28 石板って読めるの?

 定時会議が終わったら、3人はとんぼ返りで第2集落……人族との最前線に戻って行った。……忙しい時にお手数をおかけいたしました。反省。

 カー君にも釘を差されていたのに、情けないよ私。

 3人の話によると、結局探索メンバーはテイタニアに工房を構えたらしい。

 ケインさんは砂漠の砂鉄に近い場所を望み、紬さんは嫌でもサンドクローラーのイモムシ君と向き合わねばならない。ピノさんは……私の石板待ちだった!


 他にも、千客万来は困るので、キャトル君の新しいポーズも考えなくちゃいけない。

 けっこう忙しいぞ、私。


 一から頼ると、絶対に良い顔をしないカー君だ。

 ある程度、私なりの考えをまとめておかなくちゃね。それに対して方向性は教えてくれるけど、最初からは教えてくれない厳しさが有る。

 さすがジュエラーたちの指導者だよ。


 石板①を取り出すと、謎にぷかりと宙に浮く。

 ……にらめっこはしやすいとも言える。

 刻まれている文字は、謎だ……こんな文字ってどこかで見たことがあったっけ?

 海賊船の記録……は、私たちと同じ言葉だった。便宜上は日本語で書いてあったけど、そういう意味だろう。

 海辺の町の神殿に聖典があったら……きっとこんな文字だったのかもしれない。

 でも、何も残っていなかったよ。

 お城の跡にも文字は無かったし、神殿には……石板そのものがあっただけ。


 あれ? ひょっとして、古代の文字が読めないと言うだけで、石板そのものは読めているってこと?

 ギルドの2階の石板との違いは、書いてある文字だけだ。

 あっちはちゃんと、日本語に翻訳されている。こっちは原語版のまま?

 つまりは文字が解らないだけで、スキルレベルは足りているのでは?


 うん、その点の確認をカー君にしておこう。

 あはは……しまわずにおくと、石板はふわふわ着いて来る。ちょっと可愛い。

 宝石工房に行くと、カー君はまたライチを食べていた。


「やっぱり、ライチは美味しいね。どうしたサクヤ、妙なペットを連れて」

「すぐとぼける。これが何だかは良く知ってるでしょ?」

「……石板だね」

「石板だよ? でも古い文字が読めないんだよ」

「それは、頑張って読むしか無いね」

「そっか……んだ?」


 カー君は何も言わずに、目を細めている。

 これは大サービスな情報ではなかろうか?

 せっかくだから、ついでに訊いてみよう。


「古い言葉の辞書ってどこかで売ってる?」

「サクヤは、この世界で辞書を見たことが有るかい?」

「質問に質問で返すのは良くないよ。……そう言いながら、教えてくれてるのは解るけど」

「気をつけるよ」

「ありがとう。今度また採取部隊が出るときには、ライチをいっぱい採ってきてもらうね」

「それは何よりだよ」


 やっぱり、カー君は凄い。

 ほんの僅かな会話で、私が欲しい情報をそれとなく伝えてくれる。

 うっかり聞き飛ばしてしまいそうになるけど、注意して聞けば値千金だ。

 カー君曰く……石板は頑張れば読める。そして、古い言葉の辞書はない。

 つまりは、言葉を学ぶ必要はなくて、何らかの手段を用いれば読めるということだ。


 ここまで教えてもらえば、あとは私の小さな脳味噌の仕事。

 カー君の期待は裏切れない。


 アトリエに帰ったら、ピノさんがキャトル君とにらめっこしてた。

 無表情なゴーレムだから、勝てる見込みはないんじゃないかな?


「目のような赤いランプを見ていただけだよ。にらめっこしても勝てる気はしないから」


 それは懸命な判断。

 実は意外にじゃんけんも強いんだよ、キャトル君。……私、あっち向いてホイで23連敗中なんだ。


「ゴーレム相手に何をしているのかな? それより、石板だけど……」


 言いかけたピノさんも、私の周りにぷかぷかと浮いてる石板①を見て、呆れた。

 こうしておくと、懐かれてるみたいで愛情が湧くんだよ。


「愛情で読めるなら、私もそうするけどね。……何か進展はあった?」

「カー君とお喋りしていて、『頑張れば読める』と『古代語の辞書は無い』って教えてっもらったよ」

「それ、ヒントなの?」

「大ヒント! 出血大サービス級だよ? だって、石板自体は読めているけど、文字が読めないだけということと、辞書が無いという事は古代語を学ぶ術が無いっていう事だもん。何か他に解読する方法があるということ。その方法を探すだけで良くなったんだもん」

「カーバンクルが凄いのか、その言葉をそこまで解釈できるサクヤさんが凄いのか……」


 凄いのは、カー君に決まっている。

 たぶん、禁止事項スレスレのヒントを出してくれてるんだから。

 優しく賢い、肉球持ちのもふもふ。


「私も少し、真剣にアプサラスの言葉を聞いた方が良いのかなぁ……」


 錬金術工房の指導者は、アプサラスなんだね。

 知恵を授けるインド方面の踊り子な女神様。なるほど……。


「何か古代語を読める手立ては見つかりそう?」

「うーん……カー君の口ぶりからは、材料は揃ってる感じなんだけど……」


 とりあえず、思いついたことから試してみる。

 キャトル君に石板を見せよう。


「キャトル君、これを読んでみて?」

「………………。」

「あの……サクヤさん? ゴーレムには発声装置が無いのでは?」


 あ、そうか。ペンを持たせてみよう。

 書かせてみたら、古代文字を書くし……そうか、その世代の生き物(?)だったね。今の言葉が解っているようで、念波で繋がっているだけだもの。

 一番古代語に近い子だと思ったのに……。近すぎて、他を知らなかったとは。

 頭を抱える私を見て、楽しそうにピノさんは笑う。


「本当に思いついたことから試すんだ?」

「だって、何が当たりなのか解らないもん。ニアピン賞なら、ニアピン賞っぽい反応があるかもしれないでしょ?」

「それはそうだね……やっぱり、面白い人だなぁ」

「他の人はどうやってるの?」


 私は自分のやり方しか知らないもん。

 クスクス笑いながら、ピノさんが言うことには


「紬さんは、サンドクローラーの卵を孵して良いものか悩んでる。有用なのは確かなんだけど、でかいし、餌も解らないし、気持ち悪いしで」

「最後の一つは、紬さんには重要だね」

「服飾工房の文献を当たりまくって探してるよ。たぶん……答えは石板の中に書かれていそうだけど」

「砂鉄の扱いとか、あのイモムシくんのこととか、ルーンと宝石の両立とか、私の探している水晶の使い方とか……全部ね」

「申し訳ないけど、旅の総決算はサクヤさんにかかってる感じ?」

「あう……いろいろ考えてみるよ」


 全部この石板にかかっていることを再確認して、ピノさんはキラキラ~っと飛んでいく。

 結果待ちだと、自由でいいなぁ。

 海賊船から始まった旅って、結果的にこの石板を手に入れる……と言うか、古代の叡智を手に入れるための旅だったものね。


 石板を捕まえて、陽に透かしてみる。……当然透けない。

 じゃあ、陽の光を反射して……反射しない。


 こんなトンチを効かせる方向じゃないのかな?

 そもそも、持って帰っちゃって良かったのか、今更不安になる。

 あそこには、使えそうなものは無かったよね?

 ……無かったという事にしておこう。そこを疑い始めたら、先に進まない。

 ジュエラーらしく、何かほんやくコンニャク……じゃなくて、翻訳できる宝石を探してみよう。

 多分、カー君的にも、お勧めコースだと思うの。


 一番謎な水晶全種から始めて、身に付けてみたり、石板を石に透かして眺めたり。

 途中で、映画を思い出して、石で石板の表面をなぞったりしてみた。

 ポーンとか鳴って光が動いたりしてくれると、未来的でカッコいいのに……。

 しょせん古代の叡智だね。そういう未来的反応を、求める方が間違い?

 ……だんだん、考え方がひねくれてきた?

 うん、自覚有る。

 こうも何をやっても、知らん顔されるとムカつくよ?


「ならば、今すぐ愚民ども全てに叡智を授けてみせろ!」


 どこかの3倍速の赤い人みたいなことを言って、石板をポコっと殴ってみる。

 ……私が痛いだけだよ。

 ねぇ……たかだか宝石に、叡智を授けられるものなんて無いよ……ね?

 あれ? ……何かあったような気がする。


 ちょっと緊急ログアウト!


 冷房ヒエヒエの部屋に戻った私は、ベッドサイドに、無造作に積み重ねた本の山をひっくり返す。わぁ……読みかけの文庫本『歌う船』の栞が、落ちないようにしないと! 読んだ所を探すのに、先の文章を目にして、ネタバレするのは悲しいもん。

 あった。『ミジンコでも解るパワーストーン』

 なにか記憶に引っかかっただけ、きっと私はミジンコより賢い。

 ペラペラペラとページを捲る。こういう時は紙の本の方が使いやすい。

 検索ワードが確実なら電子なんだけど、曖昧で流し見するならやっぱ紙の本。

 

 困難を乗り越え、夢や希望を現実のものとするパワーストーン。

 持ち主の改善すべき点を容赦なく指摘し、変化するように求め導く石。


 ……たぶん、これだよね。

 金剛石……ダイヤモンド?

 あはは……まだルビーやサファイアも手に入れてないのに、ダイヤモンドなんてね。


 あ! 持ってる私!

 2カラットのラウンドブリリアント・カットのダイヤモンドリング!

 そうだよ、『叡智の鍵』とか言って貰ったじゃん!

 あれはてっきり祠(仮称)の前の石段を開く為のものだと思っていたけど……。

 もう一つ意味があったとしたら……?


 あれ、売っちゃってないよね?

 売ったのはオニキスと水晶の指輪だけだよね?


 冷や汗を流しながら、再びゲームの世界へ。


 良かった……まだ、持ち物欄の片隅に置いてあったよ。

 うまくいきますようにと、パンパンとお祈りしながら指に嵌める。

 おいで、石板①……。

 なんだよ……字がぼやけちゃっって読めやしないじゃん。

 大失敗かぁ……。


 あれ? 何で字がぼやける?

 指輪を外してみると、古代文字がくっきり見える。急に近眼や乱視になったのではない。

 指輪を嵌めて、片っ端から石板を取り出してチェックする。


 石板26を取り出した時……。


『宝飾職人を志すものに、以下の知識を伝える……』


 と、石板の文字が見慣れた日本語に変わった。

 ビンゴぉ!

 文字がぼやけていたのは、きっと私がその職種のレベルに到達していなかったからだ。


 飛び上がって喜んだ私は、頭上に浮いていた石板に頭をぶつけて、本気で泣いた。

 タンコブできた……痛い。

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