地獄の狂炎

ある双剣使いの少女が見た光景

少女は、水のダンジョンの第7領域『悪夢の湖』に立っていた。


膝にかかるふわりとしたスカートのドレス姿、水で磨きあげられたかのような美しい身体のラインを見れば、踊り子を連想するかもしれない。スカートから下は素足であり、およそダンジョンに臨む者の姿ではなかった。


セミロングの髪が肩をわずかに超え、大きく空いた背中にドレスを固定するためのストラップがクロスしている。あまりにも場違いな軽装に見えるが、その両手に盛った双剣ファルシオンが異様な重量感を放っていた。


彼女の名はキャルライン=アバレスト。冒険者の間では、『凶刃キャル』と呼ばれている。その二つ名の通り、わずかに目元にかかる前髪では、瞳に宿る狂気の光を隠しきれない。


「あーあ、つまんなーい」


キャルはそう言って、足元の水を蹴った。


この領域内は全面が水に浸されているが、三分の一ほどは浅瀬で、立つことができるのだ。


だが、わざわざこの領域に来るべきではない。というのも、一歩踏み外せば深みにはまり、そうでなくとも全方向から魔物が襲ってくるからである。


「退屈すぎて死んじゃうー」


しかし、キャルの周囲に浮いている大量の魔物の残骸を見た者は、そうした心配は彼女に不要と知るだろう。


「何かおもしろいことないかなー」


キャルは二つの剣をお手玉をするかのようにもて遊んでは掴み直し、舞うように剣を振り回していた。


「ん?」


キャルは湖のある一点に違和感を覚える。普通の魔物の気配とは違う、もっと別な何か。


「何が出るかな♪ 何が出るかな♪」


のんきに歌いながら双剣を逆手に構え、小さな水音を立てながら、浅瀬を飛び越えていった。


双剣使いは水面に浮かび上がってくる何かを待ち伏せし、ニヤリと笑う。


それが水面を出る瞬間、剣を突き刺す――


「おろ?」


――寸前で止めた。

浮かんできたのは、猫の尻尾と耳のついた肌着の少女と――


「おろろ?」


――いかにも普通な肌着の青年だったのだ。


青年と少女の身体は縄で結びつけられており、傍目に見れば心中したかのようにも見えるかもしれない。


「キャハハ! おもしろーい!」


何が面白いのか、キャルは嬉しそうに二人を水揚げするのだった――。



§ 冒険者ギルド §


***ルウィンの視点***


ネリスとミリアの闇のダンジョン攻略を手伝って以来、妙な噂が流れるようになった。


今日も今日とて冒険者ギルドに足を運ぶと、周囲の冒険者たちの目がこれまでとは違って見えた。


彼らは俺を見ながら「あ、聖水だ」などと口々に言っている。


俺は聖水アイテムではない。アイテム屋・・・・・だ。

隣を歩いているテナもそんな状況に困惑していた。


「ルウィン……ボクたち、聖水なの……?」

「違う」



受付まで歩いていくと、受付嬢のニーナがにっこりと俺たちを待ち構えていた。


「数日ぶりですね、ルウィン君。今日もダンジョン警報が出ていますよ♪」

「ああ、そうなんですね」


「ルウィン君に伝えたくてうずうずしていたんですから♪

 きっと喜ぶと思って♪」

「それはそれは、俺なんかのために」


「うふふ、皮肉です♪」

「あ、やっぱり?」


ニーナは素敵な声で怒っていた。

忠告を無視して闇のダンジョンに入った俺に対してである。


テナはニーナの口からダンジョン警報と聞いて、「警報はいやだ。警報はいやだ」と視線が定まらなくなっていた。


「ニーナさん、ご心配をおかけしました。今日は通常のダンジョンに入る予定です。他の冒険者にアイテムを売ろうにも、今は品薄状態でして――」


~~~~~~~~~~~~


所持品:

 ・聖水   ×8

 ・砥石   ×2

 ・長縄   ×2

 ・ナイフ  ×3

 ・干し肉  ×4

 ・藁しべ  ×1

 ・ポーション×2

 ・ダンジョン日誌 ×1


~~~~~~~~~~~~


「――わざわざ危険を冒す意味もあまりないんです」


俺の言葉を聞いてニーナはため息をつく。


「ルウィン君の生き方は好きですが、限度があります。品薄でなくとも、不要な危険は冒してほしくないですが――」


【ダンジョン警報発表中】


・地:平常

・水:注意報

  ―『水竜の交わり』

・火:平常

・風:警報

  ―『見えざる刃』

・雷:平常

・草:注意報

  ―『マンドレイクの春』

・氷:平常

・毒:平常

・光:平常

・闇:平常


「――風のダンジョンにてタチカゼイタチが大量発生していますが、完全武装したA級冒険者でないと身体をバラバラにされて死にます。彼らは見た目は小さくてかわいらしいですが、龍種すら恐れない化け物ですので」


「怖いよぉ……」テナが怯える。


「はい、怖いです。ですが、現在はA級冒険者ネリス=ヒルドル氏を筆頭にした騎士系の冒険者の方々が対応に当たっていますので、ご安心ください」


ネリスさんか……ついこの間、龍を倒したばかりなのに、また危険なダンジョンに足を踏み入れているのか。


尊敬しかない。


俺も続きたい……とは思うが、龍種を恐れない魔物にはおそらく魔よけが効かないのでやめておこう。


「ニーナさん、別の平常ダンジョンにします」

「当たり前です♪」


即答された。笑顔が怖い。

思わずニーナから目を逸らすと、テナが尻尾をピンと立てていた。


「あったりっまえ!」


よほど嬉しいらしい。

まあ、俺だってできれば恐ろしい思いはしたくない。


さて、どのダンジョンに入ろうかと考えていたその時、背後から近づいて来る足音があった。


「ねえ、あんたたち。ダンジョン探索、付き合わない?」


振り返ると、黒いローブにとんがり帽子、銀の瞳の魔女――ミリア=イーズがいた。


思わぬ人物の思わぬ提案。

俺としてはやぶさかではないが――


「いやだぁッ!!」


――テナが全力で拒絶した。


「な、なによテナ。一緒に頑張った仲じゃない。

 傷つくわね……」


ミリアが怯んだ。貴重なワンシーンだ。


「ミリアが行く場所って、危ないんでしょ!?」


テナは涙目になりながら訴える。


「もうボクの心は平常ダンジョンにあるんだぁ……!

 今さら覚悟を決められないよおおぉぉぅぅにゃぁ……!」


確かに、普通の美味しい料理が食べられると思っていたのに、ゲテモノでしかも不味い料理が出されたなら、俺もこうなるだろう。


テナの気持ちもよく分かる。


「……」


なぜかミリアが俺をにらんできた。


「そんな目をされても」


確かに普段から危険な場所に連れて行ってしまっている自覚はあるが。


「あのねぇ……警報ダンジョンも注意報ダンジョンもいかないわよ。あたしも今回は平常ダンジョンにいきたいの」


「にゅ?」


テナの耳がピコっとした。


「そんなに行きたくない? あたしと」


「行きたい! ミリア好き!」


テナは先ほどとは打って変わって、ミリアに抱きついた。


「あんたねぇ……」


テナがこれほど人を好きになるのも珍しい。

ミリアもまんざらでもなさそうな顔だ。

やはり、一度の冒険は百回の挨拶に勝るのだろう。


そんなことを思っていると、ミリアが尻尾を?にした。


「ねえ、ネリスとは一緒に行かなかったの?

 ……喧嘩しちゃったの?」


「ばかね……魔物との相性が悪いから行かなかっただけよ。まあ、ネリスはネリスで『ミリア、私を置いていくのか……』って嘆いてたけど」


そう言うミリアは、笑顔を隠さない。


「『あんたがあたしを置いていくんでしょうが』って、言い返してやったわ。ほんと、しょうがないんだから」


ミリアの話す姿を見て、テナがぱっと目を輝かせた。

かと思えば、急に不安そうな顔をする。


「そんなに怖いの……タチカゼイタチ……」


「軽く死ねるわ」


A級冒険者のミリアですらも軽く死ねるのか。恐るべし、タチカゼイタチ。


それはともかく、俺たちは臨時のパーティを組むことになったのだった。

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