51 第二集落攻防戦ですよ?(後編)
「気張れよ! サクヤのおかげで、敵の突入路が狭くなってるんだ! 守り抜け!」
最前線で陣を組む、ロキさんの檄が聞こえる。
物理防御に強いサラマンダーたちが、タワーシールドを積み重ねるようにして、防壁を築いてゆく。組み上がればもちろん、そこに炎が燃え上がる。
更に、ニンフやウンディーネが、その前に魔法の障壁を張った。
でも、そこに人数に任せた人族の攻撃が、容赦なく降り注ぐ。一気に攻め込めないのは、その眼の前で、流砂と底なし(に見える)沼がおいでおいでをしているから。
実際に先走った何人かが、そこに飲み込まれて犠牲になっている。
自分で作っておいて何だけど、そんな死に方は嫌だなぁ……。
VRだから、リアルに引き込まれたり、溺れたりする状況が味わえるんだよ?
ゲームだから復活できるとはいえ、きっと死ぬほど苦しい思いをすると思う。
それが解るから、きっと攻め倦ねているんだろうな。
あとはキャトルくんの操作しかすることのない私は、戦闘総指揮を執るダリさんの隣で戦況を見ているだけだ。
結果的に大人数で押し寄せることができなくなったこともあり、まだ人族の白兵戦隊は前に出れずにいた。
人数差もあるから、それは好都合以外の何物でもない。
「狙撃隊は、沼と流砂に近づく敵パーティを重点的に狙って。ゴーレムの指輪がドロップしたら、すぐに嵌めて報告を」
ダリさんの指示が飛ぶ。
ここに来て、ゴーレムの操者狙いが復活した。
もし、ドロップしたら、こちらの戦力として助け出せば良い。
幸い精霊軍には、魔法も物理攻撃も、かなりのラインで受け切れるキャトル君が健在だ。人力で引っ張り上げるより、ずっと速い。
「敵襲!」
突然の声に、振り返る。
人目を紛れてきたのだろう、柿渋色のレザースーツのハーフリングが3人、櫓を狙って跳ね上がる。人族の
完全に不意を突かれた私は、ちゃんとオレンジ翡翠のブローチをしているのを確認する。
一撃は大丈夫だけど、二撃が来たら無理?
ぽかんと、そんな事を考えることくらいしか出来なかった。
……まずい、キャトル君獲られちゃう。
でも、私達の後ろから飛び上がった黒い影と紫の影が、一瞬にして暗殺者たちをポリゴンに変えてしまった。
「……間に合った」
黒い影は、リルだ。偉い! 良く守ってくれたよ。
そして、びっくりしたのは紫の影。チン……と鍔鳴りの音をさせて刀を納めたのは、何と、すあまさんじゃない! 何でここにいるの?
「前にサクヤさんが作った、二つ前のセーブポイントに戻れる指輪。何かに使えるかと頂いたのですが、それが功を奏しました。刀を研ぎ直した関係で、私の二つ前のセーブポイントはテイタニアでしたから。……そこから急いで、ちょうど間に合いました」
ああ……あのレベルアップのためだけに作った、水晶付きのムーンストーン。
でも、ソドムの方は良いの?
「ゴーレムが二つとも、こちらに回っているという情報が入りましたから。それに本隊がこちらなら、向こうは手薄。同盟を組んで、後方の心配の無くなった魔族全軍と、『エコーズ』の連合軍が第1集落の奪還に向かっています。……取り返せば、魔族が2着に返り咲きます。『猫飯店』は全速で、こちらに移動中です」
すあまさんの報告に、全軍が沸き返る。
そうか、そういう手もあったんだ。
「それより、ゴーレムはどうなりました?」
「……文字通りに、サクヤが沈めちゃったわよ」
あはは、猫の狐に摘まれた顔って初めて見た。
詳しいことは、リルが身振り手振りを交えて説明している。
やっぱり、苦笑されちゃった。
「よし! 『猫飯店』が到着するまで耐え切れ! 猫さんが来たら、人数のハンデもかなり少なくなる!」
アクアマリンの通信腕輪で聞いていたロキさんが、前線に檄を飛ばした。
もちろん、それだけではない。
正門前だけではしんどいと、山側を大きく迂回して襲いかかろうとした人族の一団を、黒い鎧の精霊軍団が奇襲して蹴散らす。
最後の最後まで、騎兵隊をするんだね。ずっと、そのタイミングを待ってたでしょ?
来るだろうと思っていた伏兵『ブレイク・ライン』が参戦してくる。
遅いぞ、
「だから、本名はやめろ!」
聞こえちゃったみたい、マジで怒ってる。ごめん、ハーディさん。
ちょっとだけ、反省しよう。
肩を竦めていたら、突然ダリさんに抱きしめられちゃった。
ふわふわしたのが頬に気持ち良いけど、どうしたのよ?
「本当、最初から最後までサクヤのお手柄よ。通信の腕輪がなければ、こんな展開は有り得なかったもの」
山側から『ブレイク・ライン』が敵陣を崩していくなら、呼応するように『
炎の盾の堅陣を飛び越えるようにして、シルフたちが斬り込んでいく。
「来やがれ、『双剣』なら、相手にとって不足はない!」
名のあるプレイヤーなのだろうか、片手剣に円盾の男性エルフがサーヤを迎え撃つ。
だが、サーヤはあっさりその横をすり抜けた。
「は、速い……」
「悪いね、もう君とやり合うには、速くなり過ぎちゃったんだ。ウチには、腕の良いジュエラーがいるから」
サーヤの額で、漆黒のスピネルが華やかに煌めいた。
一瞬でポリゴンになったエルフに、人族軍がどよめく。
快進撃のサーヤを止めたのは、ドワーフの作る盾の堅陣だ。速いけれど、パワーの無いサーヤは舌打ちして退く。
「こういうのは、俺の仕事だ!」
進み出たロキさんが、巨大な斧を横薙ぎする。
構えていた盾が3枚、真っ二つに割られて盾の陣形が崩れた。
その隙間を突くように、シルフたちと猫たちが駆け抜ける。鎧刺しを持ったレプラカーンたちが、回り込むようにしてドワーフに襲いかかった。
ロキさんって、冗談でなく盾を割っちゃうんだ……。恐すぎる。
勢いでは押せるのだけど、いかんせん人数差が有る。
ダリさん曰く、精霊軍の強みは戦死しても、すぐ第2集落で復活できることなのだとか。
アイテムドロップをしちゃうので、死なない方がもちろん良いらしいけど。レベルが低い人は「死なば諸共!」の方が経験値を稼げるんだって。
PvP慣れしてる人は、恐すぎるよ……。
上から見てるだけで申し訳ないけど、乱戦に入って押しも引きもできない感じ?
時々戦線維持にキャトル君を送り出しては、再生しに戻って来させる。健気に頑張ってるよ。ケインさんの作ってくれた盾だけは、再生できないので、もうボロボロ。
いざとなったら、放り投げて武器にしようね。
サーヤが回復に戻って来た。
ヒールウォーターをかけてあげちゃおう。
「サンキュ! 戦局はどう?」
「硬直してるわ。みんな良くこの人数差を堪えてる」
「何か、決定打みたいの……ないかなぁ」
「魔法も、この混戦じゃあフレンドリー・ファイアが怖いから……」
ポーションを飲みながら、サーヤとダリさんが話し合ってる。
あ、そうだ。
「サーヤ、誰かゴーレムの指輪を拾ってない?」
「ん? 敵さんの? まだ、その声はないよ?」
「誰かドロップ品を装備したら教えて。キャトル君に鎖持たせて、そっちのゴーレムを引っ張り上げるから」
「……それは戦力になりそうだねぇ。指輪した後衛を狙ってみようか」
「無理しないでね」
「もちろん!」
身を翻して、前線に戻ってゆく。
入れ替わるようにして、リルが戻って来た。
「……赤いの取った」
と言いながら、指輪を見せてくれる。
すでに狙ってたのね、この娘。
慌ててキャトル君に鎖を持たせて、流砂の脇で釣りをさせる。
あ、釣れた? ステータスプラス1の指輪を付けさせてる分、グイグイ引っ張れる。
草の上でトントン跳ねさせて、砂を落としたら突撃だ。
リルが前線に留まれる分、赤ゴーレム君は無敵状態。いくらでも再生するぞ?
できれば、水の中に落としちゃった青君の方を助けたいんだけど……。
ゴーレムが錆びるの、最初に会った奴で確認しちゃってるだけに。
「サクヤさん、青いのも助けてあげて下さい」
宝石通信で、すあまさんから一報あり。
キャトル君、もう一体もお願いします。
池にポトンと鎖を落として、本当に釣り。
ゴメンよ、泥だらけになっちゃってる……。
近くにいたウンディーネさんが、水をかけて洗ってあげてる。優しい。
水も滴る良いゴーレムになって、前線に飛び出してゆく。
攻勢の要だった2機のゴーレムを強奪されて、露骨に人族側の士気が落ちている。
長い戦いに、妖精群側も相当疲れているみたい。
回復に戻った人に、私もヒールレインでお手伝いしてるよ。
陽が傾いてきた。
人族側で暗視能力持ってるのって、エルフとドワーフだっけ?
ウチはケットシーくらいだから、暗いと不利?
でも、サラマンダーさんは火でセルフ照明になってるから、そうでもないのかな?
シルフなサーヤは気を付けて!
あ……ゴーレムは暗くても問題無さそうだ。
第2集落の中では、持ちこたえてくれるものと信じて、調理スキル持ちが屋台を出し始めて、いい匂いをさせ始めた。
私もトテトテと櫓を降りて、ダリさんのと自分の分の焼きそばを貰ってくる。
こんな時だからと、代金不要だって、太っ腹!
そんな戦いに、決着を付けたのが……ようやく到着したケットシーたち。
全力疾走の疲れをウンディーネたちのヒールレインシャワーで癒やしつつ、これまで参戦できなかった鬱憤を晴らすべく、圧倒的な勢いで攻めかかった。
しかも、みんな夜目が効く猫たちだ。
前線を立て直すべく、ロキさんの指揮で戻せるプレイヤーを集落に戻して、腹ごしらえをさせる。お腹がくちるとやる気も出る。
煮炊きなどできない人族を、徐々に圧倒し始めた。
ついに撤退の花火が上がったのは、ゲーム内時間の夜中過ぎだ。
大歓声の中、前線で戦っていたみんなが凱旋する。
お疲れ様。
これからは食べ放題の大戦争。
こっちは、私も最前線で頑張るよ!
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