見せかけ

奇襲作戦におけるプランBは、プランAよりも奇襲という点では劣っているが仕方がない。あのまま蔓に飲み込まれた状態のままでいたら、おそらく全員が気絶してしまっていただろう。


(蔓の出所は――)


今も燃えつつある蔓を目で追うと、第4領域は遥か遠くの壁際から龍がこちらをじっと見つめているのが分かる。


(慎重なやつだ。ここまでは予想の範囲内だが……)


と、冷静になっている場合ではない。

こうしている今も、俺たちはダンジョンの地面に向かって落下しているのだ。


このままでは、少なくとも俺は死んでしまう。


(助けてスーシーさん!)


こういう時、エルフたちは叫ぶと俺は知っている。


「「ああ゛~~~~」」


いた。スーシーとシルヴィアが手を繋ぎ合って自由落下を楽しんでいる。


「そんな場合じゃないですよ!!!」


俺がそう叫ぶと、はっとした表情でスーシーは主人であるシルヴィアをようやく手放した。


シルヴィアが「~~~~あ゛あッ!!」と叫ぶ一方で、スーシーは祈るように目を閉じる。


「あぁ、精霊さま! 不肖の私めの代わりに変態たちを救う力をお貸しください――!」


『『『変態はいやッ!』』』


「――風精霊の素敵な寝床シルフィー・ベッド!!」


一瞬、風精霊三人分の拒絶が聞こえた気がしたが、風のクッションによって俺たちの落下速度は急激に減衰する。ただ一人、ドワーフのウォロクを除いて。


「ぬおおおおぉぉぉぉ!!」


ウォロクが叫んでいる。

俺はすぐさま『氷獄の水刃コキュートラス』を引き抜き、急いで言挙げする。


氷獄ひょうごく彷徨さまよいし哀れな龍よ! お前のごうを吐き下せ!」


刃から凍れる水があふれ出るのを確認し、ウォロクが背負う大戦鎚ハンマーに向けて切りつけるように放った。凍てつく魔力がハンマーに宿る。


「なんでわしだけぇぇぇ――







 ――なーんてのおおぉぉ!!!


 ハンマーこそが魔導の極意ィ!!!

 うな戦鎚せんついィッ!!!

 おののけ大地ィッ!!」


ウォロクは落下したまま背中のハンマーを掴み、激烈に地面を叩きつけた!


戦鎚の鼓動ハンマー・ビーツ――!!!」


凄まじい大地の振動の余波が、低速落下中の俺たちにも伝わってくる。


「――氷結地獄コキュートス!!!」


ウォロクが地面に向けて人差し指と小指を突き立てると、みるみるうちにダンジョンが氷に浸食されていった。緑に溢れた大草原は、今や半分が氷のダンジョンへと早変わりした。


「のーほっほっほ!!」


地面からは追撃の蔓が無数に伸びてきていたが、間一髪、『氷結地獄コキュートス』によってこれを防いだ。


「しょせんは草……よく凍るわい!!」


草のダンジョンは、植物にとって快適な環境と言える。だからこそ、それに甘えた植物が寒さに勝てる道理はない。


〈……〉


沈黙する龍を見据えながら、俺たちは氷上にふわりと着地した。


「あらやだッ!! わたくし氷は大好きですわ!!」


エルフの弓使い――シルヴィアは、着地と同時に氷の大地に愛弓を突き刺して固定する。


獄氷の纏いコキュートス・エンチャント


さらに槍のような矢を氷に突き刺して引き抜くと、その矢じりは極寒の冷気と魔力を纏い、青白く輝いていた。


「ゆきます……エルフの獄氷エルヴン・コキュートス――」


シルヴィアが致命の一撃を放とうとした瞬間、俺たちは恐ろしい光景を目にする。恋茄龍マンドラゴラスが、その巨大な腹を開いたのだ。その中には、やはりたくさんの人間が吊るされていた。


「――あらやだッ!」


そして、その内の一人だけを腹の外に出し、見せつけるように玩具のように揺らしてみせる。


「……ッ!!」冒険者たちは息を飲んだ。


シルヴィアは龍への攻撃を外した。行き場を失った矢は遥か遠くのダンジョンの壁に突き刺さり、大きな氷の花を咲かせる。


と、龍は満足げに人間を自分の腹の中に戻した。その光景を見たネリスが「なるほど、笑えないな」と呟き、先頭で盾を構える。ネリスに続き、全員が携えた覚悟を持ち直した。


(やはり、この龍には悪意知恵がある)


俺は声を張り上げる。


「予定通り、後方支援組は次の超遠距離射撃の準備を! スーシーさん、お借りします!」


俺は隣に立っているスーシーの手を握る。


「やんっ///」


スーシーがわざとらしい声を出した。スーシーの手は柔らかくとても魅力的なものだったが、今はそれどころではない。彼女が使役する目には見えない風精霊シルフィードを通じて、上空を舞うアルメリゼに呼びかける。


「今です!!!」

『はい!!!』


氷のダンジョンで出会った7体の土精霊ノームは視界の共有ができたが、3体の風精霊シルフィードは離れた場所にいても声を届ける力を持っていた。


『キャハハハ!! たーのしー!!』


風精霊を通してキャルの声が聞こえてくる。

ダンジョン内の高い天井付近を見上げると、龍に向かって高速で飛んでゆくアルメリゼと、その両手にぶら下がるキャルの姿があった。そして、アルメリゼは翼を持たないキャルを放り投げた。


ってきまーす♪』


マンドラゴラスは高速で飛んでくる凶刃キャルに蔓の触手を伸ばす。


『キャハハ!』


キャルは空中で背中の双剣を引き抜いた。


『見ててね♪』


一瞬何が起きたのか……束となった蔓がキャルの目前に迫った瞬間のことだった。キャルは左手の剣を逆手に持ち替え、車輪のように回転しながら蔓を切り刻んでいったのだ。そのまま、蔓の出所に疾風はやてのごとく近づいていく。


『キャハハハハハハッ!!!』


「キャルさん凄い!!! だけど速すぎです!」


『ごめーん♪』


相変わらず恐ろしい子だ。

今回の作戦において、キャルには自由行動を良しとする遊撃手を担ってもらうが、十二分にその役割を果たしてくれるだろう。


『こちらアルメリゼ! キャルさんに続きます!』


「了解! エルフの蹴撃エルヴン・シュートの第二射の後、敵戦力の分散と戦闘状況の監視に移行してください!」


『はい!』


アルメリゼには蔓をかわしつつ龍の意識を分散させ、上空から戦闘状況を把握する監視者になってもらう。


(だが、その前に確かめなければならないことがある)


と、地上組も第二射の準備を始めていた。


戦鎚の鼓動ハンマー・ビーツ!」


ウォロクが大地を叩いてマナを呼び起こし、


「――熾天の銀火ゼルフィス・ファイア!」


マナの供給を受けたミリアが魔法を生み、


熾天の纏いゼルフィス・エンチャント――」


――シルヴィアが纏いの矢で超遠距離攻撃を放つ。


「ゆきます……!」


「シルヴィアさん!!! 待て!!! アルメリゼさんからの報告を待ってください!!!」


「そんなッ!!!」


「作戦立てる時に散々説明したでしょ!?」


ここにも恐ろしい女がいた。シルヴィアは息を荒立て、今にも蹴撃シュートしそうなところを、かろうじて理性で抑えている。


「はあはあ、早くちたい……!」


「奥様……我慢することはありません……撃ちましょうよ……撃て……撃っちゃえ……!」


俺を挟んで恐ろしいことを言うのは、メイドエルフのスーシーだった。


「スーシーさん!? 絶対だめだからね!?」


「やん///」


俺がスーシーの手を本気で握ると、また妙な声を出してきた。


「そんな声を出してもだめなんだが!?」


「うふふ、今の奥様は耳が遠いので大丈夫ですよ♪」


確かに、今のシルヴィアの耳が遠いことが救いだった。というか、スーシーは分かっていてこんな恐ろしいことをしているらしい。なんて女だ。


「はっ……!」


ミリアとネリスがジト目で俺とエルフたちを見つめている。


『馬鹿なの……?』と言いたげに、ミリアは念のため次の詠唱を始めていた。一方、ネリスは「楽しそうだな……」と悔しそうだった。


『こちらアルメリゼ! いつでも行けます!』


「はっ、了解! シルヴィアさん、撃てッ!!!」


号令と共に、シルヴィアが蹴るようにして矢を放つ。


「あ゛あッ!!」


シルヴィアの歓喜の嬌声と同時に光輝の大長弓ウルスラークスが低く唸ると、燃え盛る銀火の矢が空気を切り裂いた。


第一射と違うのは、キャルとアルメリゼが同時攻撃を仕掛けている点にある。マンドラゴラスもそのおかげで人質を出せないでいた。


(さあ、どう動く……!)


今度の一撃は一味違う。ミリアの『熾天の銀火ゼルフィス・ファイア』はアンデッドなどの闇系統の魔物だけを焼く炎だ。それをまとった矢も同様に、そうした存在だけを焼き尽くす矢。つまり、この一撃を受けてもマンドラゴラスは焼かれないのだ。


だが、草のダンジョンに生きる龍がそんなことまで知っているだろうか。いや、知らなかったのだ。だからこそ、マンドラゴラスは一瞬の判断を迫られたこの瞬間、わずかに硬直したのである。


(知らないならば、知恵のあるお前は俺たちの攻撃を深読みする――)


俺たちが人間を見捨てたのか。

それとも人間には危害のない魔法を撃ったのか。

後者であれば、なぜ最初に撃たなかったのか。

それとも準備に時間が必要だったのか。

見せかけだけのハッタリなのか。

それとも、もっと別の何か。


(――だが、考える暇はない)


お前は一番優先するべきことを実行しなければならない。自分の命を守るという行動だ。


(……さあ、飛ぶなりなんなりしてみせろ。大きな翼はお飾りなのか?)


だが、マンドラゴラスは飛ばなかった・・・・・・。自分を殺そうとする銀火の矢を無視し、迫りつつあるキャルの方に触手を伸ばしたのだ。瞬間、矢は龍の首に命中したが、もちろん燃え広がることはない。だが、これで分かったことがある――


「――標的はこちらの数を減らすことを優先しました!! 最終プラン『マンドレイクの春』まで想定してください!!」


「了解!」


地上組も飛行組も一様に返事をし、決戦の時を見据えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る