07 これが特殊効果ですか?

「サクヤ、避けてーっ!」


 悲痛な叫びはきっとサーヤさん。でも、何だか身体が動かない。

 棒立ちのままの私の眼の前に、冷たい光を放つ投げナイフが飛んでくる。


(ああ、これは死んだなぁ……)


 他人事のように思えてしまう。

 VRだから、やっぱり痛いのだろうか?

 生き返れるはずだけど、ペナルティがあったよね?

 所持金半額……お金、預けてくれば良かったよ。串焼きいっぱい食べられるのに。

 経験値は、何日前に巻き戻されるんだっけ? せっかくジュエラーのレベル4になれたのに、巻き戻されると、またやり直し?

 嫌だなぁ、小さな石で進めていても、結構辛いんだよ? 目が疲れるし。

 やっぱりゲームだからか、人生の走馬灯は見えないね。


 そんなどうでもいい事を考えている内に、ナイフが私の眉間に触れる。

 途端に左の指で何かが弾けて、ナイフは突き刺さらずに、ポテッと地面に落ちた。


 ……何で?


「サクヤーっ! ごめんね、あなたを囮なんかに使っちゃって……ごめん、こんな事になっちゃうなんて!」


 サーヤさんが、泣きながら抱きついてくる。

 何だか、私も泣いちゃいそうだよ。


「サーヤさん……私、生きてるから大丈夫」

「へ? ……何で?」


 ……それは私も訊きたい。何で私、生きてるんだろう?

 手加減してくれたわけ……無いよね?

 何かが弾けた、左手を見てみる。

 あ……私の初作品。例の物理攻撃力がやたらに高そうな、オレンジ翡翠の指輪が……。

 色の輝きも失って、艶消し黒の石になって割れてしまっている。

 ……君が私の身代わりになってくれた?


『優雅さには欠けるけれど、ちゃんと翡翠の指輪の機能は満たしている。オレンジ翡翠を使うとは……まあ、解って使ったわけじゃないとはいえ、良い判断だよ』


 この指輪を見た時のカー君……カーバンクルの言葉を思い出す。

 ひょっとして、これがオレンジ翡翠の特殊効果?

 持ち主の身代わりになってくれるの?


「……マジかよ?」


 その一部始終を見ていただろう、黒い人達のリーダーが目を剥いて固まっている。

 喉元に剣を突きつけながら、ロキさんが冷ややかに言った。


「マジなんだよ。……お前が今殺そうとしたのは、そんな奇跡みたいな事を起こせる、妖精族きってのジュエラーさんなんだ。お前らが『初心者狩り』何て弱い者虐めをしているから、こんな奇跡を起こせる生産職の芽を摘んじまってたんだよ!」

「そうよ……弱い物虐めを楽しむ人達より、よほど強い力になる娘なの。この先の征服戦では絶対に必要な娘よ」


 静かに見据えて、ダリさんが氷の言葉を投げつける。

 全体の指揮を執っていた鎖帷子の戦士が進み出て、黒い人のリーダーの顔を覗き込んだ。


「ハーディよ……。一旦殺さないと示しがつかないが、後で話し合いのテーブルに着いてくれることを望む。この先の戦いに、戦力として期待させてくれ」

「……殺れよ、ラドリオ」


 目を逸らしてしまう。

 黒い人達のリーダー、ハーディの身体はポリゴンの欠片となって消えた。



       ☆★☆



「……ギルドって何?」


 私の素朴な疑問に、ロキさんは頭を抱えた。


「そこか? そこから始めなきゃダメなのか?」

「同じ目的を持って集まった、仲の良いプレイヤーの集まりみたいなものです」


 代わって、ラドリオさんが教えてくれる。

 レプラカーンの戦士で、ギルド『エコーズ』のリーダーさんなんだそうな。

 精霊族はやたらに種類が多いけど、男女限られた種族が多々あるからなんだってさ。

 ちなみに、ロキさんは『暴風』こと『ブラストウィンド』のリーダー。

 もう一つ『猫飯店』は名前通りにケットシー限定のギルドで、ベルさんはもちろんそのメンバー。リーダーは『すあま』さんという桜色の女性猫だ。

 サーヤさんも、ダリさんも『暴風』のメンバーだとカミングアウトされた。

 私もどこかに入った方が良いのかな?


「どうせ、工房に籠もっているんだから、サクヤは個人でフラフラしてた方が似合う」


 なんて、ロキさんに笑われた。

 説明必要……? 状況としましては、各ギルドのリーダーさんに、私を囮にした事のお詫びをされて、自己紹介をしてもらった所です。

 私は今、本気でケットシーを選ばなかったことを後悔している。

 何でケットシーなのに、シャムとかアメショーとか猫種が有るのよ! それなら、私も猫になりたかったよ……。


「ウンディーネも、儚げな美少女っぽくて良いよ」


 サーヤさんは慰めてくれるけど、その妖精キラキラ羽根も私は羨ましい。

 もっと真面目にキャラ選びすれば良かったよ、本当に。

 種族人気は、ケットシーが圧倒的らしい。続いてシルフ。シルフは女の子限定なので、どうしてもケットシーが強いとか。種族限定ギルドが出来るくらいに。


「びっくりしたけど……何の被害も無いから、謝らないでください」

「死にかけてそれかい!」


 ロキさんが、すかさず突っ込んでくれる。

 思えば、串焼きを食べてのロキさんとの言い合いが、すべての始まりだったなぁ。


「うん。とりあえずオレンジ翡翠の特殊効果が解ったもん」

「死にかけなきゃ解らない特殊効果……確かに、こんな事でもないと解らないな」

「ナイフの避け方も知らない娘。危なくて戦闘に出せないよ?」


 まだちょっと目の赤い、サーヤさんが混ぜっ返す。ありがと。

 でも、翡翠だけでまだ、緑、黄色、赤、ラベンダー、青、黒、白が有るんだよ。体感で特殊効果をいちいち探していたら、きっと私はいっぱい死ねる。宝石は他にも有るんだし。

 なるべく早くレベル5にならないと……。

 そう、その為にムーンストーンを採掘に行く途中だった。


「待て、もうちょっと話を聞け」


 思い立ったらで即行動したがる私を、遠慮の無くなってるロキさんが止める。

 他の方は呆れて見てます。


「それで提案なんだけど……」


 桜色の和猫のすあまさんが口を開く。

 はい! ちょこっと座って視線を合わせる。これ猫づきあいの基本。

 残念、チュールやコーヒーフレッシュの手持ちが無い。

 すあまさんに、若干引かれ気味。


「サクヤさんの磨いた宝石の、いくつかを売っていただけませんか? 金属加工なら、ウチのベルも得意ですし、それで何か作らせてみたいのです」

「でも……ジュエラー以外の人の金属加工で効果が出るのかな?」

「だから試してみたいんだよ、サクヤ。お前さんのペースで作っていたら、希少価値過ぎるだろう? サクヤが宝石を加工して、それに他のメンバーが金属加工できたら、量産とまではいかなくても数を作れそうだ」

「それは構わないけど……ついでにジュエラー修行した方が良いと思う」

「間に合わんわっ!」

「ロキさんも、頭から否定しちゃダメです。ジュエラー挫折組なら、1レベルくらいは持ってるから、何とかなるかと」

「なるほど……」


 感心してしまう。

 やっぱり、トカゲより猫の方がお利口……世の摂理。


「中身はトカゲと違うっての!」


 ロキさんのツッコミは無視して、売る段取りを整えよう。

 ……って、そんな金額で買ってくれるの?

 串焼き何百本買えるだろう?


「……何でいちいち串焼き換算なんだ?」

「他は、宿代と砥の粉代くらいしか、お金使わないから」

「見た目は麗しい女子なんだから、服くらい買っとけ!」


 私とロキさんの漫才に呆れつつ、すあまさんが苦笑した。


「服より先に、サクヤさんに工房を開いて欲しいっていう希望があります。その方がいろいろな実験をしやすいので……いかがでしょう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る