14 こんな所で会いますか?
サクヤの中の人、
ド派手な大振袖に身を包んで、銀座で画廊の受付なんかをしていたりする。
……そう。父親である。日本画家、
描いた傍から売れていた頃と違い、最近の不景気で、日本文化ブームの外国のバイヤーさんとのコネクションも必要になるそうな。それで、年に一度くらいは個展を開いて、広く買い手を探すのだという。
毎年、全部売り切っちゃうのは、娘ながら素直に凄いと思う。
母の方の展覧会は、流派の展覧会となってしまって、プロの着物ガール(お弟子さんとも言う)が、大挙として集まっては無料奉仕してしまうため、私の出番はまるで無い。
父の方だと、こうしてお小遣い貰って、アルバイトになるんだ。
髪を染める趣味もないから黒髪だし、引き籠もってるから肌は白い。
エステに放り込まれて、美容院で整えられて、ド派手な大振袖を着せられれば、外国人バイヤーさんがついでに写真を撮っていくくらい、見栄えの良い受付嬢が出来上がる。
とても息が苦しいけど、準備段階からお小遣い対象になるので耐える。
これと、お年玉で1年分のお小遣いは賄えちゃうから。
「いらっしゃいませ。こちらにご記帳をお願い致します」
を数ヵ国語で、通じるように喋るくらいは練習しますよ。
人気のラーメン店と違って、入場待ちの行列を捌く必要もなければ、眠くならない程度に客足は有る。暑い季節も冷房で快適で、お弁当はお高い料亭の特注で美味しい。
しかも今日は最終日で、搬出もあるから午後4時でおしまい。でも日当は同じ。
あと6時間頑張れば、開放されるのだ。
両親はそのまま打ち上げパーティーみたいなものに出るし、懐はあったかいし、今夜はひとりでジャンクフードパーティーだ!
ウキウキしながら、お仕事していると……気になる視線が。
てゆーか、初日からずっと気になってるんだよね?
画廊の方のスタッフの人なのだけど……なんとなく見覚えが有る。向こうもそうらしいのだけれど、全く思い出せない。
私の狭過ぎる交友関係なら、すぐに思い出せそうなものなのに……。
まだ真面目に通ってた、幼稚園時代の友達?
それにしては、ちょっと向こうが歳上な気がする。
大学生か、新卒くらいの齢に見えるけど、私の年齢感覚はアテにならない。やや長めの、さらりと流した髪の男子……誰だっけ?
ゲーム関係は、どうせキャラの顔をイジってるだろうから、除外だし……うーむ。
向こうも確信は持てないみたいで、チラチラ見ては首を傾げている様子。
何とも、もどかしくて落ち着かない。
その内、解るでしょ? の結果が最終日だよ……。ホントに誰よ?
「あなたと、どこかで逢ったことがないかしら?」
なんて安いナンパみたいに話しかける勇気も、スキルもない。
向こうからすると、私は画家のお嬢様だから、そんなナンパみたいな真似は自粛せざるを得ないだろう。一歩間違うと、大問題だものね。
「有栖ちゃん、お昼入っちゃって」
母の秘書の女性に代わってもらって、お昼休みだ。
足取りだけは楚々と、内心はスキップしながら関係者控室に逃げ込む。
おおっ……今日のお弁当は『花ぶさ』のお重だ。
名簿の自分の名前の所に、食べましたチェックをしてコップに冷えた麦茶を注いで、蓋を開ける。う巻きを箸で啄む。……うん、薄味が良いね。麦茶をストローで飲まなきゃいけないのが、ちょっと面倒。自分じゃ紅すら直せない、女子力の低さよ……。
「失礼しま……あ……」
忙しいノックと共に入ってきたのは、例の男子だ。
お昼を食べに来たのだろうけど、私一人なので戸惑ってるみたい。
私も素知らぬ顔で会釈だけ。
お重だけ持って、別の場所で食べることにしたらしい。チェック表に記してる。……
もう一度、気不味そうにこちらをチラッと。
あ! その目で思い出した!
「あぁ! 黒い人達のリーダーさんでしょ!」
思わず立ち上がって、指差してしまう。
そう、顔カタチじゃなくて、その眼差しが記憶にあったんだ!
「その顔にその声って……あの宝石屋かよ?」
確か……『ブレイクライン』という初心者狩りしてたギルドのリーダー……ハーディさんだ!
リアルハーディさんは、天を仰いで呆れ顔で言った。
「お前なあ……何で、キャラよりリアルの方が華やかなんだよ? 普通は逆だろ?」
「あっちが素で、こっちは他所行き。普段はキャラ通りだもん。……あと、誰が来るか解らないから、『お前』じゃなくて、有栖さんか、お嬢様の方が良いと思う」
「アリスって……だから、何でキャラ名より本名の方が派手なんだ?」
「フルネームは、もっと凄いぞ? 何しろ木花咲耶姫有栖だから」
「あぁ……本当に、
画号はカッコつけてるけど、父の本名は
父の本名を知っているあたりは、やはり画壇関係の人?
コップに麦茶を注いであげて、ちょっとサービス。
さすがに彼も、諦めて椅子に座った。
「俺は美大生だよ。叔父がこの画廊をやってるんで、客足が多そうな展覧会の時だけ、バイトでスタッフをやってるんだ」
「私は、日本画家のお嬢様やってます」
「この3日見てりゃあ、解る。VRユニットなんて簡単に買ってもらえそうだもんな」
「失礼な! ちゃんとネットの懸賞で当てたんだよ?」
「あれって、本当に当選者いたんだ……」
「私もびっくりした。たぶん当選者発表が無かったのは、当選者名が、あまりにも仮名っぽかったからだと思う」
そんなに笑わなくていいでしょ!
キャラの時の印象よりも、悪い人じゃなさそうだね。
「そういえば……『ブレイクライン』のメンバーは、今は何をしているの?」
「ゲリラ戦……かな。今更、会議の席につくのも何だし」
「じゃあ、他のギルドと連携を取る気は有るんだ?」
「だから、会議の席に着く気は無いと言ってるだろう?」
「会議の内容を傍受して、勝手に連携を取るなら……面子も立つでしょ?」
「何だそりゃ?」
絶対食い足りなそうな、ちんまりとした俵ご飯をかっ込みながら訝る。
女子やお年寄りには良いけど、絶対男子向きじゃないよ、このお弁当は。
「今は拠点が別れているのに、ちゃんと連携が取れてるでしょ? それはね……私が通信の指輪を作っちゃったからです」
「はあ? ……お前、時々凄いな」
「お前じゃなくて、有栖さん! 画家の先生のお嬢様にタメ口きいてたら、クビになるよ?」
前に私をナンパしようとした不敬な輩が、即クビにされたことがあるから確か。
他所行きの私は、結構な美少女に見えるらしい。黒髪とお着物は、最強の組み合わせ。
「まだ全方位通信だから、魔力さえ流せば丸聞こえ。うっかり喋ると、みんなに聞かれちゃうから注意しなきゃ駄目だけど。……持ってるのは3大ギルドのリーダーさんと私。あと、あなた用のは準備してあるの」
「リカルドの奴の差し金か……」
「友達?」
「あのゲームでの最初の、な……」
私とロキさんみたいなものか。
じゃあ、友好関係は大事にしなくちゃね。
「毎日、午後10時から定期会議をやってるよ。必要なら、今夜か明日の夜かの9時半に、精霊の里の入口に来て。……通信用のアクアマリンのブレスレットを渡すから」
☆★☆
「女っていうのは、本当に化けるな……」
闇の中から、呆れ声がした。
チュニックにハーフパンツの普段着と、気合の入った大振袖を比べられても困る。
あれも私だけど、これも私だ。
ザッパーなる巨大なハンバーガーを、ボックスセットで暴食したばかりの私は、機嫌が良いのでそんな暴言も許してあげる。健康食マニアの母には、絶対内緒の饗宴だ。
普通に人型っていうことは、この人もシール? アザラシ形態もちょっと見てみたい。
「そのルックスなら、顔はイジる必要も無いのか……」
「違う違う。私は性格的に対人戦向きじゃないし、懸賞当選分のお義理なプレイをしたら、別のゲームに引っ越すつもりだったの。だから、キャラメイクを適当に済ませた結果」
「どっぷり嵌まってるのになぁ……」
「ねえ……。何の因果でこうなったのか」
たぶん、ロキさんの串焼きが美味し過ぎたのが悪い。
もしくは私の食欲のせい。……後悔はしてないけど。
「この腕輪が通信機。声は装着した人の頭の中に響きます。それと……これもあげる」
「この指輪は何だ?」
「直前のワープポイントに戻れる、使い捨てアイテム。序盤戦はこれで他勢力を足止めして、拠点を奪ったんだ」
「そんな事をしてたのかよ……道理で中間集落を両方とも先に手に入れられたはずだ」
「高レベルジュエラーは、チート扱いだから」
クスクス笑っていたら、急にハーディさんがマジな顔になった。
頭を下げられると、私の方が戸惑うよ。
「前に殺しかけたこと、一度きちんと謝っておきたかった」
「気にしないで。死ななかったし、オレンジ翡翠の効果が解ったしで、良い事ずくめだったから」
「マジかよ……」
この夜。
密かに『ブレイクライン』のメンバーが精霊軍の戦列に加わった。
意地っ張りな彼らは、勝手に連携して去って行くという正義の味方ムーブだけど。
私は私で、毎週水曜日の夜に外せない会合が一つ増えた。
……面倒臭いなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます