地獄の攻防
§ 火のダンジョン 第5領域 『巨人の大釜』 通路 §
一本道の通路を抜け、俺、テナ、狂人――もといキャルの三人は、第5領域の『巨人の大釜』に足を踏み入れようとした。その瞬間――
ひゅんッ!!
――何か破片のようなものが横を通り過ぎた。
「にゅんッ!」
怖がったテナがすり寄ってくる。
俺も怖いんだが。
ひとまず背負い箱を盾にする。
「キャハハ! やってるねー」
キャルは相変わらず楽しそうだった。
飛んでくる何かの破片が自分の顔に当たりそうになっても、寸前で剣で弾いてみせるのだ。冷静な狂気を感じる。
「耐火ポーション、ありがとねー」
急に素直にお礼を言うだなんて……ずるいじゃないか。
俺の心は不覚にも嬉しいと感じてしまった。
これはあれだ、散々脅された後に優しくされると心が揺れてしまうという悲しき人の性――勘違いである。
テナの顔を見るが――
「こわいよお……いやだよお……」
――恐怖でそれどころではないらしい。
「ねえキミたち、見てごらんよ。冒険者二人……あっはぁ、ミリアじゃん♪ あと、ウォロクのおじいちゃんも♪」
よかった、二人とも無事らしい。
「龍の姿はよく見えないけどー、二人が苦しそうにしてるねー。ということはさー、とっても素敵ってことじゃない?」
素敵? まったく分からない。
「分かります。なあ、テナ?」
「はい。ボクもそう思います」
テナも感情を消して答えた。
俺もだ。
ともかく俺は英雄二人の姿をキャルの向こうに探した。
「……ッ! ミリアさんとウォロクさん、他の冒険者をかばいながら戦っているのか……!」
ウォロクが巨大ハンマーで飛んでくる何かを砕き、ミリアがその破片を防いでいる。
ひゅんッ!
そして、破片の流れ弾が俺たちの方にも飛んでくるというわけだ。
敵は移動しながら攻撃しているらしく、ミリアたち二人は位置を変えながら戦っていた。
さてこの状況、俺たちにもできることがあるのではないか。
俺は相棒に振り返る。
「テナ、俺はミリアさんたちを助けに行きたい」
俺の言葉を聞いたテナは、ぎゅっと目を瞑った。
だが、すぐにその左右で異なる瞳を俺に見せる。
「ボクも……ミリアを助けたい」
暗い灰と深い緑の瞳が、しっかりと俺を見ていた。
「あと、ウォロクおじいちゃんも」
ついでみたいに言われるウォロク。
だが、言われぬよりはましというもの。
「キミたち、やっぱりすごくいいよ」
俺たちをじっくりねっとり観察するように見ていたキャルの目が、いっそう怖くなった。
「アタシがつまらない水のダンジョンに潜った理由がようやく分かっちゃった。これってきっとさ、キミたちと会うためだったんだよ」
運命の出会いってやつ? とキャルは笑う。
そういうのはミリアとネリスで間に合っている。あとウォロク。
(まったく、恐ろしいことを言う人だ)
……だが、今はミリアとウォロクを見捨てることの方が怖い。だからこそテナも立ち上がったのだ。
俺とテナは顔を見合わせてうなずき合う。
そして、戦線に踏み込もうとすると、キャルに制止される。
「もう少し待とうよ」
双剣を両手に構え、一番飛び出したがっていたはずのキャルが、俺たちを止めた。
いったいどういうことだ。
実は冷静な人なのか。
そうであってほしい。
「もう少し、二人が苦しむのを見てたい」
そうじゃなかった。
「……」テナも引いている。
「それにね、あの二人は助けられるために冒険者をしているんじゃないよ」
キャルは右手に持った剣を、戦っているミリアとウォロクの方に向けた。
「助けるためにやってるのさ」
次の瞬間、俺は龍の姿を見た。
炎に身を包み、大蛇のように首をもたげる龍が、ミリアたちに向かって高速の炎弾を吐くその様を。
ウォロクがハンマーで炎弾を打ち砕き、大量の破片とマグマが後ろにいるミリアたちに降り注ぐ。だが、それらは即席の防壁によって防がれた。
次の瞬間、叫ぶようなミリアの呪文がダンジョンに響く。
「
龍から撃たれた次弾が、突如巻き起こった巨大なつむじ風によって弾かれた。
そして、それを見越していたかのようにウォロクが遥か頭上に巨大なハンマーを放り投げ、自らも嵐の中で跳躍する。
「ハンマーこそが魔導の極意ィ!!!」
え、なんて?
「
ウォロクは空中で掴んだハンマーと共に落ちていき、雄叫びと共にハンマーを地面に叩きつけた。
「
地面から叩き起こされた
「――
ウォロクが左手の甲を下にし、人差し指と小指を龍に向かって突き出した。
すると、熱を帯びた暴風が火龍に向かって押し寄せる。
〈グオオオオォォォォッ!!!〉
初めて火龍が悲鳴を上げた。地獄の嵐で火龍はいっそう激しく燃え、その風圧でダンジョンの壁に押し出された。
重たい振動が、足元にまで伝わってくる。
「これが、
凄まじい魔法だ。魔法なのか。
テナと一緒に衝撃的な光景に見とれていると、キャルが歩き出す。後ろ手に交差させた双剣が、待ちきれないとでも言っているかのように重なり合う音を立てていた。
「冒険者はこうでなきゃねー♪」
そう言って、キャルは全身で振り返る。
「アタシらも冒険しようよ。たのしー冒険をさ――」
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