ドワーフの魔法使いとゴールデンキングオオカブト

§ 火のダンジョン 第1領域 『地獄門』 §


テナは、俺やミリアが聞き取れない何かを聞き取ったらしい。


「魔物?」と聞くと、「よくわかんない……」と返ってきた。


「なんか、すごーく遠くからドーン……ドーン……って、地面を叩くみたいな音がする」


ただ、テナは本能的に怖がっていはいないようだ。テナ自身も尻尾を?にしてよく分からないらしい。


「なら、魔物とは違うか」

「?」


「怖くないんだろう?」

「うん」


俺たちのやり取りを見ていたミリアが「まさかね……」と思わせぶりに呟く。


「ミリアさん、思わせぶりなのはよくないと思います……!」


「いやまあ……地面を叩くって聞いて、思い出す冒険者がいてね」


「それで思い出すって、変わった冒険者ですね」


「ツッコまないわよ。けどまあ、変わっていることは確かね」


「どんな方なんですか?」


「ドワーフよ。一応、魔法使い」


一応? 俺とテナは一緒に首をかしげるが、「そのうち分かるわ」とだけ言って、ミリアはそれ以上は語らなかった。


(ドワーフの魔法使いって、気になる―)


ドワーフは、背は低めだが力は強く、手先が器用な者たちだ。冒険者としても、職人としても、優れた素質を持った種族と言える。


ただ、魔法使いになる者は珍しい、と思う。

少なくとも、俺は聞いたことがなかった。

やはり、土系の魔法を使うのだろうか。


俺の表情から何かを読み取ったのか、ミリアは「あんたが考えている次元じゃないわよ」と苦笑した。


またもや思わせぶりなミリアである。



§ 火のダンジョン 第3領域 『熱水の密林』§


第3領域はいくらか涼しさを感じる場所だった。というのも、ここには大きな湖があり、耐火性の植物が多く自生しているのだ。


おそらく、水のダンジョンと繋がっているから――というのが、冒険者たちの間での共通理解である。実際、湖の底に通路らしき穴が確認できるらしい。


もっとも、どれくらいの距離があるかも不明だし、水棲の魔物も多数いることだろうから、それを確認できる猛者などいるはずもない。


「わー、木がいっぱいだー! 湖もあるー!」


テナは嬉しそうに跳ねていた。

うーん、よかった。


……そういえば、テナはここに来たことがなかったか。


「テナ、湖なんだが、物凄く熱いから気をつけような」

「え、そうなの?」


「一回入ったことがあって、火傷した」

「ええー!?」


「同じ思いはしてほしくない」

「大丈夫だったの……?」


「ああ――」


我ながら頭の悪いことをしてしまったと、今でも思う。


やたらと明るい、女の子の冒険者に助けてもらったっけ。


『キャハハ! ウケるー!』


今でもあの笑い声を覚えているが、実を言うとそれだけしか覚えていない。


もし会えたなら、きちんとお礼がしたいものだ。


「――というわけで、その人のおかげで大丈夫だった」


「よかったぁ……」


よかったよかった。本当に。


何となくミリアの方を見ると、じと目が俺を見ていた。


「ほんと、あんたって心配なやつね。ちなみに、あたしの耐熱魔法は熱水くらいじゃ火傷しないわよ」


すごい。俺も魔法使いになりたい。



密林を歩きながら、俺たちは『耐火樹の樹液』を集めることにいそしんだ。


「にゃッ!! ムシー!!」


テナが興奮した様子で虫を捕まえている。やはり猫人というのは猫なのだろうか。


「テナ、その調子だ。虫も貴重な資金源!」

「ミャウッ!」


俺も苦手とまではいかないが、テナほど熱意を持って虫と接することはできないな。


「俺から離れすぎるなよ」

「むしろボクから勝手に離れないで。怖いから」


急に人に戻るテナである。


採集に戻ったテナの姿を少し眺めていると、ミリアがぽつりと言う。


「資金源、か……」


そんなことを呟いてどうしたのだろう。


ビジネスチャンスだろうか。

なんて、別に金貸しはしていない。


ただ、英雄の力にはなりたいと思う。


「お金にお困りで?」

「ううん、ぜんぜん」


A級冒険者は資金に困らないらしい。

いいなあ。


「ただ、あんたが闇のダンジョンであたしたちにサービスした聖水……150?」

「使ったのは142です」


「それっていくらしたのかなって」

「さあ、採集しましょうか」


「あ、逃げた!」

「終わった話ですよ」


「あんたねぇ……」

「実は、あの聖水は無料だったんです」


「うそ」

「本当です」


ミリアが銀色の瞳を輝かせた。


「……半分嘘でしょ」


「その目凄いですね。

 無料でもらって、俺はその価値に相応しいだけの金額を寄付したんです。

 寄付は自分勝手にするものなので、ミリアさんが気にする必要はないんですよ」


そう伝えると、ミリアは呆れるように微笑んだ。


「ありがとね、実際助かったわ。

 あんたとテナのおかげで」


「正直言うと、俺たちがいなくてもミリアさんとネリスさんのお二人でどうにかしたんじゃないかって思ってましたけどね」


俺がそう言うと、ミリアは「当たり前じゃない」と笑ってみせる。


「どうにかしてみせたわよ。けど――」


「けど?」


「――半年か一年か……もっと長い期間か、ネリスは戦線には復帰できなかったと思う」


ありがとね、そう言ってミリアは樹液を集め始めた。その流れでテナに近づいていき、テナにも「ありがと」と伝えていた。


「にゅん?」振り返るテナ。

「げぇっ!」引くミリア。


テナが両手に金色の甲虫こうちゅうを掴んでいたのだ。

もはや虫取り少年である――


「――ってその虫すごーい!」

「にゅ?」


テナの手にあるのは黄金大王甲虫ゴールデンキングオオカブトのオスとメスだった。


「なによ急に……びっくりするわね」

「知らないんですか!? ゴールデンキングオオカブト!?」


「……知らないわよ」

「なんということだ……この素晴らしさを共有できる人がいないなんて……」


崩れ落ちそうになった時――


ガサッ ガサッ


――密林の木々を分け入って進んでくる誰かの、どっしりとした声が聞こえてくる。


「――ゴールデンキングオオカブト、それは『熱水の密林』に生息するカブトの中で最も美しく、最も大きなカブトである――」


突如現れた老人が、ゴールデンキングオオカブトの概要を説明してくれた。

素晴らしい。


老人は、背は低くも筋骨隆々、豊かな髭を蓄えていた。鎧兜を身に着け、何より目を引くのはその背に負う巨大なハンマーである。


「――ぬがッ!!」


その巨大さのあまり、木と木の間にハンマーが引っかかった。


「わしの名はウォロク。魔導士もとい鎚魔導士ハンマージのウォロクだ。

 よろしくな」


彼は、ぎちぎちと引っかかったままお辞儀をする。


ここで挨拶せぬは、無作法というもの。


「これはこれはご丁寧に。俺はアイテム屋のルウィンです。こっちの猫人は従業員のテナで、こちらの魔女様は――」


「いやツッコミなさいよ!」


「――さんです」


「ミリアよ!」


俺とウォロクは「おー」と拍手した。


「……拍手してんじゃないわよ」


格別なるツッコミだ。


ウォロクが引っかかったまま口を開く。


「はじめましてだな、ミリア――もとい『イヤツッコミナサイヨ』」

「会ったことあるでしょうが。『もとい』じゃないわよ」







「…………のほほ!」

「ぼけてんじゃないわよ!?」


これが鎚魔導士ハンマージウォロクとの出会いだった。

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