英雄たちの一人として

英雄よ、その道を行け

マンドレイクの悲鳴によって気絶した俺たちは、キャルとアルメリゼが連れてきた救援部隊によってギルドに搬送された。もちろん、行方不明だった冒険者たち13人も含めて。


救援部隊は俺たちが気絶している姿を見て、さぞ凄まじい戦いがあったのだと勘違いしたらしい。なにせ、A級冒険者が三人も倒れているのだから。一方で、アルメリゼは状況を察して呆れた顔で俺たちを見下ろしていたと、後で修道院を訪れたキャルの話で分かった。


シルヴィアとスーシーは、気絶から回復した後でミリアにこっぴどく叱られたらしい。何百年と生きているエルフの貫禄などそこにはなかったようで、ネリスはただ笑って見守っていたのだとか。


ウォロクとオーガスは気絶から覚めた後すぐ、ギルドの回収部隊と一緒に草のダンジョンに入り直したらしい。恋茄龍の素材とマンドレイクの回収をするためだ。まったく元気なことだ。そのバイタリティがあれば、完全な抗マンドレイク薬が作られる日も近いだろう。



数日後、俺とテナはというと――


「ルウィン、こわい」

「俺もだ」


――今日も今日とて冒険者ギルドの中を歩いていた。以前であれば、よく笑いの種にされていたものだったが、この日は違った。俺たちに気がつくと、他の冒険者たちは真剣な目をするのだ。


(かえって笑われる方が安心するのだが)


そう思っていたところ、安心できる声が聞こえてくる。


「あっはっはっは! ミリア! もういい加減許してやったらどうだ!」


「許すないでしょ! このとんちきエルフどもを教育し直さないとそのうち死人が出るわ!」


二人の声を聞いて、テナと顔を見合わせる。とんちきエルフとやらが説教を受けているようだった。まあ、シルヴィアとスーシーの二人しか思い浮かばないが。


歩みを進めていくと、案の定ギルドのど真ん中で二人のエルフが正座させられているのを見つける。


「スーシー! わたくし、こんなに熱烈に叱られて幸せですわ!」


「奥様! 私もです!」


ひどい有様だ。とんちきエルフたちは叱られて喜んでいるじゃないか。


テナと一緒に呆れていると、俺たちに気がついたネリスが歩み寄ってくる。


「おお、二人とも元気そうだな」


マンドレイクで気絶してからも、その重厚な鎧と盾と笑顔は健在のようだ。


テナが喜びのあまりネリスに抱きつく。


「わーい、ネリスー」


「ふふ、ネリスだぞ」


言葉の方はほとんど中身のないやり取りに、俺は思わず頬が緩んだ。


「ネリスさんと……ミリアさんも元気そうですね」


「あっはっは、ここ最近はシルヴィアとスーシーを見かける度に説教しているんだ」


「大変ですね」


説教したところで、二人が喜ぶだけなんだけどなあ。


と、思っているとミリアが凄い勢いで俺の方に振り向いた。


「ちょっとルウィン!! あんた『説教したところで、二人が喜ぶだけなんだけどなあ』とか思ってないでしょうねッ!!」


「思ってません!」


「はい嘘! あたしの目はごまかせないんだから!」


「すみませんでした!」


なぜ分かるんだ。恐るべき幻視の力ウィッチサイト……いや、女の勘というやつだろうか。


「あっはっは! 私と同じこと言われてる!」


叱られた俺を見て、ネリスが腹を抱えて喜んでいた。


と、不意に肩を誰かに叩かれる。


「ん?」


振り向くと、凶刃キャルが嬉しそうな顔で俺を見上げていた。


「キャルさん、おはようございます」


「おっはー♪」


ふと思うが、キャルに対する恐怖がかなり緩和されつつあるな。このところ凶刃具合が大人しくなってきたような気がする。あるいは、狂人具合が凄いエルフたちのせいで感覚が麻痺しているのかもしれないが。


と、そんなことはまあいいのだ。


「キャルさんは……今日はどのダンジョンに潜るんですか?」


ひとまず安全確認をしなければ。


「……まだ決めてなーい。ルウィンたちは?」


まだ決めてないときたか。


「……俺たちもまだ決めてないんですよ」


「……へえ。じゃあ、同じとこにしよっかなー」


「……ははは」


「……キャハハ」


適当に笑ってごまかすと、キャルも怖い笑いで返してきた。


と、ギルド内ではよく目立つ翼が目に入ってきたので、俺は声をかけることにする。


「アルメリゼさん!」


「ルウィンさん……お久しぶりです! って、そんなに経ってませんね……」


清楚で常識のあるアルメリゼという少女は、俺にとってはこの上なくありがたい存在に思えた。


そんなありがたいアルメリゼに対し、色々な意味でありがたいキャルがにこりと微笑んだ。


「リゼ♪ おっはー♪」


「キャルちゃん! おっはーなのです♪」


俺は目を丸くした。俺だけじゃない。キャルという人物の恐ろしさを知っている冒険者たちは全員目を丸くした。


その空気に違和感を覚えたアルメリゼは、首をかしげて頭の触角めいたくせ毛を?にする。


「わたし、何か変なことを言ったのです?」


「い、言ってないのです……」


俺はとりあえず適当に答えた。なんと答えるのが正解なのか分からなかったのだ。


(いやしかし――)


――よくよく考えてみれば、マンドラゴラス討伐作戦では二人はペアで戦っていたのだから、仲良くなるのも不思議ではないのか。そうか、そうに違いない。常識人と非常識人が出会って、うまい具合に調和が取れたとか、そういうことなのだろう。


なぜか自分でもよく分からないまま理由を探していたそんな時、ギルドの扉が大きく開かれる音がした。


「やあやあ変態諸君ッ!! ぼ・く・が……来たよッ!!」


オーガスだ。

『変態はお前だ』と言うと喜ぶのを知っているため、今やギルドの冒険者たちはオーガスが現れてもあまり反応しないことにしていた。


オーガスは扉を閉めずにをこちらに向かって歩き始める。


「やあやあ、ありがとう! 君もありがとう! 君もね、ありがとう!」


オーガスは何に対してか分からない感謝を見境なく伝えて、ことごとく無視されていた。そして、ついに俺たちのところまでたどり着く。


「やあ! 我がマイフレンド! 変態王ルウィン!」


「我がマイ……変態……王だと?」


ツッコミが追いつかない。

あと変態に『王』がついてしまった。


(仕方がない、甘んじて受け入れるしかないか)


そう思っていると、アルメリゼが俺の後ろに隠れてきた。なぜかキャルも加わり、さらにその後ろに隠れるという形になる。


それを見たオーガスが言うのだ。


「変態連結サーカスだねぇ」


まったく意味が分からない。

後ろにいるアルメリゼはドン引きして「気持ち悪いのです……」とただ一言。

キャルは「サーカス?」とよく分からないといった顔をしていた。


と、ミリアがずんずんと前に出てくる。


「ちょっとオーガス! あんた、ぜんっぜん意味が分からないんだけど! 『我がマイフレンド』ってなに? 頭痛が痛いみたいな話? あと『サーカス』ってどっから来たのよ! これ以上あたしを怒らせないでくれる!?」


ミリアが全てを代弁してくれた。俺は感動のあまり「くぅ」と声を漏らしてしまった。


「あんたも受け入れてないでツッコミなさいよ!」


「あ、はい。師匠」


「誰が師匠よッ!」


ミリアがいれば、もう変態も何も怖くない気がする。俺はそう思いながら、すぐ近くで腹を抱えているネリスを見た。


「あっはっはっはッ! 変態連結サーカスッ!」


よく分からない言葉にツボッている。そんなネリスの肩をミリアが思い切り引っぱたくが、肩当てを叩いた手の方が痛そうだった。


と、エルフメイドの声が聞こえてくる。


「奥様……! あの変態、なかなかの強敵です!」


「そうねスーシー! なかなかやりますわ!」


変態が悔しそうに変態を強敵認定している。そのまま変態同士で変態連結すればいいのに。俺は何を考えているんだろう。


「のっほっほ! やっとるのぉ!」


「ウォロクさん!?」


突然背後からぬっと現れたウォロクに、俺は驚きを隠せなかった。


「いたなら早く声をかけてくださいよ」


「むしろ気づいて欲しかったんじゃが」


ウォロクはこれ見よがしに身体を動かしてハンマーを見せつけてくる。


「確かに、こんなハンマーに気づかない俺が悪いかもしれません」


「じゃろ? それに、なんか入りづらかったし」


「まったくもって……こう変態が多いと俺も頭がおかしくなるような」


「じゃろ?」


常識人ここにあり。だから俺はウォロクに安らぎを覚えるのだろう。


しかし、安らぎも束の間――


「みなさんッ! ダンジョン警報を発表します! 風のダンジョンにてタチカゼイタチの残党――変異種が三体出現しました!」


――受付嬢のニーナが叫んだ。


俺はウォロクと目を合わせる。


「タチカゼイタチって、すっごい怖いイタチですよね?」


「軽く死ねるのぉ」


以前ミリアもそう言っていた。騎士系の冒険者でないと、身体をバラバラにされて命が危ういという魔物――龍すら恐れない凶暴さらしい。


「……」


俺はネリスの隣に立っているテナを見た。テナは首をぶんぶん振っている。


「……だよな」


テナはそうこなくちゃな。

俺が小さく笑うと、ネリスが目線を向けてくる。


「来るか?」


「……え?」


「私と一緒に来るか?」


ネリスの言葉を聞いて、テナが声も上げずに目と口を丸くした。尻尾は落ち着く場所を見失い、不規則に揺れている。


先ほどまで賑やかだったはずのギルドに、静寂が訪れた。


「ちょっ、あんた――!」ミリアが何かを言おうとして、すぐにぎゅっと目を瞑る。そして、苦しそうに腕を組んではそっぽを向いた。俺の判断には口を挟まない……そういうことだろうか。


「俺は――」


――俺が……俺なんかが、そんな冒険をしてもいいのか。


ミリアやウォロクが「軽く死ねる」というほどの魔物に、立ち向かってもいいのだろうか。


俺がうなずいてしまったら……テナも行くと言ってしまうのだろうか。


と、ネリスが不敵な笑みを浮かべて俺を見つめる。


「笑うんだ」


「笑う……?」


「笑うんだよ、ルウィン。いついかなる時も。仲間と共に過ごす時も、敵と相対する時も、『もうだめだ』と思ってしまいそうな時も――笑うんだ。いつだって余裕の笑みを浮かべるんだ。それこそが、冒険者としてのあり方だ」


ネリスは自身の冒険者としての信条を言葉にし、小さく笑う。


「ルウィン、君は私たちを英雄と呼んだな。そうだ……初めて闇のダンジョンで出会った時、君は愉快にも『英雄よ、その道を行け』を演奏していたじゃないか。英雄とは誰のことだ。道とはなんだ。まさか、知らないとは言わないな?」


英雄――それは、多くの者には成し遂げられない偉業を成す者。


道――それは、多くの者が通ることを避ける冒険そのもの。


「ルウィン、こんな簡単な答え合わせを私たちにさせるなよ? 自分で決めてくれ」


ネリスは俺に、決めろと言う。

ふと周囲を見渡すと、みんな俺が言葉を発するのを待っているようだった。どうして、そんな目で俺を見るのだろうか。ただのしがないアイテム屋でしかない俺を。


「俺なんかが、ネリスさんのような英雄たちと、冒険してもいいのでしょうか――」


そう口にした時、俺は自分の言葉に違和感を覚えた。


(――違う)


恋茄龍と相対したあの時から、背負い箱を置き去りにしたあの時から、俺の心は決まっていたんだ。


テナの方を見ると、テナはにっこりと笑っている。あるいは作ったようにも見えるその笑顔に、俺は勇気が湧いてくる気がした。


「魔よけの加護でダンジョンも余裕な俺ですが、英雄たちと冒険してもいいでしょうか」


余裕なわけがない。魔よけの加護で龍の一撃を防げるわけでもない。


だとしても、笑おう。不敵に笑おう。余裕ぶった笑顔で冒険をしよう。



「俺も、その道を行きます――」



――英雄たちの一人として。

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