの悪い者たちなのだと。そして、自分の罠を見破った何者かは、これからも自分と同じように成長していくに違いない。


(――今、喰ラウベキダ。イヤ、殺サナケレバナラナイ)


焦りでもなく、好奇心に負けたのでもなかった。もちろん、欲望に目がくらんだわけでも、慢心があったわけでもない。


警戒したのだ。


今ここで、この草の牢獄の中で、自分を追い詰めた冒険者を殺さなくてはならない。そうでなければ、いつか必ず、自分自身が殺される。その確信を得たのだ。


しくも今、これまで見下してきた冒険者たちと同じように、龍は冒険を始めた。誰の目にもとまらないひっそりとした闇――それこそ闇のダンジョンよりも深い闇の中を、龍がいずり上がる。




それらは、ほぼ同時に起こった。地上の冒険者たちは異変に対して、一切の動揺を見せない。


前方――倒れている冒険者たちがいる地面を蔓が突き破る。


瞬間、前方にキャルとアルメリゼが飛び出した。


次いで後方――強烈な気配と共に、大きな何かが大地を震撼させた。


前は二人に任せ、ネリスは背後を振り返る。


その先には、真っ白な木の外殻を有した龍の姿があった。それは、まさしく巨大な白蛇のようだったが、幸運をもたらしてはくれそうになかった。


ネリスは確信する。


(恐ろしい敵だな――)


マンドラゴラス討伐のためにダンジョンに入る前、ルウィンは言っていた。


『本当に恐ろしいのは、龍が単なる卑怯者ではなかった時です。もし、俺たちの作戦がことごとく上手くいった時、龍は判断を迫られるでしょう。逃げるか、再び奇襲をしかけるか、それとも――』


龍は奇襲を仕掛けてはこなかった。


(――勝負を、仕掛けてきた……!)


絶対に負けないための戦いではなく、全身全霊を込めた同時攻撃。既に、最終プラン『マンドレイクの春』は花のように散ったのだ。


ネリスは龍に向かって駆けながら、その大盾を突き出す。


(倒れた冒険者たちに近づいた瞬間に奇襲を仕掛けなかった理由は明白だ。これは、意思表示――)


――『本体が隠れていることはお見通しなのだろう? であれば、単なる奇襲に意味はない。真っ向勝負をもって、奇襲としよう』という、龍の我々に対する……ルウィンに対する信頼だ。


(笑うしかない)


私は笑う。

敵の恐ろしさに。

仲間の頼もしさに。


笑うと、勇気が湧いてくる。


私は決して退かない。

私が死んだら、誰がミリアを守るのか。


(いや……違うな……)


私はミリアを……私はみんなを――


(――全てを守る!!!)


桃色に輝く龍の吐息ブレスが放たれ、それを盾で受け止めた時、想像を遥かに超える衝撃に視界が揺らいだ。


だが、決して退くわけにはいかない。


「ぐぅッ……ォォォォおおおおお゛お゛お゛お゛!!!!」


身体がだるい。甘ったるい感じもする。これは……毒だ。身に覚えのあるマンドレイクの毒が身体の中に入り込んでくる……!


「ポーションを頼むッ!!!」


「了解ッ!!!」微かに聞こえてきたルウィンの声と共に、自分の身体に液体がかけられ始める。と、愉快な変態君の声も加わってきた。


「僕のポーションがッ!!! 役に立ってるッ!!! あぁッ!!!」


オーガス特製、変態印へんたいじるしのマンドレイクポーション――彼の背負い袋に詰まっていたありったけが、今かけられているのだ。


「もっとだッ!!!」


「「サービスサービスぅッ!!!」」


ネリスは叫びながら、懐かしさを感じていた。もっとも、今回のサービスには変態の声が混ざっているのが少し違うが、それもまた面白い。


「ぐぅぅぁぁぁあああッ!!!!」


痛いなあ。

苦しいなあ。


「あっはは……」


それでも――







「あーはっはっはっはっはっはッ!!!!」


――それでも、私は笑うんだ。

笑うと勇気が湧いてくるから。


(そうだろう? ミリア――)




ミリアはネリスの大笑いを聞き、微笑んだ。


(――うっさいのよ、ばかネリス)


ミリアはずっと練り上げてきた魔力を解き放つため、詠唱を始めた。身体は赤い炎を纏い、瞳は銀の光を宿している。


「命を絡めとり、喰らいし者よ。偽りの潔白を纏いし者よ。我、火天の裁定をもって、汝のまことを現わさん」


こっちは笑いたくたって、笑えないのよ。詠唱してるから。

ま、笑わせようとしてくるバカと変態はいるけどね。


「幾千、幾万を喰らわんとする深き業の定めから、今、解き放つは赤雷の槍」


ほんと、どんだけサービスしたら気が済むの。


天火てんか森羅しんら焼き尽くす滅びの一投――」


龍の頭上に、幾重にも重なる炎の魔法陣が現れる。



【――火天の雷槍アグネヤストラ



明滅する光と轟音がダンジョンを埋め尽くし、雷の如き炎の槍が魔法陣ごと龍を貫いた。


(ごめん、みんな。あたしがぜんぶ丸ごと終わらすつもりだったのに――)


ミリアは薄れゆく意識の中、箱を背負ったルウィンが走り出したのを見て微笑む。


(――あんたたち、死んだら許さない……から)


そしてその場にひざまずき、地面に崩れ落ちた。




ミリアの『火天の雷槍アグネヤストラ』の鮮烈さに、シルヴィアとスーシーは見とれていた。


「「あ゛あ~~~~」」


しかし、龍のブレスが止んだかと思えば、突然ルウィンが駆け出した。


それを見たシルヴィアはハッとする。


「バトル続行ですわね!!!」


シルヴィアは即座に愛弓『光輝の大長弓ウルスラークス』を蹴る姿勢で構えた。首元を狙うが――


「――逆鱗急所が隠れて狙えませんわ!」


龍は今、まさに熱々に燃え上がっていた。その姿はただ黒い影として存在し、急所が見えるわけもない。


「奥様! 目潰めつぶしましょう!」


「目潰しね!」




ウォロクは、弓を構えるシルヴィアに背を向けて駆け出した。その目線の先にはルウィンの大きな背負い箱がある。


(ルウィン……お前さん、いつでも駆け出す心構えができていたんじゃのお)


ウォロクは危険があれば即座に動いてきた。それが、ウォロクの冒険者としての矜持だった。だが、今はルウィンの背中を見ている。


(男子三日会わざれば――とはよく言ったものじゃの)


思わず頬が緩むが、今は孫を想うような気持ちは不要……そう、ルウィンはもはや、ただの商人ではない――真に冒険者なのだ。それも、一瞬とは言えミリアの魔法で勝利を感じた自分よりも、遥かに勝利に貪欲な戦士――


(――似合っておるわい)


ルウィンの手には、つい先日贈ったばかりの魔剣が握られている。だが、それは既にルウィンの手に馴染んでいるように見えた。


(背中を追いかける側に立つとは……長生きするもんじゃのっほっほ!)


待っておれ、ルウィン……すぐに追いつくからの――!




ルウィンは脇目も振らず駆け出していた。


眼前に立ちはだかる炎の中に、塔のような黒い影が伸びている。


(マンドラゴラスは死んでいない……!)


初めて龍がその姿を現わした時、ルウィンは身震いした。真っ白な大蛇のような姿……あの全身を覆う白い木の鎧が、もし白皮樹ホワイトカバーで出来ているのだとしたら、この龍は氷のダンジョンにも行けるのだ。


(氷のダンジョンに行けて、火のダンジョンに行けないなんて、いったい誰が言えるだろうか)


防寒対策ばっちりな龍が、耐熱をおろそかにするだろうか。いいや、しない。だとすれば、白い鎧の内側にあるのはさらなる鎧――耐火樹。


(だが、効いている――ミリアさんの魔法の衝撃までは、耐火樹の鎧でも防げなかったに違いない)


マンドラゴラスの影が、炎の中でふらつくように揺れている。この機会を逃すわけにはいかない。


(動ける者で、倒しきる!)


ミリアは大魔法を撃った直後で動けない。ネリスもブレスを受けきった直後だ。キャルとアルメリゼは後方に出現している蔓の対処をしなければならない。オーガスは戦えないし、スーシーだって補助がメインだ。


今動けるのは、シルヴィアとウォロク。シルヴィアは戦いにおいては頼りになるから、今も後ろで矢を放つ瞬間を待っているはずだ。


「のーっほっほっほっほ!!!」


と、俺の隣を並走する巨大なハンマーが現れる。


「前に出るのは苦手だわいッ!!!」


「ウォロクさんッ!!!」


「ルウィンッ!!! ゆくぞッ!!!」


「了解ッ!!!」


俺はやっぱり思うのだ。


(絶対前衛でしょ!)


足はやいし。


俺はすぐさま早口で詠唱し――


氷獄ひょうごく彷徨さまよいし哀れな龍よ! お前のごうを吐き下せ!」


――地獄の冷気をハンマーに届ける……!


「受け取ったッ!!!」


ウォロクはハンマーを持ったまま親指を立てた。そして龍の蛇腹にハンマーを打ちつける。


戦鎚の鼓動ハンマー・ビーツ――!!!」







「――直撃地獄ダイレクト!!!」


大量の木が折れるような嫌な音が響いた。ハンマーを直接当てるなんて、もはや鎚魔導士ハンマージとは言えないだろう。


と、ウォロクは目を見開く。


「手応えなしッ!!?」


だが、確かにマンドラゴラスの巨体は前のめりに倒れようとしている。だが、俺はすぐに気がついた。


「龍が二体――!?」


――いや、違う。まるでさなぎが蝶になるように、マンドラゴラスは脱皮したのだ。


白かった龍は今、その身を木炭の黒に染めている。やはりそうだった。耐火樹の鎧を身に纏っていたのだ。だが、その鎧は今にも朽ち果てそうなくらいぼろぼろだった。


けるんじゃあああぁぁぁぁッ!!!」


ウォロクの叫び声が聞こえたかと思えば、龍はその鎌首をもたげ、俺に向けてその大口を開いた。


(あ――死――)


終わったと思った瞬間、細長い槍が空気を切り裂く。それが矢だと気づいたのは、龍の眼に突き刺さってからだった。


龍は大きく仰け反ると、蓄えたブレスを空中に霧散させる。同時に、俺とウォロクは再び走りだす。


『こちらシルヴィア!! 片目潰しましたわ!!』


『奥様!! さすがです!!』


シルヴィアとスーシーの声だ。風精霊シルフィードを通して声が聞こえてくる。


『ルウィン様!!! わたくしの矢はどうでして!!?』


熱々あつあつです!!!」


『『あ゛あ~~~~』』


俺は今、本当に胸が熱かった。

死にかけたからだろうか。

いや……これはきっと、それだけじゃない。


(ああ、世界が遅い)


既に俺よりも先を走っていたウォロクが、恋茄龍の蛇腹を戦鎚の鼓動ハンマー・ビーツした。腹に直撃地獄ダイレクトを受けた龍は、高く持ち上げていた頭を地面に向かって下ろしていく。


と、龍の残された右目と目が合った。俺は途端に恐ろしくなる。もしかしたら、本当に死ぬかもしれない。なぜなら、この龍は冒険者だからだ。危険を冒し、何かを手に入れようとする者。


だから――


「……ゥォォォォおおお゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


――俺もならなくてはならない。本当の意味での冒険者に。


俺は叫んだ。龍がうんざりしてしまうくらい全力で叫んだ。マンドレイクの叫びにだって、ネリスの咆哮にだって負けないくらい、走りながら叫び続けた。そして、氷獄の水刃コキュートラスをマンドラゴラスに見せつけ、俺は龍の死角側ではなく、龍の視界に入るように・・・・・・・・回り込む。


そして俺は、背負い箱――アイテム屋の証を龍の死角側・・・・・に投げ捨てた。








暗闇の中で、テナはルウィンのことを考えていた。


(ルウィン、ボク、知ってるよ――)


――最初から、ボクを戦わせる気なんてなかったんだよね。ルウィンだって、戦う気はなかったよね。そもそもボクたち、魔物と戦った経験なんてないんだから。


(でも、ボクはもう一つ知ってる)


ルウィンがずっと、冒険者になりたがってたことを、知ってる。誰かに任せて戦うんじゃなくて、誰かのために命を使いたがっていたのを、知ってる。


(今はほんの少しだけ、わかる)


魔王災厄があったあの日……地面が割れたあの日……今よりもずっと深くてこわい暗闇の中に、ボクは落ちた。ぜんぶがこわい世界の中で、ボクは自分のことしか考えていなかった。


(いやだ……死にたくない)


でもルウィンは――


『母さん……!?』


――自分のお母さんを探しに、命がけでダンジョンに潜ったんだ。

そして、お母さんの代わりにボクを見つけた。ボクはその時の顔が忘れられない。


『あ、はは……助けに来たぞ。なんか俺って魔物が寄りつかないみたいでさ。とにかく、もう大丈夫だ!』


ルウィン、悲しそうに笑ってた。

ルウィンが助けたかったのは、ボクじゃなかったから。


『そうだ! 他に……生きている人を見ていないか? だってほら、まだ道が続いてる……』


ルウィンは、まだお母さんを諦めていなかった。

だから、ボクは言ったんだ。


『ううん、誰も見てない……行き止まりだったよ』


誰も見ていないのは本当だった。


『ほんとだよ……?』


けど、行き止まりかどうかまでは知らなかった。

ボクは自分が助かりたい一心で、嘘をついた。

ボクが、ルウィンの冒険を止めたんだ。

多分、これからもたくさん止めると思う。

ルウィンに死んでほしくないから。


(だけど、やっぱり……ルウィンはあの日からずっと冒険者で――)


暗闇の中でテナは薄く目を開いた。


〈……ゥォォォォおおお゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛!!!!!〉


ルウィンの叫び声が聞こえたかと思えば、暗闇が大きく揺れる。


(――英雄なんだ)


テナは背負い箱――アイテム屋の証から飛び出し、草原へと駆け出した。その目を見開き、その瞳は針のように細く、鋭く、倒すべき敵を睨みつける――英雄を守るために。







ルウィンは、自分の叫び声にたくさんの声が重なってゆくのを感じていた。


ミリアが、ネリスが、ウォロクが、キャルが、シルヴィアが、スーシーが、アルメリゼが、オーガスが、仲間たちが言葉にならない叫びを上げている。


そして――


「に゛ゅぉぉぉぉぉお゛おおおおおッ!!!!!」


――沈黙していた相棒が、叫びと共に暗闇から飛び出した。


「ルウィンッ!!!!!」


テナが叫ぶと、龍は今まさに俺に喰らいつこうとしていたその意識をわずかにテナの方に向けた。


「テナッ!!!!!」


俺は何を伝えるでもなく、ただテナの名を叫んだ。

龍の毒牙をかいくぐり、その首元の逆鱗急所氷獄の水刃コキュートラスで突き刺した。と、そこに飛び込んできたテナの地獄の小炎インフェルナーノが交差する。







朽ち果てた耐火樹の鎧を、二つの剣が貫いた。恋茄龍の赤黒い血が刃を伝ってくる。俺はもう一度剣を深く刺しこんでから剣を抜き、刺さった短剣にぶら下がっていたテナを抱えて龍から離れた。


〈……〉


龍はゆっくりと俺たちを見て、じっとしていた。それが一瞬だったのか、長い時間だったのかは分からない。だが、俺はどうしてだろう――次の一手を考える気にはなれなかった。


長く大きな龍の巨体が大草原に崩れ落ちてゆく。


恋茄龍マンドラゴラスは、今ここに討伐された。

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