箱の中身は?

ネリスは俺の意志を確認し、少しかしこまっていた表情を崩した。やはり、彼女は笑顔がよく似合う。


「こちらとしても君の加護は助かる。できるかぎり些末な戦闘は避けたいと思っていたところだったんだ」


そう言って手を差し伸べてきたので、俺もその手をとった。


固い握手を交わしていると、「ミ゛ッ……ミ゛ゥッ……!」というたまに聞く鳴き声をテナが出した。


「ねえあんたの猫ちゃん、すっごくショックを受けてそうなんだけど」

「え、そうですか?」


テナの目は虚ろで、どこか遠くを見ていた。

そんなテナの背中を、ミリアが優しく撫でている。


「あんたの主人、ヤバいわね……」

「ミィ……」


その光景を見ていると、なんだか微笑ましい気持ちになってきた。テナだって、たまには俺以外の人と話した方が楽しいだろう。

ヤバいという評価は、少し気にかかるが。


ネリスも同じ気持ちらしく、にこやかにその様子を眺めていた。そして、意を決したように、人魂が彷徨う霧の先に剣を向ける。


「我々の目的は一致した。行こう」

「ええ、行きましょう」


騎士のネリス、魔法使いのミリア、アイテム屋のルウィン、猫人のテナ……世にも奇妙な組み合わせで始まったダンジョン災害攻略。


全員で歩もうとしたその時、ネリスが「なあ」と呼びかけてきた。


「ルウィン、君のその大きな背負い箱の中には何が入っているんだい?」


そうだ、きちんと説明しておかなければならなかった。


「夢と希望、ですね」

「なるほどなぁ」


ネリスとしみじみした空気を堪能していると、真ん中を歩いていたミリアがわざわざ数歩先を歩いて行き、振り返る。


彼女は人差し指を立てて口を開いた。


「なるほどなぁ…………じゃないわよ!」


俺は感動した。わざわざそれだけを言うために前に出てくれるとは。他者という存在のありがたさを、改めて彼女は教えてくれた。

であれば、俺もミリアに報いるべきだろう。


「この背負い箱には、夢と希望が詰まっています」

「それは聞いたわよ」


「物凄く具体的なお話をすると――」


所持品:

 ・聖水      ×150

 ・砥石      ×2

 ・ナイフ     ×3

 ・干し肉     ×12

 ・ポーション   ×48

 ・ダンジョン日誌 ×1


「――ですね」


幸い、魔よけの加護のおかげでこうしたアイテムたちのほとんどは消費せずに済んでいた。食べ物に関しては減る一方だが。


背負い箱から引き出したかたよった商品の数々に、ミリアが一番に目を輝かせる。


「うそ……! これって全部ちゃんとした聖水じゃない!

 よくあるただの水じゃない! しかもこんなにたくさん……」

「え、ただの水を聖水として――!?」


――売るのか!?


「あんた知らないの? 聖水詐欺。

 ちゃんとした聖水とただの水がよく一緒に売られているわ。酷いと全部ただの水」


とんでもない話だ。


「知りませんでした……闇のダンジョンより深い闇だ……」


そんなことをする同業者がいるなんて、信じたくなかった。俺が所属する商人ギルドでも、そんな話を聞いたことがない。


俺が「信じられない」という顔をしていると、「あんたもそういう顔するのね」とミリアが小瓶を持ちながら横目で見てくる。


「ちょっと見直したわ」

「お褒めにあずかり光栄です」


普段ツンツンしている女性の褒め言葉は、どうして価値が高く感じられるのだろうか。


心の不思議について考えていると、ネリスが両手に聖水の小瓶を持って感嘆の声を上げる。


「本物の聖水はありがたい! 私たちも手持ちが少ないんだ!」


そう、ほとんどの冒険者は闇のダンジョンを攻略する時は、聖水を用意している。というのも、生息する魔物の多くが呪いを扱う攻撃をしてくるからだ。1領域につき最低1つは必要だと聞いたことがある。


「ご要望とあらば、お売りしますよ」


これは商機しょうき


「いくらだい?」

「それぞれ一つ、金貨1枚です」


「ふむ、高いな」

「恐れ入ります」


ミリアが「高すぎでしょ!」と割り込んでくる。


「まあまあミリア。危険な場所なんだから仕方ないだろう」

「どう考えても足元見られてるわよ!」


……黒いローブはスカート状になっているため、生足がしっかりと見えている。足先まで視線を落とすと、靴先が反り返ったいかにも魔女らしいブーツを履いていた。


だが、やはり俺の視線は自然と上がってゆき――


「足元見てんじゃないわよ」

「――なまあ……失礼しました」


俺は黙って聖水をミリアに差し出した。

金貨1枚分の価値はある。


ミリアは「ば、ばか。どういう意味よ!」と若干怒って、若干恥ずかしがっていたが、背に腹は代えられないと聖水を受け取った。


「こちら、ほんのサービスです。残りの聖水については、後払いしていただくことも可能ですし……ぅ、ぐっ――」


突如、脇腹に小さな痛みが連続する。

なぜかテナが俺の脇腹に猫パンチを繰り返しているようだった。


ちょっとした痛みには構わず、呆れ顔のミリアと微笑を浮かべたネリスを交互に見る。


「――こちらの聖水、全てただ・・でお渡しすることも、可能です」

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