双剣と槍

§ 草のダンジョン 第4領域 『若葉の大草原』 §


最終プラン『マンドレイクの春』は既に開始された。

ネリスを先頭に、ルウィンたちはウォロクの魔法『氷結地獄コキュートス』によって凍った大草原を駆け抜けている。


その様子をキャルライン=アバレストは空中を舞いながら眺めていた。


(いいね、すごくいいよ、ルウィン――)


――襲い来るおびただしい数の蔓を切り裂きながら、キャルはルウィンのことを眺めていた。風精霊シルフィードを通じて、ルウィンの声が聞こえてくる。


『こちらルウィン! 状況報告をお願いします!』


「キャハハ! こちらキャル♪ さっきよりも攻撃が激しくなってきたよー♪」


『このままいけそうですか……!』


「もっちろーん♪」


ルウィンがアタシを心配している。アタシよりずっと弱いのに。なのに、ルウィンの声を聞くと安心する。


(この龍を殺したら、また頭を撫でてもらおっと)


キャルラインは敵の太い蔓を足場にして飛んだ。マンドラゴラスの背中側にあるダンジョンの壁を切り裂き、その傷痕に素足をねじ込む。迫ってくる蔓の触手を待ち構え、舌なめずりをした。


「キャハハハハハッ!!」


パパの左手の剣ファザーズ・ファルシオンを逆手に、ママの右手の剣マザーズ・ファルシオンを順手に持ち、砕けるほどに壁を蹴る。


(パパ、ママ、見ててね)


既にこの世にはいない両親のことを想いながら、キャルラインは飛び出した。ミリアやネリス、あとウォロクから何度も叱られた無謀にも思える特攻……しかし――


『キャルさんは、ただ敵を倒すことだけを考えてください。はっきり言って、一番危険な戦いになると思いますが……キャルさんにしかできないことです』


――ルウィンはそれを認めてくれた。


(きっと、パパとママと同じ、冒険者・・・だから)


街の人々のために戦っていた当時の父と母は、今となってはキャルラインよりも遥かに弱かった。だが、亡き両親の想いをその双剣に宿し、少女は剣を振りかぶる。


(パパとママは――)


この時、キャルラインの中で何かが覚醒しかけていた。それはA級冒険者の枠に収まらない、狂気の力の片鱗。


(――強い)


最初の奇襲よりもさらに回転を増した凶刃がマンドラゴラスに襲い掛かる。蔓の触手が伸びてくるが、それらが刃に触れることすらなく、キャルラインは龍の腹から上を切り裂いた。


そして――斬撃が、拡大する。




巨大な龍の身体が――腹から上の部分が綺麗に切り取られ、前のめりに崩れ落ちようとしていた。凶刃キャルの想定外の改心の一撃を見届けたアルメリゼは、すかさず羽ばたく。


(すごい……ッ!)


これは、予定されていなかった行動……だが、焦りではなく決意がその翼を大きく動かした。


ダンジョンに入る前、ルウィンが言っていたことを思い出す。


『地上組が龍に追いついたら、全員で総攻撃を仕掛けます。その時になったら、号令をかけます』


そのことを、アルメリゼが忘れていたわけではない。


(ですが……キャルさんが作ったチャンスを、無駄にはできないのです――)


――翼を持つわたしが、どうしてダンジョンに潜ったのか。それはきっと、この時のためなのです。わたしが、みなさんを助ける……!


かつて地上を魔王災厄が襲った時、アルメリゼは確信したのだ。本当に戦わなければならない場所は、遥か地上の空ではなく、暗い地面の奥底なのだと。


「……ッ!」


呼吸する時間すら惜しみ、全身全霊で地底の空を飛ぶ。先ほどまで激しかった蔓による猛攻が、今は嘘のように大人しくなっていた。だが、急所が腹より上にないことは想定済み……油断はしない。龍は生きている。


と、不意にルウィンの言葉がアルメリゼの脳裏によぎる。


『運悪く3体もの龍と出くわして、思うんです。危険だと分かっていても、飛び込まなければならない瞬間があると。それが、冒険者ってやつなのかな……なんて、大して強くもないくせに思うんです――』


わたしが冒険者になるのは……今この時ッ!


マンドラゴラスの空っぽの身体の奥底――乾いた腹の底に、13人もの冒険者が横たわっているのが見える。


「13人ッ! 腹の底ッ!」


風精霊シルフィードを通してルウィンに短く報告し、アルメリゼは救出のために急降下する。と、待ってましたと言わんばかりに残された胴体部分から蔓が伸びてきた。


(……ッ!)


このまま腹の中に入れば、蔓に絡めとられてしまうのは目に見えている。アルメリゼの持つ短槍の穂先には刃があるが、剣に比べると遥かにリーチが短い。細長く、急所の見えない蔓が相手では不利だった。かといって、慣れない剣を持ってくるわけにもいかなかったのである。


(けれど――)


――切り取られた腹から上の部分が微動だにしていない。それは結局のところ、どんなに大きく見えても全て蔓の一部でしかないということ。実際、これまで切り落とした蔓の残骸も、今となっては動かない屍だった。


(背中を切るッ!)


アルメリゼは、マンドラゴラスの空っぽな胴体の外側に短槍を振り下ろした。


「せやあ゛あああぁぁぁぁッ!!!」


力加減を誤れば即座に刃が止まるところ、急降下の勢いのまま、短い穂先で龍の背中を両断する。


キャルが龍を切り落としてから、ここまでわずか数秒の攻防だった。


『こちらルウィン! アルメリゼさん! 状況は!?』


「こちらアルメリゼ、敵の背中を両断したのです! 今、敵から距離を取り、安全圏に戻りました! あ、キャルさんも戦闘に戻っているのです! 敵の勢いがさっきよりも弱まって見えます!」




アルメリゼからの報告を受け、ルウィンは想定外の収穫に驚き、安堵する。キャルの凄まじい斬撃を目の当たりにした直後に、アルメリゼの迅速な追撃ときた……胸が高鳴らずにはいられない。これで全員の体力が温存できる!


「了解! 俺たちも今、氷を抜けました! 引き続きよろしくお願いします!」


『了解!』


アルメリゼとのやり取りを終え、俺は「アルメリゼさんもやりました!!! 龍の背中を、上から真っ二つだそうです!!!」と大きく伝える。と、ネリスが笑い出した。


「あっはっは!! やるなあ、さすが私のファンだ!!」


「あたしはどこいったのよ!!」


アルメリゼの素晴らしい健闘を聞き、ミリアたちは自分のことのように笑っている。俺たちはそんな明るい空気の中、足につけた鉄猫爪アイゼンを外していった。


と、変態たち――もとい、オーガスとスーシーが息を切らせてしゃがみ込む。


「ルウィン君……ぜえ、君ってそんな箱を背負っているのに疲れないのかい……? 僕はこの背負い袋だけでもくたくたなのにッ!」


「これくらいは別に……ほら、ウォロクさんを見なって。あんな大きなハンマー背負ってるじゃないか」


「ぐは……変態すぎる……」


「のほ?」ウォロクは何を言われたのかよく聞こえなかったようだ。ドワーフは力持ちと聞くが、これが平均レベルなのだろうか。


俺はすっかり声を出さなくなったスーシーに呼びかける。


「スーシーさん、大丈夫ですか。日頃の運動不足がたたっていますか」


「はあ……はあ……。ああ、ルウィン様。ここぞとばかりに私をいじめるんですね……変態!」


「スーシーさんには負けます」


弱っている変態たちを見るのは意外と悪くない。一方、変態奥様エルフのシルヴィアは元気そうだった。


「ああ゛~~~~」


名残惜しそうに氷に頬をこすりつけている。


「シルヴィアさん、行きますよ」


「~~~~あ゛あ」


俺はシルヴィアを地面から引っぺがした。

と、全員が鉄猫爪アイゼンを外し終えた時、キャルの声が聞こえてくる。


『キャハハハ! こちらキャル! アタシ、がんばったよー♪』


「こちらルウィン……キャルさん最強です!」


『……アタシ、もーっと強くなるから♪』


これ以上強くなったらいったいどうなるのだろうか。怖いもの見たさ半分、遠慮したい気持ち半分である。


「キャルさん、もーっと強くなるそうです!!!」


一緒に走り始めた仲間たちに、俺は大声で呼びかける。さらにみんなの士気を上げたかったのだ。


「のっほっほ! いよいよ手がつけられなくなるのお!」


ウォロクは巨大なハンマーを背負いながらも、やはり息切れ一つせずに走っている。その表情はどこか孫を想う老人のようだ。


「あっはっは!」ネリスは心底嬉しそうにミリアに話しかける。


「なあミリア! さっきの斬撃、見逃してないよな! キャルめ、超えようとしているぞ!」


「あんな危なっかしい子に先に行かせるもんですか! まったくもう!」


ミリアは文句を言いつつも、その口元は笑っているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る