帰還後のひととき 1

§ ブレイズ修道院 §


ブレイズ修道院は俺が育った場所であり、俺の家だ。今ではテナの家でもある。


「やっと帰れたよぉ……」


テナは涙をぽろぽろとこぼしながら、「よかったねぇ……ルウィン……」と俺を見た。


一瞬もらい泣きしそうになるが……こらえる。


「ああ、今回も生きて帰れたな」


魔よけの加護は万能じゃない。

生還を保証するものでは決してない。


直接魔物から狙われなくとも、ふとした拍子に流れ矢が飛んでくることだってある。


例えば、魔物以外の脅威――


「こらぁぁあああ!!!

 ルウィーンッ!!!」


――美しい怒声が聞こえてきたかと思うと、瞬間、俺の頬のあたりをとてつもなく速いものがかすめた。


それは、修道院を守るエルフが放った渾身の一矢。


いつ見ても見えない速さだ。


後ろを振り返ると、修道院の正面に生えている木に矢が3本刺さっている。


「3本!?」


恐ろしいことに、この矢を放った人物はまだ成長中らしい。前までは2本だったのに。


「今のが見えましたかッ!!

 ルウィン=カレス……ッ!!」


怒声のする正門の方に向き直る。


と、長弓を持った漆黒の修道服を着たシスターが、早歩きで迫って来ていた。


フードから見え隠れする濃いブルーの瞳が、龍でも殺すぞという眼光を放っている。


「にゅん」


テナはまたしも恐怖で言葉を忘れていた。


俺も今から猫になりたい。


「いや、そんなこと考えてる場合じゃない――」


思わず独り言をこぼしつつ、俺は急いで背負い箱を地面に置く。


「ルウィン……あなたという人は……あなたという人は…………本当にッ!!」


シスターがもう少しで手が届きそうな距離まで差し迫った時、俺は先手を打った。


「シスター・アルス……ご心配をおかけしました!! 二人とも無事です!!」


ザっという音と共に、シスターは立ち止まる。


「誰が無事ですって……?」

「俺とテナが無事です」

「にゅん」


俺とシスターは感情が読めなくなってしまったテナをしばらく見つめた。数秒経ったろうか、シスターが眉をしかめた。


「どこが――」


やばい。


「――どこが無事なものですか!! テナが猫返ねこがえりしているではありませんか!!」

「それは多分、シスターが怖くて――」


シスターの射殺すような眼差しを前に、俺は続く言葉を紡げなかった。


「テナ、あなたは先にお入りなさい」


天使のような声で促されたテナは――


「にゅぅんッッ」


――E級冒険者とは思えない俊敏さで修道院の中に入っていった。


「あ、待ってくれ。テナ……」


ダンジョンにだってついて来るのに、あんまりじゃないか。


「あなたはこれからお説教です…………あなた、ついにやってしまいましたからね!!」


俺はこれから、ブレイズ修道院最恐の修道女――アルス=ブレイズとたった一人で相対しなければならないのか……。


「警報が出ているダンジョンに足を踏み込むことがどれだけ……どれだけ危険か…………分からないあなたではないでしょうに!!」


シスターが前のめりになると、勢いあまって彼女の頭からフードが外れた。

若草色の長髪と、尖った長い耳が露になる。


「あ……」


シスターは自分でも驚いたのか、少し頬を赤らめた後、「許してあげませんから……」と鋭い目つきで俺を睨んだ。



~~~~~~~~~~~~


【公開データ】


*アルス=ブレイズ

等級:?

称号:

 ・最恐の修道女

装備:

 ・黒衣の修道服

 ・エルフの弓

スキル:

 ・エルフの一撃エルフショット

 ・早撃ち

 ・説教

概要:

 ブレイズ修道院の院長であり、修道女。見た目はうら若き乙女のようだが、100年以上修道院を運営しているらしい。


~~~~~~~~~~~~



それから俺は、シスター・アルスから軽く日が暮れるまで絞られた。エルフの時間感覚は恐ろしい。


「これが明日もあるのか……」


ダンジョンに潜っていた日数分だけ、まだ説教が残っているらしい。ちなみに、先ほどは見逃されたが、テナも同様らしい。


「はぁ……」


シスターはエルフで、とびきり美しく、普通の男なら金貨を払ってでも説教を受けたいことだろう。ただ、俺にとっては違う。


『いいですか……? あなたたちが警報中のダンジョンに入ったと聞いて、私は毎夜……毎夜……涙で枕を濡らしていたのですよ……?』


シスターの説教は心に来るので辛い。

闇のダンジョンを共にしたミリアの正論とは、また全然違った方向のきつさなのだ。


『私は、あなたを死なせるためにこの修道院に引き入れたのではありません……!』


……身内から言われる正論ほど、辛いものはない。修道院の二階の自室に戻ってから、俺はベッドにうつ伏せになる。


「分かってるよ、シスター。俺だって」


俺はシスターではないから、シスターの心の深いところまでは分からないが。

もちろんそれは、シスターも同じだ。


「それでも俺は、ダンジョンに潜るよ」


寝返りを打って天井を見上げる。

そのまま眠りに入ろうとした時だった。


こん、こん、こん……とドアを叩く音。

この雰囲気、シスターでもテナでもない。


「ルゥ、いるの」


それは、ずいぶんと久しぶりに聞く声だった。


「ああ、いるよ」


俺が簡潔に答えると、彼女は「そう」とだけ言って、それっきりだった。

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