シルバークインオオクワガタ

§ 氷のダンジョン 第2領域『白林の湖畔』 §


俺とテナは、奇妙なあご髭老人モルジャックと分かれた後、氷のダンジョンは第2領域『白林の湖畔』を訪れていた。領域に入ってすぐ正面に湖、右側に壁があるので、スキーで滑るには注意が必要だ。


この『白林の湖畔』も火のダンジョンの『熱水の密林』と同じように、湖に面した陸地に木々が生い茂っている。『熱水の湖』と違うのは、分かりやすく湖の上を氷河が流れていくおかげで、水の中が冷たいということが伝わってくることにあった。


「よし、探すとするか」

「うん!」


俺たちが氷のダンジョンを訪れたのには明確な理由があった。

テナの腰にある新しい短剣――『地獄の小炎インフェルナーノ』のお礼のためである。


「今思い返しても、ウォロクさんが剣を作ってくれるって言ってくれた時は驚いたな」


「ねー」


地獄の小炎インフェルナーノは、火のダンジョンで龍を倒した後でウォロクに製作してくれたものだった。火龍討伐の分け前の話になった時に、ウォロクの方から『そうじゃ、わしが龍素材でお前さんらに何か武器を作ってやろう!』と提案してくれたのだ。


おそらく、テナの言葉が効いたのだろう。


『だ、だ……だって、みんなで倒したんだよ! だから、みんな同じじゃないと…………いやだぁぁぁッ!!!』


分け前の話の時に放たれたこの言葉が、ウォロクにはずいぶんと刺さったらしい。本当にありがたい話だったが、二人分と言うのはあまりにも虫が良すぎるため、俺の分については断ったのだ。


『だったら、テナにとびきりいい武器を作ってやってくれませんか』


ウォロクは俺の言葉にもいたく感動してくれたらしく、その時の彼の目は燃え上がっていたのを覚えている。俺たちは単に、凶刃キャルに貸しを作りたくなかっただけだったのだが……。


あまりにも破格の提案だったため、俺たちも何かお返しをしようと氷のダンジョンに足を踏み入れたのである。


「よし、虫取り開始!」

「にゃ!」


俺とテナは二人で相談していた……ウォロクへのお返しは何が良いかと。価値が高すぎてはウォロクに受け取ってもらえなさそうだし、かといってそこらで買えるものを渡すのも味気ない。


そこで、虫をプレゼントすることにしたのである。というわけで、前は火のダンジョンだったから、今度は氷のダンジョンでしか採れない虫を探しにきたのだ。


(テナに負けるものか)


そう思って探し始めるが、どうも俺は虫取りのセンスがないらしい。魔よけの加護が今だけ虫取りの加護にならないだろうか。


仕方ないので白い木の皮を削り取っていると、採集職人のテナが手を後ろに隠してニヤニヤしながら近づいてきた。


「どしたテナ、いいものでもあったか?」

「ふふん、クワガタげっとだぜ」


ゴールデンキングカブトの次は、クワガタときたか。どれ――


「――シルバークインオオクワガタ……だと!」


ああだめ。テナ、天才過ぎ。

俺は思わず膝から崩れ落ちた。


~~~~~~~~所持品~~~~~~~~


・砥石      ×2

・長縄      ×2

・ナイフ     ×3

・干し肉     ×20

・藁しべ     ×1

・王の金粉    ×5

・炎魔晶石    ×12

・氷魔晶石    ×6

・白皮樹の皮   ×10

・白皮樹の樹液  ×10

・ポーション   ×50

・ダンジョン日誌 ×1

・シルバークインラーバ  ×4

・シルバークインクワガタ ×8

・シルバークインオオクワガタ ×2

~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「えへへ、いっぱい採れたね」

「さすがテナだ。俺がしたことなんて木の皮を削って樹液を集めたくらいだ」


湖のほとりに生えていた白い木は白皮樹ホワイトカバーと呼ばれており、皮は防寒性、樹液は防水性を高めるのに使えるのだ。ちなみに樹液にはのりとしても使える。虫に比べるとレアリティは低いが、実用性はある。


「ルウィンは虫を採る方じゃなくて虫なんだね」

「おい」


急に毒を吐いてきたテナと共に、俺は『白林の湖畔』を後にするのだった。



§ 氷のダンジョン 第3領域に至る道『氷面水槽』 §


氷のダンジョンが他のダンジョンと大きく異なる点は、壁が分厚い氷に覆われていることだ。当然、第2領域の『白林の湖畔』から第3領域『氷河の流刑地』へと至る通路にも氷の壁が存在するが、少し特別なのは湖側の氷壁の向こうに水を泳ぐ魚が見えることだった。これが『氷面水槽』と呼ばれる理由である。


「「おいしそう」」


俺とテナは二人して氷の壁に張り付くが、絵に描いた餅のように決して手が届くことはないのだ。腹が鳴って仕方がない。


そんな折、通りすがる冒険者の一団が俺たちの姿を見て口を揃えた。


「「「「分かる―」」」」


分かられてしまった。きっといい人たちに違いない。だが、分かられたせいなのか余計に腹が減ってきた。


「シルバークインラーバでも食べるか」

「生だとお腹壊しちゃうよ?」


「そこはほら、テナの新武器で燃やそう」

「初めてがその使い方はやだ。もっとかっこいい使い方がいい」


かたくななテナよ。かっこいい使い方をする日なんて、待っていても一生来ないぞ?」

「来るもん」


やれやれ、この頑なさの要因はウォロクにも少なからずあるだろう――


『これは地獄の炎より切り出したる龍の短剣……その名も『地獄の小炎《インフェルナーノ》』。小さきことを侮るなかれ……これは魔剣じゃ。死してなお燃える龍の吐息が、この剣の中に宿っておる』


――伝説の剣じみた渡され方をしたテナの目の輝きは尋常じゃなかった。かっこいいよな、魔剣って。分かるぞ。


「だがテナ、『これでボクがルウィンを守るね!』って言ってくれたじゃないか」

「言ったよ?」


「空腹から俺を守ってはくれないのか?」

「……まだその時ではないのである」


テナはそう言って、そっぽを向いた。その視線の先には通路の出口。テナは目をらんらんと輝かせ、雪杖細剣ストックレイピアを交互に上下させる。


「はやく滑ろう?」


氷面水槽はほぼ真っすぐな下り坂であり、滑っているだけで第3領域『氷河の流刑地』に入ることができる。さらにそのまま真っすぐ進むと第4領域『琥珀遺跡』に繋がる長い通路に入れてしまうので注意が必要だ。


「第3領域でごはんな?」

「うん!」


滑る快感に取りつかれてしまうと、第1領域から第6領域をぐるぐる回ってしまう者も現れるのだとか。ある意味、氷のダンジョンの呪いなのかもしれない。

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