地獄の門

§ 火のダンジョン 第1領域 『地獄門』 §


そこは、地面は焼けるように熱く、あちらこちらから火が噴き出す地獄の門と呼ばれる場所だった。もっとも、全てが通れないわけではない。


「にゃんで火なの」


テナの暗い瞳からは感情が失われていた。おそらく、期待していたのは地とか水とか、そういうダンジョンだったはずだ。


ゲテモノではないが、激熱の激辛料理が出されてしまった――そんなところだろう。猫舌には厳しいか。


テナの沈んだ顔から目を背け、ミリアは言う。


「まあ、平常ダンジョンだし……毒とかよりはましじゃない?

 ほら、あたしの魔法で熱さも感じないでしょ?

 快適快適~なんて……」


ミリアは目だけで『あんたも何か言いなさいよ』と訴えかけてきた。


お任せあれ、と俺も目だけで返事した。


「…………………………………………」







「なんか言いなさいよ」


「だめでした」


そんなやり取りをしていると、テナはミリアに対して軽く両手猫パンチをし始めた。


「むぅーっ!」


「わあわあ、悪かったわよー!」


よかった。誰が悪いのかをテナはきちんと理解しているようだ。

と、思いきや――


「むぅーっ!」


「あいたた」


――俺にも猫パンチ。テナの怒りの火は、一人にぶつけただけでは解消されなかったらしい。地獄の火に比べれば、かわいらしいものだが。



「――それで、ミリアさんが欲しいのは耐火ポーションの素材でしたよね」


「そうよ。知り合いの冒険者にゴブリンを専門にしている人がいてね、どうしても数が必要らしいの」


「変わった冒険者ですね」


「そのまま返すわ。

 ともかく、その人が言うってことは間違いないから、あたしも手伝うってわけ」


「なるほど」


完全に理解した。

俺たちはミリアの耐火ポーションの素材集めを手伝うのだ。


テナの方を見ると、既に感情を取り戻した代わりに、とがめるように上目遣いをしてきた。


「ちゃんとボクたちもアイテム集めないとだめだよ?」


「もちろん」


ミリアが「テナがしっかりした子でよかったわね」とぼそりと言ってくる。


まったくもってそう思う。



§ 火のダンジョン 第2領域 『巨人のカサブタ』 §


第2領域に入ると、あちこちで天井に近い壁面から血のようなマグマが零れ落ちていた。マグマが流れ落ちたり落ちなくなったりを繰り返しているから、カサブタと呼ばれている。


「今日もカサブタが取れているなあ」


と俺のように呟くのが、冒険者たちの間でのお約束だった。


あまりにもお約束すぎて、ミリアからは「もうちょっと気の利いたことを言いなさいよ」と言われてしまう始末である。


確かに、『今日も天気がいいですね』くらいにはありふれたセリフだった。


何か言おうかと考えていると、テナが遠い目をして言う。


「カサブタはがすなよお……」


俺はミリアと顔を見合わせ、大いに笑った。


「はは……ミリアさん、次何か気の利いたことをどうぞ」


「あっはは……ごめんなさい、テナには勝てないわ」


「にゅ?」テナは『なんで笑っている?』という顔をする。


それが余計に俺たちには刺さった。



俺たちはカサブタ直下を回っては、採集を繰り返す。ここでは耐火ポーションの素材は集められないが、売れそうなものは手に入る。


「そういえば、耐火ポーションの素材って火のダンジョンだけでは揃いませんよね?」


「そうね。けど、それについては他の冒険者がクエストのついでに採りに行っているわ」


「ああ、そうなんですね」


「ちゃんとやってくれていればいいんだけど」


一瞬、ミリアは少し複雑な表情をした。が、すぐに気を取り直すように採集を再開する。いったいどんな冒険者なのだろうか。


想像が膨らんでしょうがない。

男? 女? 剣士? 魔法使い?


ふと気がつくと、機嫌を取り戻したテナがミリアと顔を合わせて笑い合っていた。


「ミリア、この宝石きれいだよぉ!」

「あら、ほんとね。テナに似合うんじゃない?」


「ええ!? そうかな……?」

「あんたのご主人に頼んで、アクセサリーでも作ってもらったら?」


何やら出費が増えそうな気配。

まあ、テナもいつも頑張ってくれているし、たまには――


「でもいいや。宝飾品ってお金たくさん必要だし」

「いいじゃない、たまには」


「えへへ、でもね? ボクたちっていっつもお金が足りないんだ。ルウィンが平気で他の冒険者にサービスしちゃうから」

「ふーん、そうなんだ」


ミリアの声が若干こっちに向かってきた。


今は振り向くのはよそう。幸い、俺たちは少し離れた位置にいる。


「でもねー、そのおかげで助かってる人もいるんだ」

「それはそうかもね」


「ルウィンはいつも言うんだ。

 『命につりあうお金はないから』って」

「へえ」


なんだか、今日は気温が少し高くないか。

これ以上恥ずかしいことを言われる前に、何でもいいから口を挟まなくては。


「この間なんか――」


させないッ!


「ところで、今日は天気がいいなあ――」

「ダンジョンだよ?」


「――なんて」

「どうしたの?」


「ああ、いや……熱いからさ」

「火のダンジョンだもん」


「だよな」

「うん」


俺は目の前の作業に集中することにした。

気のせいか、クスクスと笑うミリアの声が聞こえる気がする。


「あんたたち面白いわ」


気のせいではなかったようだ。

ミリアが嬉しそうにこちらに寄ってきた。


「耐熱魔法、もう一回かけてあげようか」

「おいくらでしょう?」


「サービスするわ。

 どこかの誰かさんみたいに」

「魔力の無駄遣いでは?」


「命につりあう魔力はないわ」

「参りました……お願いします」


ミリアは「にひひ」と珍しい笑い方をする。


俺は甘んじて彼女のサービスを受け入れるのだった。



「けっこう採れたわね――」


~~~~~~収穫~~~~~~


耐火ポーションの素材

 ・水竜血晶    ×0

 ・耐火樹の樹液 ×0


 ・炎魔晶石   ×12

 ・紅玉の原石   ×3

 ・カサブタの欠片 ×5


~~~~~~~~~~~~~~


「――次の領域、行こっか」


そうですね、とミリアにあいづちを打っていた時のこと――テナがおもむろに耳をぴこぴこさせ、周囲を見回す。


「……」


俺とミリアは顔を見合わせ、テナの邪魔をしないよう、静かにした。


しばらくすると、テナは第3領域の方向をじっと見つめ始める。


「……何の音だろう」


俺とミリアは首をかしげるが、テナには確かに聞こえているようだった。

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