34 捨て猫禁止ですよ?

 木陰に座って、焼きそばを頬張る。

 小麦から製麺まで、漕ぎ着けた人が凄い。ラーメンで食べるとまだまだ微妙だったけど、焼きそばにすると結構イケる。

 串焼きはロキさんの方が美味しいから、別のを探していたんだけど、これは良い。

 自然食マニアの母への反動もあって、ジャンクフードに走りがちな私だ。

 これは、リピート確定だね。

 次は是非、揚げ焼きそばにもチャレンジして欲しい。

 タマネギ抜きを希望です。


 そんなどうでも良いことを思いながら、練習場で対人バトルの練習をしているのを見ている私。……サボってないからね?

 ただ、スランプなだけだよ……。


 無線通話の腕輪の改良も、遅々として進まず。

 原石からのカッティングも、これで良いのかどうか解らない。

 私が鑑定できるレベルの石では、レベルアップの経験値にもならないからね。

 硬度8の中では柔らかめの、スピネルを研磨して、いろいろ試しているんだけど……。

 イマイチ、手応えが無いんだよねぇ。


 ぼんやりと眺めていたら、魔法使い系の女子二人が話しかけてきた。


「あの……その浴衣と下駄って、どこのお店で売ってるんですか?」


 しどろもどろになりながら、売り物ではなく、紬さんという服飾職人さんが作ってくれたものだと説明して、逃げちゃう。

 初対面の人と話すのは、苦手だよ。

 でも、やっぱりこの服装は目立つか……結構気に入ってるから、着替えはしないけど。

 早い所、浴衣の人は対人スキルがありませんと、知れ渡って欲しいな。


「また、妙な格好をしているな。リアルに合わせたのか?」


 アトリエに戻ったら、何だか珍しい人がいた。


「あっ。長谷部幸宏はせべ ゆきひろさん」

「本名で呼ぶなよ!」


 リアルの話を先に振ったのは、そっちでしょ。

 見知った人には容赦がないのも、私だ。

 ゲーム内で見かけるのは、何時以来だろう? たちの悪いプレイヤーキラー・ギルドを率いているリーダーの……パーティーさん……だっけ?


「ハーディだよ! 誰がそんな、おめでたい名前をつけるか!」


 そうだった。こっちの名前は本気で忘れていた。

『ブレイク・ライン』のリーダーで、アザラシ精霊シールの人だ。

 相変わらず黒い鎧を着ている。……アイデンティティ?

 今は定時会議を盗み聞きしながら、騎兵隊みたいにカッコつけて、良い所で駆けつけてるんだっけ。


「……何だか、セリフに棘がないか?」

「だって、面倒臭いじゃん。素直に戦列復帰しなよ」

「素直になれない連中を、率いてるからな」


 一回ごめんして謝っちゃったんだし、それこそ互いに背を預けて戦っていれば、友情が芽生えるものなんじゃないの?

 私の良く知るアニメや漫画なら、だいたいそういう展開なのに。

 敵に回ってた時よりも、戦力が落ちるのもお約束だし、噛ませ犬にされやすいのもお約束だったりするけど……。

 その辺りはちゃんと鍛えてそうだし、問題は無さそうなのに。


「お前くらいに単純な連中ばかりなら、俺も苦労はしないよ」

「単純が何よりだと思うけど……」


 それよりも、わざわざ来たのは何か理由が有るんでしょ?

 ひねくれて、町には降りてこないんだから。


「物資の不足だ……。ステータスアップ系のジュエリーを20くらい準備できないか?」

「できないよ?」

「あっさり断るなよ。……せめて努力くらいしようと思わないか?」

「ここは量産工場じゃないもん。私が好き勝手やってるアトリエだし、宝石1個削るのだって、何日かかかるって考えると、物理的に無理」

「そこをなんとか……」


 アハハ、急にしおらしくなっちゃった。

 意地悪するのは、これくらいにしておこうか。


「私には、どうやっても無理。だから、出島の量産工房に発注するよ。欲しい詳細を書いておいて。私は、すぐに忘れそうだし」

「お前な……」

「どうせ、定時会議を盗み聞きしてるんでしょ? そこで発注もするし、到着したらチュウミンさんにお礼も言うから、聞こえたら取りに来てよ」

「言いたいことはいろいろ有るが……頼むわ」

「おう、任せとき! ちゃんと発注はするから」

「はあ……コイツしか伝手がないのが問題だな……」

「ふふんだ……悔しかったら、意地を張らずに戦線復帰しなよ」

「……真面目に、考えとくわ」


 がっくり肩を落としつつ、去って行く。

 うん、何だか勝った気がする。

 足取り軽く作業場に戻ろうとしたら、カウンターの向こうでガタンと音がした。

 何かと覗き込んでみたら、木箱が一つ。

 見慣れない箱が、ガタガタと揺れている……ナニコレ?

 仕方なく開けてみたら、黒毛のニャンコが入っていた。……あ、ケットシーね。

 首から『捨て猫です。可愛がってやってくれ』と札を下げてる。


「こら、捨て猫禁止!」

「……違う。……ハーディがジュエラーを教わって来いって」


 こらぁ! 長谷部幸宏っ! 計画的犯行だな?

 何で女の子を箱に閉じ込めて、置いて行くかなぁ……。


「……そうすると、断らないだろうって」


 くっ……私の猫好きを読まれている……。

 そうやって、伏し目がちに様子を窺うのもやめて……邪険にできない……。

 装備としてのジュエルが不足しているって言ってたけど、ひょっとして『ブレイク・ライン』にジュエラーっていないの?


「……そもそも、工房が無い」

「その状態で、武器や防具はどうしているの?」

「……横流し?」


 コテっと首を傾げる仕草は可愛いけど、言ってる事はえげつないよ。

 学ぶのは良いけど、工房が無くっちゃ意味がないんじゃない?


「……今、小屋を作ってる」


 どこまで計画的に、捨ててったのよ?

 不思議そうにゴーレムのキャトル君を見てるけど、どうしたものか。

 手取り足取り教えるようなものでもないし……。

 仕方ない、飼おう!


「自分じゃ世話も出来ないくせに!」


 とか怒る母親もいないし……もっとも、世話をする気も無い。

 居場所だけ作ってやれば、勝手に生きていくでしょう。


「おや? 何時になく、珍しいのを連れてるね?」


 仕方なく宝石工房に連れて行ったら、カーバンクルのカー君に苦笑された。

 誰かを連れてくるのは、初めてだものね。


「ウチのアトリエのカウンターに、計画的に捨てられてたの。とても困ってる」

「顔は笑ってるのは、見ない振りしようか?」

「そうしておいて。猫好きの血は隠せないから」

「……私、捨て猫」


 悲しげなポーズを取る。意外にノリの良い娘だ。

 工房機器セットをもう1セット買う。

 後は、この娘用の採掘セットと基礎加工セット……やっぱり、定価でないと売ってくれない。

 セット割引とかは、無いらしい。……ケチ。

 とりあえず、基礎知識の石板を読みなさいと、2階に行かせる。

 首輪をつけるとか、予防接種とかは必要無いよね?


「この世界には予防接種はないし、サクヤよりも戦闘スキルは高いから、チョーカーのジュエリーで補強する必要も少ないかな」


 冗談のつもりで言ったのに、カー君は冷静に鑑定していたようだ。

 ちょっとボケキャラっぽいのに、戦闘スキルは高いのか……さすが『ブレイク・ライン』のメンバーだね。

 テイタニアにも涸れ井戸は有るらしい。

 まずは、針金加工からだよ。


「工房に君の場所を作っておいてあげるから、採掘に行っておいで」

「……わかった」


 と言いながら、黒猫のぬいぐるみを渡された。……ナニコレ?


「……私の場所のマーク。置いておかないと、すぐ誰かに取られる」


 あはは……『ブレイク・ライン』の生活環境が忍ばれてしまう。

 置いておいてあげるけど、君の場所は誰も取らないよ。


 初採掘に行く黒猫の背中を見送ってから、アトリエに戻る。

 もともと隅っこに固めて置く性格だから、スペースは余ってるんだ。

 同じ様に、部屋の別のコーナーに工房セットの機器を並べる。

 椅子の上に、黒猫のぬいぐるみを置く。

 せっかくだから、首から名札を下げてやった。


『リル』


 捨て猫、拾っちゃった。

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