16 旅でもしようか?
「あぁ……駄目かぁ……」
ルーンだけ発動した指輪を見て、ピノさんことピノ・ブランさんが頭を抱えた。
最初はリングだけ手に持って。今度は石にも触れるようにして、コマンドワードを唱えてみた。
ちなみに魔力だけ流して、コマンドワード抜きだと、当然ルーンは発動せずに石だけ起動する。コマンド・ワードを唱えないと、ルーンは発動しないものだ。
「なかなか、両方って言うわけにもいかないね……」
「それが解っただけでも、収穫だよ」
慰め合う私とピノさんの実験を、ケインさんと紬さんも、興味深そうに見ている。
宝石とルーン。
魔法を道具として扱う2つの手段は、やっぱり同時に扱うのは無理っぽい。
でも、私としては不思議がいっぱいだ。
「ふーむ。……宝石が魔力で固有振動を引き出して発動させているとしたら、ルーンの魔法はどうやって発動しているんだろう?」
「描いたルーンがプログラムになるから、魔
力を流すことでそれを動作させてると思ってる」
「でもでも……ルーンをどの材質に描いても、同じ動作をするんでしょ? 材質で効果の変わる宝石とは、違わない?」
「そこは不思議だね……?」
私はベルベットを敷いた箱に並んだ、宝石たちを眺める。
自然のものではなく、人為的にこのゲーム世界で与えられている能力。ルーンと君たちの共通点は何だろうね?
「そう言えば……紬さんの方の魔力の通りやすい繊維って、どう作ったの?」
「天の恵みです。そういう糸を吐く、虫のようなモンスターを見つけただけです」
「……試した結果なんですね」
「この世界では、虫眼鏡や望遠鏡はあっても、顕微鏡とかは望めませんから。どうしてそうなるのか? までは、突き止められません」
そうなんだよねーと、ピノさんと苦笑い。
リアルの世界の計測器の類が欲しい……。
ピノさんはルーンでどこまで出来るのかを知りたいし、私は宝石たちの役割と能力を確かめたい。いちいち立ち止まって、実験で確かめるよりは、理論で予想を立てられた方が絶対に早い。
私の方は、パワーストーンという道標が有るとはいえ……。
思わず、テーブルに突っ伏してしまう。
「魔法を調べるなんて、世界の秘密を暴くようなものだものね……大それた考えかなぁ」
「案外、運営さんも深く考えてなかったりして?」
同じ様に突っ伏したピノさんと、笑い合う。
似たような疑問を持つ人と話していると、すっと結び目が解ける場合と、逆にどんどん深みにハマっていく場合があるらしいけど……完全に後者だ。
私のコミュ力不足の問題? 社会性は低い自覚が有る。
呆れ顔のケインさんが、楽しそうに笑った。
「じゃあ、世界でも見に行くか?」
私もピノさんも、キョトンとしてしまう。
何言い出すのよ、このオジさんは……。
「木を見て、森を見ず……何て言うじゃねえか。手元ばっかり見ずに、もっと俯瞰した方が答えが出るのかも知れないぜ? 俺もそうだが……この三角島に来ても工房と、せいぜい鉱山くらいまでで、全然外の様子を見てないだろう?」
あ……元々引き籠もる質だから、気付かなかった。
そう言えば、観光とか全然してない。戦闘ギルドの人達も、ワープ石で先に牽制して陣取りする作戦だったから、ほぼ直進していて、周囲に何が有るのかを調査していないのではなかろうか?
スタート時の世界では、鉱山周辺までしか世界が無かったらしいし……。
「でも私……みんなに外に出ちゃ駄目って、渾渾と説教されてるけど……」
「護衛がいりゃあ、大丈夫だろ? それにサクヤの嬢ちゃんは、少し戦闘レベルを上げた方が良くねえか?」
「サクヤさん用に、防御力のある服を作りましょうか?」
あ、紬さんもその気になってるみたい。
ピノさんがピョンと身を起こした。
「ケインのおっちゃんの言う事にも一理ある! PvP戦はイマイチ好きじゃないけど、ゲーム好きなら冒険を拒む理由は無いよ! しばらくは、工房を預けられる人が、それぞれいるよね?」
翌日の定時連絡会議の時に、思い切って提案してみる。
ロキさんたちも慌てたが、やっぱり前進基地となっている町(テイタニアと名付けた)との間は超特急で駆け抜けた為、間の調査はしていないとか……。
「駄目でしょう!」「地図を埋めましょうよ?」と強気に攻めて、許可を得た。
魔族はもちろん、人族も抑えている今なら、生産職の私たちでも冒険ができる状態だ。
敵はフィールド上の魔物だけだもん。普通のMMORPGと同じだ。
危なっかしいダンジョンや、塔があっても、場所だけ控えて深入りしない。
それだけはきっちりと約束させられて、派遣される護衛を待つ。
工房は、チュウミンさんに任せちゃう。
ピノさんが作ってくれたワックス溶かし用の高温炉は、しっかりとアイテム欄に。磨いた宝石たちも、もちろん。
身につけるのは、身代わり地蔵なオレンジ翡翠と、魔攻+1の
まだ、編成が良く解らない。
紬さんはそこそこのスペルユーザーで、ピノさんは弓士。ケインさんは、斧を振り回す戦士なんだって。……前衛が足りない?
冒険者セットを買って、ポーション類や保存食も買う。
参加した事は無いけど、遠足ってこんな気分なのかな? 服は紬さんが作ってくれるようなので、皮のショートブーツだけ買う。
「世界を見てくるよ、カー君!」
「大冒険だね」
「カー君って、テイタニアにもいるの?」
「もちろん。向こうの僕がサクヤを待ってるよ」
「美味しそうな樹の実があったら、おみやげに持っていくからね」
「毒の有無だけは、先に確かめてくれ」
「解った。美味しい樹の実をお土産にするよ!」
カー君と暫しの別れをして、待ち合わせの里の入口に向かう。
ピノさんは、サーヤのような革鎧。ケインさんはフルプレートのタワーシールドって……さすが直立トカゲ。デッカイ斧を担いでる。
「遅くなりました」
楚々としたワンピース姿の紬さん。渡された服に、私も着替える……ってこれ!
浴衣? 一応白いティーシャツとハーフパンツみたいな下着は付いてるけど……。藍染でトンボ柄。
「サクヤさん、名前も雰囲気も和風な感じなのでつい……」
意外と涼しいし、和服も着慣れているから苦にはしないけど。リアルを知られてる? みたいで、ちょっとドキッとしたり。
オレンジ翡翠を、帯留めみたいに着けとこう。
ちょっと驚きのデザインだけど、お気に入りかも。革靴がミスマッチなのは残念だけど、足元は固めないわけには行かない。冒険だもん!
手持ちのジュエリーで、それぞれのお好みを聞いて配る。
ロキさんは防御力を上げ、ピノさんは命中力を上げる。紬さんは悩んだ末に、矢避けの指輪を選択した。魔防は高いけど、飛び道具は怖いからね。
護衛の二人が到着して合流。
今回も、人数を割きやすい『エコーズ』から2人。なのに、何故か二人共ケットシーだ。
斥候のトロさんと、モンクのなっちょさん。
斥候は得意そうだけど、モンクって……猫拳? 早く見てみたい。
黒猫のトロさんは、器用度アップの指輪。三毛猫のなっちょさんは、素早さアップの腕輪を選んだ。
役に立ってくれると良いな。
さあ、世界を見に行こう!
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