50 第二集落攻防戦ですよ?(中編)

 投石機の応酬と言っても、互いに石を投げてるわけじゃない。

 岩と言えるほどの大きさのものを、発射し合っている。

 防御に築いた土壁や、あわよくば敵兵力を下敷きに……との思いもあるだろうけど、防御魔法に弾かれてしまう。

 高位魔法使いのスペルは、それらの岩を射出した投石機に弾き返すくらいのことはできるのだ。互いの投石機が砕け散るが、その分脅威になる高位魔法使いのMPを削れたなら、充分な成果だろう。

 それにしても、人族軍本隊って凄い数だ。

 ケットシーやシルフの可愛さに憧れて、もっと精霊になれば良いのに。


「シルフは、女性キャラ専用なのがね……。オンラインゲームは、やっぱり男性プレイヤーが多いもの」

「……少し減らす?」

「できるの?」

「準備はしてある」


 こんな使い方はしたくないけど……。

 私は準備したプラチナ製のタクトを取り出し、ダイヤモンドのパビリオン下部を人賊軍の左翼に向けた。

 あそこに埋めたはずだよね?

 私は宝石袋からヘリオドールを取り出して、ダイヤと逆の端面に当てる。掌の中のヘリオドールが、一瞬で輝きを失って砕け散る。宝石の王、ダイヤモンドを通して、砕けた宝石の波動が発せられた。

 ズンッと鈍い揺れが、大地を揺るがす。その地点から発せられた半球状の熱の玉が、その範囲にあるすべてを飲み込み、溶かしてゆく。


「今のって……サクヤがやったの?」

「うん。宝石に眠る力を、即時に全開放したの。勿体ない……素敵なジュエリーにできる石だったのに」


 次は左翼を狙って、オブシディアンを開放する。

 巻き起こるのは、巨大な竜巻。

 人を武器をすべてを巻き上げて、空に返してゆく。


「ちょっと、サクヤ……あなたって、どこの大魔道士?」


 スペルユーザーのダリさんが、そう言い出すのも当然だよね。

 どちらも、ダリさんでも使えないような、極大呪文に近い効果が有るもの。

 詰め寄ろうとしたダリさんは、私が泣いているのを見て躊躇した。

 理由だけは、説明しなくちゃ……。


「あれは宝石の悲鳴なの……。私が磨いて、命を与えた宝石を、共鳴させて破壊してるの。その時の波動が、極大魔法のようになるの。でも、私の心には宝石の悲鳴が聞こえる……」

「もう……あなたばかり、そんなに無理をしなくてもいいのよ」


 私の頭をそっと抱き寄せてくれる。ダリさんの優しい所。

 それに何、このふわふわ……。思ってたより大きい……。


「もう無茶しないで、あなたはのんびり見てなさいな。おかげで、二割ちょっとは敵を減らせたみたいだから」

「あと最大で2回だけ、頑張る。……頑張らせて。ゴーレムだけはなんとかしなくちゃ」

「……できるの?」

「壊せないけど、無力化はできると思う」


 それはキャトルくんの主人としての、私の仕事だと思ってる。

 宝石の悲鳴を聞くのも辛いけど、この前みたいにボコボコにされるキャトル君を見るのも辛い。いくら治癒圏内に入れば治るとはいえ、痛そうで可哀想だもん。


 人族の布陣の両翼の端で、大爆発&大竜巻を起こした余波で、戦場の幅が狭くなってる。

 戦いは、弓と魔法の撃ち合いに移行していた。

 少し減らしたとはいえ、相変わらずの多勢に無勢。手数の差で、精霊軍はジリジリと後退せざるを得なかった。

 接近戦での突破を図って、人族はゴーレム2機に先陣を切らせる。

 迎え撃つのは、当然キャトルくんだ。

 青いゴーレムの一撃を、ガッチリと盾で受け止める。ケインさん、良い仕事してる。

 だけど、警戒していた通りに、キャトル君を青いゴーレムが引き受け、赤いのは大回りしての敵陣斬り込みを目指してる。

 私は、アパタイトを準備するけど……ちょっと内寄りだなぁ。


「キャトル君、お願い!」


 大胆にも、ケインさん製の巨大なゴーレム用の盾を投げつける。

 斜め後ろからの思わぬ攻撃に、赤いゴーレム君はひっくり返って転がった。

 よし、ジャストポジション!

 アパタイト君ゴメン!

 私は、胸を締め付けられる思いで、アパタイトを砕いた。

 途端、立ち上がろうとしたゴーレム君が、ズンと沈んだ。立ち上がろうとするが、立ち上がれない。踏みしめるはずの大地が、砂として崩れてゆく。


「流砂まで作っちゃうんだ……」


 ゴーレムは接近武器だけで、飛び道具はない。

 ズルズルと砂の中に沈まされては、打つ手がないだろう。助けに突出しては、精霊軍に狙い撃たれるだけ。私はタクトを通じて制御して、流砂の範囲を限定する。

 この為にわざわざ、タクトというジュエリーを作ったんだ。

 半径10メートルの流砂は、ゴーレムの働きを封じるには充分な大きさだ。人工とはいえ、流砂は流砂。ゴーレムを飲み込むくらいは可能だ。

 みるみる内に、胸のあたりまで砂に沈んでゆく。


 さあ、青いゴーレム君はどう動くかな?

 私は、最後の……アイオライトを握って見守る。

 キャトル君と殴り合いをしつつも、何とか仲間のゴーレムを助けようと近づいてゆく。

 お互いに殴り合いのダメージは見えるから、向こうの操者も治癒圏内にはいない。


「何て事をしやがるんだーっ」


 とか言いながら、人族側は救出用の鎖を準備しているのが見える。

 青ゴーレム君のキックに蹌踉めいた感じで、キャトル君が少し距離を取る。

 さあ、どうするかな?

 あまりにわざとらしい動きに、罠を警戒しているみたい。

 いや、もちろん罠なんだけど……さあ、どっちに動くかな?

 ゴーレム同士の殴り合いは、千日手。まず決着がつかないのを理解したのか、青ゴーレム君は、赤ゴーレム君を助けに動いた。

 ……それが、狙いだったりする。

 歯を食いしばって、アイオライトを砕いた。……これが最後だから!

 ふっと足元の地面が消えて、青ゴーレム君はどんな気持ちだったのだろう?

 もちろん、ただの落とし穴のはずがない。

 草も生えないはずの荒野に、盛大な水しぶきが上がった!

 ……半径5メートル、深さ20メートルの池……というより沼? を作ってみた。

 壁も底もドロドロだから、クライミングは無理だろう。ましてや、ゴーレム君が防水加工されていないのを、人族さんは知っているのだろうか?


 ……うん、敵も味方もポカンとしてる。

 敵ゴーレムを無力化したなら、とりあえずはお仕事終わりでいいよね?

 みんなが唖然としている間に、投げた盾を回収して、帰って来てもらおう。

 正門近くまで来れば、治癒圏に入る。

 キレイに治ったら、正門をキープするのがキャトルくんの仕事だ。


「何であなたは、こうも簡単にゴーレムを無力化するかなぁ……」


 ダリさんに、呆れ顔で見られた。

 ゴーレム本体ではなく、操者を攻める。という線で、ずっと作戦立案していたと思いますが……こんな手も有るんです。

 すっかりキャトル君に情が移っている私としては、どんな事をされたら嫌なのか? を良く考えているわけで。されたら嫌なことを逆にしてあげると、非常に効果的だったりするのよ……。

 宝石4つの悲鳴は、まだ心に刺さっているけど……。

 単純なはずの荒野の戦場は、流砂と底なし(に思える)沼のおかげで、非常にトリッキーになったけど、その方が守りやすいよね?

 たとえ鎖があったにしても、人力だけでゴーレムを引っ張り上げるのは無理が有る。

 あっという間に、戦力の中核を失った人族の慌てぶりと、あっさり排除した上に、味方にゴーレムがいる精霊族の士気の上がり方が好対照。


 だけど、攻防戦の本番はこれからだ。

 圧倒的に不利な人数で、プレイヤー同士の戦いが始まる。

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