緊急事態発生

ミリアに怒涛のツッコミが終わった後、俺たちはダンジョン世間話に花を咲かせていた。ウォロクはミリアと知り合ってそこそこらしく、何度か共にダンジョンに潜ったこともあるのだと言う。


「――それにしてもミリアよ、闇のダンジョンにたった二人で挑んだと聞いた時には驚いたが、健在のようだのう」


「まあね。あんたたちの方こそ雷のダンジョンで大変だったんでしょ」


「のっほっほ……死ぬかと思った」


「生きててよかったじゃない」


「お互いにのぅ」


ウォロクは雷のダンジョンの特別警報が鳴っていた時に、『轟河沙ゴウガシャ』と呼ばれていた龍を20人がかりで倒したらしい。


20人がかりでも死ぬかと思うというのは、いったいどれほどの相手だったのだろうか。


俺がたずねると、ウォロクは「でかい。はやい。かたい。電気ビリビリ」と説明した。

実に分かりやすい。


「――して、お前さんたちは何しに火のダンジョンに来たんかのう?

 虫取りか?」


「ええ、まあ」


「違うわよ。いや、ルウィンたちはそうなるなのかしら……あたしは耐火ポーションの素材を集めに来たの」


「ふむ、ミリアは魔よけの加護をもつというルウィンと一緒に安全に行動し、ルウィンとテナはミリアの耐熱魔法で快適に採集している、というわけか」


「まあ、そんなところね」


「もっとも、一番の働き者はそこの灰猫娘のようだがのぅ」


ウォロクの視線の先に振り返ると、俺の背負い箱に腰かけるテナの姿があった。


「もえつきたニャ……」


言葉通り、燃え尽きた灰のようだった。

その様はどこか満足である。

というかテナ……よくやってくれた。


~~~~~~~~収穫~~~~~~~~


耐火ポーションの素材

 ・水竜血晶   ×0

 ・耐火樹の樹液 ×24


 ・炎魔晶石          ×12

 ・紅玉の原石         ×3

 ・小さな琥珀         ×4

 ・カサブタの欠片       ×5

 ・ゴールデンキングカブト   ×15

 ・ゴールデンキングラーヴァ  ×10

 ・ゴールデンキングオオカブト ×2

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~


テナの背負い袋リュックの中にかき集めた素材を整理すると、想像以上に多くの収穫があったことが分かる。


「うげ……テナ、頑張ってくれたわね。ありがとう」


ミリアも虫には引いていたが、耐火ポーションの素材も大量に集めてくれたことには感謝していた。


見守っていたウォロクが「ふむ」と興味深そうにして俺に向かって口を開く。


「ここまで魔物を気にせずに素材を集められるとは、魔よけの加護というのは本当らしいな。ゴールデンキングオオカブトなど、魔物の気配があると姿を見せんしのう」


「……! ゴールデンキングオオカブトは、臆病なゴールデンキングカブトの個体が生き残った結果ですからね」


「……! のっほっほ。分かっておるではないか」


ミリアが「ぜんぜん分からないんだけど……」と俺たちを交互に見た。


きっと、彼女にもいつか分かる日が来るだろう。


それにしても、テナのおかげで当面の資金源を確保することができた。


回復アイテムやその他便利アイテムも取り揃えることができるぞ。


テナにも、何か欲しいものを買ってやれる……というか、テナにもっと還元しよう。


そんなことを考えては嬉々としていると、ウォロクがぽつりと言う。


「魔物どもがやけにたくさん逃げてくるから来てみたが、魔よけの加護とやらが効いていたからだったのかのう」


たくさんの魔物が逃げてきた……?


「そこまではさすがに……ウォロクさんは、第4領域からここに来たんですか?」


「いいや、第6領域からだの。てっきり第3領域の密林から魔物が来たのかと思ったが」


第6領域は、4、5、7領域と、

第4領域は、1、3、5、6領域と繋がっている。


ウォロクの話を整理するなら、


・3→4→6

・5→4→6

・1→4→6


という経路で魔物が大移動した可能性があった。


「第6領域であれば、第5領域から逃げた可能性もありますね」


「ふむ、確かにありうるか。第1領域からは来ないだろうしのう」


そんな話をしていると、ミリアが「ちょっと」と間に入ってくる。


「魔物がたくさんって……龍種が出現する兆候じゃない」


しんとした空気の中、ウォロクはうなずく。


「だからこそ、わしもここまで来てみたんじゃ」


龍種の魔物の行動原理は、そのすべてが解明されているわけではない。


しかし、平常では起こらない現象が起こった時、ダンジョンの警戒レベルは上昇するのだ。


「にゅんッ!!」突然、灰になっていたテナが目覚める。


何事かと振り返ると、身を屈めて自分の尻尾を足に絡めているテナがいた。


耳をひくひくさせては、顔を動かしている。


そして、何か分かったらしいテナは口を開いた。


「怖い音がする……」


テナが指さしたのは、第4領域『血海の浜辺』に繋がる通路。あるいはその遥か先の何かを感じ取ったのかもしれない。


「あんたたちはギルドに戻りなさい! ダンジョン警戒レベルを警報に上げるように連絡! これをギルドに見せて!」


そう言ってミリアが手渡してきたのは、彼女の冒険者登録証だった。


受け取るさなか、ウォロクは「のーほっほっほ!!」と既に『血海の浜辺』へと走っていた。途中ハンマーが木に引っかかっても無理やり木を折って進んでいる。


これが鎚魔導士ハンマージの力……。


「ああもう! ほんとに龍種だったら一人でどうすんのよ! とにかく、二人は応援を呼んできて! お願い! 間違いだったとしても責任は取るから!」


「その責任、俺たちも負います」


ありがと、と言ってミリアは駆け出す。


「ウォロクー!! 待ちなさーい!!」


俺は彼女たちに背を向け、待っていたテナから背負い箱を受け取る。


「行くぞ!」

「うん!」


『地獄門』にはここから直通の通路がある……俺はテナと共に『熱水の密林』を抜け出すのだった。

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