ダンジョンで生きられる理由

§ 闇のダンジョン 第4領域 『巨人のひつぎ』§


「――こういう場所にこそ、アイテム屋がいないとな?」


闇のダンジョン。

ダンジョン内のほとんどに不死なる者どもアンデッドが蔓延り、人魂やら狐火やらがいたるところに浮かぶ素敵空間だ。


「うぅ……闇のダンジョン怖い……怖いよぉ」


テナと同様、俺も正直なところ来たくはない。

とりわけ第4領域は『巨人の棺』と呼ばれるほど広大で、最も死者が多い場所だった。


おまけに、今は濃い霧が発生していて足元もおぼつかない。

俺たちは……どのあたりにいるのだろうか。


「きっとボクたちもう帰れないんだ……もう五日もいるもん……」

「いや、だいたい三日だぞ」


テナはすっかり小さく縮こまっていた。

時間感覚もおかしくなっている。軽くダンジョン病らしい。

まあ、十日もいるような気分になるのも分かるが。


「こういう時はそうだな……龍頭琴リュードでも弾こう」


俺が背負い箱の一番下の引き出しから楽器を取り出していると、テナは「そんなのポロポロ鳴らしたからって、おばけは消えないにゃぁ……」と語尾が怪しくなり始めていた。


そんなテナには構わず、俺は背負い箱を椅子にする。この背負い箱、龍種の骨と皮で作られているから頑丈だし、座り心地が良い。


そんなことはさておき、リュードを構える。


「みゃぅ……」


すると、哀れっぽい声を出しながら、テナが隣に座ってきた。

相当怖いらしく、尻尾を腰に絡みつけてくる。


「にゃぁ……しかたないにゃぁ……」


俺たちはしばし、天然の棺桶の中で音楽で気を紛らわせることにしたのだった。



それから、どれくらい経っただろうか。

テナがついに恐怖で人語を忘れかけてきた頃のことだ。


「テナ、霧の向こうから剣で打ち合う音が聞こえてきたぞ。小編成の冒険者のパーティーが来たらしい。腕は中々……いや、上々か。これは期待できそうだ」

「にゃ……」


きっと、スケルトンあたりの武器持ちのアンデッドと戦っているのだろう。神聖魔法特有の銀光がぼんやりと見えるあたり、優秀な癒し手ヒーラーがいるのだろうか。


「剣と魔法……オーソドックスなバランスのいいパーティの気配だ。流石にわざわざこんな場所を通ろうとするだけはあるな」


やってくるであろう冒険者たちに想いを馳せていると、いつのまにか戦闘が止んだらしい。激しい争いの音はどこかへ消え、小さな話し声と金属の装備を身に着けた者たちの足音が聞こえてくる。


俺は竪琴の弦を強く弾いた。

冒険者ギルド定番の曲『英雄よ、その道を行け』を奏で、彼らを出迎える。

テナもはっとした様子で頑張って歌い出した。


「……にゃーにゃにゃーにゃにゃにゃにゃにゃ~」


歌詞がうろ覚えなのか、恐怖の影響なのか。

もはやにゃーしか言わない。

それはともかくとして――


「――ようこそおいでくださいました。

 道があるならばどこまでも。

 アイテム屋のルウィンです。

 このリュードと従業員兼相棒のテナ、

 それら以外のお望みの物、

 何でもお売りいたしましょう」


いつもの適当な挨拶に、近づいていた人影が立ち止まる。


「あはは! アンデッドにしては優雅すぎる音楽と愉快な歌だと思った。だが、まさか商人がいるとはね。驚いたよ」


ドレスアーマーに身を包んだ女騎士が、抜き身の刃を携えながら正面に現れた。白銀の鎧と大盾は傷だらけだったが、その声色からまだまだ余裕がありそうだった。


「ちょっとネリス! こんなところに商人なんておかしいわ!」

「ミリア、すぐに疑ってかかるな。彼らは人間に見えるぞ」


騎士の後ろから現れた、ミリアと呼ばれた背の低い少女――黒いローブにとんがり帽子、いかにもな装いをした魔女が俺に疑念をぶつけてきた。


「人間に化ける奴がいるからタチが悪いのよ、魔物ってのは!

 こんなとこA級冒険者だって一人で来ないわよ!」

「確かに、ダンジョン警報中に商人だけで生きているのは普通ありえないが……」


まったくもって、おっしゃる通りだ。


「あんたたち、動かないでよね……!」

「演奏は続けても?」


ポロン♪


「……魔物にしては口が減らないわね」

「死人に口なしと言いますが、アンデッドじゃないので減りません」

「あんたねぇ……」


俺を睨むように真っすぐ見つめてくるその瞳は、銀色にきらめき、全てを見透かすかのようだった。

それにしても、数日ぶりに他の冒険者と話せるのがこれほど楽しいとは。


「まったく……いいわ。アンデッドじゃないって分かったから」

「それは何より」


「疑って悪かったわね。ごめんなさい」

「新種のアンデッドとして切り捨てられずに何より」


俺の言葉にミリアは苦笑し、隣で見守っていた騎士のネリスはおかしそうに笑っていた。


「あっはは……いや、すまないね、うちのミリアが」

「いや、ミリアさんは正しいですよ。

 誰だって、こんなところに人がいるとは思いませんし」


まあ、俺だってまさか二人組のパーティが来るとは思わなかったが。

ふと傍らにいるテナを見ると、じとりとした上目遣いで俺を見ていた。


「……」

「……」


俺とテナの無言のやりとりをしばらく見守った後、ネリスが話を戻す。


「ミリアは正しいことしか言わないから、よく人と喧嘩になるんだ」

「ですが、過ちを認め、謝ることはできるようです」


「そこがミリアのいいところなんだ」

「なるほど」


全員でミリアの方を見ると、居心地悪そうに肩をすくめる少女がそこにいた。


「で、どうしてアイテム屋がこんな物騒なとこで生きてられたのよ」


まったくもって、おっしゃる通りだ。

俺たちが生きていられる理由それは――


「――魔よけの加護があるからです」

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