タダの商人ではありません
ひとまず、俺たちは死の道行きを共にすることになった。ネリスの方から同行を提案してくれたのはありがたい話だ。
足元の見えない道を歩きながら、お互いについて話し合う。
「――つまり、君はアイテム屋として他の冒険者の助けに来たと。そして、迷子になってしまったと」
「まったく、お恥ずかしい話で」
俺の話を聞いたネリスは相変わらず面白がっていたが、ミリアの方は人ではない者に向ける目で俺を見ていた。
「あんた、A級冒険者たちが何人も生きて帰ってないこと……知らなかったわけじゃないわよね……?」
「はい。そう聞いていたので、来るしかないなと思いました」
「ただの商人が……来るしかないって」
「ただの商人ではありませんよ。
俺を購入する場合、きちんと対価はいただきます」
「その『タダ』じゃないわよ……」
「失敬。言葉を取り違えました。商人なもので」
俺とミリアの会話を聞いて、ネリスはお腹を抱えて笑っていた。
「ミリア、この人おもしろいじゃないか。買おう」
「ぜったい嫌よ」
残念ながら、売れ残ってしまったようだ。
俺としては買われるのもやぶさかではなかったのだが。
「にゃ……」
「テナ、残念だったな」
もはや人の姿をした猫と、短くも深い意思疎通を図っていると、ネリスが「それにしても――」と口を開く。
「――魔よけの加護というのはまさしく奇跡だな。小一時間歩いているが、全く魔物に出会わない」
「龍種には通用しないんですけどね」
「それでも十二分の価値がある」
「恐れ入ります」
魔よけの加護……それは最も希少な加護の一つで、この加護を持つものは自分から向かわない限り魔物に襲われないという。今のところ、この加護を持つ他の人物と出会えたことはない。
ネリスが感心していている一方で、ミリアの表情は少し暗かった。
「全ての人にこの加護があればいいのにね」
ミリアの言葉に対して、ネリスは「滅多なことを言うものじゃない」とたしなめる。「悪かったわ」とミリアに謝られるが、その必要はない。
「俺もそう思ったことは何度もあります。
だから、アイテム屋をしているんです」
「だから……と言うと、どういうことなんだい?」
ネリスが首をかしげる。
「残念ながら、俺には剣や魔法の才能はあまりないようで……それならば、危険な土地でも構わずに足を踏み入れ、冒険者たちの支えになろうと思った――そういうわけです」
「なるほど、それは殊勝なことだ」
ネリスは微笑んだ。
一方で、ミリアはしんみりとした空気を漂わせ始めていた。
これはいけない。
「ね、ただの商人ではないでしょう?
安くはありませんが、いかがです?」
「なっ……あんたって人は……ほんと、変な人ね」
まったく、変な人ぐらいが俺にとってはちょうどよかった。
ミリアは強気な表情を取り戻して、今度はテナの方を見る
「それで、さっきから静かなその子はどうしちゃったの?」
「テナは恐怖のせいか、上手く喋れないようです」
「かわいそう」
「まったくもって」
さて、俺たちの事情については多少話したから、そろそろ一番気になっていることを聞かなければならないな。
「そういえば、お二人はどうやって討伐対象まで辿り着くつもりですか?
俺なんて――」
俺は首を動かして周囲を見渡す。
「――さっぱり道が分からないのに」
道と呼べる道は、第4領域には存在しないし、出現した龍種の影響なのか深い霧もある。これでは進みようも戻りようもない。
呆れた様子のミリアが「あんたねぇ」と前に立つ。
「あたしたちが何の根拠もなく歩いていると思ってたの?」
「ええ。大勢で迷う方が、気休めになるなと思ってました」
「あっはっは!」ネリスが大いに笑う。
「うるさいッ!」それをミリアが叱った。
「アンデッドが反応するかもしれないでしょ!」
ミリアの声はネリスよりも大きかったが、言い分はもっともだ。
ミリアは「おっきい声、出しちゃったじゃない……」と少しうつむいてから、再び顔を上げる。
「……あたしには
道理で迷いがないわけだ――
「――それって、商品の本物と偽物も見抜けたりします?」
「いちいち話が脱線するわね……まあ、そういうこともできるけど。
一番大事なのは、あたしには進むべき道が見えるってこと!」
ミリアは人差し指で自身の目を指さす。
「そして、もうじきこの領域に現れたボスがお出ましよ」と、その指で霧の向こうの存在を指し示した。
ネリスも「そういうことだ――」と話に入ってくる。
「――言い忘れていたが、今なら君たちだけでもここから脱出させることも可能なんだ」
「なんと」
「先に言わなかったのは申し訳ない。
話が楽しくてな、言うのを忘れていたよ」
「いえ、俺も楽しいですよ。なあ、テナ?」
返事がない、まるでしかばねのようだ。
「今から君たちだけでも逃がそうか?」
「もちろん早くここから逃げたいです……と、言いたいところですが――」
俺はテナの意思を確認すべく、彼女と目を合わせた。
「テナはどう思う?」
テナは小刻みに首を振って、俺に何かを訴えている。
なるほど。
「俺たちも、お供させてもらいます」
「よし、いいだろう」
こうして、俺たちは腹をくくることになった。
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