決着

§ 火のダンジョン 第5領域 『巨人の大釜』へと至る通路 §


俺たちが第5領域を出るための通路に入って、しばらくした時のことだった。


「にゃあ゛ああああぁぁぁぁ!!!」


案の定、燃え盛る火炎が俺たちを飲み込もうと迫ってきた。テナも叫んでいた。


一方で、詠唱を終えたミリアが呪文を唱える。


「――鎮火の水璧ヴァルニス・ウォール!!」



……この作戦を始める前、ミリアは自分たちを火竜のブレスから守る手段がないと言っていた。だから、俺は提案したのだ。


『これ、使えませんか』


俺が提案したのは、『耐火ポーション』の在庫の使用だった。

耐火ポーションの素材は耐火樹の樹液と水竜血晶であり、水竜血晶は水竜の血が固まったものである。実質、水である。


水魔法の応用で、耐火ポーションの水璧すいへきを作る――これがこの作戦における守りの要だった……



そして今、ミリアが見事に龍の炎を止めて見せたのだ。耐火ポーションがダンジョンの通路を塞ぐ赤い膜となって、燃え盛る炎を受け止めている。


「ウォロク!」


ミリアは脇に避け、ウォロクはハンマーを振り下ろす。


戦鎚の鼓動ハンマー・ビーツ――!!!」


ダンジョンの魔素マナを自身の魔力に還元し、


「――血泥地獄ステュィクス!!!」


その手のひらで赤い水璧を押し出した。水璧は、みるみるうちに火を追いやり、『巨人の大釜』の入口の方へと向かっていく。


「キタキタキター!!」


興奮気味のキャルに、俺とテナは余らせていた耐火ポーションを浴びせた。


「もっとちょうだーい♪」

「サービスサービスぅ!!!」


これ以上かけるものがなかったので、気休めに聖水をサービスする。


あとはキャルに全てを託すしかない。キャルは舌なめずりをしてタイミングを見計らっていた。交差させた双剣をハサミのようにして怖い音を立てている。


「じゃ、ってくるね」


キャルは走り出した瞬間から最高速度に至った。瞬く間に水璧に追いつき、それを突き破る形で炎へと飛び込む。


「キャハハハハ!!!」


恐ろしい笑い声を上げながら、彼女は炎の中を突き進んだ。


今この瞬間まで死角の存在しなかった龍にとっての唯一の死角――それは、自分自身の大技、龍の吐息ドラゴンブレスの中にあったのだ。


火炎の中を走り、迫る凶刃の影がそこにはあった。



やがて、大きな何かが切断される音と、マグマに沈む音。



その後に聞こえてきたのは、いつもの恐ろしい高笑いだった。



§ 地上への帰還 §


火龍の討伐後、俺たちは地上に戻った。


助けた冒険者たちのギルドへの送還、

火龍出現と討伐の報告、

みんなの傷の手当て、

その他もろもろ――


――全てを終えた後、俺たちは食事を共にする。ついでに、火龍討伐の分け前について話し合うことになった。


正直な話、俺やテナは戦ってはいないのだから参加するのもおこがましいと思っていたのだが――


「分け前はー、ルウィンとテナに多めに上げよ♪」


――というキャルによる不可解な提案があった。


俺とテナは首をぶんぶん横に振った。分け前が多いことが嫌なのではない。キャルに恩を着せられるのが怖いのである。


俺たちは救いを求める目でミリアを見た。


「いいんじゃない?」


ああ、違う。そうじゃない。

仕方ないのでウォロクを見る。


「のっほっほ、構わんぞ!」


ああ、だめだ。

俺が諦めていると、テナが叫んだ。


「いやだぁぁぁッ!!!」


――テナが全力で拒絶した。頭と尻尾の先をぶんぶん振っている。


今朝より凄い拒否だ。


「へえ、アタシの提案に文句があるの?」


テナが怯んだ。しかし、まだ立ち上がる。


「だ、だ……だって、みんなで倒したんだよ! だから、みんな同じじゃないと…………いやだぁぁぁッ!!!」


テナは涙目になりながら訴える。と、何を勘違いしたのかミリアとウォロクが顔を伏せた。


「きゅ、急にそういうこと言わないでよね!」


「のほ……年寄りの涙腺をいたわらんかい……」


違う、そうじゃない。

テナは心底怖がっているだけである。


さて、これがどう転ぶのかと見守っていると、対面に座っていたキャルが立ち上がり、背後に回って俺とテナの間に身体を入れてきた。


「うれしー♪ これからもよろしくね、テーナ、ルーウィン?」


そう言って、俺とテナの頭を細腕に似合わない腕力で引き寄せてきた。


俺はその状態でなんとかテナと目を合わせ、仕方がないので心の中で会話する。


『なあ、テナ。これ、悪化してないか』


『ミ゛ッ』


意思疎通以前の問題だった。テナはすっかり恐怖に支配されている。


どうしようかと考えていると、ミリアが「ちょっと!」と言って立ち上がる。


「テナが怖がってるじゃない!」そう言ってキャルからテナをふんだくった。


(ミリアさん、俺も俺も!)


「いったんルウィンは貸してあげるわ」


嘘……だろ?


「だってー? どうする?」


キャルに両肩に手を置かれ、耳元で囁かれ、俺は思わずぞわりとした。


俺に残された選択肢は――


「――ウォロクおじいちゃ~ん!!」


「のっほっほ!! しかたなしみたいによったのぅ!」


ウォロクはそう言いながらも、逃げ出した俺を温かく迎えてくれるのであった。

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