魔よけの加護でダンジョンも余裕な俺ですが、英雄たちと冒険してもいいでしょうか。

杉戸 雪人

魔よけの加護でダンジョンも余裕な俺ですが、英雄たちと冒険してもいいでしょうか。

断末魔の残穢

銀瞳の魔女と笑う騎士

§ プロローグ 魔女と女騎士が見た光景 §


黒衣に身を包んだ魔女と、ドレスアーマーを身に着けた女騎士は、霧深い闇のダンジョンを歩いていた。


魔女の名はミリア=イーズ。

騎士の名はネリス=ヒルドル。


二人はA級冒険者として、闇のダンジョンに現れた龍――『断末魔の残穢ざんえ』を討伐しに来ていた。


足元の暗いダンジョンの中、ミリアは銀色の瞳を光らせ迷いなく道を進む。


と、ミリアがネリスに囁いた。


「魔物が来る。多分スケルトン系」


「ミリアの目にかかれば、スケルトンもスケスケだな」


「うるさい」


ネリスが「あっはっは!」と笑いながら剣で魔物を砕き、ミリアは指先から生み出した銀色の炎でそれを燃やす。


作業じみた冒険の最中、ネリスが「静かに」と言う。


「何か聞こえるぞ」


「もう十分静かよ」


闇のダンジョンは、こと静けさと暗さにおいては他の追随を許さない。


「音楽だ……『英雄よ、その道を行け』が聞こえる」


「はあ? そんなわけ――」


冒険者ギルド定番の曲が、ミリアの耳にも届いた。ぽろんぽろんと優しい弦楽器の音色が響いている。


「――うそ。聞こえる」


「ああ、しかも猫が歌っている」



〈……にゃーにゃにゃーにゃにゃにゃにゃにゃ~〉



ミリアが「新手の魔物かしら」と警戒するが、ネリスは首を振る。


「こんなにかわいらしい声の魔物、いるわけがない」


「あんたねえ……」


A級冒険者がそんなことを言っていてどうするの、とミリアは呆れた調子で言う。「かわいいのとかきれいなのが危ないんだから」と目を細めた。


だが、ネリスはなおも明るい調子でいる。


「きっと愉快な冒険者がいるに違いない。ミリア、行こう」


「嘘でしょ……」


「万に一つでもその可能性はある……そうだろう? ダンジョンから抜け出せなくなってしまった吟遊詩人が、最期に音楽を楽しんでいるのかもしれない」


「どんな可能性よ」


それならとっくに魔物に襲われてる、とミリアは渋々ながらもネリスに続いた。ダンジョンから抜け出せなくなった冒険者がいるかもしれない――その可能性を見過ごすことができなかったのだ。


「なあミリア。もし本当に吟遊詩人だったら、私たちの冒険を歌にしてもらおう」


「はあ、ほんとにお気楽なんだから」



ネリスとミリアはまだ知らなかった。これから出会う者たちが、吟遊詩人でも、新手の魔物でもないということを――


§ 冒険者ギルド §


「おい、またアイテム屋が来たぜ……」

「例の猫人の女の子連れてるっていう?」


「ほら、あのでっけー箱背負ってるやつ……」

「ああ……え、あの子たち……?」


「死にそうだろ……あいつらだけで行くんだぜ……」

「……絶対死ぬ……死んじゃうわ……!」


冒険者ギルドの中を歩いていると、他の冒険者たちが俺たちの死を予言しているのが聞こえてくる。願わくば、老衰で死にたい。


自分の死に方について考えていると、隣を歩いている従業員にして相棒――テナが小さく口を開いた。


「ルウィン……ボクたちまた死ぬって言われてるよ……」


細長い灰色の猫耳と尻尾をしゅんとさせていた。左右で異なる色の瞳……そのどちらも輝きを失っている。


そもそも暗めの灰色と深い緑色で、両方とも明るい色ではないが、普段とはやはり違って見えた。


「何度も言っているが、今なら引き返せるぞ?」

「……ほんと?」


「俺は行くが」

「シャー!」


テナが猫然ねこぜんとした威嚇をしてくる。

猫人は感情が高ぶると、より猫っぽくなるのが一般的らしい。


それにしたって、テナは野性味が強い方だった。


テナの怒りから目を背けると、受付嬢のニーナが手を振っているのが目に入ってきた。彼女はギルドの中でも数少ない理解者の一人だ。


ニーナはその人当たりのよさのおかげで、男女問わず冒険者たちからの人気が高い。三日に一度は誰かしらに口説かれているのを見かける。


「おはようございます。ルウィン君、テナちゃん」

「おはようございます」

「シャー!」


テナの凶暴化を目の当たりにし、ニーナは目を見開く。


「あら、テナちゃん猫モード?」

「死を予感して本能が強まったみたいです」


「かわいそう」

「ええ、まったく」


「それで、今日はどのダンジョンに向かわれますか? ダンジョン一覧をご提示いたします――」


【ダンジョン警報発表中】


・地:平常

・水:平常

・火:平常

・風:平常

・雷:特別警報(A級未満禁止)

  ―『轟河沙ゴウガシャ

・草:注意報

  ―『マンドレイクの春』

・氷:平常

・毒:平常

・光:平常

・闇:警報(A級以上推奨)

  ―『断末魔の残穢ざんえ



「――ちなみに、闇のダンジョンは特別警報への引き上げを検討中ですので、A級未満の冒険者の方はご遠慮ください。生存者の報告によると、龍種の可能性が高いとのことです」


龍種……最も危険な存在。

隣のテナがぶるっと身体を震わせる。


「当然ですが、雷のダンジョンに入ることは原則禁止ですので」


ニーナは微笑んでいたが、「絶対だめですよ」と釘を刺しているように見えた。


「もちろん」


雷のダンジョンには行かない。約束事を破るのは、商人としても避けなければ。

ほっと胸を撫で下ろすニーナ。

本能モードが解け、一瞬期待に目を光らせたテナ。


二人には、申し訳ないと思う。

だが――



§ 闇のダンジョン 第4領域 『巨人のひつぎ』§


「――こういう場所にこそ、アイテム屋がいないとな?」


俺とテナは、深い闇のダンジョンへと踏み込んだ。

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