35 見つめるキャッツアイ?

 うぉうっ!

 翌日にログインしたら、リルの服が浴衣に変わっていた。


「……困った顔したニンフの人に、超特急で仕上げて着せられた」


 紬さん、手早すぎるよ。

 私と真逆の、白地にトンボの模様を藍染めした浴衣。

 二人並ぶと、ネガとポジみたい……。種族は違うけど、姉妹っぽくなるかな?

 小道具に金魚のうちわが加わって、私の分もリルから渡された。どんどん本格的な、浴衣ガールになっていく気がする。次は水風船か、りんご飴?


 この娘は戦闘力的に、単独で鉱山まで行けちゃうタイプ。

 既に、瑠璃ラピスラズリに挑んでけど、その後の採取も問題ないね。

 肉球の手で、謎に宝石を持って磨いている。……深くは追求すまい。

 根気は有りそうだし、細かい作業が好きそうだから、向いてるかも。もっとも、それを見込んで、ウチの工房に捨て猫にしたのだろうけど……。勝手なことをしやがって。


 静かな娘だし、かまって欲しい時にかまってあげれば、問題無さそう。

 本当に猫を飼った気分。

 お小遣いは貰ってきているらしく、こっちで気を使わなくても良さそうだ。

 ログインついでに買ってきた焼きそばを、羨ましそうに見ているから、売ってる屋台を教えて上げる。

 あ……買いに行った。ハマると良いよ、このソース味に。

 浴衣に焼きそばは、似合うんだから。


 私は後回しにしていたクリソベリルの原石を、魔法光に当ててチェックする。

 この原石は、ちょっと宝くじみたいな所があって、楽しみだったの。

 水晶が、紫と透明の間に黄水晶が有るように、この石にも『当たり』みたいな物が有る。

 クリソベリル自体は、黄色から褐色まで色の幅のある石なんだ。でも、その中に太陽光では緑色に見え、電球の光だと赤紫に見える物が有る。それはアレキサンドライトと呼ばれる珍しい宝石。

 更には、シャトヤンシーと呼ばれる、くっきりとした光の筋の入る物が有るの。……これぞ、ご存知キャッツアイ! いろんな宝石でシャトヤンシー……キャッツアイ効果が見られる石が有るけれど、一般的に言われるキャッツアイはこれなのよ。


 猫づいている今なら、当たりが引けそう!

 ワクワクしながら、原石の横からライトを当てる。

 有るかな、有るかな? 最初の採掘だから、アレキサンドライトもキャッツアイも、出る可能性が高いと思うんだ。こんな石が出ますよ? って。


「あ、これはキャッツアイっぽい!」


 色も蜂蜜色しているし、良さそう。

 ちょうど他が行き詰まっているから、遊びで1個仕上げちゃうつもりで選んでた。

 この石は魔防+2が、確定なのだ。指輪に仕上げて、すあまさんにプレゼントするつもり。

 やっぱり、猫には猫目石だよね?


 キャッツアイなら、お饅頭っぽい、上から見たら真円の形状に仕上げるのが確定。

 とはいえ、この石は難しいのよ……。高さが高すぎると、角度を変えても線が動かない。猫の目が閉じないの。逆に低すぎても、線が綺麗に出ずに、滲んでしまう。

 更に削り方が悪いと、線が中心から外れたり、斜めになったりと、けっこう神経質。

 白い線が真ん中に来て、はっきりと見え、光の角度で動くのが最高なの。


「……それは良い宝石なの?」


 焼きそばを頬張りつつ、いつの間にか帰って来てたリルが訊く。

 その肉球の手で、また器用に箸を……毎度ながら気になる。

 この娘もケットシー。馴染みのある宝石になりそうだから、教えておこう。


「聞いたことが有るでしょ? キャッツアイ。その原石だよ」

「ん……ぅん、良く解らない」


 光を当てて見せたけど、良く解らなかったか。

 磨いて、解かりやすくなったら、また見せてあげよう。

 原石の形を見ながら、ちょいちょいと切り出す形を考える。おぉ……20カラットくらい有りそうな大物だよ。ソリテール……リングの中央に一つだけ宝石をあしらったデザインでも、見事に映えるサイズだね。


 硬い石なので、ちょっとだけズルをしよう。

 魔法のタクトをペンのように持って、えいっ! ウォーターカッター!

 深めの水桶に向かって、直径0.8ミリの極細ウォーターカッター。そこに原石を掠めるようにして、チョイ、チョイ、チョイと切り落としてゆく。

 疲れた~。けど、粗く切り出すことには成功したぞ。


「……今の何?」

「ウンディーネ秘伝のウォーターカッターの魔法だよ? リルは戦闘スキルは何?」

「……暗殺者アサシン。魔法は使えない。……残念」


 がっかりして、自分の作業場に帰ってゆく。

 可愛そうだけど、これだけはしょうがない。なにか物騒な話を聞かされた気がするよ?

 こっちもこの先は、気長な作業だ。石が硬くなると、当然、それだけ削れなくなる。

 過去最も硬い石だけに、今まで以上に時間がかかるんだ。


「……どうやったら、石が丸くなるの?」


 リルが泣きそうな顔で頼ってきたのは、翌日のことだ。

 研磨中の石を見せてもらうと……あぁ、最初から丸く仕上げようとしちゃったか。


「こら。ちゃんと石板にも書いてあったでしょ。多角形から、少しづつ面を増やしていって、最後に角を取って丸く仕上げるって」

「……どんな風にするのか、解りづらい」

「じゃあ、見てなさい。……この石は硬いから、結構な時間がかかっちゃうけど」


 言ったものの、手元をじっと見られながら作業をするのってやりづらい。

 絵で説明するにも、絵は下手だし……。

 ゲームアイテムとはいえ、作業用のゴーグル付きマスクって、ニャンコ顔にもちゃんとフィットするんだね。今度トカゲ顔のケインさんでも、試してみたくなる。

 不幸にしてまだ、サラマンダーのジュエラーさんには出会ったことがない。


「最初はこんな感じで良いの。結構ガタガタでしょ?」

「……面を増やすって?」

「ガタガタの頂点を、バラつかないように削って面を付けてやるんだよ。こんな風に」


 焦らずに、少しづつ頂点を面にしてやる。

 頂点が面になると、それだけまた頂点の数が増える。そうしたら、また頂点を削っていくと、どんどん多面体になってゆく。

 最初の段階で仕上げの形を見極めて、それを目指して面を増やしていくんだ。

 リアルタイムで丸2日。飽きずにずっと作業を見ていたこの娘も、結構凄いね。


「私の場合は、だいたいこれくらいで限界だから、曲面仕上げに入っちゃう」

「……細かい」

「ギリギリまで、面を作っていった方がやりやすいよ。無理に曲面にしようとすると、肝心の石の形が歪みやすくなるから」

「……だから、そうするんだ」

「丸く削るより、平らに削る方が正確に削れるでしょ?」

「……納得。やってみる」


 トテトテと、自分の作業台に戻っていく。頑張れ。

 私はようやく、作業を見つめる猫の目から開放されて、猫目石を仕上げにかかった。

 磨いている石が、どんどん輝きを増していく。この作業が一番楽しいよ。

 じっと見られて緊張していた分、いつも以上に慎重に作業していた気がする。

 磨き終えた石に、そこはウンディーネ。水流を作って、綺麗に洗う。


「うん、自己最高傑作!」


 光を当てた側が透明な蜂蜜色に、白線を挟んでその向こう側がミルク色。ミルク・アンド・ハニー効果もバッチリ。動かすとニャンコの瞳も閉じたり開いたり。ちゃんと線も真ん中にある。


「……こっちもできた」


 瑠璃ラピスラズリの楕円球を嬉しそうに見せてくれた。

 そして、キャッツアイの煌めきに、同じ色をした目を奪われている。


「……綺麗だし、楽しい」


 突然、レベルアップのファンファーレが聞こえた。

 たしかに、自己最高傑作の自信はあるけど……本当に?

 この娘に見られていたから……だよね。

 ちょっと雑になっていた自分の仕事を反省しながら、リルにお礼を言う。

 きょとんとした顔をしているけど


「本当に、ありがとう」

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