氷室の水禍
判断に困るエルフたち
§ 氷のダンジョン ?領域 §
その未亡人のエルフは、氷のダンジョンの床に頬をこすりつけていた。
「これがダンジョンなのですのね……! あ゛ぁ~すりすり」
シルヴィア=ミンタエディナ。御年532歳……ぴちぴちである。夫がいなくなってからというものの、シルヴィアは人生に意味を見出せずにいた。
そんなシルヴィアが床に這いつくばる姿を見ているのは、彼女に長年仕えてきたメイドにして未婚のエルフ――スーシー=スロウス。ピチピチである。
「奥様……!」
エルフメイドのスーシーは、「……では、私も――」とシルヴィアの近くで這いつくばった。
「「あ゛ぁ~すりすり」」
この奇妙な光景を遠くから見守る者がいた。
彼の名はモルジャック。小さな老人のような姿をした精霊である。自慢の白くて長いあご髭をいじりながら、モルジャックは思った。
(何をしておるのだろう……)
しばらく眺めていると、突然シルヴィアの動きが止まる。
「地面に顔が張りついて動けませんわ!」
ここは氷のダンジョン。凍結には注意が必要だった。
「奥様! 私もです!」スーシーもまた、動きが止まる。
二人は見つめ合いながら、微笑んだ。そしてゆっくりと時間をかけ、凍ってゆく。
モルジャックはあご髭をいじる手を止めて、思った。
(何をしておるのだろう……)
それはもう、誰にも分からない。
§ 冒険者ギルド §
ギルドにたむろしている冒険者たちの声というものは、得てして大きく、ありがたいことに耳を澄まさずとも聞こえてくる。
「にしてもよぉ、最近変なやつ増えたよなー」
「ああ、妖怪マンドレイク男とか?」
「
「目立つよなー」
妖怪に翼人……なるほど、確かに変わっている。そんなに目立つのであれば、そのうち出会うこともあるかもしれない。
「どこにでも変わった人はいるな、テナ」
「そうだね! ルウィン!」
テナは
てっきり、『ルウィンが言うの……?』という目をされると思ったが……今は平常ダンジョンに行くのが楽しみで仕方がないらしい。まあ確かに、前回は火のダンジョンで死ぬ思いをしたからな。
ギルドの受付の前に立つと、受付嬢のニーナが哀れっぽい目で俺たちを見てくる。
「こんにちは、ルウィン君。その、先日は大変でしたね」
先日というのは、火のダンジョンに潜った日のことだろう。
「そうですね。三、四回ほど死ぬかと思いました」
「それで、噂で耳にしたんですけど……」
「……はい」
「キャルラインちゃんに気に入られたそうですね。」
「あっ……」思い出さないようにしていたのに。凶刃キャルことキャルライン=アバレスト。今もどこかで「キャハハハ」しているのだろうか。
俺の反応を見たニーナが何かを察したのか、今度はテナの方を向く。
「テナちゃんは大丈夫――」
「ミ゛」絶望の鳴き声。
「――ではなさそうですね……ごめんなさいね。困ったことがあれば相談してくださいね? 少しは力になれるかもしれませんから」
ニーナであればキャルであっても懐柔できるのだろうか。覚えておこう。
「俺もまさか龍よりも怖い存在が人の中にいるとは思いませんでした……ところで、今日のダンジョンはどんな感じでしょうか」
気を取り直してニーナに尋ね、お互い仕事モードに入る。
「本日は水のダンジョンで警報が出ていますが、A級冒険者を筆頭に複数名で対応しておりますので、そちらは問題ないかと思います――」
【ダンジョン警報発表中】
・地:平常
・水:警報
―『深き底よりのツカイ』
・火:注意報(マグマ活性中)
・風:平常
・雷:平常
・草:注意報
―『マンドレイクの春』
・氷:平常
・毒:平常
・光:平常
・闇:平常
「――もっとも、お二人はすでに氷のダンジョンに行くつもりのご様子なので、気にすることはありませんね?」
なるほど、水のダンジョンで警報が出ているのか。あるいは、俺たちの力が必要になることがあるかもしれない。
などと大それたことを考えていると、ニーナが「うふふ」と怖い笑みを向けてきた。それに臆する俺ではない。
「この水龍って、中々討伐できないでいる個体ですよね?」
「そうですが、どうされました?」
ニーナは相変わらず美しく笑っている。
「いやー、心配ですね……な、テナ?」
「にゃ!?」
テナが心底嫌そうな顔をした。
「ちなみに、水のダンジョンにはキャルラインちゃんが行っています」
「それなら心配ありませんね! テナ、残念だが俺たちの出る幕はないらしい! ははは!」
テナを見ると、今から怒る三秒前という顔をしていた。何をされるのかと冷や冷やしたが、テナはじとりとした目で俺を睨む。
「ルウィンだけで水のダンジョンにいけば? ボク、ここで待ってるから」
「テナさんごめんなさい。一緒に氷のダンジョンに行こう。な?」
「ふんだ! いいもん! ボクだけで氷のダンジョンに行くよーだ! 新しい武器だってあるし!」
「テナ! 金茶はどうだ! 飲みたくはないか!」
待つと言ったり独りで行くと言ったり、若干支離滅裂。だが、そうさせたのは俺である。俺は歩き出したテナの後ろをついていきながら、どう謝るべきか頭を悩ませるのだった。
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