熱々エルフ

§ 氷のダンジョン 第4領域 『琥珀遺跡』 §


今まさに水龍が自分の巣――第3領域は『氷河の流刑地』に帰ろうとしている。だが、そうなってしまえば、龍の背に張り付いた凶刃キャルが死んでしまう……かもしれない。


テナが俺の身体を強く揺さぶってくる。


「ルウィン! 助けよう!?」

「助けよう」


俺は即答した。

実際、キャルを助ける理由はいくつもある。


キャルは俺とテナを溺死から救った命の恩人だ。もっともその後、俺とテナの命を危険に晒したが……。あと、助けようとしないと後が怖いのもある。


それに、テナが自分から『助けよう』と言ったのだ。


ならば――


「――助けない理由がない」


俺がそう言うと、「うん!」とテナが急いでかまくらをガリガリ掻き始める。しかし、すぐに止まった。


「ルウィン、硬くて出られない!」

「多分龍の吐しゃゲロスだ」


「げろす?」

「俺が名づけた。上の方から出られるかもしれない」


そう言いながら、俺は雪上細剣ストックレイピアを手探りで探し出し、かまくらの天井に突き刺す。


「お、いけそうだ……っと!」


天井に丸い穴を作ることができたので、俺たちは背負い箱を踏み台にする。


「思った通り、俺たちの周囲にまき散らしたんだ」

「げろす?」


穴から顔を出すと、しゃごおりで辺り一帯が凍りついていた。



俺たちは荷物を外に引き上げ、スキーで奥様エルフとメイドエルフの元へと急ぐ。と、そこに目を疑うような光景があった。


「「土精霊ノーム!?」」


単にノームに驚いたのではない。ノーム4体が足元の氷面ひょうめんを踏みつけていたからである。もっと言えば、その氷面の下に冷凍保存されたスーシーがいたからだ。すぐ隣で彼女の主人――シルヴィアも微笑んでいる。


「にゃにあれ……」とテナが目を細めるので、「わかんにゃい……」と俺も分からない振りをした。


ともかく、俺たちはエルフの二人を解凍しなければならない。と思った矢先、立ちはだかる者たちがいた。


「「「「ノーッ!!」」」」


土精霊ノームたち4体に『ノー』を突きつけられ、俺は一瞬怯んだが、


「龍よ龍よ、怒らず聞いて?

 ほんの少しだけでもいいから、ボクにあなたの炎を分けて――」


テナは聞く耳ないらしい。

剣の刃から炎が生まれ、土精霊が「ノー!?」と鳴く。すまない俺では止められない。


「――地獄の小炎インフェルナーノ


炎ほとばしる短剣が氷に深く突き刺さる。炎はやがて浸透し、分厚い氷を溶かしていった。


「「「「ノーッ!!?」」」」


テナを説得するのは不可能と見たノームたちが、俺の腕を引っ張る。彼らの腕力は草抜きに役立ちそうだった。銀貨5枚でお願いしたい。


「すまない」俺がそう言うと、ノーム4体は泣き崩れる。

一方で、シルヴィアとスーシーの上半身まで解凍された。


「おはよう。スーシー」

「おはようございます。奥様」


「あらやだ! 下半身が動かないわ!」

「私もです! 奥様!」


この人たち、目覚めて早々元気だな。


「奥様……」

「どうしたのスーシー?」


「気のせいでしょうか……なんだかとっても熱いです――」

「言われてみれば……とっても熱い――」


地獄の小炎インフェルナーノが二人の間で燃えてるからな。


二人のエルフが上半身だけ魚のようにピチピチしだす。







「「――熱々あつあつエルフゥゥゥ!」」


既に動じない自分が怖い。

テナも同じらしく、それこそ死んだ魚のような目で俺の方を見上げた。


「なんでセリフがそろうの」

「……確かに」



ともかく俺たちは、シルヴィアとスーシーを解凍しきった。彼女たちのもろもろの反応も見終わった。


あと一応お礼も言われた。


「わたくしったら、まさかもう一度焼かれるなんて思ってもみませんでしたわ! ありがとうございます!」


「私も、まさかもう一度焼かれるなんて思ってもみませんでした。ありがとうございます」


引っかかる言い方だったが、今はそれどころじゃない。


「お二人に協力していただきたいことがあります」


「「協力?」」


龍にも怯まない二人がいれば、きっとできる。


「俺たちと、龍を倒してください。助けたい人がいるんです」


俺がそう言うと、シルヴィアとスーシーはきょとんとした顔をした。その顔のまま二人はお互いの手を両手で合わせ、頬をいっそう赤らめる。


「奥様……この人……!」

イキ……!」


テナが「シャーッ!!」と警戒しているが、ともかく協力はしてくれるらしい。


「では、スーシーさん」

「はい」


「龍の正確な位置は把握できますか?」


スーシーは目を瞑ると、「この領域内のほぼ中心にいます」と答える。


「どこに向かっていますか?」

「第3領域の方ですね」


即答……しかも、テナの直感と一致か。これは信頼できる。俺とテナは目を合わせ、うなずき合った。


「状況を整理しましょう。

 龍が水のある第3領域『氷河の流刑地』に向かっているのはほぼ明らか。水の中に入られてしまっては、もう二度と龍を倒せず、龍に張りついて凍っているキャルさんを助けられない」


シルヴィアとスーシーは「キャル?」と首をかしげたが、「友人です」と簡潔に説明する。


「ならばここ、『琥珀遺跡』で倒さなければならない……と思っていたのですが、考えが変わりました。龍は第3領域『氷河の流刑地』で倒します」


俺がそう言うと、シルヴィアが「待ってくださいな」と遮る。


「『氷河の流刑地』とは、こことは違ってほとんど平面のあそこですの?」


「ええ、お二人も白い木がたくさん生えている第2領域の『白林湖』を通ってきたと思いますが、その先の領域です」


「でしたら、わたくしは反対いたします」


「なぜでしょうか」


「ここには身を隠すのに便利な遺跡がたくさんあります。遺跡に隠れながら龍に接近し、側面から逆鱗急所を狙うべきかと思いますわ」


スーシーが「龍の動きも遅いようですので、可能かと」と補足する。


「もっともなご意見。ですが、あの龍の急所にシルヴィアさんの矢が当たった時、氷に防がれたのを覚えているでしょう? あれをどうにかしなければなりません」


「それなら、わたくしの『纏いの矢』で解決できますわ」


「纏いの矢?」


「わたくしたちを燃やしてくれた地獄の業火を矢に纏うことで、矢の威力を底上げいたします。それで一撃……仕留めて見せますわ」


シルヴィアは、「お約束いたします」とこれまでとは打って変わって真剣な目で見てくる。熱々エルフはどこへ行ったのやら。


「あはは……」

「ルウィン様、わたくしは本気ですのよ?」


「いえ……本気で反対してくれて、本気で約束してくれたから……安心してつい笑ってしまいました」

「じゃあ……!」


明るいエルフ二人に対し、テナの不安そうな表情を見て、俺は決断する。


「俺たちはこれから、第5領域・・・・に入ります」







「「ええ゛~~~~!?」」


シルヴィアとスーシーが同時に声を上げる。


「ま、待ってくださいまし! どういうことですの?」

「奥様! 私も分かりません!」


無理もない。だがエルフたちが驚愕する一方で、テナの表情は明るくなった。


「……待ち伏せだ!」


その通り。氷のダンジョンに潜り慣れていれば気づくことだ。

俺はシルヴィアとスーシーにも分かるよう、白い地面にダンジョンの簡略図を書きながら説明する。


「俺たちは第5、6領域を経由して第1領域まで戻り、さらに第2領域に向かいます」

「「ふんふん」」


「そこから、龍が向かっている第3領域に直通している『氷面水槽』……魚が見える通路ですね。その通路を出て第3領域に入った直後、第4領域に繋がる長い通路が正面に見えてきます」

「「あっ……」」


「龍が通路から顔を出す、その時……エルフの蹴撃エルヴン・シュートが龍の逆鱗を穿うがつでしょう」

「「ああ゛~~~~」」


シルヴィアとスーシーはのけぞってから、急に落ち着いた表情でお互いの顔を見合った。


「なんだか、昔を思い出しましたわ」

「私もです、奥様」


どんな過去だろうか。と思ったが、エルフの思い出語りには一日では足りない。聞かずにおこう。


ともかくエルフたちは乗り気になってくれたらしい。

だがやはり、相棒の意見が聞きたい。


「テナ、どうかな」


テナは短剣を大事そうに見つめていたが、すっと顔を上げる。


「少しこわいけど、こわくないよ」


暗い色の瞳が、きらめいて見えた。

これで決まりだ。


「キャルさん救出作戦、開始ッ!」


「「「おーッ!」」」


俺たちは龍よりも先に第3領域へと向かった。



……。


§ 氷のダンジョン 第3領域 『氷河の流刑地』 §


氷のダンジョン、第3領域は『氷河の流刑地』――これからここは、水のダンジョンから流されてきた水龍の流刑地となる。

静寂の中、氷面水槽の出口付近でその時を待った。



ズズズズ……



遺跡と流刑地を繋ぐ通路を這いずる龍が、地面を削って不気味な音を立てている。その時は近いらしい。


「龍よ龍よ、怒らず聞いて?

 ほんの少しだけでもいいから、ボクにあなたの炎を分けて」


テナの小さな声に、地獄の小炎インフェルナーノが目を覚ます。炎を受け取るように、シルヴィアは矢を地獄の小炎インフェルナーノに近づけた。


獄炎の纏いインフェルノ・エンチャント


炎が矢に吸い込まれていったかと思えば、矢は赤く輝く。


「ゆきます」


シルヴィア=ミンタエディナ――彼女は今まさに、龍にとっての死神だった。光輝の大長弓ウルスラークスを蹴る姿勢で構え、槍のような矢をつがえる。


と、流刑地に龍が顔を覗かせた。よほど疲弊しているらしく、警戒するそぶりも少ない。龍はそのまま、湖へとその巨体を動かした。


エルフの獄炎エルヴン・インフェルノ――」







「――蹴撃シュート

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