あご髭の導き

§ 氷のダンジョン 第1領域『氷晶狭洞ひょうしょうきょうどう』 §


氷の柱で埋め尽くされた洞窟の奥に、冷たく青い光が見える。それが第1領域『氷晶狭洞ひょうしょうきょうどう』の出口の明かりだ。


「テナ、今日は第1領域から第6領域をぐるっと回るルートでいくからな?」

「わーい!」


テナは尻尾を立てて、すっかりピクニック気分らしい。


「魔よけの加護があろうと、ダンジョンは危険なんだぞ」


地面、天井、壁、どこを見ても、目に入るのは氷か雪ばかりである。天井にはつららがあるが、滅多なことでは落ちてこない……はずだが、気をつけるに越したことはない。


「そんなのわかってるもん♪」


そう言ってテナは鼻歌まで歌い始めた。ダンジョンに入る前とは大違い、すっかり機嫌が戻ったようで何よりだ。


テナは足につけた滑雪板スキーと、両手に持った雪杖細剣ストックレイピアでゆっくりと気持ちよさそうに滑り始めた。


「すいー♪」


氷のダンジョンの地面は基本的に氷で覆われており、その上に雪が敷き詰められている。装備を整えずに入ってしまうと、まともに進むのは難しい。


「俺もすいー♪」


では滑雪板スキーを着けていればよいのかというと、そうではない。ダンジョンは第1領域から数字が進むにつれて位置が低くなる……つまり、氷のダンジョンの場合は特に、滑り落ちるせいで帰還が困難になってしまうのだ。


「ルウィーン! 氷魔晶石見つけた!」

「――なに!? でかした!」


氷晶狭洞ひょうしょうきょうどう』は、大小さまざまな柱状の氷の結晶で埋め尽くされている。一見水晶のようにも見えるが、そのほとんどが氷なのだ。


時折、氷の柱の中に氷魔晶石が紛れていることがあるが、見分けがつきにくい。だって、ほぼ見たまんま氷だもの。


判別方法としては、


・熱しても溶けない

・触れた時に魔力反応する(光る)

・氷よりも重い

・直感


などがある。直感にいたってはもうどうしようもない。雑草の中からマンドレイクを見つけるのが得意であれば、あるいは魔晶石を見つけるのも得意かもしれない。


「ほら、見て!」

「確かに……」


テナの手の中にある人差し指ほどの結晶たちは、微かな青い光を内側から放っていた。


「いいセンスだ」

「えへへ」


~~~~~~所持品~~~~~~


・砥石      ×2

・長縄      ×2

・ナイフ     ×3

・干し肉     ×20

・藁しべ     ×1

・王の金粉    ×5

・炎魔晶石    ×12

・氷魔晶石    ×6 (New!)

・ポーション   ×50

・ダンジョン日誌 ×1


~~~~~~~~~~~~~~


魔晶石は常に需要がある。武器やアイテムの素材、魔法強化、ひいては鑑賞用にされることだってある。水晶と性質が近く、大きな結晶は様々な形に加工することもできるので、場合によってはそのまま宝飾品となるのだ。まあ、要は何でも屋である。



嬉しい収穫もあり、二人で「すいー♪」と進んでいたそんな折、不意に誰かの視線を感じた。


「……!」


テナと二人して壁の方に振り向くと、そこには足が短くあごひげの長い老人がうずくまっていた。


俺は身構えたが、テナが「だいじょうぶ?」と言って近づいていく。どうやら危険な存在ではないらしい。


「あわやあわや、いいところに来てくれた。遠くより参ったがここは暑くていかん」


妙だな。ここは氷のダンジョン。

寒いの間違いではないか。


「どうか猫のお嬢さん、わしのこの白い髭に吐息を吹きかけてはくれぬかな。こう、ふー、ふー、という感じでな」


老人は口をすぼめて透明な息を吐いた。果たしてこの老人、大丈夫なのか。


テナの方を見たが、打って変わって険しい目で老人を見下ろしていた。右手の雪杖細剣ストックレイピアを構え、若干戦闘態勢である。


「テナ、このお爺さんはただの変態かもしれない。もしくは寒さに頭をやられた哀れな人なのかも。とにかく、不用意に近づくのは危険だ」


老人は俺に気づいたらしく、俺の顔を見上げた。


「お前さんでもいいぞ」

見境みさかいなし」


実に困ったお爺さんだ。だが、やはりどうも本当に苦しそうだった。


テナも見ていられなくなったのか「ねえルウィン……助けてあげよう?」といって、俺の裾を引っ張る。弱ったな。


「つまり、お爺さんの髭にこう、俺が息を吹きかければいいんですか」


「ああ……はぁはぁ、頼む。儂に、吐息を……はぁはぁ」


彼の苦しそうな息切れが、違った意味に思えてしまうのは俺が悪いのだろうか。


「ふー、ふー」


息を吹く度、心のどこかが冷えてくる。

俺は何をしているのだろうか。

老人の息は相変わらず荒い。


「ああ……助かる……」


少し黙っていてほしい。


目を瞑り、心を無にして吹いていると、テナが「え、ええー!」と何かに驚いた声を出していた。


何事か起きたらしい。「もうよいぞ。ありがとう」という老人の声を聞き、俺は彼から距離を取った。すると何が起こったのか、俺もようやく気がついた。


「ひげ伸びてるー」


老人の髭が最初に見た時よりもふさふさになっているのだ。人体の不思議、というレベルではない。


「あわやあわや、おかげで消えずに済んだ。ありがとう、地上の子ら。この髭は儂の命そのもの……失われれば儂も消えてしまうのである」


人間離れした説明に俺はテナと顔を見合わせる。テナの尻尾も?だった。


「儂の名はモルジャック。そなたたちの名前を聞きたい」


「俺はルウィンです」

「ボクはテナ」


普通に名前を教えてしまったが、大丈夫だろうか。キャルほどの恐怖はないから大丈夫な気がする。


そんな俺の懸念など知らないモルジャックは、「よき名だ」と言って満足げにうなずき、俺たちを見上げた。


「判断に困る迷い子らが、遺跡で難儀している。もし、優しき地上の子……ルウィン、テナ。見に行ってはもらえぬか」


「判断に困る迷い子?」

「いせき?」


俺たちが首をかしげていると、モルジャックは「そうじゃ」と言って髭を引っ張り始めた。


「地上の子らに儂の髭を授けよう」


老人のあご髭、果たしていくらで売れるのか。

モルジャックが自分の長くなったあご髭を二本引っこ抜いたかと思えば、それをこちらに息を吹きかけて飛ばしてきた。


「うお」

「にゃッ!?」


拒む間もなく、白いあご髭が俺たちの胸のあたりに張り付き、溶けるように消えてしまう。


「頼んだぞ」


モルジャックに目線を戻すと、驚くことに彼の姿は既に消えていた。


〈地上の子らよ。後は任せた〉


どこかともなくモルジャックの声がする。しかし、どこを見渡しても彼の姿を見つけることができない。


「うにゃにゃにゃにゃッ!」


テナが必死に毛を取り出そうとするが、それも徒労に終わるのだった。

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