09 何でラウンジが有るんですか?

「おーい、サクヤ。工房が出来たよ?」


 私がひたすらムーンストーンを磨いていたら、サーヤが呼びに来てくれた。

 わぁ……本当に工房を建ててくれたんだ。

 ベジェ曲線に苦戦している、ジュエラー修行中のハチワレケットシーのベルも、面白そうな気配を感じてついて来る。

 工房ブロックの外れ、各ギルド本部に、ほど近い所。『精霊族の共有財産』何て、大それた言い方もされているから、立地は仕方ない。そこそこの大きさで、ちゃんと水色の看板に『サクヤ宝石工房』って書いてある。

 ドーンとサーヤがドアを開いて、私を中に招き入れる。

 途端に大きな拍手で迎えられて、ちょっとびっくりだ。

 いろいろなギルドの人が揃っていて、ちょっと視線が怖い。『猫飯店』ゾーンの猫集会具合を見て心を落ち着かせなくちゃ。


 工房部分は凄いね。

 複数人での作業を想定して、グラインダーや鑑定台など、宝飾組合の作業所の3倍有る。

 それとは別に、一式揃ったちんまりした区画が私の作業スペースなんだって。

 狭い所好きな、私への配慮が行き届いてるよ……。

 でも……質問なのですけれど、皆様がいる場所は一体?


「ふふっ。せっかくだからみんなが集まれるラウンジも併設しようって、作っちゃった」


 ダリさーん。お金は各ギルド持ちですから、強くは言えないけれど……工房にラウンジって必要ですか?

 するとロキさんが、この間と同じ良い笑顔を見せてくれた。


「そんなもん、サクヤが確実に引き籠もると解ってるんだから、呼びに行くより、ここに集まった方が早いに決まってるだろう?」


 あう……。

 私の充実した引き籠もりライフが……。


「ごめんなさい。サクヤさんに色々知恵を借りたい時に、傍にいてもらった方が良いっって思ったものだから」


 すあまさんが、申し訳無さそうに。

 まあいっか……。私もジュエラー修行のアドバイスなんて上手く出来ないから、他の人に通訳してもらえた方が助かる気もする。

 集中しちゃうと、周りも気にならないタチだし。

 ……いいや、巣作りを始めよう。


 クルッと椅子を回すだけで、全ての工程に手が届くという理想郷。

 絶対誰か、引き籠もってる人が作ってくれたね、この環境。

 実に痒い所に手が届いてるスペースとしか言いようがない。嬉しい。

 保管スペースに、トコトコと原石や作業途中の石を並べてゆく。ついつい、鼻歌が出ちゃう。


「……気に入ってもらえたようで、何より」


 ロキさんに爆笑されたけど、本当に気に入っちゃった。

 カー君の顔が見れなくなるのは残念だけど、ラウンジに誰かが顔を出している新しい環境になりそうだ。

 それも……きっと楽しくなる。


 ラウンジは結構本格的で、半地下の作業スペースを見下ろす形になっている。

 カウンターも付いていて、その内バーテンさんが居ついちゃいそう。

 円テーブルも3つくらいあって、片付けると、この間みたいな会議も出来そうだね。

 本当に、大手ギルド共用スペースになっちゃうみたい。

 貴金属の角材を置く棚をチマチマ動かして、ラウンジから隠れようとしているのに気づかれてしまった。そこくらいは許してもらえた。助かる。


「それから、サクヤさん。ムーンストーン10個は間に合いそうですか?」


 ギルド『エコーズ』のリーダー、ラドリオさんが申し訳無さそうに確認する。

 実は今、10個を同時加工してるんだ。

 粗削りを終えて、今順番に形を整えている所。同じ粗さの砥の粉を使う作業を、続けて10個分作業しているから、切り替えの手間がない分早くなる。


「多分、メンテ開始の前々日には、順番に仕上がります」

「待てサクヤ……それ、金属部分の加工を忘れてないか?」


 ロキさんが慌てるけど、ちゃんと考えてますって。

 その為に大きさを揃えたんだから。


「忘れてないし、多分効率もかなり良くなるはず。……私はレベル2をクリアしているから、これを持ってるんだよ?」


 ジャジャン! と披露するのは鋳型だ。


 そう、レベル2の課題。銅の鋳物で瑠璃ラピスラズリのペンダントヘッドを作った時に、残しておいたもの。

 石のサイズとデザインは同じにしてあるから、鋳物の材質を銀にしてやれば良いの。

 磨く人が1レベルだって、2レベルの課題の内容だからそんなに性能は落ちないはず。


「なるほど……10人がかりなら、10個も1日か……」

「そういう事。できれば私は、そっちではなくオレンジ翡翠の加工にかかりたいし」

「身代わり地蔵か……あれは欲しい」


 その効力は、私自身が実証済みだもん。

 身につけた人の代わりに、ダメージを受けてくれるジュエリー。手探りの序盤戦にこそ、欲しいアイテムだと思う。


「じゃあ、ベルは頑張って、加工の時までにせめてレベル2になってね」


 すあまさんの指令に、ベルは尻尾をブワッと逆立てて冷や汗を掻いてる。

 それは、『暴風ブラストウィンド』のレントさんも同じ事。

 二人共、今の状況を想定した上で、私と知り合うようにセッティングされていたらしい。

 レベル2課題の鋳型の磨きにまで入っている『エコーズ』のノームの女の子『チュウミン』ちゃんが一歩リードしてる。最初に私が坑道につれてってもらった時に、先に坑道にいた人だ。

 知ってる顔が多いと安心できる。


 もう征服戦開始まで一週間を切っている。

 最初は、範囲を限定した『島』の争奪戦を行うんだって。

 人族、精霊族、魔族それぞれの拠点が出島のようになっている三角島の征服戦。

 まだ勝手がわからないから、みんな頭を悩ませているんだ。

 とりあえず精霊族は、ムーンストーンを持たせた斥候を放って、他の陣営の位置を測り、進行速度を遅らせながら拠点確保を進める作戦。

 敵と接触すると、嫌でも慎重に進むようになる。なるほど……。

 先に集落を確保できれば、補給も容易くなるから、どんどん取っていく方針。

 3日間のメンテが明けたら、戦闘開始なのだ。

 今は攻略サイトや、匿名掲示板、SNSなどでは、各陣営の新規プレーヤー獲得合戦が盛んなんだって。

 戦いはやっぱり数が物を言うので、プレイヤーが多い方が有利なのは崩せない。


 みんな! 精霊さんになろうよ!


「なあ、ラドリオ。結局『ブレイクライン』の連中はどうなった?」

「初心者狩りは止めてくれたけれど……その後の話はできていない」

「うーん……なんだかんだで腕の立つ連中だから、もったいないんだよなぁ」

「協力までいかなくても、意思統一さえできれば……。バトルジャンキーみたいなところがあるから、この状況の方が燃えるはずなんだ。アイツらは……」


 私の理解の及ぶ話で無くなってきたから、手元に集中しよう。


 ムーンストーンの仕上げに入りながら、ふと考える。

 ジュエラーレベル6になるには、何をしたら良いんだろう?

 このゲームの職能は、単純に経験値を稼ぐだけでは上がらず、それプラスで必要事項をクリアする必要が有るっぽい。

 ダイヤはともかく、ルビー、サファイア、エメラルドの3大宝石が勿体ぶって、まだ出て来ないから、他にも何かする事が有りそうなんだよね……。

 金やプラチナの金属系もまだだし……。


 私に出来るお恩返しは、ジュエラーレベルを上げていく事くらい。

 真剣に考えなくっちゃね。

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